うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読む219

2010-09-14 05:38:19 | 日記

続きます<o:p></o:p>

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観音様の堂が作られつつあった。瓦も葺かれているし、朱も塗られている。高いところで大工が蜂みたいに槌をふるっている。一面広茫の焼野原にまっさきに浅草寺再建をやっているのはさすがである。堂の前に遠く綱を張って、その中におサイセン箱が置いてある。銭を投げておじきしている男女たちを、アメリカ兵が軽蔑的な薄笑いを浮かべて横目で見ていた。<o:p></o:p>

 バケツを叩いて売っていた男が、アメリカ兵に、ハローと怒鳴ってヒヒと笑ったが、アメリカ兵は苦笑して通り過ぎていった。おべっかをつかったのではない。この大道商人はからかってみたのである。群衆も笑った。<o:p></o:p>

 「幾らですか、というのはどういうのだい」と高須さんがきくのでHow much?だといったら、早速一人のアメリカ兵をつかまえて、一つチェスターフィールドを買った。アメリカ兵はHow muchには頓着しないで、サンジュウーエンとへんな声で答えた。日本人が妙な英語で話しかけ、アメリカ兵が妙な日本語で答える。滑稽な光景だが、みな馴れたものである。木蔭でその煙草を吸い出したら、まわりからたくさん煙草や煙管がニョキニョキ出されて来た。みなマッチがないのである。瓜生岩子?の銅像が悲しそうにこの光景を見下ろしていた。<o:p></o:p>

 夕日が赤あかと、渦巻く砂塵を照らしはじめた。引き返す。仲店の入口で若い男がトランクからパンみたいなものをつかみ出して、まわりの人々は餓狼のようにもみあってこれを買っていた。二個で五円であった。<o:p></o:p>

 高須さんがゴム引きの前掛けを一枚十円で買っている間に、僕は枯れた草むらの中から噴出している水道の鉛管を見つけて、乾いたのどをうるおした。<o:p></o:p>

 地下鉄に下りてみると大満員で、改札を出さない。米国兵が二人改札の両側に肘をつき体をうしろに斜めにのばして、入って来る日本人をジロジロ見ている。二人の姿が唐獅子めいていて、電車から下りて来る日本人は、とくに女はさっと顔を緊張させて足早に通りぬける。きれいな女だと、碧い眼がチラとあとを追う。みなの顔が緊張するのは敵愾心ではなく、恐怖のためである。<o:p></o:p>

 薄暗い地下に埃が朦々と乳色の霧のように渦巻いて、とても改札を待ってはいられない。いっそ上野まで歩こうと相談して、また街上に出る。<o:p></o:p>

 空をアメリカ機が嵐のような音をたてて飛んでいる。青黒い装甲トラックが七、八台連なって、アメリカ兵を満載して通り過ぎる。こうなると、敵の自動車までが日本の戦車より精巧で堅牢で瀟洒に見える。日本のすべてが不細工で脆そうに思われるのだ。無表情の奥に傲然たる誇りを碧い眼から冷たくのぞかせて、アメリカ兵たちは、薄汚い猿の群のような日本人の波の中を大股に歩き回っている。靴の革みたいな顔をした黒人兵も見える。<o:p></o:p>

 高須さんがこの間煙草を買おうとして値切ったら、首を横にふったので、うしろからBlackboyと怒鳴ってみたら、ギロリと睨みつけられてそれはそれはこわかったそうだ。そのいわゆる黒ん坊にさえ、日本人たちは珍しそうにぞろぞろつきまとっているのである。<o:p></o:p>

 ここに愉快なのは大道商人のモグリである。


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2 コメント

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Unknown (志村 建世)
2010-09-14 10:24:39
これほど生き生きとした戦後風景の記録を見たことがありません。発掘・紹介をして下さることに感謝です。
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Unknown (うたのすけ)
2010-09-14 17:50:30
今晩は。
小生も疎開から帰って来た当座、上野浅草と冒険心もあってよく歩いたものです。
今、当時のことがあれこれ懐かしく思い出されています。
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