團扇畫譜
「 今はとて天の羽衣きるをりぞ君をあはれと思ひいでける
とて、壺の薬そへて、頭中将よびよせて奉らす。中将に、天人とりて伝ふ。中将とりつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁を、「いとおしく、かなし」とおぼしつる事もうせぬ。此衣着つる人は、物思ひなく成にければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して、昇りぬ。」
(竹取物語│堀内秀晃, 秋山虔校注:新日本古典文学大系「竹取物語 伊勢物語」, p74-75, 岩波書店, 1997)
かぐや姫昇天の部分である。先にも「衣着せつる人は、心異になるなりといふ。」とかぐや姫が述べた様に、天の羽衣を纏えば此の国にあるとも地上の心は失せる。「かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなん。思ふ事もなく侍る也。」(月の都人は、とても清らかで美しく、年を取ることなく不老不死で、思い悩むこととは無縁の住人である。)の天上の人となれば、もはや別れ行く翁への思いは毛筋ほども残ってはいない。七情(喜、怒、思、憂、悲、恐、驚)を超えた天界の非人情(不人情ではなく)は、塵界の思慮が及ぶところのものではない。「かすかになりて天つ御空の霞に紛れて失せにけり」の跡をいつまでも慕い続ける地上の慟哭だけが、今も届かぬままに富士の山巓から雲の中へとたち昇っている。