ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBC世界ウェルター級TM フロイド・メイウェザーvsリッキー・ハットン

2007年12月09日 | 海外試合(世界タイトル)
イギリスのスーパースター、ハットンを迎え撃ったメイウェザーが、
10ラウンドTKO勝ちでタイトルの初防衛に成功した試合。

揉み合いの多い、見る方も疲れてしまうような厳しい展開だったが、
メイウェザーのインテリジェンス、ハットンの根性、そして衝撃的な
フィニッシュによって、決して退屈な試合という印象は残らなかった。
また、どのラウンドにも両者の持ち味が発揮されていた。


両雄ともに無敗。かたや5階級制覇のメイウェザー、かたや2階級制覇の
ハットンの米英対決。ハットン人気のおかげもあって、この試合は
大きな注目を集めていた。

リングインしてくる両者。敵地であるはずなのに、ハットンへの
声援が凄まじい。引き締まった良い表情をしているハットンに対し、
メイウェザーはどこかピリっとしない。メイウェザー優位を予想
していた僕だが、この時点で一抹の不安がよぎる。


ゴングが鳴った。前に出るハットン、それをいなすメイウェザー
という、(恐らく)大方の予想通りのスタート。パンチの的確性では
メイウェザーが上だが、ハットンの突進力は恐ろしいほどだ。
踏み込むスピードも速いし、打たれても平然と前進してくる。

そして、早くも揉み合う両者。こういった揉み合いで、相手の体力や
攻め手を奪っていくのがハットンの常套手段だ。さほどクリーンヒットを
許していないとはいえ、メイウェザーにとって決して良い展開とは
言えない。

その後は、メイウェザーの手数が出なくなってハットンの攻勢が
上回ったように見えたり、ハットンのパンチがほとんど当たらず
メイウェザーの数少ないヒットが有効に見えたりと、採点はどうあれ
緊迫した展開が続く。

気になるのは、メイウェザーがあっさりと下がり、ハットンの前進を
許していること。ハットンの出鼻にカウンターを狙っているのだろうが、
ハットンの踏み込みが速いせいかタイミングが合わない。そうこう
している内に体力を削られ、ラウンドが進むごとに疲弊していく
メイウェザーの姿も想像された。

メイウェザーは、今年5月のオスカー・デラ・ホーヤとのビッグマッチの
前後から、引退を宣言していた。それを撤回してまでハットンの挑戦を
受けたわけだが、キャリアの締めくくりを考え始めたメイウェザーが、
なぜこのような難敵を選んだのか。今さらながらそんなことも思った。


しかし、やはりメイウェザーは只者ではなかった。ハットンの前進が
やや弱まった第8ラウンド、それに乗じて一気に勝負をかける。
顔面、ボディと連打を巧みに打ち分けるメイウェザー。これは効いた。
ハットンはボディ打ちの得意な選手として知られるが、逆に自分が
ここまでボディを打たれたことが過去にあっただろうか。

かくしてペースはメイウェザーの手に握られたが、ハットンもここで
終わる選手ではない。打ち返すことによってこの大ピンチを凌ぎ、
次のラウンドには意を決したように再び攻めて出た。そんなハットンに、
イギリスからやって来た大観衆が声援を送る。ハットンも彼のファンも、
まだ全く勝負を諦めていないのだ。

10ラウンド。採点では、クリーンヒットの多いメイウェザーが
やはり優勢だろう。それを意識してか、ハットンが強引なまでに
前へ出る。そして何度目かのアタックが行われたその瞬間、メイウェザーが
完璧なタイミングでカウンターを見舞った。勢い余ってそのまま
コーナーに激突し、ついにハットンがダウン。メイウェザーの才能と
ともに、ハットンの凄まじい突進力を物語るダウンシーンだった。
これだけの突進力があるからこそメイウェザーは苦戦し、また
これだけの突進力があるからこそカウンターを受けた際のダメージも
深かったのだ。

並の選手なら、ここでカウントアウトされてもおかしくない。
しかし驚くべきことに、ハットンは立ち上がってきた。
何というタフネス、何という精神力だろう。しかし、心はまだ
折れていなくても、体がもう限界だった。落ち着いた表情で
立ったハットンだが、足がふらついている。すかさずメイウェザーが
追撃し、レフェリーがストップした直後にハットンは再び崩れ落ちた。
それと同時にコーナーからタオルが舞い、劇的なフィナーレを迎えた。


試合前に散々罵っておきながら、試合が終われば感涙にむせび、
ハットンに近寄って健闘を称え合うメイウェザー。過剰なまでの
感情表現。これがこの男の憎めないところだ。入場時、不安そうに
見えたその表情は、苦しい戦いになるであろうこの試合に対する
覚悟の表れだったのかもしれない。

長いボクシング史上でも稀に見る才能を持ちながら、決してそれに
溺れることなく、自らのピンチをも想定し、厳しいトレーニングを重ねる。
一ボクシングファンとして、このような素晴らしいボクサーがいる時代に
生まれたことを幸福に思う。


その一方で、この試合ではハットンの人間性にも心を打たれた。
ショッキングな初黒星の直後にもかかわらず、笑顔でインタビューに
応じるハットン。力強く再起を誓い、最後はファンに謝罪と感謝の
言葉を述べていた。

正直に言うと、僕はこの選手の戦い方があまり好きではない。
お世辞にもスマートとは言えない、泥臭く粘っこい試合振り。
しかし、どんな強敵を前にしても、この男は決してひるまず、
前進をやめない。ハットンがなぜこれほどまでに熱狂的な支持を
得ているのか、その理由が垣間見えた気がした。