霊的なものへの意識は薄れ、人力の極みと神助が廓然と響き合う刹那を失った時代に我等は生きている。花を立てて依代とする“影向の花”、神仏への供花・献花は寺社関連の儀礼と化し、巷に流布するいけばなは神聖なものに誘われ感応して真向かう花ではなく、何処までも個我が纏わりついた“わたしの花”である。展開するのは自己の好尚や審美で截取した自然であり感慨と見識を投入した世界である。然すれば畢竟、その花も自然もおのれ語りのレトリックに過ぎない。
光エネルギーの刺激が物理的に網膜の受容体に生じる興奮は、たかが千年の時代を隔てた万葉人と現代人との間に何ほどの相違もないだろう。一方、大脳皮質の視覚野に至る視覚情報処理や視覚的認識は、時代の自然観・世界観に修飾された心性を基盤に結束するがゆえに、古今で遥かに異なる展開をみせるのが道理である。「野にあるように」の山野自然は千古不変であるが、いまや近代人の自然観が色濃く投影された自然に導かれて花を為すとも、其処に森羅万象との間に生まれた霊的・神秘的共感が残っているのだろうか。
山河自然を観照の対象として叙景詩に歌い「自然の姿態のすべてを描写し極めようとした」(万葉集と比較文学│「白川静著作集11 万葉集」, p537)謝霊運に比して、万葉的叙景歌では「万葉びとは、自然がその霊的な姿を一瞬とらえればよかったのである。」(同, p537)との論述をみる。「霊的な姿を一瞬とらえる」という切口に思い起こすのは、時代が下る『三冊子』の「物の見へたるひかり、いまだ心にきえざる中にいひとむべし。」(「去来抄・三冊子・旅寝」, p104)である。混沌の淵におのづから立ち現れて消えゆく瞬間を「見ゆ」・「見れど飽かぬ」と応じ、それがとどまりて歌や花になる。白川静博士が御提唱になった《初期万葉》の自然観は、不肖の一門下にかくあるべしとお導き下さった華道大和未生流の精神に繋がるものがある。
参考資料:
白川静著:「白川静著作集11 万葉集」, 平凡社, 2000
潁原退蔵校注:岩波文庫「去来抄・三冊子・旅寝論」, 岩波書店, 1966
片岡寧豊著:「万葉の花 四季の花々と歌に親しむ」, 青幻舎、2010