すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

「私の好い人」(愛の追憶)-補足

2023-08-18 10:07:31 | 音楽の楽しみー歌

 「私の好い人」はナチスドイツ占領下でのフランス娘とドイツ兵の恋の物語だ。彼女は彼に命を助けられ、愛し合うようになる(このことについては、後の方で再び書く)。でも、その恋が幸福に終わるはずはない。連合軍の反撃が始まり、彼は「必ず戻ってくる」と約束して去ったまま、帰ってはこなかった。彼は殺されてしまったものと思われる(このことも後で触れる)。
 日本では歌い手が「戦争があったことさえ覚えていない、というのはつまり認知症になってしまったんですね」なんて説明していることがあるけれど、「ばっかじゃないの」と思う。彼女は、あまりに体験が辛すぎるので、無意識に心を閉ざして記憶を封じ込めてしまったのだ。PTSD(心的外傷後ストレス障害)だ。
 この歌で思い出す映画がある。マルグリット・デュラス脚本、岡田英次とエマニュエル・リヴァが主演、アラン・レネ監督の「ヒロシマ・モナムール」(邦題「二十四時間の情事」‥なんてまあ、トンデモ題をつけたものだ!)。詳しくは省くが(そのうち、この映画については別途書きたい)、主人公のフランス人女性は娘時代、占領下のフランスの地方都市ヌヴェール(パリから南南東に約200Km)でドイツ兵と恋仲になり、戦争末期、二人で駆け落ちしようと公園で待ち合わせるのだが、ドイツ兵は住民に射殺され、彼女は見せしめのために住民たちの前で頭を丸坊主にされ、地下室に閉じ込められる。このことが彼女の心を今でも苦しめている。
 (同じように、ジャン=ポール・ベルモンド主演、クロード・ルルーシュ監督の映画「レ・ミゼラブル 輝く光の中で」⦅「レ・ミゼラブル」の設定を第二次大戦下に移した驚くべき映画だ⦆のなかでも、パリ解放後、公衆の面前で頭をそられる女性たちが出てくる。“敵と通じた恥ずべき女”たちを晒し者にするためだ。)
 「私の好い人」の「冬の眼をした 子供のままのその老婆」も、彼を失っただけでなく、その後の混乱の中で同じようなつらい体験をし、住民たち白い目に晒されて生きてきたのだと思う。
 ところで、彼女の愛したドイツ兵について書きたい。
 愛し合うようになるまでのことは「私を救ってくれたのがあなただ‥」としか書かれていないので、聴く(または読む)側が勝手な想像をすることができるのだが、ぼくにはこの後の「・・って知ったら天国の父と母はどう思うでしょうね」というのが気になる。一般には「敵であるドイツ兵に助けられたなんて」と解釈するのだろうが、それならば「救ってくれたのがドイツ兵のあなた」というのが普通だ。
 そこでぼくは想像をたくましくする。生前、この一家とこの兵士は旧知の間柄だったのではないか。この歌詞から読み取れるのは、この兵士は普通にイメージするナチスドイツの冷酷な人間とは違うということだ。彼は彼なりに善意の人であり、希望を失くしてはいない。未来の平和と復興を信じてもいる(たとえそれが「民族共和」のような間違った信念であったとしても)。
 そして彼は、フランスをフランス人を、征服すべき対象とは思っていない。彼はひょっとしたら、フランスやフランス文化を愛するドイツ人であって、戦前にパリに、例えばフランス文化の勉強に、来たこともあり、その時にこの家族と知り合っているのではないか。彼はナチスのパリ占領時、この家族のことを心配して訪ねて来て、その時点ですでに両親は死んでいたが、娘だけは救うことができたのではないか?
 ・・・ぼくは想像しすぎるだろうか? でも、こう想像すると、この物語にはもう一つの悲劇が隠れていることがわかる。フランスが好きだったドイツ兵の悲劇。帰ってこれなかった彼は、どんな死に方をしたのだろう? 退却戦の戦闘の中で? 「ヒロシマ‥」の兵士のように、抵抗する住民に狙撃されて? それとも、ベルリンに戻り、ヒトラーに反対し、反逆罪で処刑された?
 ・・・いや、やはり想像が過ぎるようだ。でも、ひとつの歌からはこんなに想像を膨らませることができる。

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