21日(金・祝)。昨日の朝日朝刊に、モーツアルト研究家・高橋英郎さんの死亡記事が出ていました。18日に呼吸不全で死去、82歳だったとのこと 高橋さんは1983年に「モーツアルト劇場」を創設し、総監督として日本語に訳した本場オペラの普及に努めました
私がモーツアルトに入れ込んでいた時に読んだ本に高橋英郎さんの「疾走するモーツアルト」があります モーツアルトが好きな人はピンとくると思いますが、「疾走するモーツアルト」というのは、日本における芸術評論の先駆者・小林秀雄が名著「モオツアルト」の中で、モーツアルトの「弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516」の第1楽章冒頭のメロディーを言い表した有名な言葉です
正確に言うとそれは間違いで、小林秀雄は「モオツアルト」の中で概略次のように書いています
「スタンダアルは、モオツアルトの音楽の根柢はtristesse(悲しさ)というものだ、と言った。・・・(略)・・・・≪ト短調クインテットK.516の冒頭のアレグロの譜面を提示≫ ゲオンがこれを tristesse allante と呼んでいるのを、読んだ時、僕は自分の感じを一と言で言われた様に思い驚いた(アンリ・ゲオン『モーツアルトとの散歩』)。確かに、モオツアルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いの様に、『万葉』の歌人が、その使用法をよく知っていた『かなし』という言葉のようにかなしい」
ところで、昨日の日経朝刊・第1面コラム「春秋」は万葉集第19巻の最後をかざる一首で、万葉集の編者とされる大友家持がよんだ和歌を紹介しています
「うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり 心悲しも 独りし思えば」
この句に接して、小林秀雄がト短調の弦楽五重奏曲の冒頭を聴いたときに表現した「万葉の歌人が、その使用法をよく知っていた『かなし』という言葉」は、この和歌で使われた「心悲しも」ではなかったろうか思いました
さて、高橋英夫さんの「疾走するモーツアルト」に戻ります。手元の本は1987年初版発行、1988年5刷となっています おそらく25~26年前に購入したものと思います。あらためてその「序章」を読んで、意外な事実に驚愕しました 「序章」には高橋さんと、小林秀雄をよく知るS氏との会話が載っていますが、問題の会話は次の部分です
高橋:前にもうかがったのですが、念のためもう一度。小林秀雄は『モオツアルト』を書いているとき、ベートーヴェンを聴いていたというのでしたね」
S氏:ええ、そうです。面白いことだと思いますよ。このことは、直接聞いたのではなく、人を通じて知ったのですが。
高橋:これは小林秀雄の問題でもあり、モーツアルトの問題でもあるのでしょうね・・・・・・・。
この会話はまだ続きますが、非常に興味深い内容です。興味のある向きは古書店でお求めください
あらためて高橋英夫さんのご冥福をお祈りいたします。
閑話休題
東川篤哉著「はやく名探偵になりたい」(光文社文庫)を読み終わりました 東川篤哉の作品は、このブログでも何冊かご紹介してきました。「密室の鍵貸します」「完全犯罪に猫は何匹必要か」「交換殺人には向かない夜」「ここに死体を捨てないでください」「殺意は必ず三度ある」などです
「はやく名探偵になりたい」は「藤枝邸の完全なる密室」「時速40キロの密室」「7つのビールケースの問題」「雀の森の異常な夜」「宝石泥棒と母の悲しみ」の5つの短編から成ります 主人公は自称「烏賊川市(いかがわし)で一番の探偵・鵜飼杜夫(うかいもりお)です。助手の戸村流平とともに難事件に挑みます 本のタイトル「はやく名探偵になりたい」は、助手の戸村流平のセリフかもしれません
東川篤哉の作品を読んでいていつも思うのは、ストーリーと謎解きはともかく そこに至るまでの日常の会話におけるギャグの連発が超面白いのです 逆に言えば、ストーリーはどうでも良く、次にどういうがギャグが飛び出してくるかが楽しみなのです
この短編集も、ストーリーにはこじつけめいた無理があるものの、ギャグに関しては期待を裏切らない”名セリフ”の連発で、十分楽しめました。脱力系推理小説の1冊としてお薦めします