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寡黙堂ひとりごと

詩吟と漢詩・漢文が趣味です。火曜日と木曜日が詩吟の日です花も酒も好きな無口な男です。

唐宗八家文 柳宗元 (七)石澗記

2015-02-24 12:40:23 | 唐宋八家文
石渠之事既窮。上由橋西北、下土山之陰、民又橋焉。其水之大、倍石渠三之。亘石爲底、達于兩涯。若床若堂、若陳筵席、若限閫奥。水平布其上、流若織文、響若操琴。掲跣而往、折竹掃陳葉、排腐木。可羅胡床十八九居之。交絡之流、觸激之音、皆在床下。翠羽之木、龍鱗之石、均蔭其上。
 古之人、其有樂乎此耶。後之來者、有能追余之踐履耶。得意之日、與石渠同。由渇而來者、先石渠後石澗、由百家瀬上而來者、先石澗後石渠。澗之可窮者、皆出石城村東南。其可樂者數焉。其上深山幽林逾峭險、道狭不可窮也。

(七)石澗の記
石渠の事既に窮まる。橋の西北より上りて土山(どざん)の陰(きた)に下れば、民また橋す。その水の大いさ、石渠を倍してこれを三にす。亘石(こうせき)を底と為し、両涯に達す。床(しょう)の若(ごと)く、堂の若く、筵席(えんせき)を陳(の)ぶるが若く、閫奥(こんおう)を限るが若し。水その上に平布(へいふ)し、流れは文(あや)を織るが若く、響きは琴を操るが若し。掲跣(けいせん)して往き、竹を折り陳葉(ちんよう)を掃(はら)い、腐木(ふぼく)を排す。胡床(こしょう)十八九を羅(つら)ねてこれに居(お)くべし。交絡(こうらく)の流れ、触激(しょくげき)の音、皆床下に在り。翠羽の木、龍鱗(りゅうりん)の石、均(ひとし)くその上を蔭(おお)う。
 古の人それ此(ここ)に楽しむ有るか。後の来る者、能く予の践履(せんり)を追うこと有るか。意を得るの日、石渠と同じ。渇よりして来たるもの、石渠を先にし、石澗を後にす。澗の窮むべきもの、皆石城村の東南に出ず。その間楽しむべきもの数あり。その上は深山幽林逾々(いよいよ)峭険(しょうけん)、道狭くして窮むべからざるなり。


窮まる 述べ尽した。 亘石 一枚岩。 両涯 両岸。 筵席 敷物。 閫奥 敷居で区切られた奥の座敷。 掲跣 裾をまくり、はだしになる。 陳葉 古い落ち葉。 胡床 床机。 交絡 交わり絡み合う。 触激 水が石に激しく当たる。 翠羽 かわせみの羽根。 践履  歩くこと。 峭険 ともにけわしい意。

 石渠の事は既に述べ尽した。その石渠の橋の西北よりのぼって土山の北側にくだると、住民がまた橋を架けている。その流れの多さは石渠の三倍ほどである。一枚岩を底にして両岸に届いている。腰かけの様であり、座敷のようであり、むしろを敷いたようであり、敷居で区切られた座敷のようである。水は石の上を平らに流れ、綾を織るように、水音は琴を奏でるようである。裾をからげてはだしで渡り、竹を折り落ち葉を掃き、朽木を除いた。椅子を十八九ほど並べて置ける。交わり絡み合う流れ、激しくぶつかり合う水音、皆その椅子の下にある。カワセミの羽根色の木、龍の鱗のような石が平らに上を覆っている。
 昔の人で此処で楽しんだ人が居ただろうか。後の人で私の足跡をたどる人が居るだろうか。ここを見つけて喜んだのは石渠の日と同じである。袁家渇からここに来る場合は石渠を先に見て石澗を後に見ることになる。百家瀬の上から来る場合は、石澗を先に見、石渠を後に見る石澗の見るべきものは皆石城村の東南に現れる。これらの間にも楽しむべきものが数々ある。ただその上は深い山や林がますます険しくなり、道も狭くなって入って行くことができない。

唐宗八家文 柳宗元 (六) 石渠記

2015-02-19 10:00:00 | 唐宋八家文
自渇西南行不能百歩、得石渠。民橋其上。有泉幽幽然。其鳴乍大乍細。渠之廣或咫尺、或倍尺、其長可十許歩。其流抵大石、伏出其下。
踰石而往、有石泓。昌蒲被之、鮮環周。又折西行、旁陥巖石下、北堕小潭。潭幅員減百尺、深多鯈魚。又北曲行紆餘、睨若無窮。然卒入于渇。其側皆詭石怪木、奇卉美箭、可列坐而庥焉。風搖其巓、韻動崖谷。視之既靜、其廳始遠。
 予從州牧得之。攬去翳朽、決疏土石。既崇而焚、既釃而盈。惜其未始有傳焉者。故累記其所屬、遣之其人。書之其陽、俾後好事者求之得以易。元和七年正月八日、蠲渠至大石。十月十九日、踰石得石泓小潭。渠之美、於是始窮也。

 渇より西南に行くこと百歩を能わずして石渠を得たり。民その上に橋す。泉(せん)有りて幽幽然たり。その鳴るは乍(たちま)ち大きく乍ち細し。渠の広さ或いは咫尺(しせき)、或いは倍尺(ばいせき)、その長さ十許歩なり。その流れ大石に抵(あた)り、伏(ふく)してそのその下に出ず。
 石を踰(こ)えて往けば、石泓(せきこう)有り。昌蒲これを被(おお)い、青鮮環周(かんしゅう)す。また折れて西行し、旁(かたわら)は巌石の下に陥(おちい)り、北のかた小潭に墜(お)つ。潭の幅員百歩に減じ、清深にして鯈魚(ゆうぎょ)多し。また北に曲行紆余(きょっこううよ)し、睨(うかが)いみるに窮まり無きが若し。然れども卒(つい)に渇に入る。その側(かたわら)皆詭石怪木(きせきかいぼく)、奇卉美箭(ききびせん)、列坐して庥(いこ)うべし。風その巓(いただき)を揺るがせば、韻(ひびき)は崖谷(がいこく)を動かす。これを視るに既に静かにして、その聴(てい)始めて遠し。
 予、州牧よりこれを得たり。翳朽(えいきゅう)を攬(と)り去り、土石を決疏(けっそ)す。既に崇(あつ)めて焚き、既に釃(わか)ちて盈(みた)す。その未だ始めより伝うるもの有らざるを惜しむ。故にその属(み)る所を累記して、これをその人に遣(おく)りこれをその陽に書せしめ、後の事を好む者をしてこれを求むるに以って易(やす)きを得しむ。元和七年正月八日、渠を蠲(きよ)めて大石に至る。十月十九日、石を踰(こ)えて石泓(せきこう)小潭を得たり。渠の美、是に於いて始めて窮まるなり。


石渠 石のみぞ。 幽幽然 奥深いさま。 咫尺 一尺。 十許歩 十歩ばかり、一歩は五尺1・5米強。 石泓 岩上の水たまり。 鯈魚 はや。 詭石 奇石。 奇卉美箭 珍しい草花と美しいしの竹。 聴 音。 州牧 州の長官。 翳朽 立ち枯れ。 決疏 決はえぐり取る、疎は水を通す。 釃 分ける。 属 (瞩)見る。 陽 北側。 蠲 蠲除、除き去る。

 袁家渇より西南に百歩(約155米)も行かないうちに石の掘割りを見つけた。住民がその上に橋を架けてある。泉が有って奥深い趣きに富んでいる。水音は大きくなったと思うと忽ち細くなる。堀の広さは一尺あるいは二尺、その長さは十歩ばかりである。その流れが大石に遮られ伏流して石の下から流れ出る。石を越えて行くと岩の上に水たまりがある。菖蒲がこれを被い、青く鮮やかに取り巻いている。さらに折れて西に流れ、一方は岩の下に落ち、北のほうは小潭に落ち込んでいる。潭の幅は百歩にせばまり、清らかで深くたくさんのはやが泳いでいる。また北に曲がりくねって、眺めると果てしないように見える。しかし終いには袁家渇に至るのである。その岸辺は皆奇石や怪木、珍しい花や美しい竹が並び休息することができる。風が梢を揺るがせばその響きが崖や谷を動かすように思える。見る間にもう静かになっており、その音も既に遠くなっている。
 私は詠州の長官からこの地を与えられた。立ち枯れた木を除き、土石を掘って水を通した。枯れ木を焚いて、流れを分けて水を満たすと、この美しさが知られていないのを残念に思い、見たことを書き連ねて、人々に遺し、これを流れの北側に書かせて、後の好事家に尋ね易くさせた。元和七年正月八日、渠を掃除して大石に至り、十月十九日に石を越えて岩の水たまりと小さな潭を見つけた。石渠の美はここに始めて窮めたのである。

唐宗八家文 柳宗元 (五) 袁家渇記

2015-02-14 10:00:00 | 唐宋八家文
由冉溪西南、水行十里、山水之可取者五、莫若鈷潭。由溪口而西、陸行可取者八九、莫若西山。由朝陽巖東南、水行至蕪江、可取者三、莫若袁家渇。皆永中幽麗奇處也。 楚越之方言、謂水之支流者爲渇。音若衣褐之褐。渇上與南高嶂合、下與百家瀬合。其中重洲小溪、澄潭淺渚、廁曲折。平者深墨、峻者沸白舟行若窮、忽又無際。有小山出水中。山皆美石、上生叢。冬夏常蔚然。其旁多嚴洞、其下多白礫。其樹多楓・枏・石楠・楩・櫧・樟・柚。草則蘭芷、又有異卉。類合歡而蔓生、轇轕水石。毎風自四山而下、振動大木、掩苒衆草。紛紅駭緑、蓊葧香氣。衝濤旋瀬、退貯谿谷、揺颺葳蕤、與時推移。其大都如此。余無以窮其状。永之人未嘗游焉。余得之、不敢專也。出而傳於世。其地世主袁氏、故以名焉。

冉渓(ぜんけい)より西南に水行十里にして、山水の取るべきもの五、鈷潭に若(し)くは莫し。渓口よりして西に陸行して取るべきもの八九、西山に若くは莫し。朝陽巌より東南に水行して蕪江(ぶこう)に至る。取るべきもの三、袁家渇に若くは莫し。皆永中幽麗の奇処なり。楚越の間の方言に水の支流なるものを謂いて渇と為す。音は衣褐の褐の若し。渇の上(かみ)は南館の高嶂(こうしょう)と合し、下(しも)は百家瀬(ひゃっからい)と合す。その中、重洲小渓、澄潭浅渚(ちょうたんせんしょ)、間廁(かんし)し曲折す。平らかなるものは深墨(しんぼく)、峻(けわし)きものは沸白(ふつはく)、舟行窮まるが若くして、忽ちまた際(はて)無し。小川有りて水中より出ず。山皆美石にして、上に青叢(せいそう)を生ず。冬夏常に蔚然(うつぜん)たり。その旁(かたわら)に巌洞(がんどう)多く、その下に白礫(はくれき)多し。その樹には楓(ふう)・枏(だん)・石楠(せきなん)・楩(べん)・櫧(しょ)・樟(しょう)・柚(ゆう)多し。草は則ち蘭芷(らんし)、また異卉(いき)有り。合歓(ごうかん)に類して蔓生(まんせい)し、水石に轇轕(こうかつ)せり。 
風四山よりして下る毎に大木を振動い、衆草を掩苒(えんぜん)す。紛紅駭緑(ふんこうがいりょく)、蓊葧(おうぼつ)して香気あり。衝濤旋瀬(しょうとうせんらい)、退いて谿谷に貯え、葳蕤(いすい)を揺颺(ようよう)して、時と与(とも)に推移す。その大都(おおむね)此(かく)の如し。余以ってその状を窮むる無し。永の人未だ嘗て遊ばず。余これを得て、敢て専らにせず。出して世に伝う。その地世々袁氏を主とす。故に以って名づく。


支流 反流とするテキストもある。 高嶂 高い峰。 間廁 混じる。沸白 白く沸き立つ。 蔚然 草木の繁るさま。 枏 ゆずりは。 石楠 しゃくなげ。 楩 くすの木に似た喬木。 櫧 かし。 樟 くす。 柚 ゆず。 蘭芷 蘭とよろいぐさ。 異卉 珍しい草花。 合歓 ねむ。 轇轕 蔽いまつわる。 掩苒 おおいしげる。 紛紅駭緑 乱れる花、さわぐ葉。 蓊葧 さかんなさま。 衝濤旋瀬 突き当たる波と渦巻く瀬。 葳蕤 草木の盛んなさま。 揺颺揺り動かす。

袁家渇の記
 冉渓から西南に水上を行くこと十里の間に山水の見るべきところ五カ所だが、鈷潭に勝るものは無い。渓の入り口から西に陸路を取って見るべき所は八、九カ所あるが西山に勝るものは無い。朝陽巌から東南に水路をたどると蕪江に着く、その間に見所は三つだが、袁家渇が最もよろしい。皆永州の中で奥深く美しい所である。
 楚や越の方言で川の支流となっているものを渇という。音は衣褐の褐と同じである。渇の上流は南館の高い峰に発し、下流は百家瀬に合流する。その間には重なる洲、小さな渓谷、澄みきった淵、や渚が入り混じり折れ曲がっている。なだらかなところは深い墨色、早瀬は白く沸き立って見え、舟で行きどまりかと見えて、たちまち果てしなく続く。
 小さな山が流れの中に突き出ている。山は全て美しい岩で、上に草を生やしている。それは冬も夏も青々と茂り、その傍らに洞穴が多く、下には白い小石が敷き詰められている。あたりの樹木は、かえで・ゆずりは。しゃくなげ・くす・かし・くす・ゆず等で草は蘭とよろいぐさそのほか珍しい草花がある。またねむに似て蔓になって水石につわり付いているものもある。
 風が四方の山から吹き降ろすたびに、大木を揺らし、あらゆる草をなびかす。乱れる花、さわぐ葉が盛んに香気を放つ。突き当たる波と渦巻く瀬は押し戻されて谷に貯まり草の茂みを揺り動かして、時につれて移り変わる。その概ねはこのようであるが、私にはその全てを記すことはできない。
 永の人は未だここに遊んだことが無い。私はここを見つけたが、敢て独占せずに世間に伝える。この地は代々袁氏の地であるから、こう名付けた。

唐宗八家文 柳宗元 (四) 小丘の西小石潭に至るの記

2015-02-10 10:48:46 | 唐宋八家文
從小丘西行百二十歩、隔篁竹聞水聲。如鳴珮環。心樂之。伐竹取道、下見小潭。水尤冽、全石以爲底。近岸巻石底以出、爲坻爲嶼、爲□爲巖樹翠蔓、蒙絡搖綴、參差披拂。
 潭中魚可百許頭、皆若空游無所依。日光下、影布石上。怡然不動、俶爾遠逝。往來翕忽、似與游者相樂。潭西南而望、斗折蛇行、明滅可見。其岸勢犬牙差互、不可知其源。
 坐潭上、四面竹樹環合、寂寥無人。凄神寒骨、悄愴幽邃。以其境過、不可久居。乃記之而去。同遊者、呉武陵龔古余弟宗玄。隷而從者、崔氏二小生、曰怒己、曰奉壹。  □山偏に甚。

小丘の西小石潭に至るの記
 小丘より西に行くこと百二十歩、篁竹(こうちく)を隔てて水声を聞く。珮環(はいかん)を鳴らすが如し。心にこれを楽しむ。竹を伐(き)りて道を取り、下りて小潭を見る。水は尤も清冽にして、全て石もて底と為す。岸に近き巻石(けんせき)、底より以って出で、坻(ち)と為り嶼(しょ)と為り、□(かん)となり、巌(がん)と為る。青樹翠蔓(すいまん)、蒙絡(もうらく)として搖綴(ようてい)し、参差(しんし)として披払(ひふつ)す。
 潭中の魚百頭許(ばか)り、皆空に遊んで依る所無きが若し。日光下り(とお)り、影石上に布(し)く。怡然(いぜん)として動かず、俶爾(しゅくじ)として遠く逝く。往来翕忽(きゅうこつ)として、遊ぶ者と相楽しむに似たり。
 潭の西南より望めば、斗折(とせつ)し蛇行して、明滅見るべし、その岸勢、犬牙(けんが)と差互(さご)して、その源を知るべからず。潭上に坐すれば、四面に竹樹環(めぐ)り合い、寂寥として人無し。神(しん)を凄(いた)ましめ骨を寒うせしめて、悄愴(しょうそう)たる幽邃(ゆうすい)なり。その境清らかに過ぐるを以って、久しく居るべからず。乃ちこれを記して去る。
 同(とも)に遊ぶ者は、呉武陵・龔古(きょうこ)、余が弟宗玄。隷(とも)して従う者は、崔氏の二小生、怒己(じょき)と奉壹(ほういつ)と曰う。


篁竹 竹やぶ。 珮環 佩び玉。 巻石 拳石、こぶし大の石。 坻 中洲。 嶼 島。 かん巌 山が険しいさま。 翠蔓 みどりの蔓。 蒙絡 からみ合う。 搖綴 枝葉が揺れ動くこと。 参差 長短入り混じる。 披払 風になびく。 怡然 素直なさま。 俶爾 急に動くさま。 翕忽 早いさま。 斗折蛇行 折れ曲がること。 神凄 心が寒い。 悄愴 さびしいさま。 幽邃 静かで奥深いこと。 隷 従う者。 呉武陵 同じく永州に流されていた。 龔古 未詳。 弟 従弟。 崔氏 姉の夫崔簡。

 小さな丘より西に百二十歩行くと竹やぶの向こうから水音が聞こえ、まるで佩び環が鳴るようである。心地よくこれを楽しむ。竹を伐って道を開き、そこを下ると小さな潭(ふち)が見える。水はとりわけ清冽で、水底は石で敷きつめられている。岸に近い所ではこぶしほどの石が積み重なって水面に出て、中洲となり小島となり、岩山となり、崖となっている。青い樹、緑の蔓が絡み合い揺れ動いて不揃いに揺れている。潭の中には魚が百匹ばかり、まるで空に浮かんでいるようにあてもなく身をまかせている。日の光が差し込んで石の上に魚の影を写す。じっとして動かなかったり、急に向こうに行ったりする。せわしなく往き来して、この淵に遊ぶ者と一緒に楽しんでいるかのようである。潭の西南から眺めると、折れ曲がり蛇行しており、見え隠れして岸の形は犬の牙のように不揃いで、流れの源はわからない。
 潭のほとりに坐ると、四方は竹や樹木がとりまいてひっそりとして人影もない。心が震え、骨身にしみるほどのさびしく奥深い所で、その清らかさに、長く留まっていることができない。それでこの文章を記して帰る。
 共に遊んだ者は呉武陵、龔古、私の弟の宗玄。共をしてついて来た者は、崔氏の若者、怒己と奉壹の二人である。

唐宗八家文 柳宗元 (三) 鈷潭の西の小丘の記

2015-02-05 10:00:00 | 唐宋八家文
得西山後八日、尋山口西北道二百歩、又得鈷潭。潭西二十五歩、當湍而浚者、爲魚梁。梁之上有丘焉、生竹樹。其石之突怒偃蹇、負土而出、爭爲奇状者、殆不可數。其嶔然相累而下者、若牛馬之飮于溪、其衝然角列而上者、若熊羆之登于山。丘之小不能一畝、可以籠而有之。
 問其主、曰、唐氏之棄地。貨而不售。問其價、曰、止四百。余憐而售之。李深源元克己時同遊、皆大喜出自意外。即更取器用剷刈穢草、伐去惡木、烈火而焚之。嘉木立、美竹露、奇石顯。由其中以望、則山之高、雲之浮、溪之流、鳥獸魚之遨遊、擧熙熙然迴巧獻技、以効茲丘之下。枕席而臥、則冷之状與目謀、瀯瀯之聲與耳謀、悠悠而虛者與神謀、淵然而靜者與心謀。不匝旬而得異地者二。雖古好事之士、或未能至焉。
 噫、以茲丘之勝、致之灃鎬鄠杜、則貴游之士爭買者、日千金而愈不可得。今棄是州也、農夫漁父過而陋之、賈四百、連歳不能售。而我與深源克己獨喜得之。是其果有遭乎。書於石、所以賀茲丘之遭也。

 (三) 鈷潭の西の小丘の記
西山を得て後八日、山口西北の道を尋ぬること二百歩、また鈷潭を得たり。潭の西二十五歩、湍(たん)にして浚(ふか)きものに当たって、魚梁(ぎょりょう)を為(つく)る。梁の上に丘有り、竹樹を生ず。その石の突怒偃蹇(とつどえんけん)して、土を負うて出で、争って奇状を為すものは、殆ど数うべからず。その嶔然(きんぜん)として相累(かさ)なって下るものは、牛馬の渓に飲む若く、その衝然(しょうぜん)として角列して上るものは、熊羆(ゆうひ)の山に登るが若し。丘の小にして一畝なる能わざるは、以って籠(こ)めてこれを有すべし。   その主に問えば曰く「唐氏の棄地(きち)なり。貸して售(う)れず」と。その価を問えば、曰く「止(た)だ四百のみ」と。余憐れんでこれを售(か)う。李深源・元克己時に同じく遊び、皆大いに喜ぶこと意外より出ず。即ち更々(こもごも)器用を取って、穢草(あいそう)を剷刈(さんがい)し、悪木を伐去し、火を烈(もや)してこれを焚く。嘉木立ち、美竹露(あらわ)れ奇石顕(あらわ)る。
 その中より以って望めば則ち山の高き、雲の浮かべる、渓(たに)の流るる、鳥獣魚の遨遊(ごうゆう)せる、挙(みな)熙熙然(ききぜん)として巧を迴らし技を献じ、以って茲(こ)の丘の下に効(いた)す。枕席(ちんせき)して臥せば、則ち清冷の状目と謀り、瀯瀯(えいえい)の声耳と謀り、悠然として虚(きょ)なるものは紳(しん)と謀り、淵然として静なるものは心と謀る。匝旬(そうじゅん)ならずして異地を得るもの二なり。古の事を好むの士と雖も或いは未だ至ること能わず。
 噫、茲の丘の勝を以って、これを灃(ほう)・鎬(こう)・鄠(こ)・杜(と)に致さば、則ち貴游(きゆう)の士、争い買う者、日に千金を増すとも、而も愈々得べからざらん。今是(こ)の州に棄てらるるや、農夫・漁父も過ぎてこれを陋(いや)しとし、賈(あたい)四百すら連歳售ること能わず。而して我と深源・克己と独りこれを得るを喜ぶ。是れそれ果たして遭うこと有るか。石に書するは、茲の丘の遭うを賀
する所以なり。
 

湍 はやせ、急流。 浚 深い。 魚梁 やな。 突怒偃蹇 ごつごつ突き出る。 嶔然 そびえるさま。 衝然 突き出ているさま。
 貨 売る。 售 売る(買う)。 器用 有用な器物。 穢草 雑草。 剷刈 削り刈る。 遨遊 遊ぶ。 熙熙 和み楽しむ。 効す あらわれる。 枕席 寝床。 謀 一致する。 瀯瀯 水の流れる音。 神 精神。 淵然 深いさま。 匝旬 十日。 灃・鎬・鄠・杜 都近郊の景勝地。 貴游 王侯の子弟で無官の者。
 

 西山に登ってから八日後、山の入り口の道を西北にたどること二百歩、また鈷潭に着いた。そこから西に二十五歩の所で急流になって深くなった所に梁を作った。その上に丘があり、竹や樹が生えている。岩が突き立ち聳えて土を背にして出て奇異の姿を競っているものは数知れず、その中で切り立ち重なりあって下に向いているものは牛や馬が水を飲んでいるようであり、突き出て角ばって上に向いている岩は熊が山に登るようである。丘の小さくて一畝に満たないものは一まとめで所有できる。その持ち主に聞くと「唐氏の遺した土地で売りに出しているが売れない」と言う。その値段を聞くと「たった四百文」と言う。私は気の毒に思ってこの丘を買い取った。李深源・元克己が同行していたが、意外に安いので皆大喜びであった。それぞれ道具を取って雑草を削り刈り取り、雑木を伐採してこれを燃やした。すると立派な樹が露わになり、美しい竹、珍しい石が現れた。
 そこから眺めると、山の高い姿、雲の浮かぶ様、渓の流れ、生き物の悠然と遊ぶさま、すべてが和み楽しんで、天然の巧を廻らし、技を凝らして、この丘のもとに現わした。横になれば清らかなさまは目に適い、水の音は耳に適い、悠然とした大空は精神と適い、深く静かな様はわが心と適う。十日ならずしてこの地を二つも手に入れた。古今の好事家といえども、ここまでできた者は居ないであろう。
 ああ、この丘の景色を都の近辺の灃・鎬・鄠・杜の地に移したならば貴顕の子弟が競って買い日に千金づつ値をあげて、それでも手に入れることができないだろう。ところがこの永州にあって見捨てられ、農夫や漁父もつまらぬ土地だとし、四百銭ですら何年も売ることができなかった。私と李深源と元克己だけがこの地を手に入れて喜んでいる。これこそこの地がふさわしい持ち主に巡り会ったということであろう。石に刻んで残すのはこの丘に遭ったことを祝うためである。