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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

箱根駅伝

2017-01-17 07:23:32 | イベント

正月の風物詩、今や国民的スポーツイベントになった

箱根駅伝を応援しに小田原まで来た。便利に成ったもので

浦和駅から上野東京ラインに乗ると乗換え無しで小田原駅まで来られる。

午前11:00に到着、既に駅頭は応援の人達で大変な混雑。

小田原中継所に行く箱根登山鉄道は1時間の入場規制に成っていた。

改札の上には大きな小田原提灯が下がっている。江戸時代に

大人気商品に成った提灯で折り畳みができるので

旅人が携帯するのに便利だった。

駅を出ると駅伝グッズ販売ののぼり。ゆっくり見る余裕がなかったが、

どんなグッズが売られていたのだろう。

駅伝コースは小田原市街地をクランク型で通っている東海道を走る。

地図でいうと左上の方から右やや下の方を走っていく。

緑色のエリアが小田原城だ。

小田原駅を降りて市街地の商店街を抜けていく。

応援に行く人達がもうゾロゾロ東海道へ向かっていく。

そして小田原城二の丸東の堀へ。とても風情のある風景だ。

まるで小田原城のレプリカが建っているような「ういろう本店」。

ういろうとは仁丹と良く似た形状・原料で大衆薬の一種。外郎薬、

透頂香(とうちんこう)とも言われ、江戸時代には万能薬として知られ、

東海道中膝栗毛では主人公の喜多八が菓子と薬を

間違えて食べてしまうシーンがある。

昨年まではここ「ういろう本店」の所が小田原中継地点であったが

今大会から、2.4km延長され変更になった。

「ういろう」隣りの駐車場では箱根駅伝応援スポットと題して

外郎太鼓(ういろうたいこ)演奏豚汁の振る舞い(無料)、

中野七頭舞輪踊りなどで周囲の雰囲気を盛り上げていた。

これが地元あしがらおそびの学校の皆さんによる

民俗芸能中野七頭舞輪踊り。岩手県の民芸とか。

後の北条早雲出陣の図を見ると今小田原の城下町にいることを実感する。

今年で第93回の箱根駅伝。読売新聞社共催で日本テレビが

2日間全国放送をする。この駅伝は国内の学生スポーツ競技会の中でも

極めて高い人気を誇っている。因みに現在の駅伝の中では

長野県縦断駅伝に続いて2番目に長い。

箱根駅伝の歴史は1920年(大正9年)誕生と、大変な歴史がある。

創設の原動力は明治45年のストックホルム五輪に

マラソン代表として出場したマラソンの父として知られる

金栗四三らの「世界に通用するランナーを育成したい」との思いから生まれた。

因みに第1回大会は早大慶大明大東京高師(現筑波大)の

4校「四大校駅伝競走」でスタートした。

 

沿道には各参加大学ののぼりが立ち、すごい数の観客が

選手が来るのを今か今かと待っていた。特にこの場所で

すごかったのは明治大学の応援。ここには明大校友会小田原地域支部の

事務所があり、校歌を流し続けていた。バンカラ時代の

紋付袴姿で学生帽をかぶったOBがエールを送っていたのが印象的だった。

残念ながら明大の選手は18位で通過。この前を走り抜けていった時、

選手が頭をペコペコ下げながら走っていたのを見て

先輩、後輩の絆を感じ変に感動した。

箱根駅伝は前年大会でシード権を獲得した10校と予選会を

通過した10校及び関東学生連合を加えた計21チームが出場している。

我々が応援している後にすごく熱心に、しかも真剣に応援している

オバサン2人がいた。片手にラジオ、片手にテレビ、横断幕を

持っていたので聞いてみたら山梨学院大学の父兄だと言っていた。

午後0時16分、先頭の選手が眼中に入ってきた。回りが急に

「来た来た」「どこの大学だ?」と賑やかになってきた。

トップを走ってきたのは青山学院大の森田選手だ。駅伝の選手は

想像していたよりずっと早くアットいう間に目の前を通り抜けていった。

結局、今年の箱根駅伝は青山学院大が完全優勝で大会3連覇。

又年間3冠王と原監督の言っていたサンキュー大作戦を完全に実現してしまった。

続いて2位の早稲田大、4位の帝京大、13位の日大、17位の山梨学院大学と続いた。

ここ4区は平塚中継所から小田原中継所まで20.9km

往路は5区間(107.5km)復路5区間(109.6km)の

合計10区間(217.1km)で競う。

最後ランナーが通り過ぎると大勢のバイクの列が続いた。

これは一般のファンの群れか?因みに大学三大駅伝は

この箱根駅伝、出雲駅伝、全日本大学駅伝の3つを言い、

今年度、青学はこの3つを制覇したことになる。

バイクの後は車が続いた。因みに三冠を成し遂げたのは4校。

大東文化大(1990年度)順天堂大(2000年度)

早稲田大(2010年度)そして青山学院大の史上初の完全優勝。

全く今青学がすごい存在になった。

そして応援が終わり、何か心の中に満ち足りたものを感じながら

大勢の人々が小田原城のお堀の横をゾロゾロと帰っていった。