花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

新型コロナウイルス感染症におけるTCM│中医体質分析

2020-05-30 | 医学あれこれ
楊家耀, 他:90例普通型新型冠状病毒肺炎患者中医証候与体質分析, 中医雑誌61(8):645, 2020
J.Yang, et al.: Analysis on Traditional Chinese Medicine Syndromes and Constitutions of 90 Patients with Common COVID-19.


本論文は新型コロナウイルス感染症、普通型患者の中医証候および体質を検討した横断研究(cross-sectional study)である。普通型患者の主要な中医証型が「湿阻中焦型」(dampness obstructing in middle jiao type)、「寒湿襲肺型」(cold-dampness attaking lung type)であり、中医体質の検討では「痰湿質」(phlegm-dampness constitution)、「気虚質」(qi-deficiency constitution)が主で次いで「血瘀質」(blood-stasis constitution)、「湿熱質」(dampness-heat constitution)との論述がある。著者らは前二者の体質とCOVID-19との関連について、気虚体質群は衛外不固(衛気が虚して体表を固摂できず外邪が容易に侵入する病態)の為に疫癘の邪を容易に感受する、そして痰湿体質群は外界の寒湿疫癘の邪が体内の内湿と引き合い合邪となり本疾患の発病に至るとの考察を加えている。

研究対象は、2020年1月20日~2月10日の期間、湿蘊の地、武漢市の中西結合病院(武漢市第一病院)で、新型冠状病毒感染的肺炎診療方案(第五版)に従い、RT-PCR陽性患者で普通型(発熱、呼吸器症状を有し、画像診断で肺炎像を確認)と確定診断された90例(男性52例、女性38例、年齢平均47.4±11.6歳(24~65歳))である。既往歴では高血圧症22例、糖尿病17例、高脂血症15例、甲状腺機能低下症4例、これら二種以上の基礎疾患を有する18例、長期の喫煙例21例である。(本研究の対象症例は基礎疾患合併が比較的少ない青年・中年が中心で小児・高齢者が含まれていないことが考察で述べられている)。 

症状出現から確定診断までの平均日数は4.58±3.20日で、3日以内が27例、3~7日47例、7日以上が16例である。確定前の投薬は、抗ウイルス薬(Ribavirin、Lopinavir/ Ritonavir、Umifenovir等)、抗菌剤(Moxifloxacin、Cefoperazone、Cefdinir、Cefixime、Amoxicillin等)、中成薬(連花清瘟膠嚢、藿香生気散、午時茶顆粒、小柴胡顆粒等)、感冒用薬、ステロイド薬である。
 主要症状は発熱83.3%、倦怠乏力62.2%、納呆53.3%、肌肉酸痛52.2%、干咳少痰51.1%で、熱型は午後夜間の潮熱27.8%、微熱20.0%、身熱不揚18.9%、壮熱8.9%、手足心熱5.6%、寒熱往来2.2%である。舌診は淡紅舌56.7%、紅舌35.6%、舌苔は薄白苔36.7%、白膩苔20.0%、黄膩苔20.0%、85例の脈診は沈脈類51.8%、滑脉類21.2%である。
 体質分類は王琦教授の「中医体質類型自測表」に従い判定され、痰湿質50.0%、気虚質41.7%、血瘀質27.4%、湿熱質11.9%を認めた。熟練した中医の中医辨証に基づいた証型分類は、寒湿襲肺型37.8%、湿阻中焦型53.3%、脾肺気虚型8.9%の診断であった。第3病日までは寒湿襲肺型、第3~7病日は湿阻中焦型、第7病日以降は脾肺気虚型が多く観察されている。

*「新型冠状病毒肺炎診療方案」における臨床病型と証型の変遷:
本論文で準拠の試行第五版から最新の第七版まで、臨床病型は軽症(臨床症状は軽微、画像診断で肺炎所見なし)、普通型(発熱、呼吸器症状を伴い、画像診断で肺炎所見を認める)、重症、危重型に分類されている。中医治療における証型分類では、臨床治療期(確診病例)において、第五版は初期:寒湿鬱肺、中期:疫毒閉肺、重症期:内閉外脱、回復期:肺脾気虚であり、第六版以降は軽症:寒湿鬱肺証、湿熱蘊肺証、普通型:湿毒鬱肺証、寒湿閉肺証(第七版、寒湿阻肺証)、重型:疫毒閉肺証、気営両燔証、危重型(内閉外脱証)、回復期:肺脾気虚証、気陰両虚証の分類に改変されている。


本邦「新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第2版」における重症度分類は、軽症(呼吸器症状なし、咳のみ息切れなし、SpO2≧96%)、中等症I(息切れ、肺炎所見、93%<SpO2<96%)、中等症II(酸素投与が必要、SpO2≦93%)および重症(ICUに入院あるいは人工呼吸器が必要)である。

*中医体質九分類における「気虚質」と「痰湿質」:
《気虚質(B型)》
1.定義:一身之気不足、以気息低弱、臓腑効能状態低下為主要特征的体質状態。
2.体質特征:➀形態特征:肌肉松軟。②心理特征:性格内向、情緒不穏定、胆小不喜歓冒険。➂常見表現:平素気短懶言、語音低怯、精神不振、肢体容易疲乏、易出汗、舌淡江、胖嫩、歯痕、脈象虚緩。副項、面色痿黄或淡白、目光少神、口淡、唇色少華、毛髪不澤、頭暈、健忘、大便正常、或雖便秘但結硬、或大便不成形、便後仍覚未尽、小便正常或偏多。④対外環境活応能力:不耐受寒邪、風邪、暑邪。➄発病傾向:平素体質虚弱、衛表不固易患感冒;或病後抗病能力弱、易遷延不入愈、易患内臓下垂、虚労等病。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究与応用」, p46,中医中医薬出版社, 2012)

(全身性の気が不足し、各臓腑の機能低下、抵抗力減弱を示す症候が特徴である。性格は内向的、情緒不安定、胆力が乏しく冒険を好まない。肌肉筋肉は締まりなく柔らかい。平素息切れし声を出すのが億劫である、声は低く弱い、精神活動が活発でない、身体が疲れやすい、汗が出やすい。淡紅舌、胖大で嫩舌(舌質が柔らかく湿潤、紋理が細かい)、歯痕あり。虚脉で緩脈。顔色は淡い黄色で艶なく、あるいは淡白、目の輝きが乏しい、口が淡く味を感じない、唇の色が悪い、毛髪が乏しい、眩暈、健忘がある。大便は順調あるいは便秘だが乾結しない、あるいは軟便・泥状便、残便感あり。尿は正常あるいは頻尿。体質虚弱で体表を守る衛気が不足する為に、寒邪、風邪、暑邪などの外感の邪を感受しやすく容易に感冒に罹患。さらに外邪を排除する力がなく、回復力に乏しく変証を来し易く遷延する。中気下陥の内臓下垂や虚労病を起こしやすい。)

《痰湿質(E型)》
1.定義:由水液内定而痰湿凝聚、以粘滞重濁為主要特征的体質状態。
2.体質特征:①形体特征:体形肥胖、腹部肥満松軟。②心理特征:性格偏温和、穏重恭謙、和達、多善于忍耐。③常見表現:主項:面部皮肤油脂較多、多汗且黏、胸悶、痰多。副項:面色黄胖而黯,眼胞微浮,容易困倦,平素舌体胖大,舌苔白腻,口黏膩或甜,身重不爽,脉滑,喜食肥甘,大便正常或不実,小便不多或微混。④対外界環境適応能力:対梅雨季節及潮湿環境適応能力差,易患湿証。⑤発病傾向:易患消渇、中風、胸痺等病証。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究と応用」, p48,中医中医薬出版社, 2012)

(水液代謝の障害で余剰水分が組織に停留、湿の性質「粘滞重濁」を反映する症候が特徴である。肥満体型、腹囲大で柔弱である。性格は温和、穏健で慎み深く、忍耐強い。顔は皮脂分泌が多く、汗が多くべたつく。胸部がつかえる、痰が多い。顔色は黄色味を帯びむくみ暗い、上眼瞼やや浮腫性、すぐに疲労する。平素胖大舌で、白膩苔、口が粘り甘く感じる、身体が重たくすっきりとしない。滑脈。脂っこく甘いものを好む、大便は順調あるいは粘つき形を成さない、尿回数は多くなくあるいは微量の混濁あり。梅雨期および湿度が高い環境では活動能力に影響がでて湿証を患いやすい。消渇(糖尿病等)、中風(脳梗塞・脳出血等)、胸痹(狭心症・心筋梗塞等)を発病する傾向がある。)

*脾胃の働きを保つ意義:
六邪に対する感受性は体質によって異なり、病証は体質によって影響を受け変化する。気虚体質には補気健脾(気を補い脾の働きを健やかに保つ)、痰湿体質には健脾芳化(脾の働きを健やかに保ち、発展した湿を芳香の(食)薬で発散させる)が求められる。梅雨から夏季本番の暑湿(暑邪と湿邪)は脾胃(胃腸の消化吸収機能に相当)の不調を来し易く、緊急事態制限の解除が続く今後さらなる留意が必要となる。脾は胃と一体となって働き、脾胃は気血生化の源、「後天之本」であり、脾胃の働きで得られる滋養物質が発育成長および生命活動を維持する。そして「正気存内、邪不可干」、人体に正気(体力、免疫力)が充実していたなら邪気は干渉出来ない(侵襲されない)である。