探墓巡礼顕彰会-墓碑調査・研究プロジェクト-

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東京都文化財ウィークにて再び本田家へ et 講演告知③

2019-11-18 23:57:22 | イベント
会員のカトケンです。
今月はじめに東京都文化財ウィークで限定公開の催しに足を運んだ。

昨年は明治維新150年の催しが多くどれも行きたいものばかりだったが、今年は一服の観がある。

それでも、一昨年行った国立市の本田家へ。正式に国立市に寄贈され、修復して全面公開する準備の真っ只中。しばらく見られなくなる絶妙な時に訪れることができた(=写真)。





土方歳三の親戚であることはもとより、市河米庵などの名士との交流があった家であり、パンフレットが新調され、ご当主のインタビューが冊子になっていて国立市の今後の調査が期待される。

2ヶ所目は多摩市聖蹟桜ヶ丘にあった富沢家(=写真)、現在多摩センターのパルテノン多摩に隣接する多摩中央公園で常時公開されている。ちょうど新選組関連の展示がされていて、近藤らの手紙の写しや勇のドクロの稽古着などを見ることができた。



いずれも新選組を後援していた有力者だが、なかなかこのような後ろ盾になっていた人たちのことが分かってこない。

例えば、近藤周斎が亡くなったときに香典を出した人たちのうち、素性が分かる人はごく僅か。多摩にいても雲を摑むようでなかなか尻尾を出さないからますます調査に躍起になる。

気を取り直して帰りにパルテノン多摩に寄ったところ、かつて旧多摩聖蹟記念館で展示したものが図録になっており、田中光顕の資料が充実していたので購入した(=図録の背表紙)。



近藤勇は「私たちと同じ志を持った人だった」とは田中が多摩聖蹟記念館建立の場所探しの途上、近藤勇の遺墨に接して発した言葉。

これがきっかけとなって平尾道雄『新撰組史録』が生まれることになるのだが、今回の講演では引用されている那須盛馬こと片岡利和書簡を活用させていただいた。

ついでに片岡の佐川脱藩時の仲間池大六(明治に山中安敬と改名)の墓を祝賀御列の儀の最中青山霊園でようやく見つけることができた(=写真)。



片岡の養父那須橘蔵の諱が「利家」か「利宗」か判別がつかなかったため、大学の先輩が務める青山文庫に恐る恐る電話したところ、1時間後にあっけなく以前撮った墓の写真で正しい諱が判明したと知らせてくださった。

よくよく話すと小弟のことを覚えてくださっていたようで、気恥ずかしいものがあったが、調査が再来週の講演のためであると告げると最後に激励してくださった。

昨日今年の課題をまた1つ終えたので、講演準備のラストスパートに再び力を注ぎたいーー

借りてきた本に載っていた片岡の写る写真(=写真)の撮影場所はひょっとしてーー?



11/30(土)の講演は「酒菜 浪漫亭」港区新橋4-14-7(桜田公園前、TSUTAYA左入る)2時からが小弟、3時半からが今井本部副会長の出番、5時終了予定。同じ場所で懇親会(自由参加)あり、参加費(=1,000円)とは別に5,000円くらい。
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