ステーション物語 第三話<o:p></o:p>
夜も大分更けてきたプラットホーム。ラッシュ時の喧騒の余韻がいまだ後を引いております。駅舎全体を揺さぶるような騒めきは、夜の静寂(しじま)にほど遠く、ホームを照らす天井の灯りが眩しく流れます。流れる灯りはレールを鈍く、濡れたように光らせています。そんな中に声高に喚くように話に興じる若者が二人、ホームの端に陣取っています。ニッカーボッカーズにふわっとした作業着をまとっています。今風のとび職の扮装(いでたち)でしょうか。赤と黄色のタオルをそれぞれ無造作に額に巻き、勿論茶髪。腕にブレスレットが絡み、太いネックレスが首に踊って、金と銀のメッキの光が周りの空気を恫喝するようです。
若者の一人が感に堪えぬように喋ります。
「俺さ、田舎から出てきて何がびっくりしたって満員電車だよ。だってさ、あんなに堂々と男と女がピッタリくっつけるなんて考えられないぜ田舎じゃ。田舎もんには毒だがよ、人が一杯いるってことはいいことだよな」「なに考えてんだお前、変態か」相手が言います。「違うって、助兵心があるだけ、助兵心は誰にだってあるぜ。変態と違う。助平心は健全なる精神と肉体に宿る」「ふーん、尤もらしいこと言ったりして。それより痴漢てさ」相手は話題を変えます、「痴漢てさ、男だけなんだろうか」そんな相手に若者の言葉は弾みました。「そりゃあそうだよ。でもさ、女の痴漢に遭っても誰も届けないよな、第一悲鳴なんかあげない。少なくとも俺はされるままにじっと我慢してる、ただひたすら耐える」「バカ、そんなに力入れんな。それよりさ、俺こないだ面白え話聞いたんだ」「女の痴漢か」若者は相手の若者の話に乗りました。「いや、痴漢てわけじゃないんだ。満員電車でその人さ、女と向かい合ってぴったりくっついていたんだって。夏のことでその女の人汗かいて化粧も流れ落ちそうだったんだって」「バカに話がこまかいな」相手は黙って聞けと怒りました。そして話を続けます。「その人痴漢に間違えられないように、両手を上げたままはいいが身動き一つ出来ない混み様だったそうだ。そんとき女の人汗拭きたくて、身動きできないながらバッグからハンカチ出そうと必死だったらしい。ところがバッグのチャックを懸命に開けようとしたのはいいんだが、間違えその人のパンツのチャック降ろしちゃったんだって」「嘘、うそウソ、ウッソー」若者は相手の若者を小突きました。小突かれた若者はなお続けます。「ほんとだって、そして手を入れてシャツの裾と一緒にアレ摘み出したんだって、その人びっくりしたのしないのって、なんたって手は上げっぱなしで下ろせないんだから」「それで女の人は?」「そこまでいきゃあ気づくさ、真っ赤になって必死に乗客かき分けて離れて行ったってさ」「恥ずかしかったろうな、それから」相手の若者がまじめに話を促します。「それより気の毒なのはその人だよ。しまわないで行かれたもんだから剥きだしのまんま。手下ろしてチャック閉めることも出来ず往生したってさ」「間違い無しの露出狂ってわけだ。それって立派な犯罪だぜ、猥褻物陳列罪。ははははっ」彼は笑って決め付けるように言いました「ウソ」。
相手も間髪入れずに言いました「ウソ、あっはははっ」。
第三話終わり