ボクシングレヴュー

「TM」はタイトルマッチ、階級名につく「S」はスーパー、「L」はライトの略です。

WBC世界フライ級TM ポンサクレック・シンワンチャーvs本田秀伸

2002年11月26日 | 国内試合(世界タイトル)
本田は惜しくも敗れた。僕はあっさりベルトを奪ってくれるものと思って
いたが、世の中そんなに甘くはなかった。それはあくまで「希望的観測」
というやつである。本田はある意味全く予想通りの試合をし、決して予想の
域を越えることなく敗れた。

王者のポンサクレックも、本当に予想通りのボクサーだった。浅井勇登や
内藤大介を沈めた攻撃力の片鱗を見せつけ、また技術もそれなりのものは
持っていた。何だか全てが予想通りで、結果が分かっていてビデオを見たと
いう点を差し引いても、不思議なほど終始落ち着いて観戦できてしまった。

試合後の多くの論評の通り、本田は防御や試合運びなど、技術面の大部分で
王者を上回った。両者の実力にそれほどの差はない。しかし攻撃やパワーの
面で、王者に印象点を稼がれてしまった。本田はよく戦い、採点は微妙な
ものだったが、やはり見た目には明白に敗れた。一人やたら大差をつけていた
ジャッジがいて批判を浴びたが、首をひねってよける本田のディフェンスが、
角度によってはパンチを受けているように見えたとしたら、それも仕方ない。

繰り返すが、本田は本当によく戦った。国内屈指の技術レベルの高さを披露し、
パンチ力の差は明白ながら、挑戦者として勇気を持って打ち合いにも応じた。
しかし今回は明白に敗れた。ほんの少しだが、何かが明白に足りなかった。

本田は元々、何かの能力が飛びぬけた選手ではない。もちろん目に見えない
「勘」の部分で天性はあるが、それ以上に、地道すぎるほどの研鑚によって
ここまで来た男なのである。そしてだからこそ、「次」を期待してしまう。
きっと次は、ほんの少しだけ強くなっていることだろう。今回足りなかった
「ほんの少し」の差。近い将来、本田はそれを埋めてくれるに違いない。

予想に違わぬ好カード

2002年11月24日 | 国内試合(日本・東洋タイトル)
24日に名古屋で行われた興行は、予想に違わぬ好試合揃いとなった。

正直言って、最近の松田ジムの興行にはあまり魅力を感じなくなっていた。
何者だかよく分からない格下の噛ませ犬を連れてきてのKO勝利など、
そう何度も見たいものではない。もし「松田ジムファン」という人間が
いるとしたら、今回の結果自体はあまり気持ちのいいものとは言えないかも
しれないが、一ボクシングファンである僕には非常に見応えがあった。
会場に行くことが出来なかったのがとても残念だ。


小懸新と浅井勇登。その組み合わせ自体が緊張感を孕むという、名古屋の
ノンタイトル戦としては異例の好カードで、内容も非常に素晴らしかった。
技術面、特にジャブの巧みさで上回る小懸の前に劣勢を強いられた浅井だが、
決して諦めず8ラウンドに痛烈なダウンを奪って一気に挽回。その後小懸は
逃げ腰となり、結果はドロー。引き分けというと何か煮え切らない印象を
与えるかもしれないが、これはある意味で最高の結果だったと思う。

小懸は技術の素晴らしさを見せたものの、気持ちと経験の面では弱さを
露呈した。一方、「落ち目の選手」と目されていた観のあった浅井は、
まだまだやれるところを証明した。むしろこの試合での浅井には「もう
後がない」という悲壮感すら感じられ、技術面では特に進歩はないものの
ボクサーとして一皮剥けたような印象さえ受けた。


大塚陽介の相手は無名の格下ということで、こちらはあまり内容には期待
していなかったのだが、その相手、松下文昭の番狂わせによって、俄然
エキサイティングな内容となった。ただ策もなく前に出るだけの大塚に
対し、松下は1ラウンドにいきなりダウンを奪って試合を支配した。
ノーガードに近い状態からのジャブが面白いように決まり、パンチをかわす
勘もいい。非常に運動能力の高い選手で、今まで無名だったのが信じられない
ほどだ。試合は文句なく松下の判定勝ち。

一体どちらが格上なのか分からないような、まるで大人が子供をあしらう
ような見事な試合ぶりだった、と言っては言い過ぎだが・・・。これで
堂々日本ランカーの仲間入りを果たすであろう松下。何かもう一つ二つ
上積みすれば、日本タイトルも夢ではない。駿河ジムの下田賀彦もそうだが、
地方の小さなジムの無名選手がランカーを破る様というのは実に痛快だ。


菅原雅兼は、東洋太平洋バンタム級王者ジェス・マーカとのノンタイトル戦に
挑んだ。僕は初めて「動くマーカ」を見たのだが、特にスピードがある
わけでもないパンチが、なぜかよく当たる。そしてフィリピン選手特有の
柔軟なボディワークで、いともたやすく相手の攻撃をかわしてしまう。
簡単に言うと「やりにくい」選手で、守る立場になると強みを発揮する
タイプだ。だから東洋のタイトルを7度も守ってこれたのだろう。

菅原もスピードでは負けていなかったが、やはり巧さにごまかされてしまった
感じだ。それでもよく健闘していたし、悪名高き「名古屋判定」でドロー
かな、そう思っていたら、結果は何と2-1ではあるが菅原の判定勝ち。
以前クワテモク・ゴメスと対戦した時にも、菅原は不可解な判定勝利を
収めているが、こういった判定はむしろ選手を傷つけるだけだと思う。
これでやる気を無くしたりしなければいいが・・・。本当に気の毒だ。


最後は石原英康の東洋太平洋スーパー・フライ級タイトル初防衛戦。
挑戦者は8戦ぐらいしかしていない下位ランカーの韓国人だったので、また
安易な相手を選んできて・・・と思ったが、アマチュア歴が長く、すでに
韓国の国内王座にも就いた経験のある期待の選手なのだそうだ。

実際これがなかなかの曲者で、どうにもつかみどころのないボクシングを
する選手。石原も散々苦しめられたが、8ラウンド終了後、その相手が
突然試合放棄。どうも目が見えなくなったらしいのだが、素人目には
全くそうは思えず、むしろ目が腫れてきていたのは石原の方だった。
何とも後味のすっきりしない幕切れで、またしても石原は快勝にはほど遠い
拙戦を演じてしまった。まあ勝ちは勝ちなので、次回に期待したい。


ということで、結果はともかく内容的には久々に満足感のある興行だった。
しかし見方を変えると、これだけ盛り上がったのは相手選手の実力や
頑張りによる部分が大きいわけで、これは松田ジム側からすると不本意な
ことなのかもしれないが。しかしまたこんないい興行を見たいものだ。

名古屋の好カード

2002年11月18日 | その他
今月の24日、名古屋では松田ジムによる楽しみな興行がある。
メインは前回「疑惑の負傷判定」で決定戦に勝って新チャンピオンとなった、
東洋太平洋スーパー・フライ級王者、石原英康の初防衛戦。石原の汚名返上に
期待がかかるところだが、他にも興味深いカードがいくつかある。

まず松田ジムのホープの中では個人的に一番期待している菅原雅兼が、
東洋太平洋バンタム級王者ジェス・マーカとノンタイトルで戦う試合。
マーカは「日本人キラー」と呼ばれる老獪な技巧派で、これまでにも
何人もの日本人ホープが彼に翻弄され、完敗を喫している。ボクシング
ファンの間では、「バンタム級で世界に行くならマーカに勝ってから」
というのがここ何年かの決まり文句のようになっているほどだ。

菅原は今までマーカと対戦してきた日本人選手たちと違い、どちらかと
言うとパンチ力や勢いよりも、技術やスピードで勝負するタイプだ。
マーカ相手に技術戦を挑むのも無謀な気がするが、試合間隔が空きがちな
マーカの勘が鈍っていれば、前半にポイントを奪って判定勝ちする可能性も
ある。またこの際には、「名古屋判定」という不名誉な言われ方もする
地元有利の採点によって助けられる部分もあるかもしれない。

そして最も驚いたのが、小懸新と浅井勇登という、名古屋の実力者同士の
対戦だ。名古屋に限らず、有望選手の少ない地方都市においては、いい
選手が出てくると出来るだけ弱い相手と戦わせ、大事にキャリアを積ませる
傾向がある。だからこそ、このカードは異例中の異例と言っていいだろう。

日本、世界、東洋とことごとく挑戦に失敗し、やや見限られてきた感のある
「かつてのホープ(とは言え現在のランクは日本フライ級1位)」浅井と、
あの畑山隆則を育てた柳和龍トレーナーの愛弟子で、現在13戦無敗(1分)。
まさに新しい「名古屋のホープ」と呼ぶにふさわしい小懸(日本スーパー・
フライ級2位)。下馬評では勢いのある小懸が、浅井に引導を渡すだろう
という声が多いようだが、果たしてどうなるだろうか。


本田秀伸、ついに世界挑戦

2002年11月17日 | その他
これほどボクシングファンに待たれていた世界挑戦者も近年では珍しい。
まさに「日本の切り札」WBC世界フライ級3位、本田秀伸が今月26日、
いよいよ世界王座に挑む。

かつて日本ライト・フライ級王座を6度も防衛し、当時の東洋太平洋王者、
田中光輝を下して「国内最強」を印象付けてから早2年半の歳月が流れた。
その間には現在世界でもトップの中のトップと評価される、メキシコの
マルコ・アントニオ・バレラとの密度の濃いスパーリングを数多く経験し、
そのバレラをして「本田は必ず世界を獲れる」とまで言わしめたほどだ。

日本では比較的世界挑戦のチャンスが多いはずの軽量級において、なぜ
本田はこれほどまでに待たされたのか。まず本田が所属するグリーンツダ
ジムの会長が病に伏し、挑戦交渉が思うように進まなかったこと。そして
何より、本田自身のボクシングスタイルが地味で素人受けしづらいことが
大きな理由だろう。

取り立ててパンチ力があるわけでも、傑出したスピードがあるわけでも
ない。本田の持ち味は相手の長所を殺し、変則的なタイミングでパンチを
当てるということだ。もちろん確かなディフェンス能力もある。
簡単に言えば技巧派である。血湧き肉躍る打撃戦を好むこの国において、
本田が一般的な人気を得られないのにはそういう理由がある。

しかし先の佐藤や保住の敗戦を見ても分かるように、世界ではパンチ力や
精神力だけでは通用しない。まず重要なのは技術や戦略なのだ。
その点、相手によって戦い方を変えられる頭脳的な本田のボクシングは、
年を追うごとに評価が高まる一方だ。

本田はこの世界戦を前に「勝つ自身は99%。残りの1%は神のみぞ知る」
と言った。もとより大言壮語とは無縁の本田の言葉だけに、期待は高まる。
きっと何度も王者を研究し、戦略を練ってきたのだろう。そのための時間も
充分すぎるほどにあった。今まさに、機は熟したのだ。

しかし不安材料はある。何しろ本田は、これまで一度も世界レベルの
選手と対戦したことがないのだ。いかにスパーリングでバレラという
超一流選手と何度もグローブを交えても、実戦と練習は違うだろう。
それに気の遠くなるほど待たされ、ようやく決まった世界挑戦だ。
本田に緊張感の途切れはないのだろうか。思い入れが強すぎる故に、
体が硬くなってしまったりしないだろうか。心配は尽きない。

それでもやはり、「あの本田がついに」世界の舞台に上がる、その事実
だけでもワクワクしてしまう。一体どんなボクシングを見せてくれるのか。
出来れば技術の粋を集めた、「ボクシングの真髄」を見せて欲しいものだ。


佐竹vs坂本、坂田vs中沼

2002年11月03日 | 国内試合(日本・東洋タイトル)
知り合いが送ってくれたビデオで、少し遅めの試合観戦をした。

一つは東洋太平洋スーパー・ライト級タイトルマッチ、佐竹政一と
坂本博之の一戦だ。僕はもっと一方的に佐竹が勝ったのだと思っていたが、
坂本も頑張っていた。心配していた衰えも特に感じられず、コンディションは
なかなか良かったと思う。それにしても最終回の佐竹の攻勢は見事だった。
それまでは細かいパンチで徐々にダメージを与えておき、最後に坂本が
ダウン(レフェリーはスリップと判定したが)した途端に、一気に強い
連打を集めてTKO勝ちしてしまった。

ただ、佐竹にはもっと期待していただけに、その期待値の高さから言えば
やや不満は残った。敵地である後楽園ホールの雰囲気、そして坂本という
カリスマ的な人気を誇るボクサーへの声援などがプレッシャーとなって
佐竹の身を硬くしていたのではないだろうか。もちろん坂本自身が発する
オーラに押されていた部分もあるだろう。

佐竹は足を使い、カウンターを使うアウトボクサーだから、一見逃げに
回っているという印象を与えてもおかしくない。クリーンヒットの数で
上回っていながら、今回ジャッジの採点が坂本有利になっていたのも
そのせいだろう。実際、常に前に出ていたのは坂本だし、見栄えのいい
大きなパンチを放っていたのも坂本だ。

最終回に見せた連打のような強気の姿勢がもっと早くに出ていれば、
採点もこれほど接近することはなかったと思う。勝者の佐竹より、負けた
坂本のコンディションの良さの方が印象に残った。まだまだ坂本はやれる、
そう期待させる出来だった。


もう一つは日本フライ級タイトルマッチ、坂田健文とトラッシュ中沼の
試合。こちらは終始凄い打撃戦で、結果は分かっているにもかかわらず
画面に釘付けになってしまった。試合が判定にまでもつれ込んだのは
両者のディフェンス技術の高さと、絶対に負けないという闘志のせいだ。

僕は両者の試合を見たことがなかったが、専門誌を読んでの印象から、
坂田はスタミナと手数が売りの努力型ファイター、中沼はセンス抜群の
攻撃が魅力の天才児、という風に思っていたが、大体予想通りだった。

しかし予想と違ったのは、この試合が最初から最後までお互いの頭が
くっつきそうなほどの接近戦だったことだ。もっと中沼が足を使って
スピードで坂田を翻弄すると思っていたのだ。

接近戦での押し合いなら、馬力と手数で上回る坂田に有利なのではないか。
しかし中沼は打ち負けなかった。もともと、中沼はその時その時の閃きで
戦い方を決めるボクサーらしい。ということは、坂田相手に足を使っても
結局は攻め込まれてしまう、それなら相手の土俵で打ち勝ってねじ伏せた
方が効果的だ、と判断したのかもしれない。

実際、接近戦では坂田の手数が多い。体全体のパワーも、ライト・フライ級
から上がってきた中沼より上だ。しかし中沼も、多彩なパンチで対抗する。
そして徐々に徐々にペースを奪っていった。まさに我慢比べといった様相の
試合展開だった。採点が微妙だったのも当然の熱戦だった。

勝った中沼のバリエーション豊かな攻撃も素晴らしかったが、それ以上に
敗れた坂田の、決して後退しない化け物じみた根性に驚かされた。しかし、
その坂田の闘志を全身で受け止めながら打ち勝った中沼も凄いボクサーだ。
日本タイトルマッチながら、今年の年間最高試合賞の候補に上げられるべき
素晴らしいファイトだったと思う。