すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

ふるさとの山

2018-05-31 10:47:50 | 音楽の楽しみー歌
 ぼくは甲府盆地の東北部、いまの甲州市塩山というところで生まれ、5年生の終わりまで過ごした。ブドウや桃の産地で、当時のあのあたりとしてはかなり広いブドウ畑を持っていて、父はワインを造っていた。
 棚掛けの葡萄畑は、棚をブドウの重みに耐えてぴんと張るように、畑をぐるりと囲んで斜めの支柱を立てる。現在はどこもコンクリートの柱になっているようだが、当時は丸太を使っていた。柱はなるべく寝かせて建てる方がテンションは得られるので、子供でも楽によじ登ることができた。青々とした葉っぱのあいだから身を乗り出して棚の上にまたがるのが大好きだった。ぼくは、屋根の上とか塔の上とかとにかく高いところが好きだった。そこに立つと、ぼくの知っている世界の周囲に、まだ知らない世界がどこまでも広がっていて、あこがれを胸に覚えた。
 棚の上に座ると、ぼくの周囲には同じように緑の棚が斜面に沿って少し傾きながらずっと広がっていて、その向こうに甲府盆地が、さらにその周囲には盆地を取り囲む山々が連なっていた(それが南アルプスや奥秩父や御坂山塊だということは、後になってから知った)。そしてその中に周囲の山から一つだけ高く、富士山が見えた。
 それが、ぼくの慣れ親しんだふるさとの山だ。

 古賀力さんが亡くなった。
 古賀さんの功績と言えば、シャルル・トレネやジャン・フェラやジョルジュ・ブラッサンスやレオ・フェレを日本のシャンソン愛好家たちの財産にした、ということにあるだろうが、ぼくが第一に挙げたいのは、かれの“字余り訳詞”だ。
 以前に書いた(「訳詩について」4/13)が、日本語は西欧語に比べて音節の構造がシンプルなので、音符に日本語の音節を単純にのせていくと、歌に盛り込める内容自体がシンプルなものになってしまう。だから日本では短詩形に直截な叙情や叙景を盛り込む文学が発達した。
 シャンソンを日本語に訳詞しようとすると、中身が単純なものになってしまうという困難が付きまとう。だから、常套的な恋の歌が多くなる。
 古賀さんは、この困難を乗り越えるために、元の歌の1音にたくさんの日本語の音節を詰め込むことを試みた。これは、メロディーの美しさやリズムの明快さを損ないかねないので、リスキーな作業だ。
 彼はそのリスクを乗り越えただけでなく、その作業を通じて独特の歌の世界を作り上げた。シャンソンを好きな者ならだれもが知る彼のあの語りかけるような味わいのある、ペーソスとユーモアを帯びた歌唱はそうして生まれたものだ。
 「シャンソンはフランスの演歌だ」というのが、歌い手にもお客にも通念になっているようだが、それは全然違う。日本人が勝手に演歌のようにして取り込んでいるだけのことだ。
 古賀さんの訳詩は、そして歌唱は、シャンソンが演歌のようであることを嫌った。そして演歌とは全く違った文化であることを示した。少なくともシャンソンが演歌になだれ込んで呑み込まれてしまうのを阻む防波堤の役割を果たした。
 これも彼の独特の訳詩にかける情熱の功績だと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

陣馬山

2018-05-29 22:30:35 | 山歩き
 一昨日、一か月ぶりにハイキングに行った。本当はその一か月の間にもう2つ予定があったのだが、ひとつは風邪で、ひとつは雨で流れてしまった。今年は天気や体調に恵まれなくて、一年間に24回の予定が、5月末の此処まででまだ4回目だ。早くも予定達成が困難になりつつある。もっとも、ぼくは冬の間は山に行かずにコンサートに行っているので、まだこれからなのだが、今年は梅雨が早いらしい。
 さて、今回は一か月ぶりだし、相棒も絶好調ではないというので、ごく初歩の山、陣馬山に行った。往復3時間ちょっとぐらいの、良い道の山だ。
 権現山に行ったときは、上の方はまだ新緑になる前、葉芽が開き始めたところだったが、今は新緑の一番柔らかく美しい時期は少し過ぎて、緑の色が濃くなり始めるところだ。
 陣馬の山頂は広くて穏やかでたいへん気持ちが良い。高尾や奥多摩や丹沢をはじめ、360°の展望が楽しめる。手近にも山々があるから、360°の緑だ。白い馬のモニュメントは好きにはなれないが、高尾山よりはずっとのんびりしている。茶屋の一軒で心地よい風に吹かれながら、相棒二人はビールを飲みながら、ぼくはゆずシャーベットをなめながら、お昼を食べた。
陣馬はお年寄りのグループ(ぼくらも)か小さな子供を連れた若い家族がいっぱいで、壮年だけ、若者だけ、というグループはもう少しきついところへ行くらしい。幼稚園ぐらいの子供が元気に登ってくるのを見るのは気持ちが良いものだ。
 相棒に「悟さん、物足りないでしょ」と言われたが、いやいや、両手両足を使って岩っぽいところを登るのも好きだが、これくらいのんびりするのはまた捨てがたい。
 帰りはいったん藤野の駅に出て「やまなみ温泉」に寄った。
 しばらくぶりに山に行った翌日は、すぐにまた行きたい気持ちにかられる。地図やガイドブックをあれこれ取り出し、交通手段を調べたりして半日ぐらいはすぐにたつ。
 次は、6月6日に百名山の両神山に行くことになっている。それくらいは、梅雨前に行けるだろうか。あとは、あらかじめ計画は立てずに、天気予報を見ながら「明日は晴れそうだから、どこかに行こう」というやり方かな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

誠実であること

2018-05-26 17:19:29 | 社会・現代
 ここ数日、ニュースを見る多くの人達が感じているだろうことを、ぼくもまた感じているので、簡単に書いてみたい。
 ある人物が記者会見をする。別の人物が記者会見をする。両者の言っていることは矛盾・対立している。どちらが正しいのかは、司法的には厳密な調査なり捜査をしなければ決められないだろう。
 でも、TVを見ているぼくらは、真実がどちらの側にあるのかは容易にわかる。たぶん、司法の場で争われることになっても、裁判員たちは同じように判断するだろう。
 真実は、誠実に答えている側にあるのだ。そして、どちらが誠実であるかは見れば明らかなのだ。
 誠実であるということは、人間にとっての最高の徳のひとつである。
 他者との関係にあまりかかわらない、音楽やスポーツの技術の向上には、まず真摯であることが必要だ。そして、人間と人間との信頼関係を築くために、あるいは人間が社会の中で信頼を勝ちうるために、誠実であることは、不可欠の要素である。
 ことに、自分が過ちを犯したと感じたとき、誠実であることはその過ちを償って信頼を取り戻すために、だいいちに必要なことだ。
 今回の出来事は、改めて明確に、そのことを示している。

 …ここで思う。今日の日本の政治のシーンで、いかに誠実でない発言が繰り返されているかを。この国の(一部の)政治家や官僚たちの信頼度は、地に堕ちてしまった。
 ひょっとしたら、あの学生以外の人達は、政治家や官僚たちのやり口に倣っているのかもしれない。

 ついでに、ちょっと飛躍してふと思う。
 戦後70年以上たっても未だに日本が近隣諸国から批判され続けているのは、その一方でドイツが近隣諸国から受け入れられ、さらにヨーロッパ共同体のリーダー的役割を果たせているのは、そもそも謝るときの誠実さの違いではなかったのかと。ドイツは、ワイツゼッカー大統領の演説でも示されているように、誠実であろうとし続けてきた。
 とすれば、誠実であることは、今現在の人間関係を超えて、歴史的に不可欠なのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ボブ・ディランの7つの詩」

2018-05-23 22:41:45 | 音楽の楽しみ
 昨夜、東京都交響楽団の演奏会を聴きにサントリーホールに行ってきた。演目は第一部がメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」で、第二部がジョン・コリリアーノという名の現代作曲家の歌曲集「ミスター・タンブリンマン-ボブ・ディランの7つの詩」。
 都響の演奏会には割とよく行く。料金がリーズナブルだし、シニア割引もあるので行きやすい。演奏は、ぼくは素人だが、時により少しばらつきがあるかもしれない。1月に聴いたオリヴィエ・メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」は、あの大曲が日本で聴けるということで大いに期待していったのだが、大曲過ぎたせいか途中からやや混沌に陥ってしまったように思う。音が濁っていた。家に帰ってから小澤征爾指揮のトロント交響楽団のCDを聴きなおしてみたら、その方がはるかにクリアな音だった。
 今回は、ディランの詩に新たに曲をつける、というので、若い頃からディラン大好きなぼくは、どうなることか、期待と興味が半々で行ったのだが、感動のステージだった。ディランが曲を作ったときに無意識に表現しようとしていたものを現代クラシック音楽という全く別の形で明晰に表現し、かつ増幅していると思う。
 第一曲「ミスター・タンブリンマン」は、異世界へ導くための導入の役割を果たしている。いや、異世界ではない。ぼくたちは、この世界がある時点から突然、今まで慣れ親しんでいたものとは別の貌を見せるように感じる、という体験をすることがある。自分がいる世界がスッと見知らない世界に変わってしまう。この曲は、その変化の時間を表現している。
 「夕べの帝国は砂に戻り/この手から消え」というのはその変化で、タンブリンマンはその道案内だ。現代音楽の不思議な響きとヒラ・プリットマン(ソプラノ)のクリスタルな声が、その変化してしまった世界に響く。
 第二曲「物干し」では、日常の世界に突然不可解な事態が発生し(「副大統領が昨夜ダウンタウンで発狂」)、家族や隣人との会話が意味をなさなくなる。
 第三曲、有名な「風に吹かれて」は、変わってしまった世界、じつはこの世界、の問題に直面して、苦しみと問いかけの叫び声があげられる。
 第四曲「戦争の親玉」では、その苦しい世界を牛耳っている人々への、非難と反抗とが爆発する。
 にもかかわらず、第五曲「見張り塔からずっと」では、世界はすでに壊れて荒れ果てているようだ。
 にもかかわらず、第六曲「自由の鐘」では、悲惨な状態に置かれ、挫折し、傷を負い、苦しみながらも希望を捨てない者たちの上に、鐘が鳴る。鐘は鳴り続ける。ここがクライマックス。
 終曲「いつまでも若く」は、アイルランド民謡のような素朴なメロディーで、ほとんどアカペラで静かにゆっくりと歌われる。祈りの歌だ。思わず涙が出てしまった。
 プリットマンは折れそうに細い長身で、指揮者の周りを歩きながら全身を使って歌い、怒り、叫び、身もだえし、拒絶し、何かをつかもうと手をのばす。圧巻だった。声は舞台前方の天井からつるされたマイクで拾ってスピーカーで増幅しているのだが、そのためにいわゆるオペラ的発声ではなく、自然な声で囁いたりつぶやいたり問いかけたり、から、怒りの爆発や絶望までを表現できる。「なるほど、マイクというものはこうした表現のためにあるのだな」、と認識した。
 都響の演奏も、昨夜はとてもよかった。ぼくの後ろの席の人が、連れの人に「感動のコンサートだね」と言っていたが、ぼくもそう思った。
 現代音楽って、良いね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

洗濯

2018-05-21 22:09:19 | 無いアタマを絞る
 内海さんから、こんなコメントをいただいた。「悟氏の素顔が段々と見えてきて。良い刺激を沢山受けていますね。」
 …このブログを始める前、本当は匿名のブログをやろうと思っていた。衝撃のブログになるはずだった。
 でも、思い直した。誰にもぼくだとわからないものを書いているつもりでも、いつかどこかでわかるものね。それはちょっと都合が悪い。
 今書いているブログは、ぼくだとわかって読んでくれる人に「ぼくの素顔がだんだん見えてくる」というメリットはあるかもしれないが、そういうふうに感じながら読んでくれるのはうれしいが、ぼくに自身にとってどれだけ有効なものかは、わからない。今のところ、かなり中途半端なもののような気がしている。

 …ところで、ぼくは時々、自分を丸ごとひっくり返して洗濯をしたくなる。ほかの人は、そういう欲求、というか、衝動、を、感じることはないのだろうか。
 ここで「自分をひっくり返して洗濯」というのは、文脈からすると、自分をすっかり暴露、ないし、告白、という意味にとられるかもしれないが、そうではなく、文字通りの洗濯のことを言う。
 ついでに言うと、上記の「衝撃のブログ」というのも、告白、というような意味ではなく、むしろフィクションを語る欲望に近い。

 …洗濯の話に戻ろう。
 自分を、手袋を裏返すように皮膚と中身をすっかり裏返す(つまりこれは不可能な欲望なのだが)。そして、内臓から血管から脳から、すべてじゃぶじゃぶ洗う。
 洗うのは中性洗剤などではなく、一斗缶入りの工業用洗浄剤が良い。冷たく透明で、真っ黒に汚れたボールベアリングでも、べっとりとグリースが付いた回転軸でもなんでも、銀色にピカピカに光るまできれいに洗えるやつが良い。
 心臓でも肝臓でも胃でも腸でも脳みそでも、一緒くたに一斗缶ぶち込んで、思う存分洗う。もちろん、裏返した皮膚も骨も洗う。
 肺と心だけは、沈殿してこびりついた汚れが泥岩のように固く積み重なっているだろうから、それだけでは足りない。まずタガネとハンマーでガンガン叩いて汚れをはがしてから洗う。
 新品同様にきれいになったら、物干し竿にかけて風の良く通る5月の空に干そう。都会の空ではなく、できれば草原が良い。
 日光を浴びて風に泳ぐピカピカのぼくを眺めながら、すっかり乾くまでの間、ぼくは満足して草原で昼寝をしよう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「帰宅恐怖症」

2018-05-19 23:02:51 | 読書の楽しみ
 むろん、ぼくがそうだ、という話ではない。ぼくの友人、小林美智子さんの書いた本のタイトルだ。
 彼女は、離婚・夫婦問題専門のカウンセラーだ。10年ほど前、交流分析、というカウンセリングの手法の講座で知り合って、その時の仲間5人でときどき飲み会をする。以前は保土谷のぼくの家に良く集まっていたのだが、ぼくが越してしまってからは少し間遠になって、4月の初めに集まったのが2年ぶりぐらいだろうか。その時に、彼女が去年本を出したのを知った。
 すぐに買ったのだが、なんせぼくには縁遠いテーマなので、昨日初めて読んだ。たいへん面白かった。
 さすが、専門家として10年以上のキャリアだ。相談件数2000件以上だそうだが、それを非常に細かく分析しているので、具体的で懇切丁寧でしかもわかりやすい。
 ぼくのように夫婦関係に悩んでいるのではない、結婚しているのでさえない人間にも、男と女のものの考え方や感じ方の違いが判ってためになる。
「解決法」として示されている考え方の中には、夫婦関係だけでなく、人生の知恵としても納得できる点がいくつもあってよかった。
例えば、「試練は乗り越えない」とか、「理想を捨てる」とか、「自分を責めない」とか。
 ちょっとだけ引用させてもらうと:
 -あなたはあなたで、夫は夫です。そして、あなたと夫で夫婦です。「良い妻」「よい夫」、「理想の夫婦」「理想の家族」といった自分勝手な理想を追いかけていても、幸せにはなれません。「理想」を追いかけているつもりで、目の前の「夫」や「子供」、そして「自分自身」を見ようとしないからです。-
 -夫婦関係には、「良いこと」も「悪いこと」もつきものです。それなのに、互いに「悪いこと」ばかりを意識してきたために、関係がこれほど悪くなってしまったのです。-
 -人は、自分を責めているかぎり、自分自身の存在を否定しているかぎり問題を解決できません。自分を否定すれば、自信を失うだけです。自信を無くせば、自分を変えることもできませんし、何の行動もできなくなります。-
 …本当にその通りだ。
 彼女は今、次の本を執筆中だという。今度は、出来上がったら送ってくれるという。楽しみだ。
 簡単に読めるので、おすすめです(ぼくは、昨日用事があって、行き帰りの電車の中で読んだ)。興味のある方は、文春新書。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一日さぼれば・・・

2018-05-17 21:27:19 | 音楽の楽しみー楽器を弾く
 三日ぶりに楽器にさわった。
 指が全然動かない。というか、指が勝手に動く。弾くべき音と違う音を弾く。
 腹を立てながら弾く。
 スポーツでも音楽でも手工芸でも、一日さぼれば3日分後退する、とよく言うけれど、6日分どころではないね。
 メトロノームの速度をぐっと落として弾く。日付を書いてあるわけではないが、たぶん2週間分ぐらいよりはもっと戻っている。
 トレモロも、違う弦に移るときにばらけて、音が気に入らない。
 熱を出してもなんでも、楽器には触ってあげなければだめだ。楽器にさわるのは、スポーツや舞踏ほどはしんどくはないはずだ。
 指が違う音を弾く、ということを前にも書いている(17/08/06)けれど、あの時は老化の始まりのせいにしていたけれど、そうではなくて、単純に練習不足だったのだ。
 肝に銘じておこう。
 ぼくは寝室のほかに練習用に小部屋をもらっているけれど、3階の小部屋は暑い。
 楽器に汗を落としてはいけないから、途中で手を停めてタオルで拭きながら弾く。
 今日は4時間弾いた(こう書くということは、普段はもっと少ないということ)。
 楽しくあるべき練習で腹を立てていてはいけないのだ。
 焦っても早くは進めない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

血管・免疫力

2018-05-14 23:45:03 | 老いを生きる
 …それにしても、やはり血管は太くした方がいいのだろう。(それは、ぼくが現実を受け入れるということでもある。)
 風邪をひいてしまった。健康診断に行って風邪をひくなんて、笑ってしまうよね。
 人間ドックの一般待合室がいっぱいで、有料の個室に(無料で)案内されたのだけれど、ここがけっこう冷えていて、あいにく、いつも家で履いている厚い毛糸の靴下を忘れたので、「足が冷たいなあ」と思いながら過ごしていたのだ。
 その病院は評判のいい最新式の病院なのだが、胃カメラは鼻から入れる方式ではなく喉から入れる方式で、終わったあと喉がかなり痛かったのだが、それと手足の冷えと、無事終わった後の虚脱感と安心感が複合して熱まで出てしまったようなのだ。
 あーあ、今週は金曜日に以前住んでいた横浜保土谷の長寿会で皆さんと歌う弾き語りだし、次の日曜日には弟と大菩薩に登る予定なのだが行けるだろうか。
 体温が低いと体の外から侵入してくる細菌などの異物に対して戦えないんだそうで、戦うためには血流を多くして兵士やその食料などを送り込めるようにしなければいけないらしい。
 男性の通常にずっと引けを取っている血管では末端で体温を挙げて敵を蹴散らす、ということができないのだ。
 血管を太くするにはどうしたらいいだろうか? 指に十分血が回れなくて、冷たい指先を息で温めながら演奏するというのはとても不利なのだ。やはり、過酷な肉体労働に従事する…だろうか?

 …ベッドで加藤周一の「夕陽妄語」を読んでいた。あれは新聞に連載された短文集だから、読みやすい。そして、社会の見方ばかりでない、実にいろいろのことを教えてくれる。現代に生きるためには、心にも免疫抵抗力をつけておかねばならない

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間ドック

2018-05-12 22:34:39 | 老いを生きる
 今日、人間ドックに行った。老後をなるべく健康で過ごすために、仕事をやめたら行こうと思っていた。寒いうちは血圧が高く出るかもしれないし、花粉症の時期は避けたかったので、この時期になった。
 同じところで三年前にも受けたのだが、今回は、頭部MRIとかは3週間待たないとわからないが、当日わかる範囲では、数値が大幅に良くなっていた。
 体重は3キロ減ったし、腹囲は6.5㎝減ったし、血圧は27下がったし、肺活量は500ml増えた。その他、「心電図もレントゲンも超音波も胃カメラも、尿も血液も、コレステロール値以外はどこにも悪いところがないです。あなたの年齢でこれは素晴らしいです」と医師に言われた。
 よかったよかった。
 採血するときに看護師が「血管が細いですね」というから、「そうなんです。血が末端まで回らないせいか、ぼくは冷え性がひどくて」と言ったら、「これではそうでしょうね。男性の通常に比べてすごく細いです。お辛いですね」と同情された。
 冷え性はつらいけれど、ぼくは男性の通常は好きではないので、まあ仕方がないか。
 この分ならどうやら、ぼくは枯れたおだやかな老後を送れるかもしれない。
 よかったよかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水底吹笛

2018-05-11 21:51:50 | 
 朝日新聞夕刊の「…をたどって」シリーズで、去年の4月に亡くなった詩人の大岡信を取り上げている(「大岡信をたどって」)。そろそろ終わりそうな気がするので、その前にぼくの大好きな詩を一つ挙げておきたい。
 大岡の初期の詩というと「春のために」が名高いが、あれも大変美しい詩だが、手放しの恋愛賛歌なので、今のぼくの気持ちからはやや遠い。「水底吹笛」の、あの柔らかで透明なナルシズムと感傷は、青春特有のものではあろうが、今でもぼくの心をゆする。

「水底吹笛」
   三月幻想詩
ひょうひょうとふえをふこうよ
くちびるをあおくぬらしてふえをふこうよ
みなそこにすわればすなはほろほろくずれ
ゆきなずむみずにゆれるはきんぎょぐさ
からみあうみどりをわけてつとはしる
ひめますのかげ――
ひょうひょうとあれらにふえをきかそうよ
みあげれば
みずのおもてにゆれゆれる
やよいのそらの かなしさ あおさ
しんしんとみみにはみずもしみいって
むかしみたすいしょうきゅうのつめたいゆめが 
きょうもぼくらをなかすのだが
うっすらともれてくるひにいのろうよ
がらすざいくのゆめでもいい あたえてくれと
うしなったむすうののぞみのはかなさが 
とげられたわずかなのぞみのむなしさが
あすののぞみもむなしかろうと
ふえにひそんでうたっているが
ひめますのまあるいひとみをみつめながら
ひとときのみどりのゆめをすなにうつし
ひょうひょうとふえをふこうよ
くちびるをさあおにぬらしふえをふこうよ

 …いかがだろうか。
 シャンソン関係の方は茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき」以外はあまりご存じないかもしれないが、日本の現代詩にも美しい作品がいっぱいある。
 関心を持たれたら、その茨木のり子の「詩の心を読む」(岩波ジュニア新書)を手始めに手に取ってほしい。
 (これには、大岡信の作品としては、17/07/09 「おお ヴェネーツィア」で一部引用した「地名論」が取り上げられている。)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

基本のき

2018-05-10 23:00:33 | 音楽の楽しみー楽器を弾く
 ラウンドの方の教則本の練習を始めてから18日。使っているのは、「宮田蝶子のマンドリン教本」。昔から有名な「オデルマンドリン教本」を現代の目で編集しなおしたもので、たぶんこれが一番しっかりしていて、しかも使いやすい。
 最初の方はごくやさしい練習曲なのだが、これが弾いていてとても美しい。それだけでも、これを始めて良かった。美しい音楽は良い。
 (美しい音楽よい、とは限らない。現代音楽の、不思議な半音階的進行や、ときに不安や苦悩の表現のようにも思える不協和音も好きだ。美しくない形でしか表現できないものは、たぶんある。でも、美しい音楽は好きだ。)

 ところで、「ごくやさしい」と書いたが、今のぼくにとってはこれがなかなか悩ましい。ピックの持ち方から手の形から、基本中の基本ができていないのだ。同じように見える楽器でも、ドムラと違うところがあって、気が付くと無意識に昔のくせのまま弾いている。フラットの方ではすごく大雑把に、「どんな持ち方でも自分がやりやすいのでよい」ということなので、ドムラの時のくせをほとんど指摘・修正されていない。(これが、「ラウンドの方の教則本を一からやった方が良いのではないか」と思った理由でもある。)
 まず、ドムラでは右手の手首を固定してひじから先を振って弾く。マンドリンは手首から先を振って弾く。
 ドムラではピックを握るのに親指を第一関節から曲げるが、マンドリンでは曲げてはいけない。
 ドムラでは手の振りを安定させるために小指をピック・ガードに軽くつけてスライドさせるが、マンドリンでは胴体の縁に当てた前腕から先は、楽器に触れてはいけない。

 どれもたいへん難しいし、正しいやり方でしないと良い音が出ない。練習していて「あ、音がショボいな」と感じたときは、いつの間にか元のくせに戻っているのだ。
 今頃こんなことを言っているようでは前途多難なのだが、でも仕方があるまい。意欲があるだけ良い、ということにしよう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

優先順位

2018-05-09 23:30:06 | 老いを生きる
 今日は仲間と秩父の両神山に行く予定だった。天気が悪いので延期した。
 行かなくてよかったかもしれない。気が緩んだせいか疲れが出て、午前中寝ていた。午後になって雨が上がったので、戸越公園を通って大井町まで、長めの散歩に出かけた。
 この頃、体力を維持する(むしろ、体力の低下を遅らせる)ための運動と、楽器の練習と、読書が三すくみの状態に近い。どれか一つ、あるいは二つが、十分にできない。きちんと優先順位をつけないといけないのだろうが、どれも大切で、なかなか決断がつかない。
 むろん、共同生活をしているのだから、家事の分担が第一位で、第二位は、これも無論、体力の維持なのだろうが、十分に運動をすると疲れてしまうので、練習と読書にしわ寄せがいく。
 今は原則として練習を優先にしているのだが、本だって、思う存分読みたいよなあ。もうそう長くない人生で読める量は多くないし、特にぼくのように気に入った同じ本を繰り返し読むのを好むタイプには、それだけ違う本を読む可能性は減るのだし、悩ましい。
 今日、練習のあとで、ローズマリー・サトクリフの「ローマ・ブリテン四部作」の最終作「辺境のオオカミ」を読み終えた。「第三部「ともしびをかかげて」を読んでいる」と書いてから一か月以上たっている。もちろんその間に違うものを読んでいるのだが、サトクリフはまだまだいっぱいあってどれも読みたいし、アマゾンで本を買うようになったら、積読が溜まる。
 ある人の作品、もしくはあるテーマの本をなるべくまとめて読むことにしていて、去年の前半は池澤夏樹の小説をすべて読み、後半は社会学者の見田宗介=真木悠介の手に入るかぎりの全著作を読んだ。今年後半は、加藤修一自選集か、竹内敏晴か、心理学の本を読みなおすか、と思っているのだが、いずれにしても、あああ、時間が欲しい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自分の言葉

2018-05-08 23:16:10 | 
 今日は朝から、T.S.エリオットの「灰の水曜日」の第一の詩の冒頭部分が頭から離れない。というか、頭の中でリピートされている。

この人の才、あの人の器をうらやんで
ふたたび振返ることは望まないから
ふたたび振返ることは
振り返ることは望まないから
才能や器量を追い求め、あくせくあがくことはもうしない
(年老いた鷲が翼を広げたところで何になろう)
日頃世に君臨した力の消失を
嘆いたところで何になろう…

 むろんぼくはカトリック教徒ではないから、このフレーズが、および「灰の水曜日」の全体が、近似的であるとはいっても、ぼくの気持ちにぴったり当てはまるわけではない。
 それでも、その時々、自分の気持ちを代弁する言葉がふっと思い浮かぶのは便利なものだしうれしいものだ。
 先日(5/3)の「言葉なき歌」もそうだ。
 でも、もしかしたら、これは問題なのかもしれない。
 自分の言葉で何とか表現する苦労、自分の中からぴったりした言葉を引っ張り出す努力、をしないで済んでしまうのだから。
 これらは近似であって、ぼくの心そのものではない。
 でも、苦労や努力をしても自分の表現ができるわけではないんだよね、なかなか。自分の心の声をつぶやいているように見えても、だれでも思うような類型的な現代的な言葉をなぞっているだけ、っていうのがすごく多い気がする。
 それならば、詩歌という膨大なカードケースの中から自分の気持ちにかなった一枚を取り出す方がずっといい。
 ぼくの日常の喜怒哀楽なんてちっぽけなものよりは、はるかに豊饒で、しかも文化という時空を超えた広がりにつながっているのだから。
 まあ、自分の言葉で気持ちを表現する努力もしてみようとは思うが。
(冒頭のエリオットのフレーズはぼくにとっては、無念の言葉ではなく、慰謝の言葉だ。念のため。)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トキワ松学園マンドリン・ギター部

2018-05-07 15:28:13 | 音楽の楽しみー楽器を弾く
 家の近くにある(と言っても、徒歩20分、散歩コース)トキワ松学園マンドリン・ギター部の定期演奏会を聴きに、パーシモンホールに行った。トキワ松にそういう部のあることは知らなかった。姪っ子を目黒区民キャンパスの芝生に遊ばせに連れて行って、ホールの催し物のチラシで知った。(ついでながら、区民キャンパスは都立大学の跡地で、芝生とホールと図書館とトレーニング・ルームとイタリアン・レストランとカフェがある、大変気持ちのいい場所で、家から40分ほどの、これも散歩コース。)
 中学生・高校生の部活だから、まあどんな演奏をするのかな? と思っていたら、とてもよかった。恐るべし,中高生の練習量。指揮の子も入れて15人の編成ながら豊かな音量で、最近耳が遠くなってきていてコンサートに行ってもそのせいで物足りない思いをするぼくにも十分音楽を楽しむことができた。音の乱れもリズムの乱れもなく、きれいな演奏だった。
 難しい曲に挑む意欲の強すぎるアマチュア・オケは、演奏者が弾きこなせないままステージに上がるから乱れるし、自信がないから音が小さくなる。この子たちはしっかりと指揮者を見ているし、ソロで弾く高音のパッセージ以外は手元を見ていない。
 三部構成で、一部はよく知られたクラシック曲。この中のボロディンの「ダッタン人の踊り」がいちばんの大曲で、これはマンドリニストの宮田蝶子さんが指揮をした。宮田さんはトキワ松にマンドリンクラブを創った方で、今でもコーチをされている。ぼくも彼女の教則本を持っている(ちょうど、「フラット・マンドリンでもやはり普通の教則本もやった方が良いかな」と思って、ひと月ほど前から始めたところだ)。
 第二部は、この演奏会で部活をやめることになっている高校3年生3人だけの演奏。ちょうど、1stが一人、2ndが一人、ギターが一人。それぞれが自分の好きな曲を持ち寄ってのアンサンブル。一人一人が卒部のあいさつと曲の紹介をするのだが、三人とも「これまで育ててくれたお父さんお母さん」、とか「温かい指導をしていただいたコーチや顧問の先生や先輩たち」とかいうところで泣いて言葉に詰まってしまって、とてもういういしかった。制服の袖で涙をぬぐいながら座って楽器を構えて、仲間とアイコンタクトで演奏開始…若いって、うらやましいなあ、と思った。ユーミンの「卒業写真」て、こんないい曲だったんだ。
 この時点で卒部してしまうのはもったいないような、でも学校の教育方針がしっかりしているのだろうな。
 第三部は、「スターウオーズ」や「銀河鉄道999」など、おなじみのメロディー。このあたりは、もう山場を越えて安心して弾いているから音がいっそう伸びやか。アンコールは「世界に一つだけの花」。たいへん気持ちの良いコンサートだった。
 1stの一番後ろ、客席に一番近いところに座った中学2年生が、さすがに緊張して表情を硬くして弾いていた。たぶん、あの子はまだ弾ききれないところがあるんだろうな。ぼくも経験があるが、ああいう時、客席からしっかり手元が見えてしまう場所で弾くのは、本当につらいんだよね。あの子があと3年経つうちに抜群に上達してコンサート・ミストレスになるのだろうな。これから毎年聴きに行って、応援してあげなきゃ。
 おじさんも、君たちには全然及ばないけれど、しっかり練習するからね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

教育無償化

2018-05-05 07:28:59 | 社会・現代
 一昨日は憲法記念日だった。新聞・TVで改憲について取り上げられていた。ただし、ぼくの見る限り、九条についてだけで、教育無償化については全く触れられていなかった。
 これは、九条ほどではなくても、きちんと考えるべき大きな問題だと思う。教育無償化はするべきでない、と言いたいのではない。無償化のあとに何が来るか、それにどう対処すべきか、考えるべきなのだ。
 「だってあれは維新の会の要求を自民党が呑んだだけでしょ」という友人がいた。そうかもしれないが、呑んだ後で政権は事の重要性と政権にとっての有意義性に気が付いたと思う。
 政権の本当の狙いは、新憲法の制定に至る、現行憲法の大幅な書き換えであって、そのための手始めに、比較的に賛同を得られやすい2点をまず変える、ということだ。
 自衛隊は合憲である、というのが世論の流れになっていれば、それを憲法に明記するだけ、というのは、賛同を得られやすい。そして、教育の無償化は、結構なことであって、何も反対する理由がない、と思われている。
 でもちょっと、明治時代のことを考えてみよう。
 明治維新以来、敗戦に至るまでずっと、日本の教育は愛国的、いいかえれば、天皇と国家に対する帰属意識的なものだった、とか思いがちだが、少なくても明治初期、明治12年まではそうではなく、自由奔放、ある意味では前近代的なものだったらしい。
 (以下は、尊敬する比較社会学者、見田宗介の著作を参考にしている。)その時期、日本には独自の教科書というものはなく、外国の教科書を翻訳して使っていた。その内容は文明開化的であり、市民社会の価値とその中でのモラルを教えるものだった。
 明治14年には、儒教的な仁義忠孝が重要視され、修身科が最上位に置かれる。
 明治19年には教科書が検定制となり、同年、修身教科書の無償化の法案が帝国議会に提出される。これは、教育内容の国家統制の強化を目的としたものだった。
 明治22年、帝国憲法発布。
 23年、教育勅語の下賜。
 35年、教科書検定をめぐる大贈収賄事件を絶好の契機として、教科書の国定制度が始まる。
 国定化によって、父兄の負担する教科書代はおよそ1/2に軽減された。これは、国定化の有力な口実にされた。
 37年、日露戦争開戦。
 43年、第二期国定教科書の制定。同じ年、韓国併合。大逆事件。
 ここに至って初めて、「明治体制の試行してきた、忠孝の原理をもって構造化される価値体系は確立され…天皇及び皇室の恩恵及び尊厳が、かつてないほど頻繁に教え込まれるとともに、国体・国旗・国歌・国の祝祭日などに関する教説が随所に挿入されている」(見田「明治体制の価値体系と信念体系」から引用)。
 この国定教科書の四学年の唱歌「靖国神社」には、「命は軽く義は重し」という歌詞がある。国民は、「忠義のために身を捨てることこそが幸福である」という価値観に追い込まれていく。

 さて、詳しくは上記の見田の論文を読んでほしい(見田宗介著作集第3巻)が、ぼくの此処で言いたいことはレイアウトとしては解ってもらえただろうか? 
 教育の無償化のあとには、金を出している国家が、教育の内容に口を出す。教育の国家による管理・統制がやってくる可能性がある(ただより怖いものはない)、ぼくたちはそのことに敏感でなければならない。
 政権は教育の無償化をアピールするのと同時に、道徳の教科化を進めているのだからなおさらだ。 教育は、国民の意識を変えるための最大の手段なのだ。直接的な「戦争の放棄の放棄」と同じくらい恐ろしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする