ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

白井義男さん死去

2003年12月26日 | その他
年末の慌しいこの時期に、ボクシングファンにとって悲しいニュースが
飛び込んできた。日本で初めての世界王者、白井義男さんが亡くなったのだ。
享年80歳。これまでに日本では、2人の元世界王者が死去しているが、
大場政夫氏は自動車事故で(まだ23歳、現役の世界チャンピオンだった)、
海老原博幸氏は51歳で病死。いずれも若くしてこの世を去ったわけだ。
それに比べると白井さんは大往生だったと言えるが、残念なことには変わりない。

白井さん自身の回顧録によれば、当時はビデオはもちろんなく、テレビすら草創期。
そんな時代だから、世界チャンピオンなんて雲の上の人、自分とは骨格から
何から全く違う、化け物のような人がなるものだと思っていたそうだ。
そんな白井さんが、米国人の生物学者(ボクシングのトレーナーではない)
アルビン・カーン博士と出会って眠っていた才能を開花させ、ついにはかつて
想像もしていなかった栄光の座に就くことになる。

白井義男は、スタイリッシュなアウトボクサーだった。それは「肉を切らせて
骨を断つ」式の殴り合いが主流の日本のボクシング界にとっては、ことさら
新鮮に映っただろう。最初の世界王者がそういうスタイルだったのに、未だに
「ボクシング=殴り合い」という考えから脱却できていないこの国は、一体
どうなっているのだろう。もし白井さんのようなスタイルが根付いていたら、
日本にはもっと多くの世界チャンピオンが生まれ、またファンのボクシングに
対する見方も変わっていたことだろう。とても残念だ。

また、白井さんには常に気品が感じられた。恐らく、国民的英雄としての
立場から、世間に対して恥ずかしい態度は取るまいという責任感のようなものが
あったのだろう。その紳士然とした立ち居振舞いは、多くの人の尊敬を集めた。

老人と子供は国の宝だと言われる。あらゆる情報が簡単にファイルできる
現代ではイメージしにくいが、老人は、昔の出来事を当事者として語れる貴重な
存在だったのだと思う。実際、白井さんにしか語れない経験談というのは
数限りなくあったし、僕などもそれを本などで読んで、当時の状況に想いを
馳せることがよくある。また白井さんは、その時代の空気を生き生きと描写
できるだけの知性の持ち主でもあった。

まるで自分のおじいちゃんが亡くなった時のような、何とも言えない寂しい
気持ちだ。つまり白井さんは、全ての若いボクシングファンにとって、優しくて
尊敬できる「偉大なおじいちゃん(grandfather)」であったのだと思う。


1月3日「トリプル」世界戦展望

2003年12月25日 | その他
「来年」の話なのでまだまだ先だと思っていたが、1月3日には世界戦が
3つもある。徳山昌守がランキング1位のディミトリー・キリロフの挑戦を
受けるWBC世界スーパー・フライ級戦と、徳山と同じジム、同じ階級の
小島英次がWBA王者ムニョスに挑戦する試合がダブルで大阪で開催。
そして同日の横浜では、トラッシュ中沼がWBC世界フライ級王者
ポンサクレックに挑む一戦が行われる。なおこの3試合はテレビ東京で
同時中継されるため、一部サイトでは「トリプル世界戦」と呼ばれている。


すでに7度も王座を防衛している徳山だが、最近はあまり評価が上がらない。
去年は1試合しか行わなかったし、対戦相手の質も疑問視されている。
しかし今回の相手キリロフは久々の強敵だ。戦績や経歴などを見ると、確かに
強烈なパンチ力はないものの(24戦23勝7KO1敗)、200戦以上の
アマチュアキャリアを持ち、母国ロシアでは早くから期待されてきた選手なのだ。

とはいえ、キリロフがどういうボクサーであるのか、日本のファンはあまり
知らない。試合のほとんどをロシアや欧州で行っているため、なかなか情報が
伝わってこないのだ。タイプ的に、派手な印象を残す試合振りではないという
こともあるのだろう。大げさに言えば、謎のべールに包まれた挑戦者だ。

果たしてキリロフの実力はどれほどのものか。蓋を開けてみなければ分からない。
徳山もテクニシャンである。しかも実地で身につけた老獪な「生き残り」の術を
心得ている。この辺りを考えると、正統派テクニシャンのキリロフに対し、
多少のダーティさも交えた徳山のボクシングが功を奏するような気がする。
つまり個人的には、乱戦・混戦に持ち込めば徳山有利と予想している。


前回2ラウンドKO負けを喫した相手に、それほどの間をおかず再挑戦。
この小島英次のようなケースは、世界でもあまり類を見ないものだろう。
その相手がまた、豪打の無敗王者アレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ)と
きている。小島の不利が否めないのは当然だ。そもそもそれ以前に、このような
マッチメークを成立させること自体どうかと思う。

確かに小島は成長しているようだ。ムニョスとの対戦経験もある本田秀伸を
特別コーチとして招き、精力的に戦力アップに努めている。もともと、わずか
5戦目で東洋太平洋王者に就いたほどの素質の持ち主だ。悪い選手であるとは
思えない。まだ10戦しかしていないが、既に東洋レベルではトップクラスの
力を持っていると言えるだろう。

しかしそれでも、たった10戦のキャリアで世界に2度も挑むほどの選手だとは
到底思えない。しかも前回は惨敗だったのである。原因は実力差以前に、明らかに
キャリア不足だったと思う。自分本来のスタイルを忘れ、やみくもに突っ込んで
行ったところにカウンターを浴びたのである。ただ逆に考えれば、もし小島が
前回と違って冷静さを保てば、意外にいい試合にはなるかもしれない。もう一度
言うが、決して悪い選手ではないのだ。僕の予想を覆す結果を期待したい。


トラッシュ中沼は、現在のフライ級では最も期待の高い選手の一人だ。
堅固なガードから、相手の一瞬のスキをついてシャープなパンチを突き刺す。
現在2連敗中の選手であるにもかかわらず、この世界挑戦は少なくとも
「無謀」という評価はされていない。それどころか、先の2試合で中沼は、
その能力の高さを改めて見せ付けたと言っていいだろう。日本タイトルを奪われた
坂田健史戦は微妙な判定だったし、小松則幸に挑戦した東洋太平洋戦は、明白に
勝っていた試合を「露骨な地元判定」によって負けにされ、大きな問題にも
なったほどだ。

チャンピオンのポンサクレック・シンワンチャー(タイ)は、これまで8度の
防衛を果たしている割にはそれほど評価は高くない。しかし、速攻で相手を沈める
ことの出来る攻撃力と、意外なほどの堅実なテクニックを併せ持つ、難攻不落の
王者であることは間違いない。

そのチャンピオンを、長らく世界挑戦の機会に恵まれなかった俊才・中沼が
どう攻略するのか。実はボクシングファンの間では、この試合こそが今回の
「トリプル世界戦」のハイライトなのである。