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今日の筆洗

2022年05月19日 | Weblog
 記録に残る日本最古のカレー調理法は一八七二(明治五)年の『西洋料理指南』という本にあるレシピだそうだ。『カレーライスと日本人』(森枝卓士さん・講談社学術文庫)に教わった▼レシピを見て驚く。まず、カエルの肉を使っている。もう一つはカレーに欠かせぬタマネギが入っていない。「葱(ねぎ)一茎生姜(しょうが)半箇蒜少許(にんにくすこしばかり)を細末にし牛酪(バター)大一匙(さじ)を以(もっ)て煎(い)り」。タマネギの代わりにネギを使っている▼タマネギを使っていない理由は、ないからである。北海道で開拓使がタマネギ栽培に着手したのはレシピ前年の明治四年というからまだ広まっていなかった。タマネギなしねえ。ちょっとがっかりする▼明治のカレーは遠慮したいが、そんなことも頭をよぎる、最近のタマネギの値上がりである。平年の三倍近いというからタマネギ好きは包丁を入れる前から涙目になるか▼原因は生産量の約六割を占める主産地、北海道での昨年の猛暑だそうだ。高温や雨不足で不作となり、この時期の出荷量が減ってしまった。北海道以外の地域は今が収穫期だが、四月の低温などでやはり振るわないそうだ▼カレー、ハンバーグ、カツ丼、ナポリタン。タマネギと聞けば、子どもが好きなメニューが浮かんでくる。なにも子どもばかりではあるまい。今年の北海道の夏は大丈夫だろうか。急に暑くなってきた五月の空をじっとみつめる。
 

 


今日の筆洗

2022年05月18日 | Weblog

 病気の子どもに薬を飲ませたところ、腹痛がひどくなる。心配した父親が薬をくれた医者にかけ合うと、医者は「心配いらない。私の薬が病気と闘っているだけだ」▼ところが子どもは死んでしまう。医者に文句を言うと「言った通りだろう。私の薬と闘った結果、病気の方が負けたのだ」。中国の笑い話だが、笑えぬどころか、この医者に腹が立ってくる。病気を打ち負かしても命まで奪う薬では役に立たぬ▼その薬をいやでも思い出させる中国政府のゼロコロナ政策である。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ目的で、極めて厳格な都市封鎖や外出規制を続けている▼流行初期に徹底的な人流抑制によって感染拡大を封じ込めた成果を踏まえ、同じ手を使っているが、感染力の強いオミクロン株には効果がそれほど上がっていない▼問題は経済の方で、厳しいゼロコロナ政策が生産、物流の足を引っ張り、景気に深刻な打撃を与えている。それでは、あの強すぎる薬と同じ結果にならないか▼影響は中国にとどまらぬ。「世界の工場」である中国のゼロコロナ政策の副作用は世界的なサプライチェーン(供給網)を混乱させ、物不足を引き起こす危険もある▼中国政府はゼロコロナ政策を見直せば沽券(こけん)にかかわると意地を張っているようだ。誤った薬を投与し続ける方がよほど政権の評判を落としかねないことには気がつかない。


今日の筆洗

2022年05月16日 | Weblog

雨が降った次の日、ムーミン谷全体がどす黒くなっているのをムーミンが発見する。空も川も地面も全部、黒い▼「すべてのものが、どす黒いのです。この世のものと思えないほど、気味悪いようすをしていました」。異変の原因は彗星(すいせい)の接近。フィンランドの作家、トーベ・ヤンソンの『ムーミン谷の彗星』である▼スナフキンが教えてくれる。「彗星はひとりぼっちの星で、頭がへんになっているのさ。それで宇宙をころげまわっているんだ」「たいへんさ。地球が、こなごなになっちゃうよ」▼作品が発表されたのは第二次世界大戦が終わった翌年の一九四六年。ヤンソンがおそろしい彗星に重ねていたのはフィンランドと戦ったナチス・ドイツだったかもしれない▼ムーミンたちは「洞窟」に隠れ、彗星接近の難を逃れたが、ロシアという新たな彗星の接近にフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)という「洞窟」に逃げ込もうとするのは自然だろう。米ソ対立の時代にも軍事的中立を保った同国が方針を転換し、NATOに加盟申請すると表明した▼ロシアのウクライナ侵攻にはウクライナのNATO入りを阻む側面があったが、その暴挙がフィンランドを警戒させ、NATOへとかじを切らせた。同じく、中立だったスウェーデンもNATO加盟に動く。「彗星はひとりぼっち」−。スナフキンの言葉がよみがえる。


今日の筆洗

2022年05月14日 | Weblog
映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(二〇一九年)は、ソ連時代の一九三二〜三三年に起きたウクライナの大飢饉(ききん)を描く▼政府が隠す中、主人公の英国人記者が現地に潜入。積み重なる遺体を馬車が運ぶのを見る▼数百万人が死んだ惨事は人災といわれる。スターリンが強いる農業集団化で、一部の「豊かな農民」が追放されるなど現場は混乱。収穫が減ったのに、輸出で外貨を得たいソ連政府の穀物調達は過酷で、人々の分がなくなった。映画でも、モスクワに行くという袋詰め穀物が駅で積まれる場面がある▼ロシアの侵攻で農業生産が落ち込む見こみの今のウクライナで、ロシア軍が穀物を略奪しているらしい。国連食糧農業機関(FAO)の当局者も今月の会見で、トラックでロシアに運ばれた例を確認したと述べた。輸出を企てているという米メディアの報道も。かつてのように、食料が減る中で金を稼ぐつもりなのか▼ウクライナは、ロシア軍による海上封鎖で黒海沿岸の港を使えず、船で穀物を輸出できない状態という。世界的に供給が不足し、価格は高騰。貧しい人ほど影響は深刻だろう▼映画では、遺体が転がる町で主人公と出会ったウクライナ女性が「私たちは彼らに殺されてるの」と語った。彼らとは、モスクワで政治を司(つかさど)る人たち。今回の侵攻も延々と続けるのなら、遠い国でも命は危機に瀕(ひん)する。
 

 


今日の筆洗

2022年05月12日 | Weblog

フィリピンで独裁体制を築いたマルコス政権が倒れた一九八六年の革命。八三年にマニラ空港で起きた民主派指導者アキノ氏暗殺への人々の怒りが下地となった▼亡命先の米国から戻り、航空機を降りた直後に凶弾に倒れたが、日本などの同行記者が機内にいた。タラップに向かうアキノ氏の姿や機外に出た後の銃声をとらえた映像を分析し、事件の謎に迫ったTBSの番組『報道特集』のコピーのテープがフィリピンに出回った。英語の吹き替え版も登場し、秘密上映会も開かれたという▼八六年の革命では、政権に反旗を翻した軍の部隊がテレビ局を占拠し、独自の放送が始まった。街頭で政権打倒を叫んだ人々の姿は各国に中継された▼テレビ時代の革命から三十六年。先の大統領選でマルコス氏の長男が勝った。交流サイト(SNS)を武器に戦ったという▼父の治世の経済成長や治安を美化するメッセージを発信。人権弾圧は「反対派の捏造(ねつぞう)」といった情報も飛び交い、当時を知らない若い世代に支持が広がった。不利な質問から逃れるためか、テレビのインタビューや候補者討論会は避けた▼マルコス氏の長男は現職ドゥテルテ氏の路線を継ぐという。司法手続きを経ない殺害もいとわぬ強権的麻薬犯罪対策は庶民に支持されたが、批判した放送局の電波は止められた。自由を求めた革命の記憶は風化してゆくのだろうか。


今日の筆洗

2022年05月11日 | Weblog
曲がったことが大嫌い。牛の角は見るのもいや。歩いていて道を曲がらなければならないときはくやし涙にくれながら曲がる−▼おなじみの古典落語「井戸の茶碗(ちゃわん)」に出てくる頑固な人物。落語家の林家彦六(八代目林家正蔵)さんにも、そういうところがあったらしい▼国会でも取り上げられた有名な話がある。彦六さん、寄席に通うための通勤定期を持っていたが、寄席以外の場所へ行く場合は「私用だから」と定期券を使わず、わざわざ切符を買って乗っていたそうだ。意地と筋の人だったのだろう▼理屈っぽく怒りっぽい性格からついたあだなは「トンガリ」。意地も筋もなく、ただただ醜く曲がったこの話を聞けば、稲荷町の師匠はさぞトンガルだろう。元国会議員が詐欺などの疑いで逮捕された。現職の国会議員に成り済まし、東海道新幹線の特急券・グリーン券をだまし取っていたというから情けない▼国会議員時代に公務用にともらっていた無料パス。とうに期限は切れていただろうにこれを悪用していたそうだ。駅員が間違った券をこの元国会議員に渡してしまい、そこから足がついたというから、悪いことはできないものである▼「昔の経験が忘れられなかった」と言っているそうだ。現職時代はまじめそうに見えたが、彦六さんの怪談噺(ばなし)の口調を借りれば、「ハテおそろしき、議員特権の魔力じゃなあ」である。
 

 


今日の筆洗

2022年05月10日 | Weblog

ロシアの文豪ドストエフスキーには人生がかかった「締め切り日」があった▼約束の日までに長編小説一本を書かなければ契約によって以降九年間、ドストエフスキーが書いた作品はいっさいの印税なしで、出版社が出版権を持つことになっていた。ロシア文学者、原卓也さんが書いた『賭博者』(新潮文庫)の解説に教わった▼当時は雑誌に『罪と罰』を連載中で別の長編を書く余力がない。友人の知恵を借り、速記者による口述筆記で書くことにした。わずか二十七日間で完成させ、締め切りを守ることができたそうだ。その作品が『賭博者』である▼同じロシアの「締め切り」でもこちらの方は守られなかった。守られなかったのが幸いである。九日の対独戦勝記念日。プーチン大統領はこの日までにウクライナ侵攻で大きな成果を上げ、国威発揚につなげたかったが、ウクライナの抵抗によって曲がったたくらみはついえたといえる▼人道を無視した残虐な攻撃も九日までの成果を狙ってのことか。特段の成果を残せなかったことで、むしろ、士気を高めているのはウクライナの方である▼「正義のために戦っている」。プーチン大統領のこの日の演説もむなしく、大統領を支持するロシア国民にもこの戦争への疑問が広がる可能性もある。ドストエフスキーの友ではないが、撤収を促す知恵ある友は大統領にはいないものか。


今日の筆洗

2022年05月09日 | Weblog
「母の日」といえば、母親の日ごろの苦労や気づかいに対して、子どもや夫が感謝を示す日なのだろう。そもそもの「母の日」は少し、性格が異なるようだ▼十九世紀の米国の詩人で社会活動家のジュリア・ウォード・ハウという女性が「母の日」の「原型」と関係している。「心ある女性たちよ、立ち上がれ」。一八七〇年、自分の息子や夫が戦場に駆り出されることに反対の声を上げようと世界中の女性に向けて呼びかけた▼南北戦争の悲惨な記憶が生々しく残っていた時代だろう。母親が子どもに幼いときから教えた慈愛や寛容の精神。そうした大切な教えが戦争によって奪われてしまう。そのことが母親としては許せない。「武器を捨てよ、武器を捨てよ」。そう訴え、母親の団結を求めた▼現在「母の日宣言」と呼ばれるものでハウは毎年六月二日を「平和を求める母の日」としたかったそうだ。残念ながら定着しなかったが、「母の日」の出発点は反戦と女性の団結にあった▼戦争で息子が誰かを傷つける。傷ついた誰かもまた誰かの母親の息子。世界中の母親が団結すれば戦争を止められるはず。その発想は今聞いても頼もしい▼「母の日」である。ロシアによるウクライナ侵攻が続いている。国際社会はロシアを今止められないでいる。無力な世界はいくさが大嫌いな「かあちゃん」からこっぴどく叱られた方がよい。
 

 


今日の筆洗

2022年05月07日 | Weblog
太平洋戦争中の一九四三年四月、日本の連合艦隊司令長官・山本五十六は、ソロモン諸島の上空で搭乗機を米軍機に撃墜され、戦死した▼前線の将兵を激励する視察の途中。通信の暗号を解読され、待ち伏せされたという。四一年の真珠湾攻撃で戦果をあげたが、四二年のミッドウェー海戦で大打撃を被った。前途に暗雲が垂れ込める中、山本は前線に出向いた▼先日、ロシア軍制服組のトップ、ゲラシモフ参謀総長がウクライナ東部の前線を訪れたと伝えられた。態勢立て直しが目的らしい。真偽不明だが、攻撃を受けて負傷したとの報道もある▼ロシア軍のウクライナへの侵攻開始から二カ月余。首都周辺からは撤退し、東部に戦力を集中させたが、最近の米国の分析でも、指揮統制の不備や兵士の士気低下がみられるという。ウクライナへの各国の武器供給もあり、戦局は一進一退。プーチン大統領はいら立っているようだ▼危険な前線に赴いた山本について、ノンフィクション作家の保阪正康氏は著書『昭和陸軍の研究』に「死地を求めるような心境すらあったかもしれない」と書いた。駐米勤務経験もあり米国の力を知る山本は、日本の軍事力が十分とは思っていなかった。開戦後、対米戦に自信がある者との交代を大臣に申し出て却下されたという▼ゲラシモフ氏は戦局をどう見通しているのか。本音を聞いてみたくなる。
 

 


今日の筆洗

2022年05月06日 | Weblog

アジア系初の米政府閣僚として足跡を残したノーマン・ミネタ氏は、静岡県出身の両親に育てられた日系二世▼日米開戦時は十歳で出生地カリフォルニアの学校で何人かの子にこう怒鳴られたという。「おまえが真珠湾を攻撃したんだ」▼当時の困惑をこう語る。「自分はアメリカの敵じゃない、でも、敵とそっくりの顔をしているからには、きっと敵ということになるんだろう。だって、その子たちはそう思っているのだから」。彼の生涯を描いた米在住作家の著書『十歳、ぼくは突然(とつぜん)「敵(てき)」とよばれた』(もりうちすみこ訳)にあった▼ミネタ氏の訃報が届いた。戦時中、両親らと日系人強制収容所で過ごした体験が下院議員などとしての活動の原点だったようだ。米中枢同時テロでイスラム教徒への偏見が広まったが、ブッシュ(子)政権の運輸長官として容貌や信仰を理由とする搭乗拒否に反対した▼民主党系ながら、共和党政権でも閣僚をした人らしく、トランプ政権以降の両党の対立激化を嘆いていた。かつてレーガン大統領が署名し米政府が強制収容を過ちと認めた「市民の自由法」成立はミネタ氏の功績だが、レーガン氏と同じ共和党の上院議員アラン・シンプソン氏も尽力した。ボーイスカウトの一員として強制収容所を慰問し、ミネタ氏と出会った旧友である▼党派や人種の分断を超える努力を継がねばなるまい。