スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

そら豆と新たまねぎのかき揚げ ~その4~

2021-05-17 06:29:08 | 料理

今回初めて料理のブログ掲載を前提として3つの料理をしてみましたが、

3つ互々ポイントポイントの写真が抜けてしまい荒っぽいレシピになってしまう為、

とりあえずマアマアまともに撮れたこのレシピをアップすることにしました。

料理をする方はわかると思いますが、仕込みの段階は良いのですが、

一斉に焼く、煮る、炒める、茹でる、揚げる、和える、蒸すなど

火を使って仕上げる時は瞬間芸になるので、やりながら1人で写真を撮るのは結構混乱してしまう。

ブログ用の料理レシピは当面簡単なものが良いことが今回わかった。

 

 

 

それでは「そら豆と新たまねぎのかき揚げ」を紹介します。

このレシピはYAHOOレシピからのものです。

この料理の自己評価点は85点です。

材料(4人分)

・ソラマメ:150g(さやをむいたもの)

・新たまねぎ:1/2コ

・帆立貝(生食用・茹・解凍):約150g

(本当は小柱ですが今回は無かったので帆立貝で代用)

(衣)

・卵:1コ

・冷水:適量

・塩:適量

・薄力粉:適量

・サラダ油:適量

帆立貝を小柱ほどの大きさに細かく切り分ける。

上の写真は帆立貝のビフォーアフターです。

ソラマメは塩茹でして薄皮をむいておきます。

新たまねぎは薄切りにしておきます。

新たまねぎは水々しくおいしいですよネ。

我が家では、さいしん生きがい大学以来、淡路島のふるさと納税で新たまねぎを取り寄せています。

ソラマメ、新たまねぎ、帆立、それぞれの仕込みが終わったところです。

次に衣を作ります。

ボウルに冷水と卵を合わせ薄力粉を加えてさっくりと混ぜます。

ソラマメと新たまねぎ、帆立貝に薄力粉少々をまぶし、衣を加えます。

フライパン(最近は揚げ物もフライパンを使ってしまっています)に

サラダ油を180℃に熱し上記を新兵器に入れ油の中に流し込んで

形が固まるまでチョット置いて引き上げる。

そして両面返しながらカラリと揚げます。

完成です。

とても美味しそうにできましたよネ。

これをお好みで塩または天つゆでいただきます。

とても簡単でしかも旨い。

天ぷらの中でもかき揚げは色々な組合せができ、しかも美味しい好きな料理です。

春の香りが広がる旬な組合せで季節を大いに感じてみましょう。

最後にこの日の為に買ってきた、かき揚げの形を整え上手に揚げる新兵器の道具を紹介します。

料理道具屋で2種類ありましたが、迷った挙句、

上手にできるのがわかっていた2,000円+消費税の高い方を買ってきてしまいました。

これもブログのプレッシャーの為せる技です。

 

 

コメント

浦和エリア旨い店シリーズ ~その535~

2021-05-15 06:25:36 | 食~その他

仙台牛たん みやぎ(浦和伊勢丹店7階)

さいたま市浦和区高砂1-15-1

TEL 048-814-4129(直通)

浦和伊勢丹7階のイートパラダイスに入っていた

釜飯を売りにしていた「いっさい」(2018-4-16付ブログ参照)が閉店した後、

しばらく空いていた店に3月24日に牛たん屋さんがオープンした。

この空店期間が長かったので伊勢丹たるもの何を考えて、

どんなジャンルの店を入れてくるのか楽しみに想像していたが、見事に外れてしまった。

最近のお店はほとんどショーケースを置く所は無くなったが、

デパートの伊勢丹では全ての店にショーケースが設置してある。

これは当然お客サービスの便宣を図る為の決め事なのだろうが、

昔に比べてずっと新鮮に感じてしまうから不思議だ。

当店のショーケースをじっくり見ても目新しいものは何もない。

せっかく新規出店したのだからもうちょっと工夫してアピールしてもよいのではと思ってしまう。

入口の横には牛たんのお持ち帰り用の冷蔵庫が置いてある。

オープン記念特別価格が売られているとか。(特上牛たん150g2,160円 税込)。

他に青唐辛子の南蛮味噌漬け100g615円(税込)も販売していた。

7種のランチメニュー。

オーソドックスな「牛たんランチ」1,848円(税込)とちょっとお高め。

それ以外に「牛たん味比べランチ」1,958円(税込)、

「特上牛たんと特上和牛焼きランチ」2,563円(税込)、「牛たんと牛たんシチューランチ」1,958円(税込)、

「特上和牛焼きランチ」2,838円(税込)、「みやぎ豚と野菜のせいろ蒸しランチ」1,540円(税込)、

「みやぎ豚の肩ロースランチ」1,320円(税込)がある。

尚、麦めしのおかわりは無料になっている。

みやぎのデザートとして宮城名物のずんだもち税込398円と、

ずんだもちバニラアイス添え税込605円が目に付いた。

ずんだもちはすりつぶした枝豆を餡に用いる餡菓子で

南東北の特に宮城県を中心にした地域の郷土菓子だ。

店内は全部で46席。

オープンしたてだから当然だが全てが新しく、それだけで気持ちが良い。

仙台牛たんのみやぎは伊勢丹立川店、

とんかつ伊達かつとして池袋東武店、グランデュオ立川店にも入店している。

浦和パルコの青葉苑も同じ系列だ。

ということは浦和駅の東西駅前に牛たん店を展開していることになる。

これはプラスになるのかマイナスなのか正直判断が迷うが、

当店としては当然大プラスとして決断したのだろう。

店内の壁には5つの売り、即ち厳選された風味豊かな和牛、

秘伝の熟成製法で仕上げ丁寧に焼き上げた牛たん、

国産の米と押し麦を使用した麦めし、

群馬県太田市からブランドやま芋だけを厳選したとろろ、

牛テールのうま味たっぷりのテールスープの看板が掛かっている。

7つのランチメニューから奮発して「牛たん味比べランチ」を選択。

牛たん焼きはもろみ醤油と塩の味比べ。

仙台麩の煮物、とろろ、麦めし、テールスープ、青菜漬け(青唐辛子の漬物)。

厚切り牛たんを醤油味と塩味で食べ比べできるのは楽しい。

本場仙台で牛たんは4回食べたが、やはり出先の店よりは一味も二味も美味しかった気がする。

テールスープの中のテール肉と牛たんと相性抜群の麦めし。

 

コメント

オリムピック・スタッフ 都賀ゴルフコース

2021-05-14 06:22:22 | ゴルフコース

http://www.olympicstaff-tsuga-gc.jp/

東北自動車道栃木ICから約8分。

平成5年10月開場。

いわゆるバブル期に多くできたゴルフ場の一つだ。

クラブハウスは他のゴルフ場ではあまり見ない。

斬新な意匠デザインの建物で暖色系のカラーをベースにした個性的クラブハウス。

 

クラブハウスに入ってもフロント、ロビーの空間は開放的であたたかみを感じる。

ロビーから2階レストランへのアールの階段もなかなか凝っていてお洒落な空間を演出している。

又、登り口の所にある大きな花瓶とグリーンのまんまるな

フェイク植物もインパクトがあり、思わず触ってしまった。

壁のカラーもオレンジ色で地中海風の香りが漂っている。

2階レストランの全景とモーニングメニュー。

気になったのはこのボトルキープの棚だ。

しゃれたお酒屋さんの陳列棚のようだ。

本日のグリーンコンディションと諸注意事項の表示板。

グリーンの速さは9.0フィートとかなり遅い。

当クラブの良さは全日、乗用カートでのフェアウェイの乗り入れプレーが可能であること。

他に距離表示、吹流し、ドラコン・ニアピン推奨ホールなどのインフォメーションがされていた。

練習パッティンググリーンと改めてそこから見た迫力あるクラブハウスの全景。

まるでヨーロッパのお城みたいだ。

INの10番スターティングホール。

まだフェアウェーが白っぽいのは2カ月前(3月10日プレー日)の写真の為です。

当ゴルフコースは丘陵コース18ホールズ、全長6,729ヤード、

ベント1グリーンの造りで設計者はダイ・デザイン社です。

No11の140ヤードのショートコース。

本ゴルフコースからは隣りにプレステージC.Cの東コースがすぐそばに見える。

いつもプレーするプレステージC.Cから見てこのオリムピック・スタッフはとても気にはなっていた。

No13のロングホール。

水・岩・花を配しプレーヤーの心を和ませてくれる優しさを持った造形美が生きている。

No14、谷越えのショートホール。

この写真ではちょっと伝わってこないが眼下に巨大な谷が口を開けて待っている。

まさにグリーンエッジに落ちたボールが下まで転がり落ちてしまった。

午前中最終のNo18ロングホール。

ティーグランドが始まる巨大なクロスバンカー。

以前よりずっと減ったと言っていたが、バンカーとティーグランドの間に枕木の造形美が。

そしてセカンド、サードショット地点にもNo9と平行してコースの横を走る巨大な池が

美しい姿の中に池ポチャが待っている。

いつも楽しみなランチタイム。

特に午前中スコアーが悪いと関心は途中からランチに移ってしまう。

まずはアラカルトメニュー12種で、ビールやアルコールのつまみに必須。

よくオーダーするのはハルピンキャベツ、ゴボウの唐揚げ。

一番人気が親子丼セット1,750円だとか。

おすすめメニューはステーキセット(オーストラリア産)2,200円と他のメニューと比べるとお得感がある。

なんといっても写真付のメニューは選びやすくて良い。

4人で選んだアラカルト、鴨のパストラミ950円。

これ以外は定番のハルピンキャベツ600円とごぼうの唐揚げ700円。

メイン料理は料理長のおすすめ、一番人気という言葉に素直に反応して親子丼セット1,750円。

ネギトロ、鶏の唐揚げ、切り干し大根の煮物の小鉢が付いて豪華版の親子丼ランチだ。

サァー、後半のスタート。

ティーグランドから見たNo1ホールと逆からティーグランドを見た2枚。

四季を通じて緑を絶やさないエバーグリーンのフェアウェイも当コースの魅力の一つだ。

時々各ホールからとても近代的だがコースに馴染んで見えるクラブハウスがとても素敵だ。

このデザインコンセプトを決めるには相当議論があったことでしょう。

左奥に連なっている枕木はまるでインディアンの砦のようで一度見たら忘れられない造形だ。

昔来た時はもっと随所にこの枕木を使ったホールがあったように記憶しているがだいぶ減ったようだ。

No8、172ヤードのショートホール。

とても美しい庭園のようなウットリする風景だが、美しさの影に魔物が住んでいる。

最終のNo9のロングホール。

「安易なコースからは真のゴルフの喜びは得られない」という

ダイ・デザイン社のコンセプトが見事に演出された18ホールズ。

すべてのホールでボールを落とすポイントが決められていて、

そのターゲットは設計者のこうした意図をいち早く見出して、

自分なりのルートで攻めなければスコアはまとまらないとこのコースは語っている。

 

 

 

 

コメント

京都の街あれこれ PARTⅤ

2021-05-13 05:52:47 | 旅 ~国内

3月17日からスタートした京都シリーズ、

前編の梅の時期が21作、後編の桜の時期が23作、

合計44作アップが本日最終版となりました。

約2ヶ月弱、京都の街をなるべく奥深く入りながら楽しみたいという旅が終わろうとしています。

2日目の夜は二条城の桜まつりネイキッドフラワーズのライトアップを見ようと

PM7:30頃に二条城に来たらご覧のような人・人・人。

しかも若い人の群れ。

聞いてみると入場するのに45分~1時間待ちだとか。

コロナ禍でインバウンド客もいないのに二条城だけは別世界であった。

とても待つ体力と気力もなくすぐ諦めた。

京都といえば「いけず(意地悪)」で街中にはこのようないけず石が大量に置かれている。

行けずの石というのは基本的には京都の古い町の町家の敷地に置かれている石のこと。

これによって車などが家の外壁などにぶつかるリスクを減らす京都の人が考えた知恵らしい。

二条城に来る間、タクシーの運転手さんといけず石の曲者さについて漫才のような本当の話を聞いた。

この写真の石も運転手さんが教えてくれたもの。

因みにこの交差点のあと二ヶ所にもいけず石があった。

京都市左京区岡崎にある日本の古美術を中心とした細見美術館。

大阪で毛織物で財を成した実業家・細見家三代が収集した東洋古美術品を展示している。

開館は平成10年であった。

この美術館は別名「琳派美術館」といわれる通り、

伊藤若冲や酒井抱一などの江戸琳派の作が多い。

尚、設計は大江匡で京都の町家のモチーフを取り入れた現代建築で建築業協会賞を受賞している。

ロームシアター京都は左京区岡崎最勝寺町、

細見美術館の前にあるコンサートホールで正式名称は京都会館。

設計は前川國男で昭和35年に開館した。

2012年よりネーミングライツ(命名権)で現名称に改称した。

ロームシアターの前にある京都市勧業館(通称みやこめっせ)。

1996年(平成8年)に建てられた建物は川崎清の設計で平安建都1200年記念事業の一つとして建設された。

館内は常設展示とイベント用の複数の展示場、会議室などがあり、延べ面積は京都府最大だ。

岡崎公園を中心としたこのエリアは京都市を代表する総合公園の一つで

いくつもの代表的な施設がある。

京都市美術館、琵琶湖疏水、そして紹介したロームシアター京都、

京都市勧業館みやこめっせ、京都国立近代美術館など様々な文化交流施設が集積している所だ。

大正天皇の結婚を記念して明治36年(1903年)4月に開園した京都市動物園。

東京の上野動物園に次ぐ日本で2番目に古い歴史を持つ。

2009年11月、京都市は「共汗で作る新京都市動物園構想」を発表。

開園以来の全面リニューアルを決定した。

ブロックごとの工事を行い2015年11月にリニューアルオープンをした。

この人気うどん店2店舗の前はよく車で通って、随分賑わっている店があるなー、

くらいの認識しかなかったが、実際来てみるとビックリで

特に山見麺蔵さんは予約OK時間が4時~5時と言われた。

それでは昼食でなくて夕食になってしまうではないか。

片や京うどん生蕎麦のおかきた(岡北)さんも超人気店らしく

両店の相乗効果でいきなりの訪問は全く無理であった。

創業300年、祇園の超人気甘味処の「鍵善良房 四条本店」。

店構えと店内は歴史の香りを感じさせる重厚さが伝わってくるが、

平成10年に建物は新しくなったそうだ。

当店の名物はなんといってもくずきり。

これは必食だ。

今回はおみやげを買いに来ただけだが、この販売スペースにいるだけでも

周囲に目が行ってしまう程、当店の歴史がプンプンする。

https://www.kagizen.co.jp/

京都駅前にある10分の1で復元された平安京羅城門の模型。

羅城門は朱雀大路の南端に建てられた都の正門で、

外国からの便節を迎え入れるなど平安京のシンボルとしてその咸容を誇っていた。

しかし暴風により二度崩壊し980年以降、再建されることはなかった。

その復元は千年の時空を超えて現代に託されている。

この模型は1994年平安建都1200年記念事業として、

宮大工をはじめ京都の職人たちの技術の結集、製作された縮尺10分の1の復元モデルです。

3月17日の京都駅ビルから始まった長い長い京都シリーズも

この京都駅大階段の一番トップに戻って立ってパチリして終了といたします。

約2ヶ月弱の間、京都の梅と桜のブログ特集にお付き合いいただき有難うございました。

この大作は自分の将来の布石の1つとして考えています。

いつかこれが大きな花を開かせてくれることを切に願ってペンを置きます。

 

 

コメント

浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編341~

2021-05-12 06:33:56 | 食~番外編(県外)

志津屋(SIZUYA) 祇園店

京都市栗山区祇園町北側291

TEL 075-532-2052

定休日 無休

営業時間 8:00~

度々お邪魔した京寿司「いづ重」さんで長時間ウエイティングしていたら

アーケードの上に京都でメジャーな有名パン屋さんの看板をたまたま発見。

そこが昭和23年創業した志津屋(SIZUYA)さんの祇園店。

京都3日目、美術館巡りをして近くの有名うどん店に行ったところ、3~4時間待ちとの事。

それでは夕食になってしまうじゃないと即諦め、

そうだ、いづ重隣りの志津屋へ行ってみようと訪問した次第です。

志津屋さんの本社は島津製作所の近く右京区山ノ内五反田町にある。

現在店舗は京都内だけで直営店が22店もある。

志津屋さんには1日約12,000人のお客様が利用しているとの事。

ここ祇園店は祇園花月が近いので芸人さんがよく来店するらしい。

志津屋さん曰く「パンづくりはおいしいが基本。

今身体に良いパンづくりに取り組み健康な食生活を応援している。」

祇園店には16席のイートインコーナーがある。

さすが3日目になるとトータル5万歩歩いた疲れが足にジーンと残り、

このコーナーのソファーに足を放り出したくなってしまった。

他のレストラン、料理屋さんではこんな行儀の悪い仕草はできないが、

ここではなんとなく許される雰囲気であった。

ショーケースには沢山の商品が並んでいる。

志津屋のパンは具がなくてもパンの味で楽しめるほどパンの生地が美味しく、しかも値段が安い。

その中で代表商品の一つが元祖ビーフカツサンド。

創業以来の伝統の味をまもり続けたカツサンドを

特製ソースで仕上げて570円(税込)。

こちらの棚ケースにはオーソドックスなパンが所狭しと並んでいた。

スノーブレンド、たくみ 究極のぶどうパンなどの食パン。

ラスク、桜あんぱん、りんごのパニエ、ビーフカレーパン、デリカクロワッサン、

オニオン&ベーコン、ベーコンたまごロール、ニューバードラングドック、

コロッケパン、フレンチクロワッサン、トライアングル、クラッシュチーズ、

ベーコンエビ、辛子明太子フランス、たこ焼きパン、ハイジのチーズクリームパン、メロンパン等々。

当店は作りたてのメニューをすぐ提供している。

どうやらこの4つは志津屋さんの目玉売り商品のようだ。

そして最後になってしまったが、これが京都人が愛する「京かるね」200円(税込)。

志津屋といえば、かるね、京都のソウルフードと言われている。

パンはドイツパンのカイザーゼンメルが元になってふわふわの食感の珍しいフランスパン。

シャキシャキの玉ねぎが爽やかな苦みのアクセントになっている。

そしてまろやかな口当たりのオリジナルマーガリン。

これは一度食べるとクセになるすごくヤバイ味だ。

安くて旨くて食感がよくて余韻が続く。

こんなサンドは最近では食べた記憶がない。

都内で売っていれば今すぐでも買いに行きたいほどだ。

こちらは元祖ビーフカツサンドとボリュームたっぷり名物の焼き玉子のふんわりオムレツサンド。

確かに旨いが「京かるね」には負けるね。

店内には志津屋さんの歴史が伝わってくる昭和30年代と昭和40年代のモノクロ写真が展示してあった。

決して原点は忘れてはならないという戒めの写真にも見える。

コメント

平安神宮にも春が来た

2021-05-11 06:08:12 | 旅 ~国内

2017-10-10付ブログ、秋の平安神宮参照

国指定名勝 平安神宮神苑 案内図。

ここも数多くある京都の桜の名所の1つだが、今回はまだちょっと早く、紅枝垂桜が5分咲き位であった。

京都の桜は長く咲くが、グッドタイミングで行く場所を選ぶのが難しい。

平安神宮は平安遷都1100年を記念して、

明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。

当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがありました。

幕末の戦略で市街地は荒廃し、明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは

人々に大きな打撃を与えました。

その状況下で京都を救たのは京都復興への市民の情熱と

全国の人々の京都に対する思い入れでした。

数々の復興事業を展開し、教育、文化、産業、生活などすべての面において新しい京都が模索され、

同時に古き良き京都の維持継承にも力が注がれたのです。

これらの熱意と一連の町おこし事業が見事に結実して平安神宮が創建されました。

千年以上も栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために、

京都復興にかけた多くの人々の遺志を後世に伝えるために、

四海平安の祈りを込めて創建されたのです。

その後、皇記2600年にあたる昭和15年には市民の懇意によって

平安京有終の天皇第121代孝明天皇のご神霊が合わせ祀られ、

「日本文化のふるさと京都」のおや神様として広く崇敬を集めることとなりました。

桜の名所として知られる平安神宮。

正面の応天門を通って境内に入ると向かって右側に左近の桜が見える。

大極殿は国家行事を行う正殿であり、

ここに座る天皇から見て左側にあることから「左近の桜」と呼ばれ、

右側にある橘は「右近の橘」と名付けられた。

また「左近」の「近」は天皇の親衛隊である近衛兵の「近」を意味します。

天皇の左側にいる近衛兵は左近の桜あたりに控えていました。

神苑入口の所には平安神宮の桜の見頃情報が出ていた。

それによるとソメイヨシノは8分咲、八重紅枝垂はまだ5分咲だ。

入苑して最初の桜エリアは「南神苑」。

ここは創建以来、八重紅枝垂桜の名所として親しまれてきた。

また昭和56年には往時の代表的文学書(竹取物語、古今和歌集、枕草子、源氏物語)に

登場する草木約180種類を植栽して王朝文化をしのばせる庭「平安の苑」とした。

西神苑の白虎池の桜と枝張りのよい松、この池と次の中神苑、

蒼龍池の淵では花菖蒲畑があり、今から熱心に手入れを職人さん達がしていた。

中神苑の臥龍橘という飛び石には皆渡りたくなる。

平安神宮東神苑の泰平閣。

別名楓殿とも呼ばれ栖鳫池を横断する形で架けられている橘殿。

大正元年に京都御所から移築されたもので、中は通行可能となっている。

平安神宮苑の中でも一番の観光スポットになっている。

回廊から眺める池泉回遊式庭園の神苑の光景は非常に趣きがあり、

周囲に植えられた花や木々が四季折々の風景を見せてくれる。

泰平閣の向かい側の尚美館(貴賓館)。

泰平閣と共に大正元年に京都御所から移築されたもの。

周囲には有名な八重紅枝垂桜が植えられ泰平閣とならんで神苑を代表する建物となっている。

この時期はあいにく5分咲位でその華やかさを見ることができなかった。

その逆といってはおかしいが、ここで結婚式が行われ、

挙式が終わって華やかな雰囲気が伝わってきた。

コメント

京セラ美術館

2021-05-10 06:26:59 | 建物

平安神宮の近く、ロームシアター京都、岡崎公園の隣りにある

京都市京セラ美術館は1933年(昭和8年)「大礼記念京都美術館」として開館し、

第二次世界大戦後には「京都市美術館」として活動してきた。

開館以来85年余りの長きにわたり親しまれてきた建物は

今や現存する日本で最も古い公立美術館建築となった。

美術館の敷地の北西の角の三角形の形状に作家・美術館・世界(鑑賞者)の

3者を結ぶ「ザ・トライアングル」という新進作家のためのスペースが新設された。

本美術館は2017年から大規模改修を行い、それに伴ってネーミングライツを導入。

19年から呼称は「京都市京セラ美術館」となった。

そして創建当時の和洋が融合した本館の意匠を残しつつ、

現代的なデザインを加えて2020年5月にリニューアルオープンした。

地下1階のエントランスを入ると目の前に大階段が目に迫ってくる。

これを昇ると来館者を迎える明るく多機能な大空間の中央ホールに出る。

階段の右サイドには迫力のあるラセン階段、

左サイドの上の部分には大きくうねるアール状の廊下が異次元の空間を造り上げている。

この中央ホールを挟んだ左右に「光の広間」「天の中庭」の展示スペースがあり、

「平成の美術」と「コレクションルーム」の特別展が行われていた。

この中央ホールを出ると京都賞コーナーがある東広間。

重厚な石張りの柱の上に近未来的なLEDのコマーシャルが幻想的に流れていた。

さらに東広間から東エントランスロビーに進むと

全面ガラス張りの先に日本庭園が広がっている。

七代目・小川治兵衛が作庭に関わったとされる日本庭園で

寛ぎと楽しみの場として開かれている。

今度は東エントランスロビーから東広間、中央ホール方向を見た空間。

85年余りの歴史を背負った重厚な建物の空間リテールはやはり味がありますネ。

やはりこれを見ても新旧、和洋の融合の素晴らしさを感じます。

旧建物の色違いのタイルと石貼の腰高までの基礎部分。

そして真ちゅう製の雨樋。

それを増築したガラス張りの建物が覆う。

職業柄、この空間がとても目に付いたのでパチリしました。

今回の大規模改修で増築された東山チューブを囲む全面ガラス張りの廊下。

この東山チューブは現代アートに対応する高機能を備えた展示スペースになっている。

このエリアは旧建物の正面玄関のあたりで、ちょっと複雑な配置になっている。

たぶんここにはこんな素晴らしい空間があるのに分からずに

来られる人は少ないのではないか。

この2人の女性は人気のないロビーを独占して盛んにスマホで記念写真に興じていた。

回遊と交流を生み出すスロープ状の広場である「京セラスクエア」の正面

本館地下1階部分には本リニューアル事業の一番のシンボルとも言える

ファザード「ガラスリボン」が挿入されている。

この透明で軽やかな流線型の意匠は歴史的建築との

美しい融合を見せるだけでなくメインエントランスや、

ミュージアムショップ、カフェといった美術館の内と外を繋ぐ場としても機能している。

今回のリニューアルでは建築家・青木淳と西澤徹夫のコンセプトに基づき

創建当時のデザインを活かしながら現代的な要素を加え、高機能化している。

即ち、西側・前広場と本館建築の間に切り込みを入れ、手前の中央を押し上げ、

前広場をごく緩い傾斜で中央に向かって下るアプローチ状の広場に変えている。

それによって新鮮なイメージで「故」と「新」が重なる新しい美術館に生まれ変わった。

今回のリニューアルによって2020年4月の

グッドデザイン賞をはじめ数々の賞を受賞している。

 

コメント

浦和エリア旨い店シリーズ ~番外編340~

2021-05-08 06:21:32 | 食~番外編(県外)

にしきの千松

京都市中京区四条通柳馬場上ル瀬戸屋町476

TEL 075-221-6145

定休日 日曜日・祝日

錦市場のある錦通りから四条通りに向かって柳馬場通りを下がっていくと

人ひとり通れるほどの細道にぽつんと置かれた看板。

そんな小さな小料理屋さんが「にしきの千松」さんだ。

住所をあてに近くまでは来たが見つからず、

思わずそばの宅配便屋さんに尋ねてしまった程の隠れ家的なお店だった。

当店を予約したのは、京都の料亭だとか京都の有名店のような観光客の行くお店ではなく、

地元の人、京都人が通うような店で旨いものを食べ、飲みたいとの思いで選んだ。

俳優の角野卓造さんの著書「予約一名、角野卓造でございます。(京都編)」には

このような小料理屋さんの情報が沢山掲載されていて、

その中で「一見のお客さんは年に5組いらっしゃるかどうか」の

フレーズに惹かれて選んだ。

当店はご覧のようにメインはカウンター席。

一見の我々だけのテーブル席が1卓、さらに2階にも席があるようだ。

当然この店は靴を脱いで上がる。

当店はご夫婦で始めて約30年弱、この地に来て20年と言っていた。

角野卓造さんの本の写真を見るとカウンター上に大皿に盛られたおばんさいが

10~12種あるはずであったが、尋ねてみるとコロナでこのやり方は変えたとの事。

なるほど、こんなささやかな楽しみも

コロナは奪ってしまうのかと、憤りを感じてしまう。

当店の手書きのお品書き。

いかにも京都らしい柏汁、若竹煮、菜の花とおあげさんの炊いたん

(この表現を見ると今京都に居るんだナーとしみじみ思う)。

他にいくつも炊いたん料理が。

京都では煮物のことを炊いたんと言う。

魚はぐじの料理が多い。

そして値段がどこにも書いていない。

さすが常連客のお店。

本によると食べて飲んで5,000円~6,000円ほどだろうか、と書いてあったので、

それを信じて食べたいものをオーダーした。

お通しに水たこの酢物とは珍しい。

やはりここは京都だ。

バイ貝の炊いたん。

バイ貝の煮物も珍しい。

淡い味で大将の腕前の程が伝わってきた。

具たくさんの白和へ。

薄味の深さはさすが京都の味つけ。

お造り色々ございますとの事だったが、時間が経ち何だか忘れてしまった。

確かに「これは何ですか?」と聞いたら聞きなれない魚だったので、

さらに聞いたらわざわざ現物を見せてくれた。

うすいえんどう(玉子とじ)。

お品書に美味ですとコメント付き。

こういうのは絶対に自信があるのでしょう。

美味でした。(ピンボケで申し訳ありません)

甘海老団子とぐじの唐揚。

ぐじとは甘鯛の京都府・福井県における地方名。

京都では高級食材とされている。

中世より主に福井県若狭地方で水揚げされ、陸路にて京都で運ばれた。

菜葉とおあげさんの炊いたん。

油揚げを京都弁ではおあげさんと言う。

なんとかわいらしく、やさしい響きなのでしょう。

炊いたんの言葉に魅せられて注文。

定番メニューのぶり大根。

青ネギは九条ねぎか。

ブリと大根といっしょに食べて下さいとの事。

最後の〆に鯖寿司とにぎり寿司。

ほたるいかの軍艦巻きとは珍しい。

こちらの大将は寿司の握りもやるとは大したもんだ。

 

 

 

当店には我々が一番乗り。

そのあと常連客の2人がカウンター席へ。

我々が一見さんなので、しばらくたってから

「どちらからいらしたのですか?」と聞かれ、「さいたま市です」と答えたら

「さいたま市の方で毎月来る人がいますヨ」ですって。

京都の街が好きで京都人と少しでも話したくてと言ったら、

京都はいけずの町ですエ、ですって。

「いけず」?すごく意味が深そう!?

 

コメント

しだれ桜が似合う六角堂

2021-05-07 06:24:11 | 旅 ~国内

当寺は市街地の真ん中にあり、紫雲山頂法寺と号する天台宗系の単立の寺院。

本堂が六角宝形造りであることから一般に六角堂の名で人々に親しまれている。

周囲をビルに囲まれて狭い境内、御幸桜をはじめ、数本のしだれ桜が咲き、

他の大寺院とは一味違った雰囲気がある。

六角堂の開基は聖徳太子で四天王寺建立の用材を求めて太子がこの地を訪れた時、

霊告によってこの地に御堂を建て、守護仏の観音像を安置したのが始まりと伝えられている。

弘仁13年(822年)には嵯峨天皇の勅願書となり、

又、長徳2年(996年)には花山天皇の御幸があり、

西国33所観音霊場(現18番の礼所)となったと伝えられている。

本尊の如意輪観音像は金銅三寸の古来厳重な秘仏とされ、

建礼門院(平徳子)が治承2年(1178年)6月27日に安産祈願のため寄進したとの伝承がある。

しだれ桜とともに境内にはいかにも

春っぽい柳の木の若葉も芽吹いてきて新しい息吹きを感じさせる。

この柳は縁結びの六角柳というらしい。

長徳2年(996年)花山院前内大臣が六角堂の桜を見て詠んだ

「世をいのる 春の始めの法なれば 君か御幸のあとはありけり」から

六角堂御幸桜と名付けられた。

この御幸桜は早咲きの桜でいち早く京都に春の始めを告げてくれる。

白に近い淡紅色で開花が進むにつれ紅色へと変化していくのが特徴。

残念ながら現在のは2019年に植え替えられたのもだ。

他にも狭い境内にしだれ桜の華やかな花が咲き誇って

この時期とてもチャーミングな寺院に変身している。

建仁元年(1201年)親鸞聖人が当寺に100箇日間参籠して霊告を受け、

後に真宗を開宗する根源となった。

ここには夢のお告げを聞いておられる姿「夢想え像」と

六角堂参籠の姿を自刻されたと伝える「草鞋の御影」を安置している。

六角堂の十六羅漢。

羅漢様とは仏の教えを護り伝えることの出来る優れたお坊さんに与えられる名前だ。

十六というのは、方位の四方八方を倍にした十六を表し、

あらゆる場所に羅漢様が居ることを意味している。

人工池に面して建つ、平面六角形、朱塗りの小堂が太子堂だ。

南無仏太子像(聖徳太子2歳像)を安置する。

この浅いプールのような池(聖徳太子 沐浴の古跡)に

大きな鯉が沢山泳いでいる姿は他の寺の池の鯉とは全く趣きが違う。

今回写真を撮ることができなかったが本堂前の六角形の礎石はへそ石(要石)と呼ばれ、

平安京造営以前から存在し、この石が京都の中心であるといわれている。

本堂北の本坊は池坊と呼ばれ、

室町時代以降多くの生け花の名手を輩出した所で華道発祥の地として有名な所だ。

現在は池坊華道の拠点となっている。

この立花モニュメントは寛永7年(1630年)に立てられた水仙一色の立花を再現したものだ。

清純で伸びやかな水仙の品性が匂い立つばかりだ。

台座の花押(サイン)は32世池坊専好自筆書状からの写しだ。

この裏には立派なビルの池坊会館があり、

その中にいけばな資料館隣りにいけばなの神聖な場の家元道場がある。

この北向地蔵尊は京都御所を守るために北を向いている。

当時御所を守護することは人々の生活を守ることにつながっていた。

このお地蔵さまは私達の生活を守っていただける霊験あらたかなお地蔵だ。

六角堂の隣りにシースルーエレベーターのビルが建っていて

このEVから六角堂全体を見渡せる見学コースになっているようだ。

ご覧の通り市街地の真ん中にある六角堂は

狭い境内に密集して諸堂が建っているのがよくわかる。

又、本堂の形がまさに六角形であるのもわかる。

 

 

コメント

花見の名所 平野神社

2021-05-06 06:28:50 | 旅 ~国内

京都市内北部に鎮座する平野神社は皇城鎮護の神を定めた「二十二社」の五位に列せられ、

伊勢神宮、松尾大社などと並ぶ格式ある洛社である。

明治4年には官弊大社に列格しております。

平野神社の創建は平安遷都延暦13年(794年)と共に

平城京田村後宮に奉斎されていた今木皇大神が桓武天皇により現鎮座地に奉遷された。

後に久度大神・古開大神・比賣大神がお祀りされた。

ここで平野神社の社格・称号について記してみる。

「延喜式」には皇太子御親祭の神社として記されている。

これは全国で唯一平野神社だけだ。

又、同書には「皇大御神・皇大御神」と称されており、

「東宮坊式」には神院と記されて宮中神と同等の扱いを受けていたことが見て取れる。

さらに「文徳天皇実録」では勅使を平安神宮に遣わすと記されており、

これは即ち全国でも数社に限られる「皇大御神」また「神宮」

そして宮中神である「神院」これらの尊称から宮中外にありながら宮中神であったことがうかがえる。

当神社は京都でも有数の桜の名所で

4月10日には桜花祭があり発興、神幸列、還幸などの祭事がとりおこなわれる。

機会があったら是非見てみたいものだ。

東神門に下がっている提灯を見ればわかるが当社の神紋はずばり桜だ。

平成30年の台風21号で接木の拝殿として知られた拝殿の倒壊をはじめ

桜の数十本の倒木など甚大な被害を当社も受けた。

拝殿は1650年の完成以来大規模な修復は行われなかったため設計図が存在せず、

折れた柱の下に職人が入って寸法を計測しながら必要な図面を作るなど

試行錯誤を重ねて工事を進めている。

完成は2022年3月の予定。

工事費用は寄付で賄われているがまだ不足しているようだ。

このように拝殿が工事中の為、境内に仮の拝殿を建て、

毎年恒例の桜のコンサートが行われていて、

境内にバロックの音色が流れ、変わった空気が流れていた。

これが当神社で有名な桜の「魁」。

これは植栽されたばかりのようでおそらく台風で倒木してしまったのだろう。

この「魁」は平野神社発祥の桜で早咲きの品種であることから、

この桜が咲きだすと京都のお花見が始まると言われている重要な桜だそうだ。

この中門の奥に4殿2棟からなる本殿がある。

この本殿は江戸時代前期の寛永年間(1624年~1644年)に再建された。

この建物は平野神社独特の形式で「比翼春日造(ひよくかすがづくり)」または

社名から「平野造」と称されて、国の重要文化財に指定されている。

中門は承応2年(1653年)頃の造営で左右には回廊が接続されている。

こちらは八重紅枝垂。

しだれの枝が地面の足元まで延び、見ている人から歓声が上がっていた。

こちらは平野神社発祥の桜。

花は白い一重咲きで葉が茂ると開花する「寝覚」。

他にも平野神社には約60種類の桜があり、それぞれ名前の付けられた由緒ある桜を見ることができる。

これは日本最大級の餅鉄「すえひろがね」。

鉄分約70%の授かる守。

樹齢400年程と伝わっている幹周り4.85メートルの御神木「樟」。

多くの方がこの樹に手を合わせて離れようとしない。

その間、人生様々な願いをかけているのだろう。

入場自由の境内とは別に隣りには桜養生園という有料(500円)の桜公園がある。

営業時間は9:00~21:00とライトアップの夜桜見物も楽しめる。

こちらは有料ということもあってか種々の桜以外に

グラディエーションの対比が美しい王道の菜の花も植えられている。

今回ここまでたくさんの桜を見て来たが京都の桜の主人公はソメイヨシノではなく、

シダレザクラが主役のような感じを強く持った。

無料の境内はこのように大変な人混みであった。

満開の美しさにコロナもどこかへ吹き飛んでいってしまった。・・・かな?

この南門は慶安4年(1651年)に御所の旧門を下賜されたもので

昭和18年(1943年)に現在の大鳥居の位置から移築された。

平野神社は寛和元年(985年)4月10日に花山天皇が桜をお手植えされたことで

都の有数の桜名所になった歴史がある。

コメント