ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBC世界バンタム級TM 辰吉丈'一郎vsホセ・ラファエル・ソーサ

1998年03月08日 | 国内試合(世界タイトル)
暫定王座を含めこれまで3度世界タイトルを獲得している辰吉だが、
防衛戦には一度も勝てなかった。このソーサ戦は、辰吉が初めて
防衛に成功した試合として記録には残っているものの、人々の記憶には
あまり残らなかったようだ。

それは、いつも熱い試合を見せる辰吉にしては地味な戦いだったことが
理由だろう。「ボクサーは勝つことが全て」とよく言われるが、辰吉の場合は
負けた試合でも熱く語られることが多い。勝っても負けても記憶に残る試合を
するボクサー、それが辰吉なのだが、ソーサ戦では実に危なげなく王座を
守ってみせた。辰吉の世界戦の中でも、ほとんど唯一「安心して見ていられた」
試合だったのだ。そのことが逆に印象を薄くしているのだから皮肉なものだ。

とはいえガードの低い辰吉だから、全く打たれなかったわけではない。
それでも不思議と負ける気がしなかった。この日の辰吉の安定感は抜群だった。
ただソーサがタフで粘り強く、ディフェンスも良かったせいで、何度も辰吉が
攻勢を取ったにもかかわらず、KOには至らなかった。常に前に出て相手を
追い込み続ける辰吉と、下がりながらも時折反撃を仕掛けるソーサ。その姿と、
KO防衛を過剰に期待するファンの思いが合わさって、完勝でありながら
結果としてやや不完全燃焼な印象を与えられたのかもしれない。

この試合での辰吉は、コーナーに戻るたび苛立ちを示していたようだ。攻めながらも
倒しきれない自分に対する苛立ちだろう。それをセコンドが必死になだめ、
冷静さを保たせようと努力していたという。ある意味では、アグレッシブに行きたい
辰吉と、冷静さを求めるセコンドのバランスが絶妙だったからこそ、この完勝劇が
生まれたとも言える。

試合後の辰吉にしては珍しく、顔は非常に綺麗だった。考えてみれば、世界戦において
「大差の判定で勝った」辰吉というのは、この一戦が最初で最後だったかもしれない。
こういうボクシングがずっと続けられたら、辰吉はもっと防衛記録を伸ばしていただろう。
その代わり、そうなったらあの熱狂的な支持を得られ続けていたかどうかは疑問だ。
ボクサーとしてチャンピオンとして、どちらがいいのかは分からないが・・・。