蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

梢の道化師

2011年09月21日 | 季節の便り・虫篇

 本当に久し振りの出会いだった。かつては木立にはいると、必ず枝先から下がり秋風に揺れるその姿があった。いつの頃からか姿を消し、今では巡り会うのは奇蹟に近い。台風15号が日本列島を縦断する余波で時折雨と風が奔る中、庭石の上を枯葉の衣を纏って歩く一匹のミノムシがいた!楓の葉に移し、何となくときめきながら暫く眺めていた。

 色とりどりの千代紙や金紙銀紙を細かく刻んで箱に入れ、指でゆっくりと揉み出したミノムシを落とすと、一夜のうちに色鮮やかな蓑を作り上げていた。子供の頃の遊びであり、幾種類もの蓑を作らせては切り開き、それを並べて夏休みの宿題に提出したこともあった。

 ミノガの幼虫・ミノムシ…その一生は少し哀しい。蛹から孵ったメスは翅もなく、脚もなく、一生蓑から出ることもないままで、フェロモンを風に散らせてオスを呼ぶ。誘われて飛んで来たオスは、腹部を精一杯伸ばして蓑の奥の蛹の殻に潜むメスと交尾し、やがて死んでいく。蛾に羽化して羽ばたけるのは実はオスだけなのだが、そのオスも口は退化し、花の蜜を吸うことも出来ない。交尾を終えた雌は蓑の中の蛹の殻の中に1,000個以上の卵を産み、その表面を腹部の先に生えていた細かい毛で覆って、卵が孵化するまで蛹の殻の中に留まり、やがて孵化する頃に蓑の下の穴から出て地上に落ちて死ぬ。オスも哀れ、雌も哀れな生涯である。

 ミノガ科を示すPsychidae と、ひところ騒がれた幻覚剤によってもたらされる心理的感覚や様々な幻覚や極彩色イメージよって特徴づけられる視覚・聴覚の感覚を表す言葉・サイケデリック Psychedelic、ギリシャ神話に出てくる美の女神・プシュケ Psyche が語源を同じとするという話を読んだのは、遥か昔のこと。ミノムシの不思議な変態と生き様から語られていたような記憶があるが、その一文の中に、「梢の道化師」という表現もあった。何となく分かったような、分からないような、曖昧なままで今日に到っている。 

 外来種と思われるオオミノガヤドリバエに寄生されて、今では絶滅危惧種に選定される事態になってしまった。寄生率は5割~9割に達するといわれ、その寄生率は九州に近くなるほど高いという。だから、この日の出会いを敢えて「奇蹟」という。

 「枕草子」43段
…みのむしいとあはれなり。鬼の生みたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらんとて、親のあやしききぬひき着せて「今は秋風吹かむをりぞ来んする。まてよ」といひおきて、にげていにけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く、いみじうあはれなり。…

 勿論、ミノムシが鳴くことはない。しかし、「父よ、父よ」と鳴いてもおかしくないほどに、哀れを感じる一生ではある。
 そして、蓑を作るのは秋。秋台風の凄まじい爪痕をテレビで聴きながら、乱調子の季節の移ろいに疲れ果てた気だるい身体を、今日も持て余している。
              (20111年9月:写真:珍客ミノムシ)