【大阪・関西万博】:費用13兆円の矛盾、吉村知事「要望書」が示す欺瞞と懸念
『漂流する日本の羅針盤を目指:【大阪・関西万博】:費用13兆円の矛盾、吉村知事「要望書」が示す欺瞞と懸念
大阪・関西万博が4月13日に開幕し、連日多くの来場者が訪れている。一方、開催にあたっての関連費用は13兆円に達するとされ、当初想定の倍近い会場建設費や、広域インフラ整備までが「万博の名の下」に推進されている。だが、そこに経済合理性や巨額の投資に見合うリターンは本当にあるのか。元プレジデント編集長の小倉 健一氏は、合理性なき熱狂の代償は、万博後に一気に表面化するかもしれないと警鐘を鳴らす。
13日の開幕からおよそ10日間を過ぎた関西万博(写真:筆者撮影)(ビジネス+IT)
◆万博後の懸念を感じさせる重要な証拠
2021年7月、大阪府、大阪市、関西広域連合、そして関西の主要経済団体らが連名で国に提出した「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)関連事業に関する要望」という文書が存在する。
当時の大阪府知事・吉村洋文氏、大阪市長・松井一郎氏(当時・大阪維新の会所属)らが名を連ねたこの文書は、万博推進派が現在振りまいている主張について、万博後の懸念を感じさせる重要な証拠である。
現在、万博関連費用は13兆円を超えており、その巨額さが批判の的となると、維新関係者や読売新聞など一部メディアは「万博と直接関係のない事業費が含まれている」「四国の道路整備などは万博費用ではない」と言い逃れを始めている。
しかし、この要望書の存在は、その言い逃れを「粉砕」してしまうことになる。彼らは自らの手で、会場周辺インフラに留まらず、関西一円、果ては中国・四国地方にまで及ぶ膨大な数の道路、港湾、鉄道、河川等の整備事業を「万博関連事業」と明確に位置づけ、国にその実施と財源措置を強く要求していたのだ。
批判があった「健活10ダンス」も大阪万博関連事業だ(筆者が大阪府庁に直接取材をして確認済み)。
◆「万博のため」の予算が別物扱いという自己矛盾
自分たちで「万博のため」と定義し予算を要求しておきながら、都合が悪くなると「あれは別物だ」と言い出す。この責任転嫁、自己矛盾は、万博計画がいかに当初からずさんで、政治的な思惑によって肥大化してきたかを物語っている。
万博は、純粋な国際イベントではなく、関西、いや日本全体の公共事業予算を獲得するための、壮大な「口実」として利用された疑いが濃厚なのである。少なくとも13兆円の投資がある前提で、投資をした企業は多い。
この要望書は、万博を「ポストコロナにおける成長・発展の起爆剤」「世界の課題解決を促す処方箋」と持ち上げる。だが、その根拠はどこにあるのか。示されるのは「やってみなはれ」の精神論、「未来社会の実験場」という空虚なスローガン、「新たな価値観やイノベーションの創出」といった具体性のない期待ばかりである。
マッシアーニ論文(注1)がメガイベント評価の文脈で繰り返し警告してきた、代替効果(万博がなくても使われたであろうお金)や機会費用(万博に使わなければ他に回せた税金)といった、経済合理性を測る上で不可欠な視点は完全に欠落している。
注1:ジャン=バティスト・マッシアーニ著『このイベントは経済にどれだけ利益をもたらすのか?──経済効果評価のためのチェックリストとミラノ万博2015への適用』(2020年、ミラノ・ビコッカ大学) How Much Will this Event Benefit Our Economy? A Checklist for Economic Impact Assessments with Application to Milan 2015 Expo
本論文は、メガイベントの経済効果評価(Economic Impact Assessment, EIA)に関する方法論的な問題点を抽出し、それを体系的に点検するためのチェックリストを提示し、イタリアで開催されたミラノ万博2015およびトリノ五輪2006に関する4つのEIA研究に適用した実証的な検討である
バラ色の未来像だけを描き、その実現のためにインフラ整備からソフト事業に至るまで、あらゆる分野での公的支援を要求する「願望リスト」だ。
◆北陸新幹線「金沢延伸」が暗示する厳しすぎる未来
そして、この「願望リスト」がもたらす未来を暗示するのが、北陸新幹線金沢延伸の事例である。金沢延伸によって、観光客が増加し、一定の経済波及効果(日本政策投資銀行試算で678億円)があったと主張されている。
しかし、その内実は決して手放しで喜べるものではない。効果は主に観光需要の増加に偏り、しかも金沢市内ではホテルの客室数が急増した一方で、宿泊者数の伸びはそれに追いつかず、2023年の宿泊稼働率は平均31.7%という低水準に喘いでいた。
これは、需要予測の甘さと過剰な設備投資が招いた、典型的な供給過剰の状態である。企業は新幹線延伸というポジティブなニュースに踊らされ、期待感から投資を拡大したが、現実は厳しい競争と稼働率の低下に見舞われている。今後、トランプ関税による円高、不景気がきたら、さらに混迷は深まりそうだ。
万博においても、同様の事態が起こらないと誰が断言できようか。推進派が煽る「経済効果2.9兆円」という数字を鵜呑みにし、企業が過剰な期待から投資を拡大している可能性は高く、万博閉幕後の需要減退とともに、深刻な供給過剰と経営悪化を招く危険性はないのか。これが「万博後の懸念」の第一幕である。
◆大阪万博の「本当の」費用対効果は?
しっかり直視しなければならないのは、費用対効果の問題だ。北陸新幹線の金沢~敦賀間の建設費用は、当初見積もりの約8,968億円から、最終的に約1兆6,779億円へと、実に1.87倍にも膨れ上がった。
労務単価や資材費の高騰、難工事などが理由とされるが、当初計画の甘さは明らかである。国土交通省は当初、費用対効果(B/C比)を1.0(費用と便益が同等)としていた。しかし、これほど建設費が膨らめば、実際のB/C比が1.0を下回る、つまり投じた費用に見合う便益が得られない可能性が高い。
敦賀~新大阪間の延伸計画に至っては、建設費が約3.9兆円に倍増し、B/C比が0.5程度に低下する可能性すら指摘されている。
巨額の税金を投入しながら、その費用に見合うリターンが得られない。これもまた、万博計画が辿るであろう道筋を暗示している。
大阪万博の会場建設費は既に当初の1,250億円から2,350億円へと約1.9倍に膨れ上がっている。関連費用全体では、13兆円という途方もない数字だ。これだけのコストをかけて、果たして費用に見合う真の便益(代替効果や機会費用を考慮した純便益)が得られるのか。
◆万博後の悪夢「第二幕」とは
北陸新幹線の事例を見る限り、極めて悲観的と言わざるを得ない。これが「万博後の懸念」の第二幕、すなわち巨額の公費負担と低いリターンという悪夢である。
万博推進派は、経済効果という数字のマジックを駆使し、企業の期待感を煽り立てる。しかし、その数字がいかに信頼性に欠けるかは、マッシアーニ論文のチェックリストに照らせば明白だ。透明性は欠如し、代替効果や機会費用は無視され、コストは過小評価され、負の側面は語られない。
アジア太平洋研究所(APIR)のような推進派のレポートですら、「供給制約がない前提」という非現実性を自ら認めている始末だ。
このような根拠薄弱なポジティブ情報だけを信じ、万博後のリスクを直視しなければ、金沢のホテル業界が直面したような供給過剰、そして北陸新幹線が見舞われたような費用対効果の悪化という二重の苦しみに、大阪・関西、いや日本全体が苛まれることになるだろう。
維新が主導し、国と経済界が一体となって推進するこの巨大プロジェクトは、万博関連事業の要望書が示すように、当初から万博に名を借りた公共事業予算獲得という側面を色濃く持っていた。
そして、その計画は、費用対効果の厳密な検証やリスク評価を欠いたまま、楽観論に基づいて肥大化し続けている。ポジティブなニュースだけを強調し、企業の期待を高めるだけ高めてしまう。その熱狂が冷めた時、後に残るのは、過剰なインフラと巨額の負債、そして投じた税金に見合わないわずかな便益かもしれない。
北陸新幹線の事例は、決して他人事ではない。大阪万博の推進者たちは、今一度立ち止まり、金沢の現状と、自らが国に提出した要望書の内容を真摯に顧みるべきである。
■執筆:ITOMOS研究所所長 小倉 健一
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元稿:ビジネス+IT 主要ニュース 社会 【話題・大阪・関西万博】 2025年04月23日 07:10:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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