すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

修練について

2018-04-01 21:28:06 | 音楽の楽しみ
 楽器の演奏について、楽器の練習について、ぼくはひどく初歩的な幼稚なことを言っている。実際、初歩的な段階にいるのだから、それはまあ仕方がない。ぼくは初歩的な段階にいて、そのことを勘違いはしていない。
 先日、竹橋にある国立近代美術館と、その分館の工芸館に行った。特に感銘を受けたのは工芸館だ。一つ一つの工芸品が、どれもものすごく緻密で美しい。その作品が長い年月に及ぶ修練の結晶だということが良くわかる。そしてそのことに感銘を受けるのだ。
 工芸家は、基礎的な手わざの訓練を繰り返し繰り返し、徹底的にする。そして、10年、20年、30年のそのような修練の上に初めて、一つの美しい作品を作り上げる。その修練の上に初めて、その工芸家の個性が生まれる。個性とは、基礎の修練の果てに初めて獲得することができる独自性のことだ。
 これは工芸に限らず、ほかの芸術でも同じだと思う。能楽師は、ひと足の動かし方、一つの身振り、ひと声の発し方を、徹底的に繰り返し練習する。そうして30年たって初めて個性が生まれるのだ。
 楽器の演奏だって、そうに違いない。以前ドムラの先生に、シュラージクという作曲家の「左指のためのレッスン」というものをいただいた。3本の弦のうち真ん中の弦で人差し指から小指までの押さえる位置は変えないで、16分音符で50小節、繰り返しも入れて100小節、ラからミまでの音階をひたすら上下する練習だ。初めのうちは指が疲れておしまいまで続かない。「演奏家は、死ぬ日まで、これを毎日三回弾かなければいけません」と言われた。
 ドムラをやめてマンドリンに変えても、今でもそれはやっている。まあ、一日1~2回だけれどね(マンドリンにもそういうものはあるのだろうが、まだ巡り合っていない)。
 近代美術館の話に戻るが、本館の常設展は、いちばん上の4階から始まって、下に降りて来るにつれて年代が下って今に近くなるのだけれど、下るにつれて線や構図や色彩の確かさが崩れてどんどん何でもありの野放図になって、つまらなくなってくる。これは絵画の堕落ではないかと思った。
 絵画は、工芸とは違って、感性による要素が大きいから、基礎的な訓練による確かな技術が伴わなくても、個性であると主張することができる。それは実は、勘違いに過ぎない。
 歌も同じだと思う。歌をうたっている、プロもセミプロもアマも含めて、何とたくさんの人たちが、自分は感性と個性あふれる素晴らしい表現者だ、と錯覚していることか…
 …まあ、ここは深入りしないで、初歩の幼稚な自分のことに戻ろう。
 ぼくは自分に残された年月において、本当に技術の修練の上に立った個性に達することはもうないだろう。それには日々の時間が、そして年月が、足りない。ぼくの指は衰え、速く弾こうとすると縺れ、頭で考えるところとは別のところを押さえるようになるだろう。出る音は頼りないものになるだろう。今よりはある程度は進めるだろうが、それは本当に美しい音楽が生まれる、美しい工芸品が生まれる、美しい所作が生まれる、あの地点までではない。   
 それではぼくの練習は虚しい、意味のないものだろうか? そうではない。
 工芸家は、20年、30年の修練の途上に、たとえば彫刻刀で刻む、まだ完ぺきではない一本一本の線のうちに、充実を感じることができるはずだ。自分が途上にあることそれ自体のうちに、喜びを感じることができるはずだ。
 (ここからは、ぼくはまだ音楽や絵画や工芸について語る力がないので、山登りの比喩で語ることにする。いつか、それらについてもう少し語れるようになるかもしれない。)
 ぼくは高峰の頂きに達することはないであろう。展望の一気に開ける稜線にまで達することすらないかもしれない。ぼくは一歩一歩、遅い足どりで谷筋を登るだろう。しかしその足元にも、都会では見られないきれいな水が音を立て、花は咲くだろう。谷から見上げる空は青いであろう。 
 それで良い。
 頂上に達することのみが人生の意義ではない。息を切らして喘ぎながら見る空が花が水が美しければそれで良しとしよう。自分がまだ谷間にいることは自覚していよう。そして、頂に向かって歩くこの一歩に、大地を踏みしめて歩く喜びを感じよう。
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