紅海は、アフリカ大陸とアラビア半島の間の細長い海。北側はスエズ運河で地中海とつながり、南側はインド洋と接す▼欧州とアジアを結ぶ航路。作家の遠藤周作も27歳だった1950年、紅海経由の船で留学先のフランスに向かった▼後に書いた小説の題は、紅海入り口付近のイエメンの港町の名にちなんだ『アデンまで』。船上の物語で、両側に陸が迫る紅海について、静かで砂漠と同じような色に濁っていると記す。「甲板の手すりにもたれ、俺は風もない、波もない、海づらを眺めていた。このアフリカとアラビヤにはさまれた細長い紅海は俺の皮膚の色に、なんと、似ていることだろう」▼紅海が最近、騒がしい。イスラエルを敵視するイエメンの親イラン武装組織フーシ派が商船攻撃を繰り返している。先月には日本郵船運航の船も拿捕(だほ)された。パレスチナ自治区ガザに侵攻したイスラエルを揺さぶる狙いらしいが、イスラエルとの関係が不明の船も標的になったとも▼米国は船を護衛する多国籍部隊をつくる気だが、奏功するだろうか。紅海経由から遠回りの航路に変えた海運会社も少なくない。輸送費の増加が物価上昇を招くかもしれない▼先の小説には「永久にこの海は動かないであろう。静止しているだけだろう」ともつづられる。静かなはずの海を波立たせる人間の所業。長引けばおそらく暮らしは苦しくなる。