本日(4月14日)の観劇の中で、とっても感動した事がありました。
アクシデントを殊更、言い立てるつもりではないのですが、
今日の昼の部の宙乗りの際、いざ吊り上げようとした瞬間、
段治郎さんの向きが反対になってしまったんですね。
(鳥屋ではなく舞台方向に向いて吊りあがってしまった)
絡んでいる風にも見えないし、何故向きが反転してしまったのか
よく分からなかったのですが、すぐ下げられ、黒衣が様子を見たあと、
また吊り上げられましたが、少し上がった段階で、再度向きが反対になり・・・
身体的に、とても危険があるような状況ではなかったのですが、
この一番のクライマックスでアクシデントに直面している事実が、
なんだか可哀相に思えてしまって、涙がこぼれて仕方なかった。
でも、客席から、ザザーっと拍手が沸き起こり、それが、とても暖かくて
「頑張って」に聞こえるような、あるいは、
「私たちは(この中断を)全然気にしてませんよ~、大変ね~」
と励ましを伝えているような感じというか・・・
二度目に下げた時に、やはり、すぐは直せないと判断されたようで、
段治郎さんの身体からワイヤーが外され、
即興?で所作をつけながら本舞台に戻りました。
舞台中央まで戻り正面に向き直った時、更に大きな拍手に包まれて・・・
その拍手の意味が強く感じられ、心から感動しました。
平日なので、コアなリピーターというよりは、
ほとんど、一般のお客様(満席で補助席ーたぶん立見もー出ている盛況)
だったと思いますが、劇場内の心がひとつになったように感じました。
皆、自身も拍手をしているのに、
多くの見知らぬ他人の拍手の暖かさに、何か心を打たれるような・・・
5分ほど芝居を止め(暗転となり)その間に大至急の確認が行われたようで、
三度目は無事、いつもの典雅な飛翔となりました。
(長袴の裾についているワイヤーに問題があったのか、
それは外されていましたが。)
幕が上がり、タケルが舞台中央から、花道に出て行き
「今、ひとたび、大空へ飛び立とうぞ」という台詞が加えられたことにより
さらに、演者と観客が『同じ時間を共有している』感が強まり
怪我の巧妙というか、いつもにも増して非常に親密な劇空間が生まれました。
(ちなみに、夜は、大過なく終わりました。ご安心下さい。)
アクシデントを殊更、言い立てるつもりではないのですが、
今日の昼の部の宙乗りの際、いざ吊り上げようとした瞬間、
段治郎さんの向きが反対になってしまったんですね。
(鳥屋ではなく舞台方向に向いて吊りあがってしまった)
絡んでいる風にも見えないし、何故向きが反転してしまったのか
よく分からなかったのですが、すぐ下げられ、黒衣が様子を見たあと、
また吊り上げられましたが、少し上がった段階で、再度向きが反対になり・・・
身体的に、とても危険があるような状況ではなかったのですが、
この一番のクライマックスでアクシデントに直面している事実が、
なんだか可哀相に思えてしまって、涙がこぼれて仕方なかった。
でも、客席から、ザザーっと拍手が沸き起こり、それが、とても暖かくて
「頑張って」に聞こえるような、あるいは、
「私たちは(この中断を)全然気にしてませんよ~、大変ね~」
と励ましを伝えているような感じというか・・・
二度目に下げた時に、やはり、すぐは直せないと判断されたようで、
段治郎さんの身体からワイヤーが外され、
即興?で所作をつけながら本舞台に戻りました。
舞台中央まで戻り正面に向き直った時、更に大きな拍手に包まれて・・・
その拍手の意味が強く感じられ、心から感動しました。
平日なので、コアなリピーターというよりは、
ほとんど、一般のお客様(満席で補助席ーたぶん立見もー出ている盛況)
だったと思いますが、劇場内の心がひとつになったように感じました。
皆、自身も拍手をしているのに、
多くの見知らぬ他人の拍手の暖かさに、何か心を打たれるような・・・
5分ほど芝居を止め(暗転となり)その間に大至急の確認が行われたようで、
三度目は無事、いつもの典雅な飛翔となりました。
(長袴の裾についているワイヤーに問題があったのか、
それは外されていましたが。)
幕が上がり、タケルが舞台中央から、花道に出て行き
「今、ひとたび、大空へ飛び立とうぞ」という台詞が加えられたことにより
さらに、演者と観客が『同じ時間を共有している』感が強まり
怪我の巧妙というか、いつもにも増して非常に親密な劇空間が生まれました。
(ちなみに、夜は、大過なく終わりました。ご安心下さい。)
臨場感に溢れるレポートでしたね。
読んだ瞬間には、脇の下に汗が滲んで来ました。
その場で同じ時間を共有したかったなぁ。なんて
不心得な思いも、ちょっぴり、心をよぎりました。
でも、でも、その場に居合わせたら、ややさんと
同じで、きっと涙、涙とともに鼻水をすすり、
「このおっさん、いい歳をしてなんだろか?」
なんて、周囲の人に笑われたかも知れません。
観客の暖かい励ましの拍手を、一番嬉しく受けた
のは、段治郎さんだったのではないでしょうか。
その暖かい拍手に、きっと、役者さんとして、
なにか自分にプラスになるものを得られたことと
思います。
宙乗り中のアクシデントでなくて良かったです。
なんと言っても、危険と隣り合わせの『宙乗り』
どうぞ、絶対に事故の起きないようにと心から
祈らずには居れません。
実は、私もその日、夜の部を3Fから観ました。仕事終わってからダッシュしたんで、2幕目からでしたが、6時に始まるはずで5:45ころついたのに、休憩時間の残りがまだ30分。あれれ?と思ってたら、なんか、段治郎さんのタケヒコさんは、ちょっと、疲れてるみたいだったし、「なんかあったのかな?」と思ってたんですが、そういうことがあったんですね。
それにしても、高くあがらないうちに中断できたのは、ほんとによかったです。東京はまもなく楽を迎えますが、まだ大阪・名古屋と続きますもの。私も道哲士さんと同じく、事故の起こらないことを祈らずにはいられません。
ところで、yayaさん、自分のblogにも書きましたが、私はあの日の夜の部の3Fのごく一部の「観客のマナー」に、同じ観客として、とても残念な思いをしました。
昼の部でそういうことがあった後だったのかと思うと、そのココロの温度の落差にますますもって残念です・・・
yayaさんの席では、聞こえませんでしたか?
着信音と欠伸の声。
役者さんの耳に届いていなければいいのですが・・・
段治郎さん、観客はもちろん、幕内の方々も、本当に祈るような気持ちで見守っていた三度目のトライだったと思います。
黒衣さんの一人が、一緒に吊り上げられてしまうのではないかしら?という位ギリギリまで段治郎さんの背後についていらっしゃいました。
昼の部が終わり、いったん外に出た際、正面玄関で、夜の部のお客様に、昼の終演が延びたので開場が遅れますとの案内がされているのを聞きました。
遠方からのお客様には気の毒でしたが、事情を知っている者としては、十分な安全点検が必要だろうし、カーテンコールから即序幕出演の役者さんの拵え替えの時間も必要だし、致し方ないな・・・と思っていましたが、個人的には、予測していた程待たされず夜の部の開場も始まったので、かえって、あまり時間を取っていないけれど大丈夫なのかな?と思ったくらいでした。
この日は、私は夜も一階の前列で観ておりましたが、終盤後列のお客様が何名か退出されるのを目撃し、交通機関の事情かしら?と多少残念ではありました。
携帯はこの日に限らず、結構鳴りますよね(^_^.)
私も、鳴らしたことこそありませんが、マナーモードにしていなかった!と、ふと気づき、観劇中バッグの中の携帯をあわてて取り出し、操作したことがあります。
14日の件は気づきませんでした。それより、空耳かもしれない!のですが、夜の宙乗りも結構盛り上がって、西袖や三階のお客様は、だんだんと近づいてくるタケルに拍手を送ったり、手を振ったりしていましたが、「ブラボー!」「ブラボー!!」という声援が何度か聞こえたような気がして・・・外国人観客方かしら?などと思っていたのですが、100%の確信も持てず。
観劇中寝てしまうのは致し方ない、と思うのですが(その人にとっては魅力の薄い芝居であったか、体調万全の観劇ではなかったとか、なんらかの事情で疲労が蓄積していたか・・・)、鼾や荒い鼻息はご勘弁ですね~(^_^.)欠伸っていうのもねぇ・・・そっとかみ締めるならともかく、大きな声でされると興醒めですね。
プラスチックバックのガサガサなども、私も気になります。でも、あれだけ多くの人がガサガサさせているところを見る(聞く)と、音に対する耐性も人それぞれで、気にならない(特に鳴らしている本人は一番(^_^.))芝居の邪魔になる程の音ではないでしょう?と思っている(というかそれさえ特に感じてもいない)人が結構多いのかもしれませんね・・・
夜の部に、とっても小さな男の子(何歳くらいなのかしら?小学生には見えなかったのですが)が、やはり前列で見ていて、こんな小さな子が大丈夫なのかな~?飽きないのかな~?と心配になるくらい可愛い坊やだったのですが、まったく騒ぐ様子もなく、そして、観劇仕様(?)のファッションで、きちんとジャケットスーツを着せてもらっていました。以前、欧州の劇場で5~6歳くらいの男の子が、お父様とオペラ観劇に来ているのに遭遇し、そんなに高い席ではなかったのですが、きちんとブラックタイに装っていて、『今日は観劇!』を楽しんでいる感じ。ちゃんと大人と同じ扱いで“ハレ”の日を認識するのかな?そうすると、注意など与えなくても自ずと、騒ぐ場所ではないんだな、ということも体得していけるのではないかしら、などと思ったりしました。
でも、日本の劇場って、膝の上でお弁当広げて食べるもアリ!なので、多少、客席に日常やお茶の間を引きずっているかもしれませんね~。 私も、観劇日は高揚状態にあるので、ヘンなことやらかさないように気をつけたいと思います(~_~)
(疲れてるのかしら→自分(-_-;)。。。ということで本日の観劇は中止し休息しております。来週末の楽イブ♪&楽に備える事にいたしましょう。)
nontanさん、猿★征お疲れ様でした。
初演の十、十一月ロングラン公演(二、三月の演舞場、五月名古屋、六月京都とまわった後、さらに好評のため凱旋公演)の筋書には、猿之助さんの後援会誌に寄せられた、ファンの感想が掲載されています。
さすが、猿之助さん!!大絶賛の声ばかりでなく、ここはこうしてほしい、というような要望の声も載っていました。
熱烈ファンの声を集めた「翔」のヤマトタケル特集号を回覧して貰ったときも、多様な声が上がっていましたし、HPのお便りコーナーなどを読み返してもそうですが(@松竹座版)、人々が追わぬものって何?天翔る心って?タケルの一番大切なもの(って弟姫??)は何?って、ふっと考えてしまいますよね。
本来はお芝居そのものから提示される主題のはずですが、この作品に限っては、この未知の舞台の創造に関わった全ての人たちの(特に、照明の吉井さんのコメントなどは、かなりの冒険だったのだろうな~と、読んでいるこちらもドキドキします。)まだ知らぬ「スーパー歌舞伎」への挑戦が『天翔る心』、この舞台が存在する事自体が、その『心』の具現なのだと感じます。
しかし、「夢見る力」にしても、オグリの「ロマンの病」(←これもかなり抵抗あった)、こうして、ある意味、臆面もなく主題を掲げられるって、揺らぎない信念があるからなのだろうな~と思います。
当方のブログにもコメントありがとうございます~。團蔵さんをかっこいいと思う方に出会えてうれしいです!
敬称もれは、yayaさんの書き込み観るまで気がつかなかったくらいなんで(^_^;)、気になさらないでくださいませ。
ところで、あの日、外人のお客さん、3F最前列に確かにいらっしゃいました。他にもいらっしゃったみたいです。
あと先月に観にいったときに、最後の出演者勢揃いのところで、盛んに口笛の賞賛があがって「なんかブロードウェイみたいだー」(って行ったことないですが(^_^;) と思ったことがありました。この時も外人さんがかなりいらしてたみたいです。この時は「外人さんにも楽しんでもらえてるんだな~」って結構うれしかったです。
nontanさん、yayaさんに便乗させてもらって言っちゃうと、「タケルの1番大切なもの」は、私も考えました。正直、まだ結論でてません。難しいですね。答えなんか出さない方がいいのかも とも思ったりします。
私は、スーパー歌舞伎みて、なんだかすごく元気に、前向きな気持ちになりました。
猿之助さんの思いっきり前向きな気持ちのお裾わけをしてもらったのかもしれません。
「天翔ける心」も「夢見る力」も言葉は違うけど、根っこは同じ「前を見て進んで行こう!」という心持なのかもしれない、と思ったりしてます。
<おまけ>
こちらのブログ→http://plaza.rakuten.co.jp/notariには「ヤマトタケル」の感想もあげてますんで、よろしかったら、お暇なときにこちらも覗いて見てくださいませ。
まあ、どの幕を観てもらっても良いとは思うのだけれど、どうせなら、水入りや宙乗りのスペクタクルがとっつき易いのではないか?
印象に残るのではないか?と要らぬおせっかいで、たまにどの幕を観ようか迷っている外国人の方に、「この幕がいいわよ!」と、推奨したりしてました(~o~)
猿之助さんの海外公演は何度か観ていますが、やっぱり千本桜の四の切や花矢倉なんかは大盛り上がり大会で、「どうよ!」って感じで、勝手に鼻高々な私♪になってしまうのであった(~o~)