ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

ノエル・アランブレットvs亀田興毅

2005年11月26日 | 国内試合(その他)
今日、WBA世界フライ級8位の亀田興毅が、元WBA世界ミニマム級王者の
ノエル・アランブレット(現在はWBAライト・フライ級9位)と対戦する。

長い間、亀田に対してやや距離を取って見てきた僕だが、ここまで来ると
大したもんだと思う。試合の、そして自分自身の演出についてである。

元々「亀田3兄弟」の名が知られるようになったのは、トレーナーでもある父親が
各マスコミに売り込んだからだという。父親の側にいて、ボクシングの練習だけで
なく、自分を売り込む方法をも学んでいったのだろう。今回も、無駄に屈強な
ボディガードを従えて計量に現れたり、カエルのオモチャをアランブレットに
例えて笑いを取ったりと、荒唐無稽とも思えるパフォーマンスを繰り広げ、
面白いこと好きのマスコミを味方につけた。

それだけなら単なる子供じみた仕掛けに過ぎないが、今回おやっと思ったのは、
恒例の「メンチ切り」で、冷静な態度を貫いてきたアランブレットをついに
怒らせたということである。元世界チャンピオンともあろう者が、たかだか
18歳のガキにペースを乱されたのである。

「戦いは試合前から始まっている」とは、よく言われる言葉だ。
かの輪島功一氏も、試合前に大きなマスクを付けて現れ、体調不良を装って
まんまと敵の油断を誘発したことがあった。相手の心の乱れを誘うには、
当たり前のことをしていては駄目だ。非常識とも思える振る舞いによって、
「なんだこいつ?」と思わせるのも一つの有効な手段になり得ると思うのだ。


果たして、試合は7回終了TKOで亀田の勝利に終わった。完勝と言っていい。
試合巧者であるアランブレットの巧妙なクリンチワークに阻まれてダウンこそ
奪えなかったものの、7ラウンドに痛烈な左ボディブローで戦意を喪失させた。
その結果、元世界王者は試合を放棄。生まれて初めてのKO負けを経験した。

ミニマム級の頃は減量に苦しんでいたアランブレットだが、ベストウェイトは
今回のフライ級より一つ下のライト・フライ級だろう。亀田のパワーに押され、
手数の多さで知られるアランブレットが手をあまり出せなかった。しかしそういった
体格的なアドバンテージを差し引いても、亀田の戦い振りは見事だった。

とにかく目を引いたのは距離感の良さ。常にプレッシャーをかけながらロープに
相手を詰めると、2~3発打ってすっと退き、アランブレットの反撃をかわす。
これまでは強引にねじ伏せるような粗いボクシングを見せていた亀田だが、今日は
実にクレバーな攻めを展開していた。強引に打っていっても、ディフェンスの巧い
アランブレットには暖簾に腕押しで、上体の柔らかさやクリンチによって攻撃を
寸断させられる。そういったことが続くと焦りが生まれ、ますますアランブレットの
術中にはまってしまう。それがこの選手の大きな武器なのだ。

だから亀田は深追いを避け、距離に気を配った冷静なボクシングに徹した。
わずか9戦目の選手が、さいたまスーパーアリーナという大舞台でそのような
冷静さを保ったことは驚嘆に値する。多くの日本人選手は、アランブレットの
ようなテクニシャンと対戦すると、ガムシャラに前に出るしかなくなってしまう。
今回亀田が取った戦法は、これまでの日本人の発想にはあまりなかったように思う。

それを思いついた、トレーナーで父親の史郎氏も大したものだ。とかく漫画じみた
練習方法を揶揄されてきた亀田一家だが、トップに立つためには、そのような
常識の枠を越えた試みも必要なのかもしれない。

今回の試合で、僕は亀田の実力に対する疑いの目を取り払おうという気になった。
恐らく作戦としては、もう少し連打するイメージだったのだろう。試合後、
史郎氏はそのことを今後に向けての反省材料に挙げていたし、もちろん他にも
未知数の部分はあるが(打たれ強さなど)、現時点でここまで出来るのだから、
少なくとも他の日本人世界ランカーと比べても何の遜色もないだろう。

また今回はすっきりとしたKO勝ちとは行かなかった亀田だが、世界レベルの
テクニシャン相手に長いラウンドを戦ったことは、まだプロ戦績の少ない彼にとって
大きなキャリアとなるに違いない。いよいよ次かその次は世界戦となる可能性が
高いという。遅ればせながら、亀田の今後に期待したい。


ホセ・アンヘル・ベランサvs大場浩平

2005年11月03日 | 国内試合(その他)
数年前まで、名古屋のボクシング界は華やかだった。当時はそうも
思わなかったが、石井広三、戸高秀樹、石原英康らが引退した
今になってそれを感じる。他にも浅井勇登、大塚陽介、菅原雅兼、
中野博、杉田竜平、渡辺博、杉田真敬、小懸新、中村つよしなどもいた。
この内の何人かはまだ現役だが、衰えや限界を見せ始めた者も多く、
また名古屋を引っ張っていくほどの華も感じられない。

そんな中、今後に大いに期待が掛かる「恐るべき20歳」がいる。
2003年にフライ級で全日本新人王になり、現在はスーパー・フライ級の
日本ランカー、大場浩平がその人である。巧みな防御と、切れ味ある攻撃。
中でも多彩な角度から放たれるアッパーは、それだけで金が取れるパンチだ。
センスだけで言えば、ここ10年間で名古屋に現れた選手の中でも最高のものを
持っていると言っても過言ではない。ここまでの戦績は、12戦全勝(8KO)。

その大場が、世界ランカーとの大一番を迎えた。ホセ・アンヘル・ベランサ。
WBC14位で、戦績は27勝7敗2引き分け。27勝のうち、KO勝ちが
24回もあるという凄まじいハードパンチャーだ。これまでの相手とは明らかに
格が違う。大場のボクシングは、果たして世界ランカーにも通用するのか。
勝ち負け以前に、個人的な興味はそこにあった。何といってもまだ20歳だ。
負けたとしても、きっといい経験になるだろう。

リングに上がった大場。元々ポーカーフェイスの持ち主だが、今日も表情に
変わりはない。そして1ラウンド。大場は様子見の構えだ。無理もない。
初めて体験する「世界」、そして初めて対戦するメキシコ選手だ。
一般的に、メキシカンのパンチは日本人とは違った角度から飛んでくるので
読みにくいと言われている。まずはその角度を読まなければならない。

このラウンドは、手数の差でベランサの明白なポイント。とはいえ大場が
時折放った左ジャブには切れがある。スピードでははっきりと大場が上だ。
まだそれほど強くはないが、ベランサの左フックやボディブローが決まる。
ベランサがロープに詰めて連打しようという場面もある。こんな時、並みの
選手ならムキになって打ち合って墓穴を掘るのかもしれないが、大場は
しっかり相手を見ている。この落ち着き、やはり只者ではない。

2ラウンド、大場はベランサのパンチをほとんど避け、あるいはブロック。
メキシカンのパンチにだいぶ慣れてきたようだ。大場自身の手数がまだ
少なく、ポイントはベランサに奪われているだろうが、ラウンド終盤、
大場の左ボディ、そして得意の右アッパーがヒットし場内が湧く。見ると、
ノンタイトル戦にしては客の入りがかなり多い。まだ新人という印象があったが、
いつの間にか大場は、これほど期待される選手になっていたのだ。

続く3ラウンド辺りから、いよいよ大場の本領が発揮される。ラウンド開始
早々の左フックはブロックされたが、目の覚めるようなスピードだ。
そしてカウンター気味の右ストレートや右アッパー、あるいは右アッパーから
左ボディという鮮やかなコンビネーションがヒットしていく。タフなベランサは
表情を変えずに前進してくるが、ボディはどうやら効いているようだ。

これ以降は、非常にスリリングな打ち合い。パンチのスピード、正確性では
大場だが、ベランサは細かいパンチで応戦。ハードパンチャーと聞いていたが、
大振りでは大場に当たらないと感じ、まずは小さいパンチを当てることに
専念しているのだろう。大場はロープに詰まってしまう悪い癖があり、
ほとんどパンチはもらっていないものの、ジャッジへの見栄えは心配だ。
いずれにせよ、ノンタイトルでこんなに熱くなる試合は久しぶりだ。

そして試合は判定へ。ジャッジ3者ともが大場を支持する明白な勝利だ。
大差をつけていたジャッジが一人いたのはどうかと思うが、より多くの
ラウンドで流れを牛耳っていたのは、やはり大場であるように僕には思えた。
世界ランカー相手に全く臆することなく、それどころかオーラで圧倒して
いる場面すらあった。これは金星と言っていいだろう。

これまでそのセンスの良さだけが語られてきた大場だが、この試合では
精神力の強さも見せた。タフでしつこいメキシカンの攻撃に音を上げる
ことなく、逆にしつこいボディブローで相手の表情を弱気にさせた。
ハードパンチャーと評判のベランサに対し堂々と、しかも必要以上に
熱くなることなく打ち合いを挑んだ。かと思えば時折軽やかなフットワークを
使ってシャープなジャブを突き刺し、相手を翻弄した。格上であるはずの
相手に、試合運びの面でも上回って見せたのである。

これで文句なく世界ランカーの仲間入りを果たしそうな大場だが、
では今すぐ世界チャンピオンになれるかというと、まだ少し不安な面もある。
まともにはもらわなかったとは言え、相手のパンチを被弾してしまったのも
事実だ。これまで一発で倒してきたせいか、連打には未完成な印象も見られた。
簡単に言えば、センスはピカイチ、あとはより緻密なボクシングを完成させて
もらいたいということだ。

何かと話題の亀田興毅と比べても、レベルは圧倒的に大場が上。ただし現時点では、
迷いなくパンチを打ち抜ける亀田の方が、世界を獲る確率は高いかもしれない。
それがボクシングの面白い所でもある。大場は亀田とは全く違うタイプの選手だ。
焦らず、じっくりと経験を積んでいけばいい。より完成度の高いボクシングが
出来れば、もしかしたら長期政権を築くような世界王者になれるかもしれない。
まだちょっと気の早い話だが、そんな大場の可能性に胸が膨らむ試合だった。