鮎川俊介の「幕末・明治の日本を歩く」

渡辺崋山や中江兆民を中心に、幕末・明治の日本を旅行記や古写真、研究書などをもとにして歩き、その取材旅行の報告を行います。

2012.5月取材旅行 福島・三春の滝桜と自由民権記念館 その12

2012-06-10 05:33:45 | Weblog
 JR磐越東線の三春駅の駅舎を出て、来た道を戻りました。

 途中、「三春滝桜6.0km 三春市街地1.5km」と記された案内標示があり、三春駅から滝桜まではかなり離れており、また市街地へも2km近くと、歩けば30分ほどの距離であることがわかります。

 また途中の商店の店先に、「三春の桜」というポスターが貼ってあり、それを見ると以下のように記されていました。

 「福島県三春町は、五万石の城下町で神社仏閣が数多くあります。町内には約1万本の桜の木があり、町中いたるところで桜が咲き競う『桜の里』です。」

 そしてその下に三春町の桜の名所が印刷された郵便切手の拡大写真が掲載されていました。

 「龍穏院」・「王子神社」・「八幡神社」・「紫雲寺」・「法華寺」・「法蔵寺」・「福聚寺」・「田村大元神社」がそれらの名所。

 それら以外にも、町内各地に桜の名所があることは、すでに車を停めた駐車場近くの案内板で見た通り。

 その案内板には、「田村家枝垂れ桜」・「龍光寺桜」・「さくらの公園」・「滑津観音桜」・「弘法桜」・「平石の徳桜」・「貝山薬師桜」・「込木地蔵桜」・「常楽院桜」・「大谷ツの紅桜」・「栃久保稲荷の種蒔桜」・「八十内かもん桜」・「芹ケ沢桜」・「お城坂枝垂れ桜」・「光岩寺桜」・「戸ノ内桜」・「七草木桜」・「成田神社の種蒔桜」・「大桜」などが、先の名所以外に記されていました。

 なるほど「桜の里」であり、全国的に有名な「滝桜」だけの町ではないことがわかります。

 歴史民俗資料館の周辺の「桜谷」の枝垂れ桜も、名所には入っていないものの美しいものでした。

 JR磐越東線を越える比較的新しい陸橋を渡る時に、後方を振り返ると、単線の線路の左側に通りがあり、それが三春駅の方へと延びていますが、この通りがかつての三春の町中から駅へと向かう通りであったと思われました。

 陸橋を下りたところのその通り沿いには、「わたや呉服店」と「丸和京染店」が並んでいました。

 「一級河川 八島川」に架かる橋は「担橋」。

 それを渡った左手にあった神社が「八雲(やくも)神社」。案内板によると天正年間に山城国祇園の牛頭天王(京都の八坂神社)を勧請したものだとのこと。江戸時代をを通じて牛頭天王と称したという。疫病や害虫除けにご利益があるとされ、地元では「きゅうり天王」として親しまれているとのこと。祭礼の際には、厄病除けとしてきゅうり2本を献じ、1本をいただいてくる風習があるという。

 通り途中のシャッターに、馬や虎の「デコ人形」が満開の桜とともに描かれているのも面白い。

 また「小海道」という標柱も見つけました。その側面には、「小浜に行く道で絹の道といわれていました」と刻まれており、このあたりが養蚕や生糸生産が活発であった地域であることを示唆するものでした。

 「三春市街地案内」板にぶつかったのが7:04。

 そこで左折すれば、それが「磐州通り」であり、さっそく新しく整備されたばかりのような整然とした石畳のその通りへ入ってみることにしました。


 続く


○参考文献
・『三春正道館』高橋哲夫(非売品)


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