送婁圖南秀才遊淮南將入道序 (三之三)
夫形軀之寓於士、非吾能私之。幸而好求堯舜孔子之志、唯恐不得。幸而遇行堯舜孔子之道、唯恐不慊。若是而壽可也。求之而得、行之而慊、雖夭其誰悲。今將以故嘘爲食、咀嚼爲神、無事爲閑、不死爲生。則深山之木石、大澤之龜蛇、皆老而久。其於道何如也。僕嘗學於儒、持之不得。以陥於是。以出則窮、以處則乖。其不宜言道也審矣。以吾子見私於僕、而又重其去。故竊言而書之而密授焉。
夫れ形躯(けいく)の土に寓(ぐう)する、吾能(よ)くこれを私(わたくし)するに非ず。幸いにして好んで堯・舜・孔子の志を求めては唯だ得ざらんことを恐るるのみ。幸いにして堯・舜・孔子の道を行うに遇いては、唯だ慊(あきた)らざらんことを恐るるのみ。是(かく)の若(ごと)くにして寿ならば可なり。これを求めて得これを行うて慊れば、夭(よう)すと雖もそれ誰か悲しまん。今将(まさ)に呼嘘を以って食と為し、咀嚼を神(しん)と為し、事無きを閑と為し、死せざるを生と為さんとす。則ち深山の木石、大沢の亀蛇(きだ)、皆老いて久し。その道に於ける何如ぞや。
僕嘗て儒を学び、これを持するも得ず。以って是に陥る。以って出ずれば則ち窮し、以って処(お)れば則ち乖(そむ)く。その宜しく道を言うべからざるや審(つまびら)かなり。吾子僕に私(わたくし)せらるるを以ってして、またその去るを重んず。故に窃(ひそか)に言いてこれを書して密かに授く。
形躯 肉体。 土に寓す 土地に仮住まいする。 夭 若死に。 呼嘘 深呼吸。 吾子 あなた。 重 惜しむ。
そもそもわが身をこの世に居らしめるのは、私の考えでは自分を個人のものとするのではなく、堯・舜・孔子の志を求めていて、ただ得られないことを恐れるだけであります。堯・舜・孔子の道を行うに当たっては、ただ満足に行えないことを恐れるのです。このようにしてなお長生きならば良し、求めてこれを得、この道を行って満足するなら、若死にするとしても誰が悲しむでしょうか、深呼吸を食事に替え、薬草を噛んで神気を養い、仕事をしないことを閑居として、死なないことを生きるとすれば、深山の木石、大沢の亀や蛇などどれも年古りて久しい。それが一体道とどういう関係があるというのでしょうか。
私は嘗て儒家の道を学びましたが、これを守り続けることができなかった。それで今の流罪の境遇に陥っているのです。朝廷に仕えては不遇であり、退いて家居すれば世間と合わない。これで道の事など言う立場にないことはわかっています。しかしあなたが私に親しくしてくれたことが、あなたの旅立ちを余計に残念に思うのです。そこで自分なりに意見を書いてそっと手渡すことにします。
夫形軀之寓於士、非吾能私之。幸而好求堯舜孔子之志、唯恐不得。幸而遇行堯舜孔子之道、唯恐不慊。若是而壽可也。求之而得、行之而慊、雖夭其誰悲。今將以故嘘爲食、咀嚼爲神、無事爲閑、不死爲生。則深山之木石、大澤之龜蛇、皆老而久。其於道何如也。僕嘗學於儒、持之不得。以陥於是。以出則窮、以處則乖。其不宜言道也審矣。以吾子見私於僕、而又重其去。故竊言而書之而密授焉。
夫れ形躯(けいく)の土に寓(ぐう)する、吾能(よ)くこれを私(わたくし)するに非ず。幸いにして好んで堯・舜・孔子の志を求めては唯だ得ざらんことを恐るるのみ。幸いにして堯・舜・孔子の道を行うに遇いては、唯だ慊(あきた)らざらんことを恐るるのみ。是(かく)の若(ごと)くにして寿ならば可なり。これを求めて得これを行うて慊れば、夭(よう)すと雖もそれ誰か悲しまん。今将(まさ)に呼嘘を以って食と為し、咀嚼を神(しん)と為し、事無きを閑と為し、死せざるを生と為さんとす。則ち深山の木石、大沢の亀蛇(きだ)、皆老いて久し。その道に於ける何如ぞや。
僕嘗て儒を学び、これを持するも得ず。以って是に陥る。以って出ずれば則ち窮し、以って処(お)れば則ち乖(そむ)く。その宜しく道を言うべからざるや審(つまびら)かなり。吾子僕に私(わたくし)せらるるを以ってして、またその去るを重んず。故に窃(ひそか)に言いてこれを書して密かに授く。
形躯 肉体。 土に寓す 土地に仮住まいする。 夭 若死に。 呼嘘 深呼吸。 吾子 あなた。 重 惜しむ。
そもそもわが身をこの世に居らしめるのは、私の考えでは自分を個人のものとするのではなく、堯・舜・孔子の志を求めていて、ただ得られないことを恐れるだけであります。堯・舜・孔子の道を行うに当たっては、ただ満足に行えないことを恐れるのです。このようにしてなお長生きならば良し、求めてこれを得、この道を行って満足するなら、若死にするとしても誰が悲しむでしょうか、深呼吸を食事に替え、薬草を噛んで神気を養い、仕事をしないことを閑居として、死なないことを生きるとすれば、深山の木石、大沢の亀や蛇などどれも年古りて久しい。それが一体道とどういう関係があるというのでしょうか。
私は嘗て儒家の道を学びましたが、これを守り続けることができなかった。それで今の流罪の境遇に陥っているのです。朝廷に仕えては不遇であり、退いて家居すれば世間と合わない。これで道の事など言う立場にないことはわかっています。しかしあなたが私に親しくしてくれたことが、あなたの旅立ちを余計に残念に思うのです。そこで自分なりに意見を書いてそっと手渡すことにします。