現代詩(戦後詩)を読み直している。というより、「読み始めている」と言った方が良いかもしれない。若い頃読んでいた時期があるが、理解できていたとは言い難い。今でも、よく理解できるとは言えない。だから、解りやすいものだけを読んでいる。それでも、歳をとって、理解できる範囲がいくらかは広がったかもしれない。
以前はよく解らなかったのに、いまならいくらかは解る詩人・作品がある。ぼくがそれなりに時を過ごして、死にも近づいているからだろうか。
その一人に、お恥ずかしいことながら、嵯峨信之さんがいる。
「さん」付けで呼ぶのは、「お恥ずかしいことに」と書くのは、嵯峨さんには生前にずいぶんお世話になっているのだからだ。ただし、そのことは別途書くことにして、先に彼の作品を(わかりやすいものを)2、3紹介したい。
火
二度と消さないでくれ
わたしの中からお前の中へうつす小さな火を
それはこの世にただ一つしかない火だ
わたしと死との深い谷底から大きな鳥が舞い下りて拾いあげた
のだ
その小さな火は
お前に何も求めない
だが零(ゼロ)のように空しさをもつてお前を庇い
あらゆるものからお前を拒むのだ
いま素裸のお前は
その火をかかげて階段に立つている
はてしれぬ二階へつづいている階段の上に
旅の小さな仏たち
何も数えなくてもいい
指は五本ずつある
二つの手を合わせて同じものが十本
それを折りまげずに真つすぐにして 向い合せて
指の腹と腹 掌と掌とをぴつたりくつつけて両手を閉じる
そのなかに何を包むか
旅の小さな仏たち
その群れにまじつてたち去つて行くおまえに
ただ一度のさようならを云う
さようならと
註:奥様が無くなられたのちに発表された作品。手は作者の手ではなく亡くなった人の手だ。この作品はこうして引用していても涙が出てしまう。
ヒロシマ神話
失われた時の頂きにかけのぼつて
何を見ようというのか
一瞬に透明な気体になつて消えた数百人の人間が空中を歩い
ている
(死はぼくたちに来なかつた)
(一気に死を飛び越えて魂になつた)
(われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)
そのなかのひとりの影が石段に焼きつけられている
(わたしは何のために石に縛られているのか)
(影をひき放されたわたしの肉体はどこへ消えたのか)
(わたしは何を待たねばならぬのか)
それは火で刻印された二十世紀の神話だ
いつになつたら誰が来てその影を石から解き放つのだ
以前はよく解らなかったのに、いまならいくらかは解る詩人・作品がある。ぼくがそれなりに時を過ごして、死にも近づいているからだろうか。
その一人に、お恥ずかしいことながら、嵯峨信之さんがいる。
「さん」付けで呼ぶのは、「お恥ずかしいことに」と書くのは、嵯峨さんには生前にずいぶんお世話になっているのだからだ。ただし、そのことは別途書くことにして、先に彼の作品を(わかりやすいものを)2、3紹介したい。
火
二度と消さないでくれ
わたしの中からお前の中へうつす小さな火を
それはこの世にただ一つしかない火だ
わたしと死との深い谷底から大きな鳥が舞い下りて拾いあげた
のだ
その小さな火は
お前に何も求めない
だが零(ゼロ)のように空しさをもつてお前を庇い
あらゆるものからお前を拒むのだ
いま素裸のお前は
その火をかかげて階段に立つている
はてしれぬ二階へつづいている階段の上に
旅の小さな仏たち
何も数えなくてもいい
指は五本ずつある
二つの手を合わせて同じものが十本
それを折りまげずに真つすぐにして 向い合せて
指の腹と腹 掌と掌とをぴつたりくつつけて両手を閉じる
そのなかに何を包むか
旅の小さな仏たち
その群れにまじつてたち去つて行くおまえに
ただ一度のさようならを云う
さようならと
註:奥様が無くなられたのちに発表された作品。手は作者の手ではなく亡くなった人の手だ。この作品はこうして引用していても涙が出てしまう。
ヒロシマ神話
失われた時の頂きにかけのぼつて
何を見ようというのか
一瞬に透明な気体になつて消えた数百人の人間が空中を歩い
ている
(死はぼくたちに来なかつた)
(一気に死を飛び越えて魂になつた)
(われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ)
そのなかのひとりの影が石段に焼きつけられている
(わたしは何のために石に縛られているのか)
(影をひき放されたわたしの肉体はどこへ消えたのか)
(わたしは何を待たねばならぬのか)
それは火で刻印された二十世紀の神話だ
いつになつたら誰が来てその影を石から解き放つのだ