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今日の筆洗

2023年12月08日 | Weblog
 東日本大震災での陸上自衛隊の救援活動で「赤飯事案」と呼ばれる出来事があった▼現場の部隊に支給された缶入り糧食に赤飯があり、隊員は隠れて食べていたが、被災者に見られ「災害がめでたいのか」と言われたらしい。確かにふさわしくないと陸自は被災地の部隊への赤飯支給をやめたという▼毎日新聞の滝野隆浩氏が著書『自衛隊のリアル』で触れ、住民が気を悪くしたからと部隊の糧食を変更することが他国であるだろうかと書いている。戦争体験ゆえに国民の嫌悪感が強い中で生まれ、国民の理解を得たいと寄り添う努力を重ねた組織らしい話という▼今日で太平洋戦争開戦から82年。歌手笠置シヅ子さんを主人公のモデルとしたNHK連続テレビ小説『ブギウギ』の劇中も近ごろ戦時色が強まったが、当時は国民が軍に寄り添うよう強いられたことが分かる。ジャズが敵性音楽とみなされ、官憲ににらまれて活躍の場を奪われるヒロインが不憫(ふびん)である▼戦地の兵のことを思えと娯楽、ぜいたくが敵視されるのは日中戦争以降。梅干し一つだけの「日の丸弁当」も奨励された▼赤飯事案を滝野氏に語った関係者は、自衛隊は米軍と違って「ミリタリーファースト(軍事優先)」の社会で生きていないと話したという。周辺がきな臭くもある昨今。自衛隊の献身を正当に評価しつつ、時計の針を戻さぬのが政治の仕事だろう。
 
 

 


今日の筆洗

2023年12月07日 | Weblog
18世紀後半のフランスの国家財政は火の車。再建のため、国王ルイ16世から財務長官に任ぜられたのが、スイスの銀行家ネッケルである▼改革への抵抗勢力と闘うネッケルは自らの主張の正しさを民に説くため、国家予算の全貌を開示した。絶対王政のこの国で前代未聞。民衆は宮廷への巨費投入を数字で知り不満を募らせた▼やがてネッケル罷免の報に民衆は怒り、圧政の象徴・バスチーユ監獄襲撃へと至った。公金の使途開示もフランス革命の誘因となり、開示によって国家が国民の評価を受ける政治がつくられていったという(ジェイコブ・ソール著、村井章子訳『帳簿の世界史』)▼最近聞く永田町のカネを巡る疑惑も革命を招くとは言わぬが、大ごとになりそうな気配である。自民党の派閥が政治資金パーティーで集めた金の一部を各議員に戻し、収支報告書に記載しない裏金にしていた疑惑を検察が捜査中という▼大規模で常態化していたとも。疑惑の目は岸田政権を支える最大派閥・安倍派などに向けられる。どうせばれぬと思い、政治資金は透明にするという国民との約束を破っていたのなら、醜い▼バスチーユ監獄襲撃の知らせにルイ16世は「暴動か?」と聞き、側近が「いいえ陛下、これは革命です」と応じた話は有名という。問答は、事の深刻さを国王が理解していたかを疑わせる。わが宰相は大丈夫だろうか。
 
 

 


今日の筆洗

2023年12月06日 | Weblog
 宮沢賢治の詩、「雨ニモマケズ」。冒頭の<雨ニモマケズ/風ニモマケズ>も印象的だが、後半に魅力を感じるという方も多かろう▼<東ニ病気ノコドモアレバ/行ツテ看病シテヤリ/西ニツカレタ母アレバ/行ツテソノ稲ノ束(たば)ヲ負ヒ>。弱った人のため、自分は東西南北どこへでも向かおうという献身の心を示し<サウイフ(そういう)モノニ/ワタシハ/ナリタイ>と願う▼詩とは正反対の状況を憂う。もちろん、作戦は人質を取り戻すためだとイスラエルは主張するのだが、その攻撃は人の痛みを知る<サウイフモノニ>とは遠い。パレスチナ自治区ガザ。戦闘休止は短期間に終わり、イスラエル軍はガザへの攻撃を再び強める。中心は南部である▼10月の攻撃開始当初、イスラエル軍はガザ北部の住民に対し、南部に避難せよと勧告していた。そして今度は避難を勧めたはずの南部を空爆し、地上戦を展開する。グテレス国連事務総長の言葉を借りれば、「安全な場所はどこにもない」▼死者は1万5千を超えた。約4割が子どもという。<南ニ死ニサウナ人アレバ/行ツテコハガラナクテモイイトイヒ>。逃げ場を失った南部住民を慰め、励ます言葉が見つからない▼もう一度、戦闘休止の糸口をつかみたい。<北ニケンクワ(喧嘩)ヤソシヨウ(訴訟)ガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ>。世界は祈るしかないのか。
 
 

 


今日の筆洗

2023年12月05日 | Weblog

「寒苦鳥(かんくちょう)」。見るからに寒そうな名だが、インドの雪山に棲(す)むというから寒さは尋常ではなかろう。この鳥、鳴き声が変わっている▼つがいで暮らし、夜になると雌は「寒苦必死」と鳴いて寒さを嘆く。これを聞いた雄の鳴き声は「夜明造巣」。夜が明けたら巣を作るからとなだめるのである。ところが、朝日が差し、少し暖かくなると雄は夜の寒さを忘れ、巣を作らない。人の怠け心を戒める仏教説話である▼気候変動に対する人類の態度を寒苦鳥に「お仲間ですな」と笑われたくはない。国連の気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)の首脳級会合。気温上昇を抑えるため、日本を含む世界の116カ国が再生可能エネルギーの容量を2030年までに3倍にすることを誓約した▼野心的な目標である。熱波、洪水、干ばつ、食料危機。気候危機に対する世界の「悲鳴」に誓約はあの雄の鳥のようになんとかしたいとは答えているのだろう▼問題は「巣」が本当にできるかどうかに他ならぬ。実現の困難さや各国の抱える事情を理由にその巣作りを永遠に完成しない、まぼろしにしたくない。今年は観測史上最も気温の高い一年になるのが確実だという。もはや解決までに残された時間は少なかろう▼<寒苦鳥明日餅つかふとぞ鳴けり>宝井其角(たからいきかく)。怠けたい気持ちは分かるが、餅ではなく、人類の命運がかかっている。


今日の筆洗

2023年12月04日 | Weblog
終戦直後の淡路島を舞台にした阿久悠さんの小説『瀬戸内少年野球団』に腕っぷしの強い、やんちゃな少年が出てくる。あだ名はバラケツ。土地の言葉で不良の意味らしい▼このバラケツがお寺の子のニンジンをいじめる。ニンジンは泣かされて帰ることもたびたびで学校に行くのをいやがるようになる。バラケツを叱るのが、しっかり者の少女、ムメちゃん。「あんた、これから先、新田君のこといじめたらあかんのよ」「わかっている」「約束破ったら私が承知せえへんよ」。バラケツは恋心を寄せるムメちゃんには頭が上がらない▼こんな話ならどんなによかったか。バラケツは約束を守ったが、この投手は聞くだに不愉快な行為をなぜ、やめられなかったか。とがめるものはいなかったのか。楽天イーグルスの安楽智大投手が同僚選手へのハラスメント行為で自由契約となった▼暴言や下着を脱がせるなどの行為があったという。心底がっかりする▼ボールを一心に追う。飛びつく。投げる、走る。野球を見るものが魅了されるのは選手が表現する無心でひたむきな子どもらしさかもしれぬ。人の痛みの分からぬ子どもじみた行為とは違う。心まで幼くてどうする▼実績ある投手である。反省し、どうすれば許してもらえるかを考えるしかあるまい。反省と再生の物語を見たいが、早くマウンドに帰ってとは今はとても言えぬ。
 
 

 


今日の筆洗

2023年12月02日 | Weblog

 「直すべき六つの欠点」という脚本用語がハリウッドにはあるそうだ▼酒がやめられない、短気、協調性がない…。主人公に複数の欠点を持たせておいて結末までにそれが直るという展開にしなさいというのである。ヒット映画の法則らしい▼この人の作品は「直らない六つの欠点」だったかもしれぬ。脚本家の山田太一さんが亡くなった。89歳。『シャツの店』や『高原へいらっしゃい』。それぞれの世代が大切にしている山田作品をお持ちだろう。訃報に机を並べる同僚2人が朝から『早春スケッチブック』の良さを力説していた。気持ちがわかる▼家族の崩壊を描いた『岸辺のアルバム』や『ふぞろいの林檎(りんご)たち』の学歴にコンプレックスを持つ学生たち。いずれの登場人物も問題や欠点を抱えているが、山田さんは虫の良いハリウッド式の法則は使わない▼「人間というのはたまにはいいことをしたり、たまには悪いことをしたり。それでまるごと一人の人間なんだと思う。いろんな能力があって欠点もある」とおっしゃっていた。欠点をそのままにして「それでもいいよ」という懐深い視点でつむがれる生身の人間の物語。見ているこちらは、自分と同じだと思い、どこか救われた気にさえなった▼作家の奥田英朗さんが書いていた。「今の若者は誰に救われるのだろう。わたしたちには山田太一がいた」。別れに狼狽(うろた)える。


今日の筆洗

2023年12月01日 | Weblog
「秩序か正義か、どちらか選べといわれたら、私は秩序を取る」。米国のキッシンジャー元国務長官の言葉という。その哲学は、故国ドイツで少年時代に遭った自身らユダヤ系への迫害が育んだとみる人は少なくない▼ユダヤ人を理由に少年たちに袋叩(ふくろだた)きにされた。ナチスの一団がユダヤ人を罵(ののし)って通りを歩き、父は教職を追われた▼秩序が崩壊し、むき出しになった憎悪と暴力。キッシンジャー氏が15歳だった1938年、一家は米国に逃れた(ウォルター・アイザックソン著、別宮貞徳監訳『キッシンジャー 世界をデザインした男』)▼冷戦期の世界秩序安定を追求した氏の訃報が伝えられた。国交のない中国と秘密交渉を重ねて72年のニクソン大統領訪中を実現した。ソ連にも接近。中ソ対立を利用し米中ソ関係での優位確保を図った▼ソ連外交官はキッシンジャー氏を「箸でキャビアを食べられる男」と称したという。中国人が使うそれでソ連名産を味わう豪胆な人という意味だろう。中ソの人権侵害を黙認したとも批判されたが、核保有国との対立激化を避ける秩序確立こそ、氏の正義だったと思える▼38年の渡米後、高校で米国人について書く随筆を課され「米国とは、胸を張って通りを横切れる国だ」と書いたと77年の国務長官退任演説で明かしたという。街で敵意におびえずに済んだ寛容な新天地。愛し、尽くした。