平成二十九年五月十日(水)
夜来からの雨か、朝からしとしとした小雨続きの一日となった。当地もカラカラした乾燥から解放されて、喉もいがらっぽさが収まり気分好し。森林火災も収まればいいのだが、所によっては油断できぬ様相という。
そんな中、韓国の大統領も決まったが、日韓間はなかなか問題が続出し、日本としては頭が痛い日が続きそうだ。だが何といってもお隣さんの事、辛抱強く対応するしかあるまい。まっ、一応は、成り行きを静観というところか。
平成二十九年五月十日(水)
夜来からの雨か、朝からしとしとした小雨続きの一日となった。当地もカラカラした乾燥から解放されて、喉もいがらっぽさが収まり気分好し。森林火災も収まればいいのだが、所によっては油断できぬ様相という。
そんな中、韓国の大統領も決まったが、日韓間はなかなか問題が続出し、日本としては頭が痛い日が続きそうだ。だが何といってもお隣さんの事、辛抱強く対応するしかあるまい。まっ、一応は、成り行きを静観というところか。
平成二十九年五月九日(火)
各地で山火事がすごい。山火事というより森林火災か。住宅も吞み込まれ一瞬にして丸裸になってしまった人もいる。避難指示が出、消防士が懸命に避難を呼びかければ命あっての物種。何もかも投げうって逃げるしかあるまい。お気の毒であるが、この火災で死傷者がなかったことを良しとする。そう思わずにはいられぬが、ご本人たちにとっては耐えきれぬ被害であろう。
平地でも火災が続出し、死者も。最近の火事は、必ずと言っていいぐらい犠牲者が出る。それも独り身の高齢者、高齢者ご夫婦。せっかく長生きされ、余生をと思うのが人の情。それがなされずに亡くなるとはむごい話である。何とか対策がないものか、無念でならない。
平成二十九年五月八日(月)
まさに初夏、陽気はよろしいし、何の文句も言えないお天気続き。これで文句たらたらだったら、罰が当たるというもんだろう。人間文句があっても、ある程度の我慢が必要か。しかし言いたいことを我慢していたら、体に良くないことは万々承知。しかし既に体に関しては満身創痍、今更気を使っても時すでに遅し。なるようになるさと、あさってを向いているしかあるまい。
ところで北とアメリカの関係が、話し合いの方向に進んでいるようで、これが事実なら願ってもないことである。トランプさんの選択肢にはこれもあったのだ。軍事力一辺倒と解したあべさん、大いに感激し持ち上げていたが、梯子を外されたようなかたち、もう二度と繰り返すまい過ちはである。第一世間に対してみっともない。はい、今日はここまでにします。
平成二十九年五月五日(金)
水戸まで迎えに行き、寿司屋にでも案内して、そこで女三人で思い切り喋ったほうがいいだろうと、十一時の開店まで時間があるので喫茶店で時間を潰す。女三人と称したが三人の齢を足したら幾つになるか。まあそれは言うまい。まさに三婆である。喫茶店ですでに姦しい。かみさんに先に行って、座敷を予約しておくから十一時になったら、駅ビルまでと告げて一足先に寿司屋へ。それがである。予約して三十分たっても影も形もである。しびれを切らして迎えに行けば、遠く喫茶店から笑いながら出てくる三人の姿が。文句をかみさんに言えば、妹二人はあたし達に言ってくれてればとかみさんを庇っている。
年寄りが四人も会すれば、話題は自ずと死に目のことになるのが当然。あたしも日ごろ思っていることをまくし立てた。齢の順から言えば先ずあたしが先、このことは娘にも近々言い聞かしておくが、小さい小さい家族葬にする。したがって死亡通知だけで勘弁してくれ。万が一かみさんが先になったら、兄弟だけには病状だけは知らせておくから、線香の一本もあげておくれ。と言う。何しろかみさん入れて弟妹は七人みな元気で、ひとりを除き、みな常磐沿線に住んでいるのである。
まっ、そんなことで、久方ぶりの三婆のお喋りは終わった。
平成二十九年五月二日(火)
身体不調でブログを数日か、休んでしまった。その理由を正直にと考えてはみたのだが、体の不調はともかく、まあ気楽に行こうと、ある人の助言に従ってのことが、一番の理由であろう。
ここ数年のことになるが終活なる文言が、しきりと脳裏を掠めることが多くなった。それはいつごろからかと、よくよく考えてみたら、東京にオリンピックの開催が決まった時からであった。その時、あと五年、八十八まで生きられればなんて考えたから、あと三年である。もう既に二年経ってしまった。月日の経つの早いものとつくづく思う。あと三年生きれば米寿、一つの節目である。米寿にオリンピックを見られると、別に何の期待もないが、それまでいろいろこの目で見て死にたいなんて、しきりと考えるようになった。そして同時にあの世に旅立つ準備をせねばなるまい。子供たちに死んだ後まで苦労は残したくない。きれいさっぱりと身辺を整理しておきたい。そして肝心かなめはピンピンコロリである。だがこればっかりは理想通りは行くまいが、それに少しでも近づければ良しとせねばなるまい。それより生きて確かめて置きたいことがある。私事は除いて、先ずは北朝鮮に対しての日本を含めての睨み合いの結末である。
それに築地の豊洲移転の問題。総理夫人と籠池氏のこと。都知事と慎太郎との軋轢。東北地震、津波。原発の後始末のこと。憲法改正の結末。数え上げれば知っておきたいことは山積みである。そう、熊本城の復興もある。
まあ、叶わぬことは当たり前だが、明るい展望だけは何とか知って、それからなんて欲が深すぎるか。
平成二十九年四月二十七日(木)
陽射しは弱いが陽気はすでに初夏。ストーブもここ数日焚かず、ゆっとりとした気分でいる。しかしテレビは今日も朝からアメリカと北の、軍事力の顔見世ショーで姦しい。もっともショーで推移していれば言うことなし。北はそのうち息切れして、音を上げるのではないだろうか。そうなれば、元々アメリカには北は勝ち目は皆無なのだし、小理屈を並べて大人しくなるのではないだろうか。なんといっても中国の水面下の圧力が、功を奏していると思う。そんな中、国内ではあの問題児の大臣が辞任した。事実上の更迭というが、口は災いの元と昔からよく言われるが、まさにびったりの事例だろう。あべさんは任命責任はあると陳謝しながら、ロシアに旅立ってしまった。問題の夫人を伴って。これを世間ではイタチの最後っ屁と称する。実に手際がよろしい。最も北の問題にしろ、領土問題にしろ何らかの成果を上げてくれれば。しかしこれには疑問符を付けざるを得ない。何しろ相手が相手である。いいこと取られの結果となるのではないだろうか。
平成二十九年四月二十六日(水)
検査のための月に一度の通院。水戸にきてからでも十五年はゆうに過ぎた。検査はかなり広範囲にわたるが、主として肝臓の検査である。その昔手術の輸血で血清肝炎を発症、以来何十年とただ禁酒と摂生を眼目に養生というわけである。治療という治療は受けていない。しかしここ十数年数値はほぼ正常。摂生にはわれながら呆れるぐらいの、正反対の生活を送ってきたのだが、とにかく正常と言っていいぐらいの回復である。
しかし次なる病魔が手ぐすね引いて待っていた。今度は腎機能の低下が問題となってしまった。腎臓病は、かかれば治らぬ病。行きつく先は人工透析しかないようである。しかし今回の検査報告は、所謂クレアチニン値が好転しているのである。先生はこのまま様子を見ましょうと力強く仰る。しかしこの病気もこれといった治療はなし。ただ塩分控えめが錦の御旗である。専らそれに専念しているが、しかしたまには反抗心が芽生えて無茶もするが、目標はあくまで塩分控えめの食事である。そして肝腎なのは余り、誰にも当てはまるものではないが、神経質にならぬこと、ストレスを貯めないことである。要するに息抜きである。
平成二十九年四月二十五日(火)
今日二十五日、北朝鮮の人民軍創設八十五周年を迎え、北がまた何か一発やらかすのではないかと、周辺諸国は勿論世界事中が警戒しているという。しかし、アメリカと中国が、水面下で工作し、北を圧力と、所謂飴と鞭で宥めているというニュースもある。よって北の暴発はないのではないかという推測も流れている。そうであって欲しいし、実際のところ、北は国の崩壊が歴然なのにそんな暴挙はしないと思う。そしてトランプもそれほど愚かでは無い筈だ。まだこの先、北を巡る緊張は続くとは思うが、今回に限りいったんは緊張は回避出来るのではないかと期待したい。
それより首を傾げるのは、ここ数日の日本のメディアの対応振りでる。あたかも全面戦争が勃発するような、そしてそれを煽っているような論調である。政府もその過熱ぶりに期待しているかのように見えてならない。地域によっては避難訓練も行われ、ミサイル着弾の際の身の安全の確保の仕方を報じているが、前大戦の空襲を経験している人は国民の少数派になっている。あの警戒や空襲警報のサイレンの不気味さ、そして爆弾や焼夷弾、そして機銃掃射から逃げ惑う恐怖感を味わったことは、小生にとっては忘れ難い。そんな現実が二度と起こるまいと、今まで考えていたのが真逆である。
政府もトランプに肩入れするだけが能ではない。北に対してなにか方策を立てるべく、奔走する時期ではないのかと、つくづく思う。
平成二十九年四月二十四日(月)
昨日はなんとなく、心身ともに気合が入らず朝寝をしてしまった。惰眠暁を覚えずといったところか。このまま床の中で過ごそうと、いっとき思ったりしたが、一日晴天続きのようなので、一念発起、いささか大袈裟だが思い切って飛び起きた。が、それでも一日横になってテレビを観て過ごしてしまった。そしてその間何度も眠りに入っている。呆れるぐらいの頻度で眠っているのである。考えたら親父が晩年そうだった。夜はいつまで起きており、朝は早かった。そして昼間は半分眠っていた。あたしもそんな状態に入ったのかと、慌てないでもない。そしてつくづく思う。親子っちゃよく似るもんだと。
平成二十九年四月二十一日(金)
一時間ほど昼寝をして目覚めると、ベランダの干し竿に雨滴が、きらきら光って並んでいる。雨はすでに止んでいるが、一日曇り、所によっては小雨がといった予報が中ったわけだ。今日は午前中にちと頑張った。ガスレンジの掃除だ。娘たちは仕事があり、休みにはいろいろやることがあるだろうと、専らあたしの仕事になっている。要領は昔から手掛けているので仕事は早い。結構使い古したレンジなので、落ちないからといって深追いはしない。ガスの炎の状態を見て、正常なら上等と見なすのがコツと自認している。昨日はこの要領で、一階のトイレはかみさん、二階はあたしと分担して掃除した。何れあたしどもは、撤退しなければならぬ日が訪れるわけだから、それまでのご奉公と思っている。
昼近くにスーパーへ買い出し。今日はヨーグルトが三割引きの特売日で、日付を確認しながら一週間ぶんを買い込んだ。後は一巡してかみさんが何点か買い込んで帰宅となる。そして昼飯を食して昼寝と決め込んだわけである。