凄い試合だった。劇的な
逆転KOだった。
KOは「ボクシングの華」と言われる。ましてやそれが
劣勢をはね返しての逆転KOだったりしたら、たまらない
ものだ(優勢に試合を進めていた方を応援していた人に
とっては、違う意味で「たまらない」だろうが・・・)。
ボクシングの楽しみ方というのは人それぞれで、そういった
ドタバタした試合を好まない人もいる。とはいえ、
マーク堀越と
高橋ナオトの一戦は今でも語り草となっているし、昨年5月に
行われた
ホセ・ルイス・カスティーリョとディエゴ・コラレスの
激闘は、多くの観客や視聴者を熱狂の渦に巻き込んだ。
戦前は、大曲の楽勝を予想する声が多かったように思う。国内のトップ
レベルにおいてはほぼ無名に近い新井に対し、湯場忠志から1ラウンドKOで
王座を奪い、竹中義則を2ラウンドKOに下し初防衛を果たした大曲に
とって、新井はその豪打の新たな犠牲者に過ぎないと見られていた。
ところが、序盤から挑戦者・新井のペースで試合は進む。毎回ウェルター級の
ウェイトを作ることに苦しみ、今回も15キロもの減量をした大曲は
動きが鈍い。国内随一の破壊力を秘めたそのパンチは空を切り、または
巧みにブロックされてしまう。
一方の新井は、重さこそないものの的確なパンチを王者にヒットさせる。
大曲には、一発で展開を変えるほどのパンチ力がある。それを警戒しながらの
攻撃のため、やや手打ち気味になるのは仕方ない。むしろ「大曲攻略法」
としてはベストの戦い方に近いと言える。攻撃と防御、両方のバランスを
慎重に考慮した見事な試合運びだ。
事実、6ラウンドにはその大曲の右一発で新井がぐらつき、流れが変わり
かけたシーンがあったが、新井はガードで凌ぎ、連打で反撃し持ち堪えた。
技術も精神力も、素晴らしいものを持った挑戦者だ。
軽いパンチであっても、貰い続ければ当然ダメージは蓄積する。
ラウンドが進み、このまま判定まで行くとまずいのでは、という不安が漂う
中で迎えた第8ラウンド、ついに新井の連打が大曲を後退させる。顔面は
血に染まり、反撃の手も止まった。レフェリーがストップのタイミングを
伺っている。まさに絶体絶命、判定どころかKO負けの大ピンチだ。
しかし大曲は、相手に打たせながら一発逆転のチャンスを狙っていたと
いうのだ。そしてその目論見は見事に成功する。あわやTKO負けかと
思われたその瞬間、ガードの空いた新井に左フックがカウンター気味に
ジャストミート。腰を落とす新井。すかさず連打を仕掛ける大曲。ここは
ゴングに救われた新井だったが、ダメージは明らかだ。まさに一発、たった
一発で形勢は一気に逆転してしまった。
9ラウンド開始のゴングが鳴った。新井はもうフラフラだ。それに対し、
大曲はそれまでの劣勢が嘘であったかのように生気を取り戻し、
ジャブから入る冷静さすら見せる。そして、大振りではなくコンパクトに
パンチをまとめていく。それでも大曲のパンチは重く、最後はなぎ倒すかの
ように新井からダウンを奪った。新井もよく耐えていたが、むしろ
我慢したことが仇になったようだ。立ち上がったものの相当なダメージが
たまっていることは明らかで、レフェリーは10カウントを数え上げた。
試合のターニングポイントは、6ラウンドの終了間際だったと思う。
この辺りから大曲が無防備にパンチを貰うようになり、新井はKOを
意識し出した。その意識が7、8とラウンドが進むにつれて高まり、
より攻撃的になった。そのためディフェンスへの注意がわずかに
おろそかになり、結果としてそれまで上手く機能していた攻防の
バランスが崩れた。そこを突かれたのだ。
新井は大曲のボクシングをよく研究し、対策を練り、そして
その対策が体に染み込むまでの充実したトレーニングを重ねてきた
ことがよく分かった。あのまま冷静に判定勝ちを狙っていれば、
チャンピオンになれていたかもしれない。
大曲は2度目の防衛に成功、しかもこれで11連続KO勝ち。
試合運びは雑だが、パンチ力だけはとにかく一級品。
この大逆転劇は、大曲だからこそ演出できたものだろう。
お世辞にも「世界」を期待できるレベルの内容ではなかったが、
何も世界タイトルマッチだけがボクシングではない。
「打たせずに打つ」ことがボクシングの理想であるから、
大曲本人にとっては不本意な試合だったかもしれないが、
これだけのスリルと興奮を味わえれば、チケットを買って観戦に
駆けつけたファンは大満足だろう。