「いいか、俺たちゃ遊びじゃねぇんだぞ。これが稼業だ。限りある時でいかに描くか、その肚が括れねぇんなら素人に戻れ。その方がよっぽど気楽だ」
そして親父どのは皆を見回し、お栄にも顔を向けた。
「だが、たとえ三流の玄人でも、一流の素人に勝る。なぜだかわかるか。こうして恥をしのぶからだ。己が満足できねぇもんでも、歯ぁ喰いしばって世間の目に晒す。やっちまったもんをつべこべ悔いる暇があったら、次の仕事にとっとと掛かりやがれ」
お栄はおのれがごくりと咽喉を鳴らしたのが聞こえた。
(第四章 花魁と禿図│朝井まかて著:新潮文庫「眩(くらら)」, p130, 新潮社, 2019)
<蛇足の独り言>玄人とは、全面ガラス張り(四面鏡張りではなく)の箱に入った筑波山麓、四六の蝦蟇である。何時何処に如何なる状況に置かれるとも、次なる油を垂らしてみせる剛毅な鈍感力が必要条件である。