京都は子供の頃から大好きで数えきれない程来たが、不思議と京都の
メインストリートの前にあるだけに車窓からは毎回見るが、
一度も足を踏み込んでいなかったのが、東西の本願寺さんだ。
今回、たまたま西本願寺から歩いて数分のリーガロイヤルホテルに泊まったので、
習性に成った早朝散歩で西本願寺に行って来た。
龍谷山本願寺(西本願寺)は、すべてのものが、阿弥陀如来の本願によって
数われる念仏の教えを説く、宗祖「親鸞聖人」によって開かれた
浄土真宗本願寺派の本山で通称「西本願寺」と言われている。
当初、本願寺の親鸞聖人の廟所(墓地)のあった京都東山の大谷に
創建された。その後、山科、大坂(大阪)など各地に寺地を移したが
天正19年(1591年)豊臣秀吉によりこの地の寄進を受け現在に至っている。
重要文化財御影堂門から世界遺産の本願寺へ行る。
伽藍は移転後ただちに整備され、寛永10年(1633年)頃には
ほぼ今日に近い姿になった。この御影堂や隣りの阿弥陀堂はともに
国宝に指定され、世界最大級の木造建築だ。
御影堂の中では、早朝の説教が僧侶により行われていた。
立ち止まってちょっと聞いていたら、かなり生々しい話をしていた。
世界の平和とかその中での生き方とか。
御影堂から阿弥陀堂へつながる大きくて重厚な廊下を歩いて行く。
お堂には清々しい朝日が注ぎ本当に気持が良い。これは
どこにいっても早朝散歩のご褒美だ。
国宝阿弥陀堂も御影堂と同じ位広い。ここに本尊の阿弥陀如来が
安置されている。西本願寺は地元では別名「お西さん」と呼ばれている。
安穏殿と重要文化財の経蔵。経蔵は天海僧正の開版による
「一切経(大蔵経)」が納められている。
重要文化財の阿弥陀堂門。国宝唐門と同じ様に門の破風、
扉などが全て飾られてとても豪華に見える。
御影堂門から堀川通(国道一号線)を超えて、1つポツンと建っているのが
重要文化財の総門。この門だけ離れて孤立しているのになぜか存在感がある。
西本願寺を興正寺の門を通っている北小路通。両寺院の築地塀が
どこまでも続き京の風情がここにも流れている。この小路を女子学生が
通学しているのを見ると永遠の空間の中に日常生活が
入ってきて不思議な気持ちになる。
西本願寺の南面北小路通を奥に入っていくと国宝の唐門がある。
桃山時代の豪華な装飾彫刻が充満しその見事さから、日暮し門と呼ばれている。
この門の隣りには大玄関門がありそこを入ると国宝の書院がある。
西本願寺といえば忘れてはならないのが京の三閣(金閣、銀閣)と
言われている飛雲閣(国宝)、秀吉が建てた聚楽第の一部とも言われており
三層からなる楼閣建築だ。残念ながら平成32年3月まで修復中で見ることができない。
西本願寺の南下った隣りにあるのが真宗興正派の本山興正寺。
今まではこの寺も西本願寺だと思い込んでいた。今回歩いてみた
違う真宗のお寺だと分かり、ある意味ビックリした。
興正寺の創建は、鎌倉時代にさかのぼり、京都の東、山科の地に
建立されたと伝えられている。室町時代蓮教上人は本願寺蓮如来上人と
歩みを供にし、再び山科に興正寺を興した。その後は本願寺と歩調を合わせ、
度重なる移転にも行動を共にした、そして桃山時代に本願寺とともに現在の地に来た。
これが本山興正寺の山門と本堂。