すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

「アレクセイと泉」

2021-01-13 10:37:30 | 社会・現代

 映画はほとんど見ない。頭の回転が遅いので、ストーリーだけは頭に入っても、画面の情景を味わっている余裕がないからだ。その点、DVDで鑑賞するのは、何度でも静止画像にしたり戻したりできるので好都合だ。でも、レンタルはほとんどしない。棚にはほとんど、最近のヒット作しか並んでいないからだ。それらは全然見る気になれない。

 友人に勧められて、「アレクセイと泉」を見た。その友人の勧めるものなら何度も見るだろうと思い、中古を買った。送料込みで千円だった。
 チェルノブイリ原発の北東180Kmに位置する、プジシチェ村に残った村人たちの生活を一年間、淡々と記録したものだ。
 ベラルーシは原発の爆発で甚大な被害を受け、ブジシチェも立ち退きを迫られた。6000人の村人のうち、老人55人とただ一人の若者アレクセイだけが村に残ることを選択した。
 彼らが主食とするジャガイモの畑をはじめとして、村は放射線に汚染されている。キノコを採取したり薪を切り出したりする森は特に高い。村に水道はなく、村人の生活の中心になっているのは泉だ。不思議なことに、この泉の水からは放射能は検出されなかった。
 村人は水を汲み、二つのバケツを振り分けにして天秤棒で担いで運ぶ。重さ30キロだ。水を運ぶアレクセイの足取りはややぎこちない。放射能の影響だろうか。爆発の起こった時、彼は10代の前半だったはずだ。
 だが映画は今時の報道のようには、事故のことに喧しく触れない。村人の日々の生活を、静かに記録し続ける。ジャガイモ掘りを、草刈りを、洗濯を、キノコ狩りを、糸紡ぎを、馬や豚や鶏の世話を、泉の木枠の修理のための伐採を。収穫の祭りを、ダンスを、男たちのウオッカを、女たちの歌を、老夫婦の愛情(と、そこにある男と女のわずかな気持ちのずれを)。そして祈りを。 

 泉は生活の支えであるとともに、祈りをささげる場だ。放射能から彼らを護ってくれた奇跡の泉なのだ。十字架を立て、イコンを置き、司祭が聖なる水として村人たちに振りかける。村人たちは「百年の泉」と呼ぶ。
 ただ一か所、泉のかたわらの洗濯場の足場の修理の場面の最後に、ナレーションを担当したアレクセイがとつとつと語る一言が、彼らの生活の後ろにある事実を告げている。「これが最後の修理だろう」と。
 映画の撮影の時点でチェルノブイリの事故から15年が経っている。村人たちがさらに年老いて、村を離れた息子や娘たちに引き取られるか、あるいはこの世を去ってしまえば、洗濯をする者はいなくなるのだ。
 撮影からすでに20年がたっている。村は今どうなっているだろう。今も住む人がいるのだろうか?
 映像は非常に美しい。ただし、この村が特に美しい場所だった、という事ではないのだろう。世界中の沢山の場所に、美しい村はある。そして、消えつつある。
 福島原発の事故の後、神奈川ユーラシア協会の企画の現地訪問で福島から飯館・浪江に行ったことがある。マイクロバスが通行止めのゲートをくぐって、人が住めなくなってしまった地域に入った時、その土地の美しさに心を打たれかつ痛めたことがある。山桜が咲いて、あたり一面の芽吹きが始まる季節だった。「ここはこんなにも美しい土地だったのだ!」(あれは何年だったろうか。日記をつけないぼくには思い出せないことがいっぱいある。)
 ぼくたち現代の都会に生きている者たちは、決定的に失ってしまったものがそこにはある。ぼくは、そのような暮らしがしたいとは言いだせない。洗濯ひとつ、ジャガイモ掘りひとつとっても、つらい苦しい作業だ。だが、都会に生きるものとしても、せめて人々や自然への共感と祈りとを取り戻すことはできないだろうか? もうすこし、静かな生活のよろこびを取り戻すことはできないだろうか?
 そして、唐突かもしれないが、泉の水(水道)、たきぎ(電気などエネルギー)など、生活に欠かせないものの共有を目指すことはできないものだろうか?
 この映画は、本橋成一監督をはじめとする日本人が撮ったもので、2001年冬から02年冬まで撮影された。02年にはサンクトペテルブルグ映画祭でグランプリを獲得している。坂本龍一の音楽も美しい。撮影の時点では、スタッフの誰一人、10年後に福島であんなことが起きると思わなかったはずだ。
 福島の事故の後、日本各地で繰り返し上映会が行われているのだそうだ。友人に勧めてもらってよかった。この記事を読んだ人にも見てほしい。手に入りにくかったら、ぼくのをお貸ししますよ。

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