施設により多少の違いがあるが、小児の耳鼻咽喉科診療の際の姿勢は以下の通りである、まずは親御さんに医師の方を向いて深く腰掛けてもらい、膝の上に子供も正面を向かせて座らせる。両方の腕を胸の位置で巻き込む様にして、上体を胸に引き寄せて抱いて頂く。介助者は子供の頭部を両手ではさんで親御さんの胸に押し当てて固定する。足をばたばたとさせる場合は下半身を安定させる為に、親御さんに足を組んで挟んでもらうか、もう一人の介助者が子供の腰から大腿にかけてを固定する。確実に局所に異常がないかの見極めの耳鼻咽喉科診察の為には介助固定が必須である。また当初機嫌がよく聞き訳がよくても不意に動くことがあり、特に器械を用いた処置中に大いに危険であるからである。
その様に子供をホールドして頂きながら診察や処置を完了するのであるが、その間ひたすら「ごめんね。ごめんね。ごめんね。」と言い続けて、子供に謝るお母さんが時におられる。決して痛いことや阿漕なことをする訳ではない。それでも最後まで大人しく抱かれる子供がおれば、始めから泣き出す子供もいる。じっとお膝の上でお座りしておくことの意味を説いて理解してもらえる様な年齢ではない。お母さんはただただ泣き続ける子供が可哀そうで不憫になられるのだろう。しかし親御さんが動揺すれば必ずその不安が子供に伝わり、子供の動揺がさらに増幅する。小児の夜泣き・疳症や神経症から、近年は認知症の周辺症状緩和まで広く用いられる漢方方剤《抑肝散》の原典には、「子母同服(子も母も一緒に服用する)」との服用指導の記載がある。臍の緒がもはや繋がっていなくとも、その後も母親と子供の心身のあり様は深く関連しているのである。そこで子供を抱きしめながら謝るお母さんには是非お伝えしたい。
「お母さんが何も謝ることはありません。どんと構えてしっかり抱っこしていて下さい。大丈夫ですよ。」
子供に「ごめんね。」と謝って頂きたくない理由はもう一つある。いつぞや終始じっと大人しくお座りしていた子供が診察が終わるなり、「ぼく頑張った」と母親のスカートに顔を伏せて小さくつぶやいた時があった。私は生来、頑張る、打ち勝つ、負けないという類の言葉が大の苦手である。だが思わずこの時は「頑張ったね、偉かったね」と声をかけていた。
ずるずるの吸いこむ音が嫌だったけど、でもお鼻がすっきりした。
耳の穴をごそごそやられちゃったけれど、お耳がよく聞こえるよ。
なんだか怖かったけど、どうってことはないや。
ぜんぶ綺麗にお掃除できたもん。
耳の穴をごそごそやられちゃったけれど、お耳がよく聞こえるよ。
なんだか怖かったけど、どうってことはないや。
ぜんぶ綺麗にお掃除できたもん。
そういう風に力強く乗り越えたこのたびの経験を小さな勲章にして、ささやかな自信を掴んでほしいと切に思うのである。成長なさった暁には、おばはん医者に診察を受けて大泣きしたことなどすっかり忘れているだろうから杞憂かもしれないが、謝られる様な嫌なことを無理やりされて我慢したというネガティブな印象を決して心に刻んでもらいたくはない。そして幼い頃の受診経験を成長過程の一里塚に、この先の人生にたとえ何があろうとも明るく踏み越えていって下さいと老婆心ながら祈る毎日である。
Bon Voyage!