ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

豊穣の時は・・・

2005年10月30日 | その他
久しく人気低迷が言われている日本のボクシング界だが、そういった状況に
さすがに危機感を覚えたのか、ここ数年、業界も人気回復のために努力している。
少しづつだが、いい方に変わりつつあるような空気を感じるのだ。

最近の例で言えば、長谷川穂積と新井田豊が揃って防衛を果たした
「ワールド・プレミアム・ボクシング」の企画。ダブル世界戦は過去にも
たくさん行われてきたが、数だけではなく質や話題性でも勝負していきたいと
いう関係者の意気込みが強く感じられたイベントだった。

それ以前にも、地道だが有効な努力はあった。好カードの提供がそれである。
東洋チャンピオンや世界ランカーに勝って世界ランクを手に入れたら、
国内のライバルには目もくれず、さっさと世界挑戦。それが従来多く見られる
やり方だった。しかしそれではボクシングファンからの知名度も得づらいし、
どういう選手かもあまり分からないようでは応援にも熱が入らない。

そこで重要となってくるのが、国内の有力選手との対戦なのだ。
日本人の世界ランカー同士が雌雄を決し、勝った方が世界へと駒を進める。
それによってファンに実力を示すことができるし、文字通り「日本の代表が
世界に挑む」という形になり、ワクワクしながら世界戦の日を待つことが
できる。仮に世界戦で敗れたとしても、既にある程度の実力は示していた
わけだから、相手が強すぎたと納得もできるだろう。

先に名前を挙げた長谷川も、東洋チャンピオンでありながら鳥海純との
世界ランカー対決に臨み、その力を全国に知らしめてみせた。あのウィラポンを
下して世界王座に就いたのは、その次の試合だった。

少し前までは、そんな話も非現実的に思えたものだ。1998年、当時
世界ランカーだった畑山隆則が日本チャンピオンのコウジ有沢に挑んだ一戦は、
世界タイトルマッチ並みの大会場で行われ、ファンの大きな関心を呼んだ。
その注目度の高さはもちろん両者の人気に起因している部分もあるが、
当時の日本でいかに国内ライバル対決が少なかったかということの証明でも
あると思う。ちなみにその試合に勝った畑山は、次戦で見事に世界タイトルを
獲得した。こういったカードで快勝すれば、選手に自信や勢いも付くのだろう。
何も国内のライバルに限らないが、実力者を避けて「噛ませ犬」とばかり
試合をしていては、いざ世界のリングに上がった時、本当の自信は持てない。


そんな中、いま現在注目に値するのは、最軽量級であるミニマム級の動きである。
WBC王者イーグル京和への挑戦がほぼ内定している中島健は、世界ランカーとの
2連戦に勝利を収めた上でこの世界挑戦権を得ている。中島はそれ以前にもロデル・
マヨール、チャナ・ポーパオインといった強豪と対戦し敗れてはいるが、それも
大きな糧となっているのだろう。

また、かつてイーグルに挑戦し惨敗した日本王者の小熊坂諭だが、その後は
金田淳一郎、三澤照夫といった世界ランカー相手に連勝している。さらに
この11月には、再び金田の挑戦を受けるという。その金田のコメントがまた
奮っている。自分は世界ランカーだが、小熊坂に負けたまま世界挑戦をするのは
納得行かないと言うのだ。もしこの試合でどちらかが印象的な勝利を収めることが
できれば、世界挑戦のチャンスはすぐに巡ってくるはずだ。

WBA王者の新井田豊は、「日本人同士の世界戦はやりたくない」と言っている。
それよりも、海外の強豪の挑戦を受けていきたいのだという。見上げた姿勢である。
(新井田自身も含め)安易に世界へ挑戦できてしまう日本の現状を知っているが故に、
日本人との対戦では気持ちが盛り上がらないのだろう。

一つ上のライト・フライ級は昨今盛り上がりを欠いていたが、久々に胸踊る
ニュースが聞かれた。日本ランク6位の戎岡淳一が、何と元世界王者で現在は
世界2位にランクされているピチット・チョー・シリワットにKO勝ちしたのだ。
元々負けの多い選手で、ピチット戦もダウンを奪われた後に開き直って打ち合った
末の逆転KOということで、その実力に太鼓判を押すのはまだ早計かと思われるが、
面白い存在が現れたことには変わりない。その戎岡も、すぐに「世界」とは言わず、
まずは日本タイトルを目指す方針のようだ。賢明な選択だと思う。

不景気により安易な「博打」が打ちづらくなったせいもあるかもしれないが、
日本のボクシング界は地味ながら着実に力を蓄えつつある、今はそんな時期に
あるように思う。近い将来、この努力が実を結び、ファンが心から世界に誇れる
ボクサーが何人も登場する日が来ることを願いたい。










WBC世界フライ級TM ポンサクレック・ウォンジョンカムvs内藤大助

2005年10月10日 | 国内試合(世界タイトル)
3年半前、ポンサクレックにわずか34秒でKO負けした内藤だが、
それ以降の戦いによって国内での評価は上がり、いよいよ2度目の
世界挑戦のリングに立つことになった。相手はまたもポンサクレック。
力をつけたとはいえ、総合力の差でやはり内藤不利の予想だ。

ポンサクレックは、多くの関係者にその安定感を絶賛されている、
派手さはないが隙もない攻防兼備の完成度の高いボクサーだ。
内藤でなくとも勝機を見出すのは難しいだろう。事実、内藤が敗れた後にも
本田秀伸やトラッシュ中沼といった国内のトップボクサーたちが
ポンサクレックに挑んだが、その牙城を崩すことは出来なかった。
何より、ここまで実に11度という防衛回数が彼の安定感を物語っている。

しかし、内藤には「何か」を期待させるものがあったのも確かだ。
日本タイトルの防衛戦では24秒でKO勝ち。「世界フライ級における
最短KO負け」と、「日本タイトル戦における最短KO勝ち」という
両極端の記録を持っている男だ。そんな意外性がもしいい方向に
発揮されれば、まさかの一発を生み出すかもしれない。そんな期待感だ。

そして当日。内藤はCCBの懐かしいヒット曲「ロマンティックが
止まらない」で入場。晴れの大舞台にこんなふざけた選曲とは、なかなか
度胸が据わっている。しかも笑顔で、激しいシャドーを見せながらの
入場である。ちょっと意気込み過ぎかなとも思うが、調子は良さそう。
無敗の中野博から王座を奪った、日本タイトル戦の時に似た雰囲気だ。
ますます「何かやってくれるのでは・・・」という期待が高まる。
また、前回は敵地タイでの挑戦だったが、今回は戦い慣れた後楽園ホール。
そういったことも内藤に有利に働くのではないかと思えた。

試合開始のゴングが鳴った。実際、内藤の動きがいい。いきなり
シャープなワンツーを叩きこんでいく。フットワークも軽快だ。
一方のポンサクレックは、王者らしくどっしり構えているようにも
見えるし、少し動きが重いようにも見える。王者は前日の予備計量で
体重をオーバーしていたが、その影響も少しはあるのかもしれない。
いずれにせよ内藤にとっては上々の立ち上がりで、あの悪夢の34秒も
何事もなく過ぎていった。

第2ラウンド。相変わらず内藤は好調だ。ポンサクレックもやや強引に
詰めていくが、内藤の動きについていけず焦っているようにも思える。
ところがこの回中盤、アクシデントが起こる。両者が交錯した直後、
内藤の右目上から激しい出血。ポンサクレックのパンチが当たったようにも
見えたが、レフェリーはバッティングと判断、ポンサクレックに減点。

これ以降、内藤は止まらない血に悩まされながらの戦いを強いられる。
徐々に動きが雑になり、ポンサクレックのプレッシャーに圧される
シーンが目立つようになる。ただでさえ防御の堅い王者に、雑な大振りの
パンチはそうそう当たらない。内藤もよく攻めて健闘しているが、
ポイントを取るまでには至らず、苦しい展開だ。

そして第7ラウンド、一向に血が止まらない内藤の傷を診たドクターと
レフェリーの話し合いの末、とうとう試合がストップされてしまった。
それまでのラウンドの採点の結果、内藤は「7ラウンド負傷判定」と
いう形で敗れたのだった。

振り返ってみると、やはり王者の調子は良くなかった。しかしそれでも
ポイントを奪っていく技術はさすがだ。とはいえ、「うまさ」では
内藤に勝ち目がないのは試合前から分かっていたことだ。惜しむらくは
内藤の負傷だ。傷を気にしながら、あるいは視界をふさがれながらの
戦いのため、序盤のいい動きはすっかり影をひそめてしまった。
また、怪我によって大幅に動きが悪くなってしまった内藤自身にも
問題がなかったとは言えない。焦りを露骨に表情や態度に出してしまい、
そこを王者に突かれたという面もあったからだ。

あのまま怪我がなくラウンドが進んでいれば内藤が勝っていた、
とまで言うつもりはない。むしろ後半に行くにつれ、試合巧者の
ポンサクレックにポイント差をつけられていった可能性が高い。
しかし、1ラウンドの動きから判断すると、怪我がなければ
もっと王者を苦しめていたに違いない。

いずれにせよ、こんな形で終わってしまっては、内藤にとっては
不完全燃焼だろう。勝つにせよ負けるにせよ、自分の持っているものを
最大限に発揮して戦い抜きたかったはずだ。レフェリーとドクターの
話し合いの最中、不安げな顔を浮かべていた内藤の表情が印象に残った。

なお、内藤は試合前から、勝敗に関わらず引退はしないと決めていたという。
それならばぜひ、また世界戦のリングに上がって欲しいものだ。

日本S・フェザー級TM 本望信人vs大之伸くま

2005年10月01日 | 国内試合(日本・東洋タイトル)
「国内随一のテクニシャン」としての評価を不動のものに
しつつある安定王者の本望が、元日本フェザー級王者の大之伸を
迎え撃った一戦。

驚異的な手数が売りの大之伸が、予想通り出だしから積極的に攻め、
本望もいつも通りの素晴らしいディフェンスを披露する。
お互いコンディションも良く、好試合になりそうな予感が漂う。
特に、フェザー級時代は常に10kg以上の減量に苦しんでいたという
大之伸は、まるで水を得た魚のように動きがいい。

ところが試合は5ラウンド、本望の左眼上からの出血により、唐突に
幕を閉じてしまった。そして負傷判定により、本望が防衛を果たした。
本望は8度目の防衛。これは日本スーパー・フェザー級の新記録だ。

実は、このところの本望は毎回のように目を切っているので、今回も
いつ切れるのか内心ハラハラしていたのだが、やはりこのような結果に
なってしまった。勝った本望にも、敗れた大之伸にも不満の残る試合だったし、
お客さんもこれでは欲求不満だろう。パンチ力こそないものの、その技術レベルの
高さから「世界」も期待される本望だが、実力以前にまずこの切れ癖を何とか
しないことには今後が大いに不安だ。

かくいう僕も、本望のボクシングに魅せられている人間の一人だ。少し大袈裟
かもしれないが、その身のこなしは芸術的でさえある。更に大袈裟に言うなら、
ボクシングというよりも、芸術作品を見るような期待感で本望の試合を楽しみに
しているのだ。その優れた芸術が、こんな形で終わってしまっては本当に残念だ。