うたのすけの日常 ステーション物語 終回
ステーション物語 七話
下り最終電車が間もなく到着の時間です。駅の長い一日もようやく終わりの幕が降ろされるわけです。なんの事故も無く平穏裡のうちに。しかし好事魔多しとは世の習いといいます。一人の男が人混みの階段をふらつく足で降りて参ります。白髪の混じる頭が、がっくりと落とした肩の揺れが哀愁を漂わせております。しかしふらつく足元は危険は危険、駅員が一人今日最後のお勤め安全管理と、眦(まなじり)ぴしっと決めて駆けつけます。そして腕をかかえてホームに誘導しました。
「お客様、危険ですからあまりお歩きにならいようにお願い致します。ここで動かず最終電車をお待ち下さい」「おう、若いの、ご親切に。だが俺は酔ってなんかいないぞ、現にこうしてちゃんと立ってるぞ」客は足元をふらつかせながら言います。駅員は努めて穏やかに、にこやかに応対します。「酔ってるお客様は皆さんそうおっしゃいます。ご自分では酔ってないと言われても、その足付きはいけません。この場にちゃんと電車が来るまでおとなしくしていて下さい」客はふらつきながらも胸を張ります。「なあんだあ、ひとを子ども扱いすんな、おれは幼稚園の園児じゃないぞ」駅員もめげません。「いえ、そんなつもりでは、お客様の無事なお帰りをお家族の皆様は願っておりますよ」「おうっ、洒落た物言いするじゃないか、俺を拘束するのか、腕を放せ!」「違いますよ。お客様の安全を願ってのことです」「ほほほうっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。これもJRとしてのサービスの一環か」「いえ、これはサービス以前の問題でして、ヒューマニズムの発露です」今度は駅員が胸を張ります。「なにっ、やたら横文字並べるな。若いの、名前なんていうんだ?ううん?水戸…か、仰々しく名札ぶら下げて」「いけませんか?これはJRの社員としてひとりひとりが責任の所在を明らかにして、お客様に接するという証しであります」「またまた言う。それが気に入らん。JRになってからやたらみんな名前を名乗るが、その名札もそうよ。ハッキリ言ってどうも胡散臭い。こっちが名前を知りたくなるようなサービスしろってえの」「ごもっともです」
駅員いささか持て余し気味です。「ごもっともです、なんてわかってんの、乗客にサービスするというなら検札なんか止めたらどうだ。あれは取り調べってもんだろう」「取調べなんて飛んでもありません。ご乗車して頂く代価をお客様に公平にご負担頂くのがモットーでして、他意はございません」乗客はなおも矛先を緩めません。どうも駅員とのやりとりを楽しんでいる気配もなくはないようです。「他意はございません。小難しいこと並べてマニアルに書いてあるのか」「そんなマニアルはありません。当然のことでして限りなきサービスの根源であります」「言ってくれるよなあ」乗客はいささか疲れてきたようです。「それからお客様、検札ではなく改札と申します」「わかった、わかった。分かりました。君は偉い!この酔っ払いにめげずに応対する。なかなか出来ないよ。親御さんのお顔を拝見したいもんだ」駅員は溜め息を吐きます「上げたり下げたり」
「一件落着」
乗客は一言残して歩き出そうします。慌てて駅員は羽交い絞めするように元の位置にもどします。乗客は酔いも醒めたのか、それとも疲れたのか、今度は逆らわずにおとなしく顔に笑みさえ浮かべてます。しかしどこか寂しそうです。
「駅員さん、もうそろそろ電車来るね」「二分で参ります」乗客は言葉を繋ぎます。
「俺も六十の定年前にしてリストラで退職だ。サラリーマン最後の日にあんたのような若者に逢えたってことは、何事にも替えがたい貴重な経験だよ。天からの贈り物だ。繰り返して言わせて頂きますよ、貴重な夜でした」駅員ははにかみます「大袈裟なお客様、でも最前からのお言葉無駄には致しません。僕にとっても貴重な夜でした」「はははっ、嬉しいこと言ってくれるね」
ひと際高く警笛を鳴らしながら最終電車が到着します。かの客は最後に車上の人となり、駅員に深々と頭を下げています。駅員はなにごとも無かったようにホームに気を配り、車掌に合図を送ります。発車のベルが今夜ばかりはなぜか物悲しさ中にも爽やかさを滲ませ、ホームの屋根を震わせながら、夜空にやさしく溶け込んでいきます。
ステーション物語、1作~7作(最終回)まで読ませていただきました。
どれも、うたのすけ様のお人柄が伺われて、楽しく拝読させて頂きまいた。
特に最終回は懇親のお力が込められた素晴らしいお作品と心打たれました。
今後もどうぞお健やかにご活躍ください。
読んで頂くだけで感謝なのに、コメントまでお寄せ頂き有難うございます。
えいこうさん。
何かとお忙しいなか、コメント頂き有難うございます
くるみさんとうたのすけさんはお互いのブログを見あっておられるのだろうかと考えていました。私が仲人になって引き合わせようかとも。よかったよかった。
あ、えいこうさんの「夢物語」はくるみさんは読んでおられるのかな。
ははは、今後ともお三人さん、直木賞か何か狙って切磋琢磨に努めてください。期待しています。
うたのすけさま、この場をお借りしてお三人をとりもったりしましたことご勘弁ください。
有難うございました。