天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ヴァンパイア キス

2019-04-20 20:51:14 | ショート ショート
さらさらとさらさらと朝日に溶けてい

く。これでよかったのだと、俺は思

う。もう誰かを奪って生きながらえな

くていいのだ。安堵と解放。そう、俺

は自由になるのだ。長い長い時間の檻

からの。そして、少しの痛みと悲し

み。実体のなくなった手で彼女の頬を

包む。彼女は至福の微笑みを浮かべて

眠っている。彼女は俺が消えているの

を嘆くだろう。自分のせいで、俺が滅

んだと自分を苛むだろう。それだけが

心残りだ。(俺自身、「死ぬ」という

より「無くなる」感覚に近かった。消

滅する感じ。生き物よりも無機物に近

いのだと今になってわかった。)愛お

しくて愛おしくてたまらないものに

は、少しでも痛みも苦しみもそして死

を与えたくない。これは、俺の光の

(吸血鬼がこんなことを言うのも変な

話だが。)側面。もう一つは、夜と血

にまみれて生き続けることに終止符を

打つきっかけ。俺は文字通り、彼女を

おのれの心臓に打つ杭にしたのだ。彼

女を自分に安寧を与えるために利用し

た。これは、俺の闇の側面。ただ、誰

しもそうだろう。すべてのことはいろ

んなことが混じり合っているものだ。

純粋なる善も悪も、光も闇も、陰と陽

もありはしないのだ。

そんな思考も薄まってきた。俺はどん

どんこぼれていく。フィクションのよ

うに朝日を浴びて苦痛にのたうつわけ

ではない。手から砂がこぼれるように

俺はただ消えてゆくだけだ。

ほぼ俺は消え、最後の気配だけになっ

た。彼女の額、頬、首、唇に口づけ

た。

最後のヴァンパイアのキスだ。

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