すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

2022-06-24 10:21:01 | 社会・現代

老人はたった一人で生きてきた
都市が滅び去るのを目にしてから
もう何百年かが過ぎていた
何も食べようとは思わなかった 森の
巨大な樫の木の根元に
泉が湧いていて
時折その泉に口をつけては飲んだ

廃墟がその後どうなっているか
見に行こうとも思わなかった たぶん
蔓草に覆い尽くされ
風化して土に戻りきるには
まだ何千年かかかるだろう
削り取られた丘陵が
ふたたび盛り上がるには
何万年かかかるだろう
大地はやっと
再生への長い道のりを始めたのだ

もう何も考えたくはなかった
ただ老人の悔恨といえば
自分から離れていったものたちが
あのように滅び去るのを
止めようもなかったことだ
自分にできたのはただ
人間たちの滅亡を顔を背けずに
直視していることだけだった
自分の無力さに
眠れぬ夜を過ごすことが幾度かあった

ある夜老人は夢を見た
樫の木の根元で
泉に指先をひたして
美しい子供が午睡していた
老人はそっとかがみこんで
子供の夢の中をのぞいてみた
そこでは銀河が生まれ
太陽が耀き始め
海と大地が分かれていくところだった

老人の夢の中で子供が眠り
子供の夢の中で老人は見ていた
海が生命をはぐくみ
何億年かの時が流れるのを
人間の出現も
氷河期の繰り返しも
それを見続けてきた老人自身も
子供の午睡の夢のひとかけらに過ぎなかった

都市が聳え文明が栄え
やがて崩壊する日がやってくる
悪い夢におびえて
泉にひたした指がぴくりと動き
子供は目を覚ました
それが すべてのものの
本当の終焉だった
森も廃墟も大地も銀河系も
その瞬間に消えてしまった
もちろん老人も消えてしまった 老人は
子供の夢の中の存在に過ぎなかったから
そして子供も 子供のもたれかかった樫の木も
指をひたした泉も消えてしまった
それは老人の夢の中の出来事に過ぎなかったから

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