ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

新井田豊、世界に挑む

2001年06月15日 | その他
こんなに何度も見た日本タイトルマッチは、かつてなかった。
新井田豊(にいだ ゆたか)の王座奪取劇は、それほど衝撃的だったのだ。

新井田が挑んだ日本ミニマム級チャンピオン、鈴木誠は、これまでに
3度の防衛を果たして自信をつけ、「世界」も視野に入れ始めていた。
決して器用なタイプではないが、パワフルな連打が売りの強者だ。

そんな鈴木に、新井田は全く何もさせず、3度のダウンを奪ってなお
力を余したまま、9RTKOで王座を強奪したのだ。
ノーガードで鈴木を翻弄し、卓越した防御勘でパンチをかわす。
そして何と言っても、得意とする左パンチの破壊力。初めにダウンを
奪った左アッパーの切れ味は、鳥肌が立つほどだった。

その衝撃度は以前見た、ナジーム・ハメドが欧州タイトルを獲った時の
試合を彷彿とさせた。それは観衆に、ニュー・ヒーローの登場を強烈に
予感させるものだったのだ。

だからこそ、そんな新井田が、先日行われた日本タイトルの初防衛戦で、
初回に2度のダウンを喫した末に引き分けで辛くもベルトを守ったという
ニュースを聞いて、驚きというよりも困惑してしまった。

よく考えてみると、確かに無敗ではあるものの、新井田の16戦13勝
(7KO)3分という戦績は、あの衝撃的な日本タイトル戦のインパクトを
考えれば、平凡とすら思える。一体新井田とは、どういう選手なんだろうか。

デビュー当時の彼は最軽量のミニマム級においてさえ体が小さく、しばしば
体格負けをしていたようだ。その問題が体が大人になるにつれて解消され、
徐々に本来の力を出せるようになってきたと言われているが、日本タイトルの
2試合を見ると、彼の問題はもっと別の所にあるような気がしてならない。
どういうわけか、試合ごとに好不調の波が激しいようなのだ。

新井田の素質が一級品であることは誰もが認めるほどだが、そのボクシングは
まだ随分荒っぽい所がある。日本タイトルを獲ったあの試合でも、落ち着いて
見てみると、結構大振りが多かったり、不用意にパンチをもらったりしている。
攻撃に時折気負いが見られ、防御でもふっと気が抜ける瞬間があるのだ。

日本タイトルを一度防衛しただけだが、早くも新井田に世界タイトルマッチの
チャンスが訪れた。8月25日、相手はあの星野敬太郎を微妙な判定で破って
WBA世界ミニマム級王座に返り咲いたベテラン、チャナ・ポーパオインだ。
チャナにパンチはなく、加えて新井田にはベテランの老獪さをはねのけるだけの
攻撃力があると思う。この日、新井田が世界王者になる可能性は充分にある。

唯一気がかりなのが、先に挙げた新井田の荒さだ。このままでは、仮に世界
タイトルを獲ったとしても、それを守りつづけるのは難しいような気がする。
新井田はまだ若い。個人的には、国内でもっとキャリアを積んでから世界へ
行った方が良いのでは、と思うが、決まってしまったものは仕方がない。

あの具志堅用高も、プロキャリアがまだ浅い内に世界王者になったために、
初めの頃の防衛戦では結構苦労していたという。ならば新井田にはこれから
具志堅同様、世界の舞台で少しづつ経験を積み、本来の力を充分に出せる
強いハートを持った世界チャンピオンに成長していってもらいたい。

まあまだ世界挑戦が決まった、というだけの段階なので、ちょっと
気の早い話ではあるのだが・・・。