「寒苦鳥(かんくちょう)」。見るからに寒そうな名だが、インドの雪山に棲(す)むというから寒さは尋常ではなかろう。この鳥、鳴き声が変わっている▼つがいで暮らし、夜になると雌は「寒苦必死」と鳴いて寒さを嘆く。これを聞いた雄の鳴き声は「夜明造巣」。夜が明けたら巣を作るからとなだめるのである。ところが、朝日が差し、少し暖かくなると雄は夜の寒さを忘れ、巣を作らない。人の怠け心を戒める仏教説話である▼気候変動に対する人類の態度を寒苦鳥に「お仲間ですな」と笑われたくはない。国連の気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)の首脳級会合。気温上昇を抑えるため、日本を含む世界の116カ国が再生可能エネルギーの容量を2030年までに3倍にすることを誓約した▼野心的な目標である。熱波、洪水、干ばつ、食料危機。気候危機に対する世界の「悲鳴」に誓約はあの雄の鳥のようになんとかしたいとは答えているのだろう▼問題は「巣」が本当にできるかどうかに他ならぬ。実現の困難さや各国の抱える事情を理由にその巣作りを永遠に完成しない、まぼろしにしたくない。今年は観測史上最も気温の高い一年になるのが確実だという。もはや解決までに残された時間は少なかろう▼<寒苦鳥明日餅つかふとぞ鳴けり>宝井其角(たからいきかく)。怠けたい気持ちは分かるが、餅ではなく、人類の命運がかかっている。
「直すべき六つの欠点」という脚本用語がハリウッドにはあるそうだ▼酒がやめられない、短気、協調性がない…。主人公に複数の欠点を持たせておいて結末までにそれが直るという展開にしなさいというのである。ヒット映画の法則らしい▼この人の作品は「直らない六つの欠点」だったかもしれぬ。脚本家の山田太一さんが亡くなった。89歳。『シャツの店』や『高原へいらっしゃい』。それぞれの世代が大切にしている山田作品をお持ちだろう。訃報に机を並べる同僚2人が朝から『早春スケッチブック』の良さを力説していた。気持ちがわかる▼家族の崩壊を描いた『岸辺のアルバム』や『ふぞろいの林檎(りんご)たち』の学歴にコンプレックスを持つ学生たち。いずれの登場人物も問題や欠点を抱えているが、山田さんは虫の良いハリウッド式の法則は使わない▼「人間というのはたまにはいいことをしたり、たまには悪いことをしたり。それでまるごと一人の人間なんだと思う。いろんな能力があって欠点もある」とおっしゃっていた。欠点をそのままにして「それでもいいよ」という懐深い視点でつむがれる生身の人間の物語。見ているこちらは、自分と同じだと思い、どこか救われた気にさえなった▼作家の奥田英朗さんが書いていた。「今の若者は誰に救われるのだろう。わたしたちには山田太一がいた」。別れに狼狽(うろた)える。