蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

「由良助はまだか……」

2015年07月09日 | 季節の便り・虫篇

 判官のセリフを真似ながら、暮れ切った縁側から上がる数日。「いまだ参上仕りませぬ」(忠臣蔵四段目)。歌舞伎通の家内の失笑を覚悟で呟く雨の七夕の7月7日、昨年より4日遅れて羽化が始まった。翌日又1匹、そして今日9日6時40分、八朔の幹をゆっくりとよじ登る懐かしい姿を発見!今年も、宴の始まりである。
 昨年の128匹に届くかどうか、夜毎羽化を確かめ、翌日抜け殻を回収する日々が続く。今年はもう、八朔の枝の下に2時間佇んで、羽化のすべてを連続写真に収めることはよそう、と決めているが……さて、どうだろう?昨年もそう言いながら、やっぱり枝の下にカメラを構えて、ときめきながら立ち続けた。低くても目の高さである。三脚では間に合わず、両足と両肘で代用させてカメラ目線を維持し続けるのは、好きじゃなければ、けっこう苦行なのである。

 昨日、いつも自家農園の野菜を届けてくれる友人を誘って、家内と3人で博多祇園山笠に賑わう中洲に出た。「シネマ歌舞伎・三人吉三」。勘九郎・七之助・松也の芝居は圧巻だった。中でも、凄味の出てきた七之助の成長ぶりが心地よく……いやいや、歌舞伎は家内の世界。多弁は恥をさらすから多くは語るまい。洋楽器を過激に使う音曲に多少抵抗はあったが、これは串田和美が織りなす「シネマ歌舞伎」という新しいジャンルの芝居と割り切って、三人の熱演を楽しんだ。 
 那珂川を挟んで東側の博多ではなく、西側の福岡の片隅で育った私にとっては、本格的「山のぼせ」には程遠いが、日本三大夏祭りのひとつ「山笠のあるけん、博多たい!」というこの時期は、街の賑わいにやはり昂揚するものがある。生憎の雨で、飾り山は1本見ただけで帰って来た。

 6月30日、ヒグラシの初鳴き。7月3日アブラゼミの初鳴き。今日、梅雨中休みの猛暑(太宰府33.5度)の空をウスバキトンボが飛んだ。お盆が近付くと、手が届くほど近い路上を群れ為して飛ぶから、小さいころは「盆トンボ」と呼んでいた。ナツアカネ?、アキアカネ?と思い込んでいたが、これは間違っていたらしい。小さいころの思い込みは怖い。気付かずに人前で恥をさらすことになる。
 昔、「ざっくばらん」を「ざっくらばん」と言う同僚がいた。何度注意しても、本人は「ざっくらばん」が正しいと信じて憚らない。尤も、戦争法案を平和法案と言い切って憚らない傲慢な宰相よりはましである。彼は、「平和」という言葉の意味さえ理解できないほど愚かなのだろうか?……これを言いだすと、瞋恚の焔に身を焼くことになるから、ここまでにしよう。

 閑話休題。

 梅雨明けはまだまだ遠く、はげ雨の豪雨の心配はこれからだが、虫たちの営みは間違いなく夏への扉をゆっくりと開き始めていた。不純な天候が続き、気温が乱高下する。例年になく身体にこたえる日々の中で、3つの台風が南の海を荒れ狂って西にに向かっている。格段に綺麗になった気象衛星・ひまわりの画像が、生き物のように渦巻いて迫る台風の不気味さを強調する。温暖化が加速し、エルニーニョが海を滾らせて、今年も又巨大台風に振り回されるひと夏になるのだろうか。
 人為の及ばぬ気候変動の中で、せめて人間は自らを律する生き物であってほしいと、叶わぬ願いを込めようとした七夕の夜も、重い雨だった。

 夕飯を終えた9時過ぎ、脱皮を終えた美しい姿がストロボの光の中に浮かんだ。ヒグラシか、アブラゼミか……それは敢えて明日の朝、翅脈に体液がくまなく届き、体色を整えた姿で確かめることにしよう。

 何度見ても、羽化直後のこの姿は、溜息が出るほど美しい!
                (2015年7月:写真:羽化直後)


<追記>、
 夜半、ヒグラシの雄と確かめた。今朝6時、薄明や黄昏の薄闇を好む早起きの彼は、すでに大空に向かって飛び立った後だった。あとに残された空蝉が、八朔の葉にしがみついたまま涼しい朝風に揺れていた。今夕、どこからか軽快な鳴き声を聴かせてくれることだろう。
 今日も猛暑の予報が出ている。蟋蟀庵の庭に、羽化の波がやって来る。