花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

ふたたび「桂」│有木詩八首の内・丹桂

2017-12-30 | 漢方の世界


  有木詩八首 其八  白居易
有木名丹桂、四時香馥馥。花團夜雪明、葉翦春雲綠。
風影清似水、霜枝冷如玉。獨占小山幽、不容凡鳥宿。
匠人愛芳直、裁截為廈屋。幹細力未成、用之君自速。
重任雖大過、直心終不曲。縱非梁棟材、猶勝尋常木。


木有り丹桂と名づく、四時香馥馥(ふくふく)あり。
花は團(まる)くして夜雪明(て)り、葉は翦られて春雲緑なり。
風影清らかにして水に似、霜枝冷ややかにして玉の如し。
獨り小山の幽を占め、凡鳥の宿るを容(い)れず。
匠人芳直を愛し、裁截して廈屋(かをく)を為(つく)る。
幹細くして力未だ成らざるも、之を用ふること君自ら速し。
重任大いに過ぎたりと雖も、直心終に曲がらず。
縱(たと)ひ梁棟の材に非ざるも、猶ほ尋常の木に勝らん。
(白氏文集 一, 516-517)

「有木詩八首」は、弱柳、桜桃、枳橘、杜梨、野葛、水檉、凌霄、丹桂の八種類の樹木を詠んだ一連の詩である。時の君側の漢や佞臣などの腐敗官僚を各々の木に譬えて風諭する中で、「丹桂」の最終首だけがその風影を讃えられている。「丹桂」は金木犀(きんもくせい)とされ、生薬「桂花」となる金木犀の花は「花は團く」と詠まれた様に集簇して開く。しかしながら「桂」の一文字、あるいは別名仙友、仙客や仙樹と称される「桂樹」が示す木は必ずしも単種の樹木ではない。生薬の世界では、「桂」と言えば《かつらと桂│桂の字をふくむ生薬》(2015/1/26)で述べた「肉桂」や「桂枝」が有名である。「獨占小山幽」は楚辞・招隠士における「桂樹叢生兮山之幽」を踏まえ、「丹桂」は清冷で直心の人、臥雲人(隠者)のメタファーとなっている。「桂」で表される木は自ずから花や樹が芳香を放つ、この世のものならぬ孤高の木である。それは現実の存在を超絶した、形而上学的実在の木と言うべきものかもしれない。

余談であるが、其五「野葛」は別名「冶葛」、「故曼草」、全草が毒性を有し正倉院薬物として現存する猛毒の生薬である。其七「凌霄」はノウゼンカズラで、7~8月に咲かせる漏斗状の黄赤色の花が活血調経薬に属する生薬「凌霄花(りょうしょうか)」となる。性味は辛、微寒、帰経は心包経、効能は破瘀通経、凉血祛風、止血である。

参考文献:
岡村繁著:新釈漢文大系97「白氏文集 一」, 明治書院, 2017
吹野安:「楚辞集注全注釈八---惜誓・弔屈原・服賦・哀時命・招隠士」, 明徳出版, 2015
王煥華著:「中薬趣話」, 百花文芸, 2006
鳥越泰義著:平凡社新書296「正倉院薬物の世界」、平凡社, 2005