シリアが化学兵器を使用するのではないか、という疑念は2012年7月に始まった。シリアは大量の化学兵器を保有していたが、これは仮想敵国イスラエルとの戦争に備えるためだった。
2012年7月に化学兵器の問題があらためて浮上したのは、シリアが「外国の侵略に対しては、加賀兵器を使用する」と宣言したからである。
シリアは外国の軍隊の介入を恐れた。全国的な反乱に手こずっていたとはいえ、シリア軍は通常兵器だけで反乱軍をはるかに優越しており、禁じられた兵器に頼る必要はなかった。シリアは外国の軍事介入の兆候を察知し、化学兵器の行使をちらつかせ、侵略を思い止まらせようとした。これが7月の化学兵器危機である。
シリアは大量の化学壁を所有していたが、この時期化学兵器の量をさらに増やそうとしていた。原料を買い集めようとしたが、米国などに妨害された。化学兵器を増やす努力は、反乱軍に対し使用する目的でないことは明らかだ。シリアはすでに大量の前段階物質を持っており、その一部を使うだけで、反乱軍に対しては十分だ。反対派は粗末な自動小銃だけで戦っており、武器の点ではシリア軍は通常兵器だけでも優越している。
2012年は武装反乱最初の年である。反対派が対戦車ミサイルBGM-71 TOW(トウ)を使用するようになるのは2014年である。反対派が最初にTOW(トウ)を手に入れたのは2013年夏のようであるが、使用が顕著になるのは2014年である。ISISが戦車を手に入れるのも、2014年である。
2012年7月の化学兵器危機は、シリアが外国の直接干渉を恐れたことが原因である。シリアの化学兵器は外国の軍隊に対する抑止力である。
シリアが化学兵器をちらつかせ、潜在的敵国を威嚇すると、米国が異常反応した。それがオバマの「レッド・ライン」発言である。シリアと外国との直接戦争が近づいたときに、シリアの化学兵器問題が発生したのである。
外国の侵略が迫っている、とシリアは感じたようだが、その根拠について語っていないので、外国がどのような計画をしていたのかは、わからない。
2011年末以来、中東と欧米のいくつかの国はシリアの反対派に武器援助をしてきた。2012年夏になると、武装グープがシリア各地を支配する世になり、政権の全国支配が崩れた。米国は政権崩壊後の混乱と化学兵器の保全を心配するようになった。2012年5月、米国が指導し、19の国から12000人の兵士がヨルダンに集結し、化学兵器確保のための共同作戦の訓練をした。これを知ったアサド政権が、外国が侵略の準備をしている、と考えたのかもしれない。 2012年6月アサド大統領が演説し、外国勢力との総力戦を宣言している。
また半年後の話になるが、2013年1月米国の艦船が東部地中海に進出し、仏の部隊がシリアへの上陸訓練をしていた。これは政権崩壊時のアサド軍の自暴自棄に備えるためと、崩壊後の無政府状態に備えるものだった。この時もアサド政権はこれを外国の侵略と受け止めただろう。このような計画は2012年7月に始まっていたのかもしれない。
この時期反乱軍が勝利していたので、シリアの敵国は政権崩壊時の混乱を心配していただけである。しかし彼らはアサド政権の転覆を目的としており、反乱軍が力不足という事態になれば、米・イスラエル・仏、そしてアラブ諸国の軍隊による直接介入が予想された。シリアの化学兵器はこれらの敵国に対する脅しだった。シリアが外国の軍隊との戦争を予期したのは単なる疑心暗鬼とは言えない。
7月の化学兵器危機は11月末の危機と同じくらい深刻だったが、米国の政府関係者は情報を精査し、「シリアの化学兵器問題に緊急性はない」と考えるようになった。シリアは、あくまで外国の軍事干渉に対し備えているのあり、軍事干渉が現実のものとならなければ、シリアは化学兵器を使用しない。
このことは11月末の化学兵器事件を理解するためのヒントを与えてくれる。
11月末イスラエルが米国に伝えた。「500ポンドのサリン弾数十個が航空機に積まれようとしている」。
イスラエル情報は緊急性を伝えているが、事態はそれほど切迫したものではなかったかもしれない。
========《2012年7月の化学兵器危機》=======
Exclusive: U.S. Rushes to Stop Syria from Expanding Chemical Weapon Stockpile
Wired 2012年10月25日
米政府の官僚たちが、Wiredのブログ編集室に語った。
「シリアの独裁者・バシャール・アサドは困難な状況に置かれており、化学兵器を増やしている。内戦が深まる中にあって、シリアは神経ガスの原料を手に入れようとしている。最近数か月アサドのスパイたちは、サリンなどの原料を買い集めようと、何度も試みている。米国とその同盟国はシリアの試みを妨害することができた。しかしながら、アサドの科学者たちは世界で最も恐ろしい兵器の原料を数百トンほど、すでに持っている」。
米政府の官僚の一人が次のように述べた。
「アサドは反対派の圧倒的な攻勢を、辛抱強く我慢している。経済はこれまで通り動いている。ビジネスマンは働き蜂のように動き回っている」。
今年(2012年)の7月、アサド大統領は反対派を支援する国々に警告した。
「外国の軍隊が血なまぐさい内戦に参入するなら、我々は化学兵器を使用するだろう。我々は外国の侵略を抑止する目的で、化学兵器を保有している」。
米政府の政策策定者たちは危機感を深めている。「アサドは実際に化学兵器を使用するかもしれない」。
と7月以来ロシアを含め国際社会はアサド政権に明確に伝えてきた。「大量破壊兵器の使用は許容できない」。メッセージはアサド政権の中枢に届いている。少なくとも当分の間、シリアは自制するだろう。米国による軍事干渉の話は聞かれなくなった。
米政府関係者は次のように言う。
「あの時(7月)、シリアが化学兵器を使うのではないか、と我々は真剣に考えていた。しかし情報を注意して読むと、我々が考えていたほど緊急性はないことに気付いた。ただしシリアの化学兵器問題が消えたわけではない。シリア国内の25の場所に、500トンの神経ガスの前段階物質がバイナリー(2種類)形式で保管されている。これら場所の一つが過激イスラム主義者などの危険なグループに占領されるなら、大量虐殺が起きる危険が高まる。
アサドは現在も化学兵器の量を増やそうとしている。
大量破壊兵器の権威である、非拡散研究所のジェイムズ・マーチンはシリアの非人道的な兵器について報告している。
「化学兵器問題によりアサドは評判を落としているにもかかわらず、彼は化学兵器をさらに充実させようとしている。国際社会が原料の売買を制限したため、購入の費用が高くなっているが、アサドはあきらめない」。
アサドがこのように化学兵器を欲する理由は、謎である。アサドは戦車やクラスター爆弾などの通常兵器により、大量殺戮することが可能である。
おそらく、彼の前段階物質は長期保存できないないのだろう。それで、新たに製造する必要があり、熱心に原料を買い集めようとしたのだ。シリアが大量の化学兵器を獲得しようとするのは、仮想敵国の米国とイスラエルを威嚇するためだ。
理由は何であれ、アサドはサリンなどの化学兵器の原料を買い集める努力を続けた。
最近CIAと国務省は同盟諸国と協力し、大量の産業用イソプロパノールがシリアへ売られるのを妨害した。潤滑油として知られるイソプロパノールはサリン前段階物質である。サリンは主に2種類の前段階物質(前駆体)から生成され、イソプロパノールはそのひとつである。シリアはもう一つの前駆体であるメチルホスホニル・ジフロリドの原料(リン化合物)を買おうとしたが、妨害された。
大量破壊兵器の拡散を抑止するための各国政府の協力機関(オーストラリア・グループ)は、化学兵器の原料を購入する際のシリアの巧妙な方法について話し合った。第三国に表向きの会社を設立したり、一般的な目的でも使用される化学物質を買う。
オーストラリア・グループは次のように結論している。
「シリアは危険な国である。生物・化学兵器の生産を熱心に続けている」。
今年(2012年)6月、軍事情報誌ジェーンは次のように報告した。
「北朝鮮の技術者がシリアに来ており、短距離ミサイル・スカッドD型を制作している。このミサイルには化学弾頭が搭載できる」。
2か月後ドイツのシュピーゲル紙は目撃証言を伝えた。
「シリアはアレッポ東部のサフィラで、化学ミサイルの発射実験をした」。
米政府の政策策定者の多くが次のように考えている。
「反対派をどれほど弾圧しようと、また反対派に対する支援が不十分であっても、アサド政権は倒れるだろう」。
今日(10月25日)、反対派はアレッポ市内の2つの地区を新たに獲得した。
CIAは反対派を軍事訓練していると言われる。一方米統合参謀本部は反対派に武器援助をしていない、と述べている。
シリアの活動家数百人がトルコのイスタンブールに行き、インターネット通信について訓練を受けている。米国務省が費用を出している。
タイムズによれば、訓練内容は次のようなものである。
①ファイアー・ウォール(インターネットの防壁)を無効にする方法
②通信内容の暗号化
③携帯電話を使用する時、盗聴されない、アクセス履歴を残さない、通信内容を盗まれない方法。
訓練を終えた活動家たちは、最新の携帯電話や衛星通信機器を与えられて、シリアに戻る。
シリア内戦の背後で、米国はアサド政権崩壊後のシリアについて、作戦を練り始めている。大量に保管されているサリンやマスタードなどの化学兵器の保全も主要な課題である。
====================〈Wired終了)
上記の記事に、写真が掲載されている。
2013年8月21日ダマスカス郊外のムアダミヤに打ち込まれたBM-14ロケットに比べると、写真のM-55ロケットはずいぶん長い。