花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

不死鳥

2022-09-15 | 日記・エッセイ


俎上の貴殿(あなた)を他者(ひと)が料理する。載ったら最後、其処は困るという意気地ない待ったは通用しない。手の内にありと言わしめ、それもまた戯言の一興。心配ご無用、此の世の誰一人として不死鳥に引導は渡せない。

2022-09-13 | アート・文化


   世の中常ならずといふことを、人のもとに
   よみてつかはし侍りし
世の中にかしこきこともはかなきも 思ひし解けば夢にぞありける
     金槐和歌集   源実朝

柴胡(サイコ)│三島柴胡(ミシマサイコ)

2022-09-11 | 漢方の世界


柴胡(サイコ)は、セリ科、ミシマサイコ属の多年草、ミシマサイコ(三島柴胡)、学名Bupleurum scorzoneraefolium Willd. var. stenophyllum Nakai/日本薬局法:B. falcatum Linné (Umbelliferae)、またはその変種の根から得られる、辛涼解表薬に分類される生薬である。ミシマサイコの名は、静岡県の三島地方で産出されるサイコが良質であったことに由来する。花期は8~10月、複散形花序に黄色の小さな花を咲かせる。
 薬性は苦、微辛、微寒、帰経は肝・胆・心包・三焦経で、効能は解表退熱、疏肝解鬱、昇挙陽気、退熱截瘧である。サイコは『神農本草経』上品に含まれ、傷感少陽病期に治療に用いる重要な生薬である。配合される柴胡剤は多く、小柴胡湯、大柴胡湯、補中益気湯、四逆散や柴葛解肌湯等がある。柴葛解肌湯は従来よりインフルエンザなどウイルス感染症、急性熱性疾患に用いる、表証と半表半裏を兼ねた病態に対する方剤である。昨今ではCOVID-19感染症に有効な漢方処方の一つとして注目されている。

ちなみに「蛍草」(ほたるそう)はホタルサイコ(蛍柴胡)の別名で、学名はB.longiradiatum var. elatiusである。一方「露草 つき草 ほたる草」(「草木花 歳時記(秋の巻)」, p52-53, 朝日新聞社, 1998)と記された様に、「蛍草」(ほたるぐさ)はツユクサ科、ツユクサ属の「露草」(つゆくさ)の別名ともなりまことに紛らわしい。また芭蕉の句「陽炎や柴胡の糸の薄曇り」(猿蓑)の“柴胡”は、キンポウゲ科、オキナグサ属の「翁草」(おきなぐさ)であり、“柴胡の糸”は花後に絹の玉の様に白い綿毛を伴う結実の表現である。
 さらなる蛇足として、ツユクサの全草から得られる生薬は清熱瀉火薬の「鴨跖草」(オウセキソウ)(効能は清熱瀉火、解毒、利水消腫)、オキナグサの根から得られる生薬は清熱解毒薬の「白頭翁」(ハクトウオウ)(効能は清熱解毒、涼血止痢)である。




冬瓜皮(トウカヒ)│冬瓜(トウガン)

2022-09-10 | 漢方の世界

八十三 冬瓜│「四季の花」夏之部・四, 芸艸堂, 明治41年

冬瓜皮(トウカヒ)は、ウリ科、トウガン属の蔓性の一年草、トウガン(冬瓜)、学名Benincasa hispida (Thunb.) Cogn.の果実の果皮から得られる利水滲湿薬に分類される生薬である。薬性は甘、凉、帰経は肺・脾・小腸経で、効能は利水消腫、清熱解暑である。配合する方剤に冬瓜湯がある。果実は生薬のみならずスープや煮込み料理の食材として利用される。冬瓜(とうぐわ、とうがん)は秋の季語である。

トウガンの成熟種子から得られる生薬は冬瓜子(トウカシ)、冬瓜仁(トウガニン)である。薬性は甘、微寒、帰経は肺・大腸経で、効能は清肺化痰、利湿排膿である。配合する方剤に大黄牡丹皮湯、腸癰湯がある。

冬瓜やたがひに変る顔の形(なり)
     西華集   芭蕉




交差路

2022-09-09 | 日記・エッセイ


止まれ進めの旗のまま、すすみゆく道をなくした黄昏。街角で見あげた信号機が、もういいからと告げていた。さよならが宿世だから、瞬刻の交差に浅き夢を見る。絶え間ない流れのなかで、其処だけがほんのりと暮れなずむ。

黒点草(コクテンソウ)│杜鵑草(ホトトギス)

2022-09-07 | 漢方の世界

油点艸 コスモスヒブリダース│「草花百種 三」, 山田芸艸堂, 明治34年

「黒点草」(コクテンソウ)はヒマラヤホトトギス(中国名は黄花油点草、柔毛油点草)、学名Tricyrtis maculata (D. Don) Machride/T.pilosa Wall.の根あるいは全草から得られる生薬である。性は甘・淡・平、効能は清熱除煩、活血消腫である。

ホトトギス属(杜鵑属)はユリ科の多年草で、学名Tricyrtis、世界に約20種が分布する。ホトトギスの和名は、花弁の紫色の斑点模様が野鳥ホトトギスの胸模様に似ることから名付けられた。現在ホトトギスとして流通している多くは、日本固有種のホトトギス(杜鵑草)、学名Tricyrtis hirtaと、タイワンホトトギス(台湾杜鵑草)、学名Tricyrtis formosanaの交雑種である。ホトトギスは花芽が互生する葉腋(葉の脇)各々に付くのに対し、タイワンホトトギスは分岐した茎先に花芽が付く。

生薬名「杜鵑花」(トケンカ)は、ツツジ科、ツツジ属の学名Rhododendron simsii Planch.、タイワンヤマツツジ(台湾山躑躅)の花から得られる別物である。ちなみに薬性は甘、酸、平、効能は和血、調経、止咳、袪風湿、解瘡毒である。




秋風

2022-09-06 | 日記・エッセイ


此岸に佇み見送る眼に映るのは、ふたたび見(まみ)える事のない後姿である。その衣着つる人は心異に物思ひなくなりける。舟上の影はもはや穢き所を顧みることはない。朝霧は消えゆき、跡無き川面を秋立つ風が吹き渡る。

腹・肚づくし

2022-09-03 | アート・文化


  秋の夜の会話   草野新平
さむいね。
ああさむいね。
虫がないてるね。
ああ虫がないてるね。
もうすぐ土の中だね。
土の中はいやだね。
痩せたね。
君もずいぶん痩せたね。
どこがこんなに切ないんだらうね。
腹だらうかね。
腹とったら死ぬだらうね。
死にたかあないね。
さむいね。
ああ虫がないてるね。
       
 (「金子光晴 草野新平」, p188)

「つまり東洋では何よりも先づ「人」を見る。何の能があるかといふことは二の次に見る。人材の要請でだんだんさう云ってゐられなくなって、一應西洋流になるかと思はれるが、その「人」の中心とする所は即ち腹で、腹を精神的に云へば肚でもある。
 (布袋とヴヰーナス│「東洋の道と美」, p28)

「最後の第六は「腹中書」である。腹の中に書がある。頭の中に書があるのではだめ、それは単なる知識にすぎない。往々にしてディレッタントたるにすぎず、時には人間を薄っぺらにし、不具にする。知は腹に納まり、血となり、肉となって、生きた人格を造り、賢明なる行動となる。
 (六中観│安岡正篤著:「新憂楽志」, p201-202)

〇肚(ト、はら):「〔広雅、釈親〕に「胃、之を肚と謂ふ」とあり、〔初学記、十九〕に引く劉向〔列女伝、斉金離春〕に「凹頭深目、長肚大節」とあって、大きな腹部をいう。」(「字通」, p1182)
〇腹(フク、はら、だく、こころ):「复は量器で、器腹の大きなもの。ゆえに盈満の意がある。〔説文〕に「厚きなり」とあり、腹部の多肉の意とする。〔礼記、月令〕「水澤腹堅なり」の〔注〕に「厚きなり」としている。」(「字通」, p1384)

心炎意火を收めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に清涼にして一點の計較思想なく、一滴の識浪情浪なけん。」 (「夜船閑話」, p131)
  *計較思想(けきょうしそう):思慮分別
   識浪情浪(しきろうじょうは):迷妄、誤った考えに迷い揺れること
「又、白隠和尚曰く、我つねに心おして腔子の中に充たしむ。(中略)是蓋し素問に云ゆる恬澹虚無なれば、眞氣是にしたがふ、精神内に守らば、病何れより來らむ、と云ふ語に本づき玉ふ者ならむか。且つ夫れ内に守るの要、元氣おして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅、一豪髪ばかりも欠缺の處なからしめん事を要す。是生を養ふ至要なる事を知るべし。」(「夜船閑話」, p135-136)
  *腔子(こうし):体の中,肚の意

参考資料:
安東次男, 山本太郎編:日本詩人全集24「金子光晴 草野新平」, 新潮社, 1967
長與善郎著:「東洋の道と美」, 聖紀書房, 1943
安岡正篤著:「新憂楽志」, 明徳出版社, 1997
白川靜著:「字通」, 平凡社, 1996
芳澤勝弘訳注:白隠禅師法語全集第四冊「夜船閑話」, 禅文化研究所, 2000
田代華編:「黄帝内経素問」, 人民衛生出版社, 2005