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成長する国 沈む国(その1)
2018年06月28日
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大手投資銀行のストラテジストのルチル・シャルマ氏(インド人)の「シャルマの未来予測:これから成長する国 沈む国」という本、おもしろかったです。長くなってしまったので、3回にわけて連載します。
思いつきや印象論ではなく、さまざまな要素を計量的に分析し、数年後の各国の経済成長を予測するのが、シャルマ氏の手法です。私は「100年予測」とか「2050年の世界」みたいな将来予測はまったく信用しません。20年後や50年後の予測で信頼できるのは人口動態だけです。統計データを見ながら「数年後(5~10年後)しか予測しない」という点が、シャルマ氏のすぐれた点です。
たとえば、米国情報機関が2000年12月に「グローバルトレンド2015」という将来予測の報告書を出しました。CIAはじめ米国の情報機関が総力をあげて書き上げた報告書ですが、イスラム原理主義テロを軽視し、アフリカやロシアの経済予測も外し、シェールガス革命も想定外でした。当たっていたのは、アメリカが超大国であり続ける点や中国の経済成長といった予測でしたが、その程度は誰でも予測できます。
米国政府が総力を結集した15年後の予測がほとんどあてにならないのなら、個人や企業が10年後を予測するのは無意味です(アタマの体操には役立つでしょうが)。私もシャルマ氏に激しく同意し、3~5年後を予測して行動計画を立てるのが賢明だと思います。
シャルマ氏は長年の分析経験を踏まえ、環境の重要な変化を見失わないための10の評価基準を定めます。その10の基準を見て、ある国が発展に向かっているのか、衰退へ向かっているのかを判定します。
1.人口構成(生産年齢構成)
1960年以降、世界経済は年平均3.5%の成長を達成しました。そのうち半分は労働力人口(労働時間)の増加によるものです。労働力人口の伸びは重要な指標です。
日本や欧州の先進国が低成長に苦しんでいるのも、人口減少でかなりの程度は説明できます。移民が多くて出生率も高水準の米国は、引き続き成長する可能性が高いといえます。他方、人口減少局面に入った中国経済も低成長を余儀なくされる可能性は高いといえます。中国は数年前に「人口オーナス」期に突入しています。まだ一人当たりGDPが1万ドル台なので成長余地はありますが、それでも人口オーナスなので伸びは低くなるはずです。
他方、人口が増えれば、自動的に経済が成長するわけではありません。十分な投資や雇用がないのに人口だけ増えると、貧困や飢餓の原因になります。1960年代、1970年代にアフリカやインドでは人口が爆発的に増えましたが、飢餓や貧困、内戦という悲惨な結果を招きました。若年人口が多くて失業率が高いという状況が、アラブの春を呼びました(そして「アラブの春」はおおむね失敗し、混乱を招いただけでした)。専門家の多くは「アラブの春はSNSが招いた」などという薄っぺらな言説には惑わされず、「アラブの春は若年失業率の高さが主因」という判断に傾いています。
そして足元の日本のことを考えると、日本経済の成長のためには、人口減少下でも労働力人口を増やす政策が必要です。女性と高齢者の活用がもっとも効果的な政策です。一部のエコノミストや経済団体は移民政策を推奨しますが、私は個人的には移民受け入れには慎重です。
むしろ日本では、ロボットやAIに投資し省力化を進め、一人当たり生産性を高めるべきだと思います。2013年のマイケル・オズボーン氏他の研究以来「AIでなくなる仕事」みたいな記事をよく見ますが、おそらくAIでなくなる仕事がある一方で、AIで生まれる仕事もあり、最終的にはそれほど雇用状況は悪化しない気がします。現状を見ると、先進国でもっとも工業用ロボットを導入している日本やドイツでは製造業の雇用が比較的守られていますが、ロボット導入に慎重な国の方が製造業の雇用が減少しています。AIやロボットに反対する現代版ラッダイト運動は賢明ではないでしょう。
2.政治サイクル
経済成長に政治指導者が与える影響は大きいとシャルマ氏はいいます。しかし、真の改革者はめったにいないそうです。しかし、持続的な改革を成功させる可能性が高い改革者を見分ける3つの法則があるそうです。
(1)ベテランの指導者より、新進気鋭の指導者
(2)有能な官僚を従えた指導者より、大衆の支持を得ている指導者
(3)独裁的な指導者より、民主的な指導者
世界各国の事例を分析した結果の法則だそうです。
他方、一度は成功した改革者が、長く権力の座にいるうちに腐敗してしまう事例も多くみられます。ロシアのプーチン、トルコのエルドアン等は、政権の座についた当初は改革を進め、経済を成長させることに成功しました。しかし、経済政策で成功し、権力基盤を固めた後は、どんどん独裁化と腐敗が進みます。重要な改革が実現する可能性は、1期目がいちばん高く、2期目は次第に低下し、それ以降はほとんど期待できないそうです。唯一の例外はシンガポールのリー・クアンユーでした。シャルマ氏は次のようにいいます。
政治家が歴史に名を残したいなら、立派な業績を達成した後ですぐに引退することだ。
示唆に富んだ言葉だと思います。
また、成功した政治指導者には2つの属性があるそうです。
(1)国民の幅広い支持
(2)経済改革への確かな理解、あるいは、経済改革の専門家に権限を委譲する強い意志
政治指導者自身が専門家でなくても、専門家に権限を委譲する強い意志があれば十分ということでもあります。
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