ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBC世界Sバンタム級TM ウィリー・ホーリンvs佐藤修

2002年02月05日 | 国内試合(世界タイトル)
挑戦者の佐藤修は、チャンピオン、ウィリー・ホーリンと引き分けて涙を飲んだ。

僕はこの佐藤を初めて見たが、派手さはないもののなかなかの好選手だった。
序盤は初挑戦の緊張からかやや堅さがあり、3ラウンドには2度のダウンを
喫してしまう。佐藤はこれまで世界レベルの強豪との対戦経験がなく、やはり
時期尚早かとも思われたが、そこからの盛り返しが素晴らしかった。

ホーリンは典型的な「逃げ」のタイプである。相手と距離を取り、ジャブや
唐突な右でポイントを稼ぐ。この右が意外に強く、倒そうと思えば倒せる力を
持っているのだが、あえて強引に攻め込まず、リスクを最小限に抑える。
決してスーパー・チャンピオンではないが、守りに入ると強みを発揮する
戦い方だ。彼はこのスタイルで、今まで無敗を保ってきたのだろう。

今回のホーリンは一年以上のブランクがあり、たるんだボディを見ても
コンディション不調は明らかだ。当然スタミナにも不安があり、そこを狙って
佐藤は序盤から攻めにはやる。その攻撃がややラフになった第3ラウンドに
ホーリンのカウンターが炸裂、佐藤はマットに倒れこんだ。

初挑戦なのだから、堅くなるのも無理はない。そこをホーリンは見事に突いた。
この時、僕は名古屋の浅井勇登を思い出していた。浅井はゴングが鳴る前から
世界戦の雰囲気に呑まれていた。本来はもっとシャープな攻めが出来るはずの
選手なのだが、序盤にダウンを奪われてすっかり腰が引けてしまい、わずか
5ラウンドでTKO負け。ほとんど何も出来なかったと言っていい。

佐藤は生真面目なタイプである。KOされないまでも、試合巧者のホーリンに
このままズルズルとポイントを奪われていってもおかしくなかった。
しかし佐藤は、逆にこれで目が覚めたようだ。徐々に堅さがほぐれ、相手の
パンチも見えるようになってきた。そして恐らくさんざん練習してきたであろう
接近戦に持ち込んで、ボディから顔面へ細かい連打を浴びせる。

序盤の大ピンチを思えば驚異的なことだが、後半はむしろ佐藤が優位に立った。
しかしそこはホーリンも無敗のチャンピオンである。明らかにボディが効いて
バテバテになりつつも、クリンチを多用して佐藤に決定打を許さない。
試合前の大方の予想通り、僅かなポイント差を争う微妙な展開になってきた。

ここで勝負の綾が交錯する。序盤のダウンの残像があるのか、ホーリンが
ぐらつく場面でも佐藤は強引に攻め込むことが出来ない。大振りになれば、
またあのカウンターが待っているかもしれないからだ。明らかにホーリンは
動きが鈍っていたし、佐藤にも倒すチャンスはあったのだが、結局ダウンを
奪い返すことは出来ず、勝負は判定に持ち込まれた。

結果は1人のジャッジが佐藤の勝ち、残る2人がドロー。全く厳しい話だが、
これでは勝ちとは認められない規定だ。あと1ポイント、わずか1ポイントさえ
取っておけば、佐藤が新チャンピオンの名乗りを受けていたのだが・・・。

佐藤は後半に行けば行くほど調子を上げてきた。これは無尽蔵のスタミナと、
豊富な練習量の賜物だろう。パンチ力、スピード、スタミナ、個々の要素では
佐藤が劣っているところはなかったが、ホーリンの試合運びの巧さ、ズルさに
やられてしまった感じだ。対して佐藤の攻めは真正直すぎた。

今後佐藤に必要なのは、この「試合運び」の能力だろう。いかにして逃げる
相手を追い詰めるか、いかにして自分の得意パターンに持ち込むか。
こういったことを身に付けるには、とにかく色んなタイプの選手と戦って
経験を積むしかないのだと思う。

これは「素振り1000回」といったような、日本式の練習法では決して体得
できないものだ。スコアの上では紙一重の差だったが、むしろこれからが、
佐藤にとって厳しい戦いになるのかもしれない。