花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

生世話物・魚屋宗五郎の時代

2020-02-17 | アート・文化


魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)の妹、お蔦は旗本屋敷に側室として御奉公に上がっている。そのお蔦が有ろう事か御手討という悲報が届く。だが磯部家から頂くお手当で家中何不自由ない暮らしであった御恩を思い、嘆き怒り悲しむ家族をなだめる宗五郎である。そしてこの断腸の夜、御女中からの御依頼と酒樽が届く。宗五郎は酒乱の身を慎んで金毘羅様に断酒の願をかけていた。だがついに禁を破り杯を重ねて次第に陽気に出来上がってゆくのがなんとも切ない。尤も陽気に見える心中は尋常ではない。お蔦に何ら落ち度なしと、酒樽を届けてきた妹の朋輩から真相を聞いた宗五郎をもはや抑える術はない。怒髪天を衝くばかりの勢いで旗本屋敷に殴り込む。彼も同じ運命を辿るところ、道理を弁えた家老のとりなしで一命をとりとめる。宗五郎の酔いが醒めた後、殿様は己が短慮な行いを詫びて讒言の用人成敗を約束され、弔慰金と二人扶持を下される。宗五郎は女房ともども御高配に深謝して矛を収める。

一寸の虫にも五分の魂、なめたらいかんぜよ。あまつさえ殿様が俺等に詫びて頭を下げた、御詫び金や後々の補償金まで御配慮下さった。有り得ないからこそ、大向こうを唸らせるお芝居になる。観る者は宗五郎に肩入れし日頃の鬱憤をはらして大いに溜飲を下げる、のであったに違いない。さて現代の宗五郎はこの展開に納得出来るのか。これが謝って済む話か。銅臭に群がる凡俗の徒輩と見縊るな。ますますヒートアップで大団円には程遠い。どだい殿様が頭をさげた重みなど判ろうか。今の世に殿様のたぐいは絶滅し其処も彼処も遍くボーダーレスである。其の位に在らざれば其の政を謀らず。なんの議会制民主主義で選出された一国の長も位卑言高の言辞を浴びる時代である。此処は頭のスイッチを切り替えて江戸時代にワープです。しかと前置きせねば、生世話物(きぜわもの)の意味も情趣も伝わらない現代、日夜御精進の役者さん方は如何なる思いを胸に舞台にお立ちになっておられるのだろう。