『そぞろ歩き韓国』から『四季折々』に 

東京近郊を散歩した折々の写真とたまに俳句。

翻訳  四角い記憶4

2023-04-24 08:51:23 | 翻訳

                                                   4

 チョンミンは葬儀場に行くようになると周囲をきょろきょろする癖ができた。わざわざトイレに行ってきたりすることもあった。そんな日は夜にミンジョンに文字メッセージを送った。誰が死んだと言う言葉は書かず天気の話だけ記した。「明日雨が降るそうだ。最高気温と最低気温の差があるから風邪に注意」「今晩雪が降るそうですね」という言葉。ミンジョンもよく返事を送った。ミンジョンは母親を療養所に入院させた。脳卒中になり大小便を分別できなくなったためだった。脳卒中。ミンジョンにはその単語が変だった。脳が卒業している最中なんて。母親を見舞いに行く度にミンジョンの頭の中には卒業という単語がぐるぐる回った。それで考えてみると両親は一度もミンジョンの卒業式に来られなかった。小学校の時は卒業式の日に母方の祖父が亡くなった。中学校の時はミンジョンが盲腸の手術をした。ミンジョンの父親が学校に行って卒業証書を受け取ってきた。高校の時はミンジョンが来ないでと言った。友達も皆両親を呼ばないし、両親が来れば友達に冷やかされると嘘をついた。ミンジョンは横たわっている母親に謝罪した。その時花束を持って両親と卒業写真を撮らなければならなかったのに。高校生の時ミンジョンは除け者にされた。その子供達の前で両親と笑いながら写真を撮る自信がなかった。ミンジョンは母親にその時の話を聞かせてやった。「私を一番多くいじめていた子供がいたの。その子供が両親と笑いながら写真を撮っていた。それを見た瞬間、私が何を間違ったかわかった。その子供の前で私が明るく笑いながら家族写真を撮らなければならなかったのよ。」その日ミンジョンはその子供の両親に近づいてこう言った。「娘の心に何があるのか覗いて見てください。黒い穴がどんなに多いか。」そしてミンジョンは笑った。講堂を抜け出ると背後で誰かが気違い女と罵る声が聞こえたけれど、振り返らなかった。ミンジョンは一週間に一回ずつ療養院に母親の見舞いに行って、その度に長いおしゃべりをした。母親が自分の言葉が聞き取れないだろうと思うと、秘密にしておいた心の中の話がどっと出てきた。主に幼い時の話だったが、話してみると幸福だった記憶もかなりあることが分かった。餃子を作っていて練った小麦粉の残りで髭を作って付けたこと。髭を付けたミンジョンを見て母親はへそがとれた、と笑っていたこと。その言葉にミンジョンが母親のへそが心配になり服を持ち上げてへそを見たこと。その日母親は娘がへそを見る間じっとしていた。十歳の時だったか母親の鏡台の引き出しに隠してあった兄の写真の中の一枚を盗んだことがあった。それを財布の中に入れて持ち歩いていて、高校の修学旅行のキャンプファイヤーの途中で火の中に投げた。もともとは紙に願い事を書いてそれを燃やす行事だったが、ミンジョンは兄の写真の裏に願い事を記した。「お母さん、写真の裏に何と書いたと思う?」ミンジョンは母親に語った。「私の夢の中に訪ねてくればその時教えてあげる。」しかしミンジョンの母親は亡くなった後も夢の中に訪ねてこなかった。弔問に来た人々はミンジョンの背中を叩いてやるだけやったと言った。その言葉を聞いたミンジョンは別に答える言葉を探せなくスケソウダラの煮つけが美味しいので食事をして行ってくださいとだけ言った。葬式が終わって一週間後に伯父が訪ねてきて癌にかかって数か月しか生きられないという話をした。そういいながらすまなかったと謝罪した。「お前のお父さんが忙しくて来られないのをわしが腹を立てたんだよ。大学の入学金まで出してやったのは誰なのかと言って。すまない。わしが心細かったんだ。」伯父はミンジョンにお金の包みをくれた。包みを開けてみるとミンジョンはびっくりした。節約して使ったら仕事をしなくても十年持ちこたえられるほどの大金だった。ミンジョンが断ると伯父はそれを受け取らなければ死んで弟に会うことができないと言った。「従兄のお兄さんたちは?相談しましたか?」そうすると伯父が醜い奴らだと呟いた。「わしが稼いだ金だ。心配するな。」伯父がミンジョンに一度握手しようと言うのでミンジョンが手を差し出した。ミンジョンは食堂の仕事を辞めた。家の壁紙を貼り変えてトイレを修理した。そして大きな机を買って居間の真ん中に置いた。そこに座ってこれからどんな仕事をするのか、ミンジョンは考えに考えた。

 チョンミンは大学の同期の満一歳のお祝いの会に行ってミンジョンの六親等の又従兄に会った。六親等の又従兄は二年前に転職したが、それが大学の同期が通う会社だったのだ。二人があれこれ近況を話し合っていて、チョンミンはミンジョンが少し前に葬式をしたという話を聞いた。その日家に帰ってチョンミンはわけもわからず腹が立った。腹が立ったチョンミンは大掃除をした。「腹が立ったら大掃除する。」それはチョンミンが幼い時父親が教えてくれた方法だった。そう言いながら友達に冷やかされて腹が立ったチョンミンに窓ガラスの掃除をさせた。父親は庭の水道にホースをつけてくれ、チョンミンはホースを持って居間の窓ガラスに向かって水を撒いた。その時虹が出た。「お母さん、虹見て。」チョンミンが叫んだ。「うちのチョンミンがしょっちゅう腹を立てないで、家の硝子がきれいにならないように。」母親が虹を見て言った。ワンルームは窓が広々と開けられなかった。それで外の硝子を磨くことができなかった。チョンミンはそれが不満だった。契約期間が過ぎたら窓が広々と開く家へ引っ越ししなければと、チョンミンは思った。チョンミンはビールのジョッキを集める趣味があった。そのビールのジョッキを全部取り出して磨きながら、チョンミンはなぜ腹が立ったのか考えてみた。葬儀場で会いたくないので、ミンジョンが連絡しなかったと思った。とんでもない考えだと思ったけれど、それでもしょっちゅうそう思った。皿洗いをしていてビールジョッキが一つ壊れた。水でゆすいでいてジョッキの一つがどこかにぶつからないまま、そのまま壊れたのだ。救急病院に行って十六針縫った。タクシーの運転手がチョンミンの手を見てどうして怪我をしたのか訊ねるので、皿洗いをしていて怪我したと答えた。そうすると家庭的な夫だと褒めた。そして自分が好きな野球選手も、皿洗いをしていて怪我をして指を縫ったという話をした。チームが四強に入るか入らないかという重要な時期で、よりによってこの時期に怪我をした。悔しがった。縫った傷が癒える間、チョンミンは指を怪我した選手がいるチームの競技をいろいろ見た。五位に落ちて行って、四位に上がって行って、再び五位に落ちた。チョンミンはそのチームが負けることを願った。そうしながら遅すぎた後悔をした。ミンジョンの消息を聞いた時腹を立てたのはよくなかった。心配しなければならなかった。自分がそんな奴にすぎないと言う事実にチョンミンは失望した。指を怪我した選手は三週間後に戻ってきた。チームはかろうじて五位になり、ワールドカードを手に入れたが、初試合で五対一で負けた。来年にはうまくなるように。中継を見ながらチョンミンは思った。そして翌年チョンミンはそのチームを熱心に応援した。週末になると野球場を訪れた。全国の野球場にすべて行ってみることを目標にしたりした。テンジョン野球場でチョンミンはファウルボールを避けようと隣の席に座っていた女の服にビールをこぼした。チョンミンが謝罪すると女が言った。「私のビールもこぼしたのでもう一杯おごってください。」それでチョンミンは生ビールを買いに行った。生ビールを二杯持って戻ってみると女が席にいなかった。しばらくして女がトッポッキを持ってきた。「農心一本(ノウシンカラク)のトッポッキです。ここに来たら必ず食べなければならないです。」その日二人はトッポッキにビールを二杯ずつ飲んだ。別れる時に女が言った。「マサン野球場に行かれる機会がありますか?そこに行ったら「ちゃんと飲め」というマッコリを必ず飲んでください。」それでチョンミンが行くなら一緒にどうですかと訊ねた。


にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。