ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

世界チャンピオンの顔(セレス小林について)

2001年08月31日 | その他
WBA世界スーパー・フライ級王者、セレス小林を見ていると、世界チャンピオン
になれる者とそうでない者の間には何か大きな差があるような気がしてならない。
それが何なのかはよく分からない。しかし、今の小林は紛れもなく「世界チャン
ピオンの顔」をしているように思えるのだ。

こんなことを素人が言うのは大変失礼だが、小林が日本チャンピオンだった頃、
僕はこの選手が世界チャンピオンになることはおろか、世界タイトルマッチを
やるなんてことすら想像もできなかった。世界チャンピオンになる人間には、
もっと匂い立つようなオーラが漂っているものだと思っていた。

小林には「世界」をアピールするような、飛び抜けた武器がないように思えた。
言い換えれば地味な存在だった。確かにその安定感のあるボクシングで「職人」
と賞賛されることもあったが、あくまでそれは「いい日本チャンピオン」という
レベル以上の評価ではなかったように思う。

そんな彼が昨年8月、WBC世界フライ級王座に初挑戦し、評価の高かった王者
マルコム・ツニャカオ(フィリピン)を苦しめ、惜しくも引き分けた。
しかしその期に及んでも僕は、もし再戦が実現しても、「大善戦」だったこの
試合以上の結果を出すことは難しいだろうと思っていた。小林が世界を獲るには
やはり何かが足りない・・・、そう思えて仕方がなかったのだ。

だから今年3月、小林が世界を獲ったというニュースをテレビで知った時は、
本当に驚いた。しかもKOで・・・。一番考えられなかった結果である。

この時のチャンピオンも評価が高かった。あのタフな戸高秀樹に生涯初の
KO負けを与え、4階級制覇の偉業を成し遂げたレオ・ガメス(ベネズエラ)。
37歳という年齢から衰えを指摘する声もあったが、戸高戦でその強打が健在で
あることを充分に知らしめた、百戦錬磨のファイターである。

しかし小林は、そのキャリア豊富な大ベテランに対して、試合運びの上手さで
完全に上回っていた。勢いにまかせて突っ込むでもなく、足を使って距離を
取るでもなく、実にしたたかにガメスの弱点と言われるボディを攻める。
そしてガメスが疲労した頃を見計らい、見事なカウンターでマットに沈めたのだ。
「蛮勇」ではなく、本当の勇気がなければこういった作戦は成功しない。
多少のピンチはあったが、トータルで見ればまさに完勝であった。

考えてみると、「世界の匂い」をプンプンさせている選手が、必ずしもその
イメージ通りに世界チャンピオンになるとは限らない。それに、世界チャンピオン
になった今でも、小林には「これぞ世界チャンピオン」といった、相手を威圧
するようなオーラは感じられない。

しかし実力が全てのリングの上では、そういうオーラは別に必要ないのかも
しれない。小林は、決してまぐれで世界を獲ったわけではない。それはあの
ガメス戦を見れば明らかだ。要するに小林は努力と経験を重ねて実力をつけ、
結果としてその実力が世界チャンピオンのレベルに達したから世界を獲れた、
ただそれだけのことだったのだ。一見地味なようだが、実はこれが一番筋の
通った「世界の獲り方」なのではないだろうか。

いよいよ明日、セレス小林は初めて、世界チャンピオンとしてリングに立つ。
初防衛の相手はこれまた百戦錬磨の曲者、ヘスス・ロハスである。
勝敗に関しては時の運もあるので何とも言えないが、一つ確かなことは、
小林は明日も、修練を重ねた「職人」ならではの素晴らしいボクシングを
存分に見せてくれるであろう、ということだ。



WBA世界ミニマム級TM チャナ・ポーパオインvs新井田豊

2001年08月25日 | 国内試合(世界タイトル)
新井田豊が、判定でWBA世界ミニマム級の新チャンピオンになった。

僕の住んでる地方ではTV中継がなかったので、ネットでこのニュースを知った。
しかしせっかく新王者が誕生したというのに、なぜか手離しで喜んでいる人は
少ない。どうやらかなり微妙な判定だったようだ。

どんな内容だったにせよ、公式なジャッジが3人とも新井田の勝ちと採点した
のである。もっと素直に喜べばいいのに・・・。

僕はボクシングは好きだが、ボクシングファンという人種はあまり好きではない。
「私の採点では新井田が負けていた」って、お前の採点なんか別に聞きたくも
ないっつーの! そんなに採点を発表したけりゃ、今すぐテスト受けてジャッジに
でもなれよ! 趣味で採点するのは勝手だけど、喜んでる人の気分を害するなよ。

新井田は試合後、夜のスポーツ番組に生出演してインタビューを受けていた。
その時の態度がまた、「良識あるファン」には不遜に映ったようである。

そうかなー。僕も見てたけど、全然気にならなかったぞ。多分そういう人の頭の
中には「世界チャンピオンはこうあるべき」みたいなイメージがあって、新井田の
態度はそれとは違った、ってことなんだろう。それって勝手に好きになっといて、
自分のイメージに合わないことされたら「裏切られました」とか言ってるアホな
アイドルオタクみたいなもんだろう。ずいぶん自分勝手な話だ。

「高校生らしく」とか「女らしく」とか、自分のイメージを他人に押し付けようと
する連中には本当に腹が立つ。そんな型にはまってばかりいては、日本には
天才やスーパースターが現れる土壌なんて永遠に育たないだろう。そのくせ、
状況が悪くなると決まって、「スターの登場が待たれる」とかしたり顔で言って
いるのである。「矛盾してるよ」なんてツッこむのさえ馬鹿らしくなる。

自分たちで天才(かもしれない人)の足を引っ張っておいて、そいつがコケたら
「やっぱりね、化けの皮が剥がれたよ」だって。あまりの小者ぶりに、哀しく
なってくるほどだ。

頭が堅いのは仕方がない。そう簡単に治るもんじゃないから。ただ、自分に理解
できない存在が現れた時、足を引っ張るのだけはやめてくれ。黙って見ててくれ。
それが「大人の良識」ってもんだろう。

全てのボクサーが、判で押したようにお行儀良くしている必要はどこにもない。
新井田には、これからも「良識あるボクシングファン」の神経を逆撫でし続けて
ほしい(本人はそんなつもりもないのだろうが)。そうして、今は無理かもしれ
ないが、10年後、20年後に真の「天才」が現れるための土壌を育てよう。

それにしても、こういう世間から非難され、異端視されている人を応援したく
なるのは、僕の性分なのかもしれないな・・・。 


ラクバ・シンvs篠崎哲也ほか

2001年08月21日 | 国内試合(その他)
昨日の深夜、テレビでボクシング中継を見た。
この地方(愛知県)では基本的に、地元のホープの試合か世界戦ぐらいしか
放送されないが(世界戦ですら放送されない時もある)、ごくたまにテレビ朝日
系の「名古屋テレビ」で東京の試合を放送してくれることがある。


昨夜の主なカードは元WBA世界スーパ-・フェザー級王者で、現在はランキング
1位の、モンゴルのラクバ・シン(あの畑山に唯一のKO負けを与えた選手)が
なぜか日本のリングに登場、日本ランカーの篠崎哲也と対戦するというもの。

世界1位と日本5位、はっきり言って格が違いすぎる。実力差によっては殺されて
しまうことだってあり得るわけで、よく本人やジム関係者が承諾したものだ。
確かに篠崎は日本王者(当時)のコウジ有沢と2度に渡って戦い、王者を大いに
苦しめているし、世界ランカーの長嶋健吾にも善戦しているのだが・・・。

それでも、畑山をブッ倒したあの壮絶なパンチを目の当たりにしているだけに、
シンはあまりにも危険すぎる相手に思えたし、誰もが早い回でのKO負けを
予想していたことだろう。

しかし篠崎は、驚異的な根性を見せた。実際、シンは凄かった。さすが世界1位、
と思わせるだけの技術とパンチ力だった。力の差を見せつけられ、何度も危ない
シーンがあったが、篠崎はピンチを凌ぎ、何と判定にまで持ち込んだのだ。
恐れず打ち合い、強打に耐えるその根性もさることながら、シンに連打させない
ディフェンスの上手さ(クリンチワークも含め)も光った。

結果は判定負けだったが、彼がここまでやると予想した人はいなかっただろう。
しかし同時に、彼が大事な試合で勝てない理由も何となく分かってしまった。
打ち合いには応じるものの、パンチに相手を倒すだけの的確さやパワーがない。
クリンチが多く、見栄えが悪い。このスタイルだと、誰にでも善戦はするが、
例えば挑戦者の立場でチャンピオンに勝つためには、決め手不足だ。


篠崎の意外な頑張りによって、あるいはメインに据える予定だったかもしれない
他の試合が大幅にカットされることになった。前回の試合で日本タイトルを失った
ウェルター級の加山利治の再起戦、東洋太平洋ミニマム級王者にして世界ランク
2位でもある中島浩の「世界前哨戦」などだ。

加山は2ラウンドだか3ラウンドにKO勝ちして、形としては文句ない再起を
飾ったことになるのだが、加山はいいとして、とにかく相手がひどすぎた。

以前に名古屋のリングにも登場したことがある、タイのノパラットノイとかいう
選手なのだが、その時と同様、全くやる気が感じられなかった。ニヤニヤしながら
ノーガードで相手を挑発するくせに、簡単にパンチをもらってしまう。そして
それほど強いとも思えないパンチであっさりグラつき、これまた簡単に倒れて
しまうのだ。調整試合のための、いわゆる「噛ませ犬」として呼ばれているのは
分かるし、どうせ勝てないのなら、早く終わらせてとっとと金もらって帰りたい
のも分かる。それでも、あまりに不甲斐ない態度を見せては高い入場料を払って
見に来た客に対して失礼だ。それに、そんな試合ぶりではもう呼んでもらえなく
なるかもしれない、とか考えないのだろうか。少なくとも僕はあんな選手もう
見たくないし、今後絶対呼ばないで欲しいと思った。


そして中島の試合だが、こちらはさらに可哀想なことにわずか1ラウンド(最終
ラウンドと判定のシーン)しかオンエアされなかった。しかしそれも自業自得で、
タイのノーランカー(一応元タイ王者らしいが)にやっとのことで引き分け。
両者の顔を見ればどっちがより打たれたかは明白で、地元判定に救われた感じだ。

僕はどうもこの中島という選手の試合、何度見ても好きになれない。素人なので
上手く言えないが、ボクシングが「投げやり」な感じがするのだ。パンチに
「意志」や「意図」といったものが感じられない。何をやりたいのかさっぱり
分からない。例えば坂本博之や石井広三のパンチには、仮に大振りであっても
「ぶっ倒してやる」という意志が現れているし、徳山昌守やセレス小林の動きの
中には、意味のないものなど一つもないかのようにさえ思える。そしてそういった
パンチこそが、人々を感動させたり感嘆させたりするのではないだろうか。

中島は世界2位とランクの上では堂々たる「期待の俊英」ではあるが、僕は
仮に近々世界挑戦が実現しても、彼に何も期待する気が起きない。と言うか
期待させるだけの「魅力」が全く感じられないのだ。それは勝つとか負けるとか、
そういった問題以前の話だ。極端な話、彼が世界を獲ろうが、何回防衛しようが、
そのボクシングが変わらない限り僕は彼に何の興味も湧かないだろう。


何か文句ばかり書いてしまったが、それでも、例えド深夜でもボクシングが
テレビで見られるのは僕にとっては非常に楽しみなことだ。地方のファンに
とっては、雑誌でしか見たことのない選手が動いている姿を見られるだけでも
幸せなことなのである。テレビ局の皆さん、地方のファンは常にボクシングを
見ることに飢えています。だからもっとボクシングを見せてください!!
ホントは中島の試合でも何でもいいんです! よろしくお願いします・・・。

あるチャンピオンの死

2001年08月11日 | その他
昨日(8月10日)の朝、東洋太平洋スーパー・ウェルター級チャンピオン、
竹地盛治選手が首を吊って自殺した。24歳だった。

このニュースを昨日の夕方知った時は、当然のことながらとても驚いた。
現役のチャンピオンが自殺するなんて考えたこともなかったし、今までに
そんな例を僕は聞いたことがなかったからだ。

ほとんどの場合、自殺は周囲の人間にとっては「寝耳に水」である。
今回は遺書も見つかっていないので、その動機は推し量ることしかできない。
今日買ったスポーツ紙には、目標を失って悩んでいた、という話もあったが、
実際のところは誰にも分からない。

彼が当面の目標としていたのは、王座の統一であった。詳しい経緯は省くが、
昨年7月に東洋太平洋の暫定王座となった彼は、今年5月に正規王者との
統一戦に臨み、判定勝ちでその目標を達成したのだった。普通に考えれば
次は世界、という新たな目標が出来るわけだが、現実は厳しい。

ウェルター級から上のクラスでは日本の選手層は非常に薄いが、逆に世界レベル
ではとても層が厚く、伝統的に人気の高いクラスでもある。つまり、日本人が
世界王者になることはもちろん、挑戦することすら容易ではないという階級なの
である。これではモチベーションを保つのが難しいのも確かだろう。

もちろんこれは単なる推測であり、もしかしたらボクシング以外で何か悩みを
抱えていたのかも知れない。繰り返すが、本当の事は誰にも分からないのだ。

自殺は残酷だ。残された者は心の中で、この先何度となく「なぜ・・・」を
繰り返すことだろう。「なぜ死んだのか」「なぜ助けてやれなかったのか」と。
死者に魂があるならば、彼はそれを見て一体どう思うのだろうか。