もし地殻変動か何かで、人類が営々と築いてきた科学的知識が失われる事態となり、たった一つの文しか次世代に継承することができないとしたら、どうするか▼朝永振一郎博士とともにノーベル物理学賞に輝いた米国のファインマン博士に言わせれば、そういう事態に陥った時、最小限の言葉で最大限の情報を伝えうる文とは、「万物は原子から構成されている」だ▼そんな人類の知の美しい結晶ともいえる「元素の周期表」に、「日本製」の元素が記されることになった。原子番号113。合成した理化学研究所に命名する権利が与えられたという朗報に、拍手を送った人も多かろう▼原子番号30番の亜鉛と83番のビスマスの原子核をぶつけて、113に…と聞けば、やさしい足し算のようだが、一秒間に二兆五千億個の原子核を照射、衝突させる実験を千九百二十時間も続けて、ようやく新元素が一つ…▼研究チームを率いた森田浩介さんが、この難業に費やした歳月は二十年余。そうして見つけた元素の寿命は、わずか千分の二秒。気の遠くなるような挑戦の日々が生んだ、はかなくも見事な知の結晶だ▼森田さんは「やれることは全部やっている。残るは運だけ」と、いろいろな神社に行ったそうだ。おさい銭は必ず「百十三円」にしたというから、その熱意とユーモアに、幸運の女神も思わずほほ笑んだのかもしれぬ。