「口語短歌・水曜サロンの会」(その65) 短歌の投稿を歓迎します!!
☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。 ☆☆☆
☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。☆☆☆
「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の
詠まれた短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。
短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に
短歌を投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。
【サロンの運営について】
運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。

「シクラメン」
「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」
【詞書】12月6日私のブログで日本の橋特集をやっていますが、その中で三条大橋が
出て来ました。三条大橋は三条河原処刑場があった場所でもあります。
ここで処刑・晒し首にされた著名な人物を挙げますと石川五右衛門・
豊臣秀次・石田三成・近藤勇がいます。彼らを見ていますと時の流れに
翻弄された人達ばかりです。
全て「もし」がつくならば勝利者になっていたかも知れません。
そこで「もののふの憐れ」を感じながら短歌を詠んでみました。
『註:豊臣秀次 もし秀吉に世継ぎ秀頼が生まれていなかったら』
☆ねねの甥数奇な運命に翻弄 謀反噂さも一家斬首刑
『註:石田三成 もし小早川秀秋が東軍に寝返りしなかったら』
☆家康の政略勝ちで負け戦 覚悟を決めた斬首刑こそ
『註:近藤勇 もし薩長連合が錦の御旗掲げなかったら』
☆決戦は時の勢い鳥羽伏見 勝てば官軍負けて晒し首
浅間山明鏡止水さん
【解説】
歴史に「もし・・・」はつきものですが、勝者が自分の為に書いたと言われる
歴史書は常に「?」はつきものですね。いずれの歌も多くのドラマと、痛切な
悲しみが詰まっています。勝ち負けは紙一重とは言え、そこに至るドラマには
学ぶべきものがあまた詰まっていると思っています。出詠歌を、それぞれの歴史も
踏まえじっくり鑑賞させて頂きました。
二首目の歌を家康に焦点を当て詠んでみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
★人の持つ弱みを撞きていくさ練る 軍略超える家康の策
【詞書】奈良県の奥山の懐に歴史ある茅葺きの苔むした茶屋があります。灯りが
ぼんやりと浮かび昔話に出てくるようなこの茶屋は魂鎮めの私の好きな
場所です。
☆民話より抜け出たような茶屋のありもみじ灯りにぼうと浮かびぬ
夕庵さん
【詞書】音もなくしとしとと降る秋雨の肌寒い日、何もすることがない日は、
めったにしないお昼寝にずいぶん年を重ねてきたものだと自分を
愛おしく思ったものです。
☆ひねもすの秋霖の日は所在なく少し眠ろういのちを抱いて
☆古い靴 断捨離なんてできないよ地球をどれだけ歩いたのだろう
夕庵さん
【解説】
今時、「茅葺きの苔むした茶屋」とは珍しいですが、おっしゃるように癒しの
場所であり、「魂鎮め」にはふさわしい隠家でもありますね。
そんな大切な茶屋に寄せる作者の想いが、歌の行間に溢れています。
二首目の歌の下の句「少し眠ろういのちを抱いて」もいいですね。
自分を省みて「愛おしく思う」ことは、私たちの世代にとって、大切なことと
思っています。それこそが、自分も含めて人を理解する原点でもあると考えています。
二首目を少し添削してみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
★秋霖の雫したたるもみじ葉に 眠りさそわれしばし目を閉づ
【詞書】カサブランカ(映画)/ 時の過ぎゆくままにを
☆後悔ばかりという空意地を張る時もある”As Time Goes By”
☆グラスの真ん中に氷
時がゆっくりと過ぎる
ジャズを聴きながら
自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
初心を思い出す為に、過去の自分の作った短歌を見直しております。
カサブランカは、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演の
映画で、ボガートは、女にフラれた男だが、滅茶苦茶カッコいい役でした。
自分も若い(中年ですが)頃は、そう言うのに憧れていたなあと思い出しました。
【解説】
映画『カサブランカ』の大ヒットで「As time goes by」というと、すぐに
「時の過ぎ行くままに」という邦題が浮かんできます。
おっしゃるように、映画『カサブランカ』は仏領だったカサブランカを舞台に
反ファシズム(ナチ)の戦いを背景に、三人の悲恋が濃密に描かれておりますね。
パリでかつて恋人同士だったバーグマンとボガートの、カサブランカでの再会と別れ。
ピアニストのドゥーリー・ウィルソンの歌う「As time goes by」の曲が流れる中、
ボガートの恋人を真に想う「やせ我慢」の美学が貫かれ、カッコよく描かれて
いた印象があります。
かつてのジュリーをはじめ、多くの青年たちの心を揺さぶったボガートの在り方に
作者が憧れるのは十分わかります。「空意地を張る時も」の句が心に沁みます。
また、原点に返って自らの短歌を見直すという営みは、勇気がいりますが、私も
見習わなければと思っています。

「山茶花」
【詞書】横浜に住んでいた頃はよくドライブしたものでした。素晴しい景色ですよね~
京急観音崎ホテルには一度、宿泊したいと思ったものですが…。
薔薇とクロちゃんを詠んでみました。
☆ビロードの 赤も鮮やか 冬に咲く
見惚れる薔薇に 寒さも忘れ
☆いつの間に 厚手のコート 着て走る
クロの元気が 何より嬉し
クロママさん
【解説】
横浜からだと、横須賀、逗子等へのドライブは比較的近いし、海も森もあり
快適なコースだったことと思います。
京急観音崎ホテルは隠家的なホテルでしたが、静かで落ち着いた居室で
見かけよりアットホームな雰囲気でした。今、経営者が変わりリニューアル中
ですが、来春再開とのことです。
冬薔薇と愛犬クロちゃんを詠んだ二首の歌は、分かりやすい表現ですっきりと
詠まれており、手直し不要な完成度の高いお歌と考えます。
二首目の歌、寒い季節をクロちゃんと共に楽しむという視点で詠んでみましたが、
いかがでしょうか。
【ご参考】
★いつの間に 厚手のコート 着る季(とき)に
元気に走る クロと楽しむ
☆わたしにも一陽来復きたらむと冬至くるのを待つ冬至前
水仙さん
【解説】
「一陽来復」には諸々の解釈がありますが、「冬が終わり春が来ること。
新年が来ること」等とともに、「悪いことが続いた後で幸運に向かうこと」等の
意味もあります。また、「犀のように歩め」さんのブログでは、
「今日より明日を良きものにしようという、いわば励ましの言葉でもあります」と
語っておられました。
この言葉を織り込んだ作者の、祈る想いの現れた一首をじっくり鑑賞したいと
思っています。
☆-----------☆ 「ネット歌会」開始 ☆------------☆
【詞書】引き続き「ネット歌会」として展開された詠歌を掲載致します。
注) ☆:元歌 ★:返歌
☆目立たぬも香り仄かな枇杷の花 枯れ野の果てに楚々と咲きいる
ポエット・M
★枇杷のはな枯野に咲きて香り立つときに密かに人を引き寄す
水仙さん
★枇杷の花 香り淡々漂うも 君は遥かに 酔いしかのとき
ポエット・M
☆引き抜いて丸き穴から人参の暮らしの薫りがゆらりと昇る
I.Sato さん
★収穫の玉蜀黍は歯抜けでも幼は両手に高く突き上ぐ
夕庵さん
☆------------☆ 「ネット歌会」了 ☆------------☆
☆凍る地でいまだ戦う民あまた ウクライナの地 我の大地と
ポエット・M
【解説】
今年の漢字に「戦」が選ばれました。たまたま今週詠んだ短歌の中に、ウクライナの
民への連帯を込めた「戦」を含む歌がありました。2月24日ロシアのウクライナへの
侵略戦争から既に10か月になりますが、依然として国際法を踏みにじる蛮行を続ける
ロシアの攻撃は、じり貧と言われながらも止む事はありません。
酷寒の地で、未だ愛する者の為に闘うウクライナの人々への想いを繋ぐ意味で一首
詠んでみました。

「咲き初める 藪椿」
「五行歌集 ―君へのレクイエム― 」鑑賞 嵯峨吹雪著 (8)
1.貴女へのレクイエム(8)
貴女(きみ)の御霊よ!永遠に安かれ!
何もかも
総べて新たに
成るという
貴女(きみ)よその日の
朝まで眠れ
いそいそと
コーヒー淹れて
パンを焼く
貴女(きみ)の姿の
無きが虚しさ
せめてもの
桜の花の
咲く四月
四月まではと
願いしものを
梅の花
梅の花さえ
待たずして
貴女(きみ)は命を
散らして逝きぬ
貴女(きみ)がため
急ぎ帰りし
日々のこと
我は返らず
とぼとぼ帰る

「初冬に咲く薔薇 クリスチャンディオール」
【短歌入門・質問・提案コーナー】
この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
幸いです。
なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
それが学びに繋がれば嬉しい限りです。
【サロン参加者からのコメント】
自閑 (jikan314)さんのコメントです。
正岡子規は、再び歌よみに与ふる書の中で、
「古今集以後にては新古今稍々すぐれたりと相見え候」と
言う事で、指折り数える程だがと注文を付けてはいますが、その歌を紹介します。
ものゝふの八十氏川の網代木にいざよふ波のゆくへ知らずも
(雑歌中 柿本人麿 万葉集巻第三 264)
まあ万葉集にも有る歌ですが。
鵲のわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける (冬歌 大伴家持)
面白く候。との事。万葉集には無いが、家持集にはあります。
なこの海の霞のまよりながむれば入日を洗ふ沖つ白波
(春歌上 後徳大寺左大臣)
此歌の如く客観的に景色を善く写したるものは新古今以前にはあらざるべくとの事。
ほの/”\と有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風 (冬歌 源信明)
これも客観的の歌にてけしきも淋しく艶なるに語を畳みかけて調子取りたる
處いとめづらかに覺え候。
さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵を並べん冬の山里 (冬歌 西行)
西行の心はこの歌に現れ居候。庵を並べんといふが如き斬新にして趣味ある趣向は
西行ならでは得言はざるべく、特に「冬の」と置きたるも亦尋常歌よみの手段に
あらずと存候。異論は無いですね😃西行は、目の前に有る風景をそのまま読んで
います。
閨の上にかたえさしおほひ外面なる葉廣柏に霰ふるなり (冬歌 能因)
岡の邊の里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風 (雑歌中 慈圓)
此種の歌の第四句を「答へで」などいふが如く下に連続する句法となさば
何の面白味も無之候。
さゞ波や比良山風の海吹けば釣する蜑の袖かへる見ゆ (読人しらず)
神風や玉串の葉をとりかざし内外の宮に君をこそ祈れ (釈教歌 俊惠)
阿耨多羅三藐三菩提の佛たちわが立つ杣に冥加あらせたまへ(釈教歌 傳教)
空前絶後の歌ですね😃
【ネット歌会について】
「ネット歌会」は、「お題」を決めて短歌を詠みあうという方式ではなく、
「水曜サロン」へ掲載された、各位の歌に対して「返歌」するという自然発生的な
歌会です。従って掲載された歌の中に自分に響くものがありましたら、それへの
返歌として大いに詠んで頂き、コメント欄に記入して頂ければ幸いです。
各位に記入して頂いた短歌を基に、編集させて頂きます。
従って、統一性や「お題」に向けた収斂性には欠けますが、面白いと思っています。
当面は、手探りでやってみたいと思っています。さらに、良いアイデアがあれば
各位よりお寄せ頂ければ嬉しいです。

「陽だまりに咲く 日本水仙」
【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
(1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
なお、変更がある場合は、その都度ご連絡致します。
(2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
(3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
(4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
(5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
(6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
(7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
(8) 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。
(9) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
できない場合もありますのでご了承願います。
了
☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。 ☆☆☆
☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。☆☆☆
「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の
詠まれた短歌を掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。
短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に
短歌を投稿し、鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。
【サロンの運営について】
運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。

「シクラメン」
「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」
【詞書】12月6日私のブログで日本の橋特集をやっていますが、その中で三条大橋が
出て来ました。三条大橋は三条河原処刑場があった場所でもあります。
ここで処刑・晒し首にされた著名な人物を挙げますと石川五右衛門・
豊臣秀次・石田三成・近藤勇がいます。彼らを見ていますと時の流れに
翻弄された人達ばかりです。
全て「もし」がつくならば勝利者になっていたかも知れません。
そこで「もののふの憐れ」を感じながら短歌を詠んでみました。
『註:豊臣秀次 もし秀吉に世継ぎ秀頼が生まれていなかったら』
☆ねねの甥数奇な運命に翻弄 謀反噂さも一家斬首刑
『註:石田三成 もし小早川秀秋が東軍に寝返りしなかったら』
☆家康の政略勝ちで負け戦 覚悟を決めた斬首刑こそ
『註:近藤勇 もし薩長連合が錦の御旗掲げなかったら』
☆決戦は時の勢い鳥羽伏見 勝てば官軍負けて晒し首
浅間山明鏡止水さん
【解説】
歴史に「もし・・・」はつきものですが、勝者が自分の為に書いたと言われる
歴史書は常に「?」はつきものですね。いずれの歌も多くのドラマと、痛切な
悲しみが詰まっています。勝ち負けは紙一重とは言え、そこに至るドラマには
学ぶべきものがあまた詰まっていると思っています。出詠歌を、それぞれの歴史も
踏まえじっくり鑑賞させて頂きました。
二首目の歌を家康に焦点を当て詠んでみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
★人の持つ弱みを撞きていくさ練る 軍略超える家康の策
【詞書】奈良県の奥山の懐に歴史ある茅葺きの苔むした茶屋があります。灯りが
ぼんやりと浮かび昔話に出てくるようなこの茶屋は魂鎮めの私の好きな
場所です。
☆民話より抜け出たような茶屋のありもみじ灯りにぼうと浮かびぬ
夕庵さん
【詞書】音もなくしとしとと降る秋雨の肌寒い日、何もすることがない日は、
めったにしないお昼寝にずいぶん年を重ねてきたものだと自分を
愛おしく思ったものです。
☆ひねもすの秋霖の日は所在なく少し眠ろういのちを抱いて
☆古い靴 断捨離なんてできないよ地球をどれだけ歩いたのだろう
夕庵さん
【解説】
今時、「茅葺きの苔むした茶屋」とは珍しいですが、おっしゃるように癒しの
場所であり、「魂鎮め」にはふさわしい隠家でもありますね。
そんな大切な茶屋に寄せる作者の想いが、歌の行間に溢れています。
二首目の歌の下の句「少し眠ろういのちを抱いて」もいいですね。
自分を省みて「愛おしく思う」ことは、私たちの世代にとって、大切なことと
思っています。それこそが、自分も含めて人を理解する原点でもあると考えています。
二首目を少し添削してみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
★秋霖の雫したたるもみじ葉に 眠りさそわれしばし目を閉づ
【詞書】カサブランカ(映画)/ 時の過ぎゆくままにを
☆後悔ばかりという空意地を張る時もある”As Time Goes By”
☆グラスの真ん中に氷
時がゆっくりと過ぎる
ジャズを聴きながら
自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
初心を思い出す為に、過去の自分の作った短歌を見直しております。
カサブランカは、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン主演の
映画で、ボガートは、女にフラれた男だが、滅茶苦茶カッコいい役でした。
自分も若い(中年ですが)頃は、そう言うのに憧れていたなあと思い出しました。
【解説】
映画『カサブランカ』の大ヒットで「As time goes by」というと、すぐに
「時の過ぎ行くままに」という邦題が浮かんできます。
おっしゃるように、映画『カサブランカ』は仏領だったカサブランカを舞台に
反ファシズム(ナチ)の戦いを背景に、三人の悲恋が濃密に描かれておりますね。
パリでかつて恋人同士だったバーグマンとボガートの、カサブランカでの再会と別れ。
ピアニストのドゥーリー・ウィルソンの歌う「As time goes by」の曲が流れる中、
ボガートの恋人を真に想う「やせ我慢」の美学が貫かれ、カッコよく描かれて
いた印象があります。
かつてのジュリーをはじめ、多くの青年たちの心を揺さぶったボガートの在り方に
作者が憧れるのは十分わかります。「空意地を張る時も」の句が心に沁みます。
また、原点に返って自らの短歌を見直すという営みは、勇気がいりますが、私も
見習わなければと思っています。

「山茶花」
【詞書】横浜に住んでいた頃はよくドライブしたものでした。素晴しい景色ですよね~
京急観音崎ホテルには一度、宿泊したいと思ったものですが…。
薔薇とクロちゃんを詠んでみました。
☆ビロードの 赤も鮮やか 冬に咲く
見惚れる薔薇に 寒さも忘れ
☆いつの間に 厚手のコート 着て走る
クロの元気が 何より嬉し
クロママさん
【解説】
横浜からだと、横須賀、逗子等へのドライブは比較的近いし、海も森もあり
快適なコースだったことと思います。
京急観音崎ホテルは隠家的なホテルでしたが、静かで落ち着いた居室で
見かけよりアットホームな雰囲気でした。今、経営者が変わりリニューアル中
ですが、来春再開とのことです。
冬薔薇と愛犬クロちゃんを詠んだ二首の歌は、分かりやすい表現ですっきりと
詠まれており、手直し不要な完成度の高いお歌と考えます。
二首目の歌、寒い季節をクロちゃんと共に楽しむという視点で詠んでみましたが、
いかがでしょうか。
【ご参考】
★いつの間に 厚手のコート 着る季(とき)に
元気に走る クロと楽しむ
☆わたしにも一陽来復きたらむと冬至くるのを待つ冬至前
水仙さん
【解説】
「一陽来復」には諸々の解釈がありますが、「冬が終わり春が来ること。
新年が来ること」等とともに、「悪いことが続いた後で幸運に向かうこと」等の
意味もあります。また、「犀のように歩め」さんのブログでは、
「今日より明日を良きものにしようという、いわば励ましの言葉でもあります」と
語っておられました。
この言葉を織り込んだ作者の、祈る想いの現れた一首をじっくり鑑賞したいと
思っています。
☆-----------☆ 「ネット歌会」開始 ☆------------☆
【詞書】引き続き「ネット歌会」として展開された詠歌を掲載致します。
注) ☆:元歌 ★:返歌
☆目立たぬも香り仄かな枇杷の花 枯れ野の果てに楚々と咲きいる
ポエット・M
★枇杷のはな枯野に咲きて香り立つときに密かに人を引き寄す
水仙さん
★枇杷の花 香り淡々漂うも 君は遥かに 酔いしかのとき
ポエット・M
☆引き抜いて丸き穴から人参の暮らしの薫りがゆらりと昇る
I.Sato さん
★収穫の玉蜀黍は歯抜けでも幼は両手に高く突き上ぐ
夕庵さん
☆------------☆ 「ネット歌会」了 ☆------------☆
☆凍る地でいまだ戦う民あまた ウクライナの地 我の大地と
ポエット・M
【解説】
今年の漢字に「戦」が選ばれました。たまたま今週詠んだ短歌の中に、ウクライナの
民への連帯を込めた「戦」を含む歌がありました。2月24日ロシアのウクライナへの
侵略戦争から既に10か月になりますが、依然として国際法を踏みにじる蛮行を続ける
ロシアの攻撃は、じり貧と言われながらも止む事はありません。
酷寒の地で、未だ愛する者の為に闘うウクライナの人々への想いを繋ぐ意味で一首
詠んでみました。

「咲き初める 藪椿」
「五行歌集 ―君へのレクイエム― 」鑑賞 嵯峨吹雪著 (8)
1.貴女へのレクイエム(8)
貴女(きみ)の御霊よ!永遠に安かれ!
何もかも
総べて新たに
成るという
貴女(きみ)よその日の
朝まで眠れ
いそいそと
コーヒー淹れて
パンを焼く
貴女(きみ)の姿の
無きが虚しさ
せめてもの
桜の花の
咲く四月
四月まではと
願いしものを
梅の花
梅の花さえ
待たずして
貴女(きみ)は命を
散らして逝きぬ
貴女(きみ)がため
急ぎ帰りし
日々のこと
我は返らず
とぼとぼ帰る

「初冬に咲く薔薇 クリスチャンディオール」
【短歌入門・質問・提案コーナー】
この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
ヒント、質問、諸々の疑問点、さらにご意見等について触れていきたいと思います。
皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
幸いです。
なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
それが学びに繋がれば嬉しい限りです。
【サロン参加者からのコメント】
自閑 (jikan314)さんのコメントです。
正岡子規は、再び歌よみに与ふる書の中で、
「古今集以後にては新古今稍々すぐれたりと相見え候」と
言う事で、指折り数える程だがと注文を付けてはいますが、その歌を紹介します。
ものゝふの八十氏川の網代木にいざよふ波のゆくへ知らずも
(雑歌中 柿本人麿 万葉集巻第三 264)
まあ万葉集にも有る歌ですが。
鵲のわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける (冬歌 大伴家持)
面白く候。との事。万葉集には無いが、家持集にはあります。
なこの海の霞のまよりながむれば入日を洗ふ沖つ白波
(春歌上 後徳大寺左大臣)
此歌の如く客観的に景色を善く写したるものは新古今以前にはあらざるべくとの事。
ほの/”\と有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風 (冬歌 源信明)
これも客観的の歌にてけしきも淋しく艶なるに語を畳みかけて調子取りたる
處いとめづらかに覺え候。
さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵を並べん冬の山里 (冬歌 西行)
西行の心はこの歌に現れ居候。庵を並べんといふが如き斬新にして趣味ある趣向は
西行ならでは得言はざるべく、特に「冬の」と置きたるも亦尋常歌よみの手段に
あらずと存候。異論は無いですね😃西行は、目の前に有る風景をそのまま読んで
います。
閨の上にかたえさしおほひ外面なる葉廣柏に霰ふるなり (冬歌 能因)
岡の邊の里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風 (雑歌中 慈圓)
此種の歌の第四句を「答へで」などいふが如く下に連続する句法となさば
何の面白味も無之候。
さゞ波や比良山風の海吹けば釣する蜑の袖かへる見ゆ (読人しらず)
神風や玉串の葉をとりかざし内外の宮に君をこそ祈れ (釈教歌 俊惠)
阿耨多羅三藐三菩提の佛たちわが立つ杣に冥加あらせたまへ(釈教歌 傳教)
空前絶後の歌ですね😃
【ネット歌会について】
「ネット歌会」は、「お題」を決めて短歌を詠みあうという方式ではなく、
「水曜サロン」へ掲載された、各位の歌に対して「返歌」するという自然発生的な
歌会です。従って掲載された歌の中に自分に響くものがありましたら、それへの
返歌として大いに詠んで頂き、コメント欄に記入して頂ければ幸いです。
各位に記入して頂いた短歌を基に、編集させて頂きます。
従って、統一性や「お題」に向けた収斂性には欠けますが、面白いと思っています。
当面は、手探りでやってみたいと思っています。さらに、良いアイデアがあれば
各位よりお寄せ頂ければ嬉しいです。

「陽だまりに咲く 日本水仙」
【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
(1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
なお、変更がある場合は、その都度ご連絡致します。
(2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
(3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
(4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
(5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
(6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
(7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
(8) 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。
(9) 投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
ニックネームのみでIDのない方、あるいは匿名の投稿は内容により掲載
できない場合もありますのでご了承願います。
了
先週のポエット・M様のお作に対する私の返歌に、また返歌を賜りましてありがとうございました。
今週のお作は内容が重くて返歌しにくかったのでございますが、自分の力量も顧みずに返歌させていただきました。
☆凍る地でいまだ戦う民あまた ウクライナの地 我の大地と
ポエット・M様
★凍る地に戦ふ民の魂にたまゆら安らぎあれと祈れり
水仙
浅間山明鏡止水です。
短歌投稿します。
「詞書」12月14日私のブログで北アルプスの日の出特集をしましたが、そこで詠んだ短歌です。若い時は親友と軽登山(1000m級)は良くしましたが、今は絶好の場所にいながらただただ眺めるだけです。Shouさんは長野県に詳しいので、先生のご指導を仰ぎたいと思い提出しました。
「眼前に北アルプスの名峰が 朝日に染まる安曇野の街」
「雲海は一面広がり富士山も 朝日に照らされ至福の眺め」
「雄大な自然の神秘景色こそ 堪能できる日の出の眺め」
なお今週の提出短歌
「家康の政略勝ちで負け戦 覚悟を決めた斬首刑こそ」
↓
「人の持つ弱みを撞きていくさ練る 軍略超える家康の策」と参考短歌を詠んでくださいましてありがとうございました。毎回参考短歌を見る度に自分の実力不足を恥じております。今週もよろしくお願いします。
こんにちは。
参考歌をありがとうございました。
☆秋霖の雫したたるもみじ葉に眠りさそわれ
しばし目を閉づ ポエットMさん
秋霖という言葉を使いましたが、これは終日しとしとと降る秋雨のことですからひねもすは不要だと投稿後気がつきました。
雨にしたたるもみじをを見ているうちに眠く
なってきたという物憂い情景がよく出ています。
ひとつ疑問ですが(閉づ)は文語体なので(閉じ)としてもよろしいでしょうか?もしこれを生かすなら(もみじ)は(もみぢ)となるのではと思ったり、それとも文語と口語は混ざってもよいのでしょうか?
くだらない質問でごめんなさい。
よろしくお願いします。
心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ
西行の歌は、孤独を愛し、孤独に耐え、しかし何かつながりを求める、人の本質のようなものを表現していると思います。
早速に「返歌」をお寄せいただきありがとうございます。
今年の漢字に「戦」が選ばれたこともあり、詠んだ一首ですが、返歌は嬉しいです。
ウクライナの戦う民の魂に寄り添った水仙さんの深い「祈り」。
その想いと祈りが詠み込まれた、心に沁みる良い歌と思います。
諸々逆風もあるでしょうが、これからも多いに詠み、「水曜サロン」へ参加頂ければ嬉しいです。
いつも早々に「水曜サロン」へ出詠頂きありがとうございます。
まず最初に申し上げますが…「先生」は無しにしましょうよ。Shouで行きましょう。
安曇野は昨年秋に久しぶりに行って参りましたが、まさに心のふる里、原風景を
今も見せてくれました。特に白銀の槍ヶ岳の神々しさは変わっていませんでした。
先ず、三首の歌をじっくり鑑賞させて頂きますね。
これからもよろしくお願いします。
参考詠を鷹揚に受止めて頂きありがとうございます。
お尋ねの件ですが、おっしゃることはごもっともです。ただ、
(閉づ)は文語体の終止形です。口語体(閉じ)の終止形は(閉じる)です。
ここでは(閉じる)ではなく、あえて定型を守る意味で(閉づ)と表現しました。
結社によっては口語体の使用を禁じている所もあり、また文語、口語の混じりも
禁止ているところもあると伺っています。
なお、現在の短歌界の大きな潮流として「文語、口語の混じり」を許容する方向
であり、俵万智さん以降、口語短歌への認証がかなり進んだと理解しています。
この「水曜サロン」も、基本は「口語短歌」ですが、文語混じりも必要により
大いに使いましょう、と言うスタンスで進めています。
なお、仮名遣いは「新仮名遣い」を基本としていきたいとも思っていますが、
「歴史的仮名遣い」も学んでいけたらと思っています。従って投稿は大いに歓迎したいと思います。
また、永田和宏氏(朝日歌壇選者)の作品を例にして
☆立っていることも忘れているように青鷺立てり雨の賀茂川
という作品は口語に統一すると
★立っていることも忘れているように青鷺が立つ雨の賀茂川
となりますが、「作っている人間の実感からすると、全部口語では定型はもたない」
と語っておられることを、ある雑誌で拝見しました。
つまり、口語短歌の歌を締りがあるものにしたり、定型を維持するためには文語
混じりもありと理解しました。
これからも多いに意見交換をして参りましょう。よろしくお願いします。
早々に、コメント頂きありがとうございます。
謙遜しながらも短歌の核心と、その奥深さを見通すチョウキチさんの鑑賞眼の
良さには、いつも学ばせて頂いています。
おっしゃるように、この二首の歌は「人の本質」を撞いていると考えます。
二首目の歌は「三夕の歌」として有名ですが、新古今集の新風形成に大きな
影響を与えたと言われていますし、今、大河ドラマで話題になっている後鳥羽院が
西行の歌をことに好んだとも言われています。
これからもよろしくお願いします。
おはようございます。
先日の疑問にご丁寧に解説していただきよくわかりました。
文語の活用のことなどよくわからず、苦手で来ましたが、おっしゃるように文語と口語が混じってもいいこととは、作歌のうえでは幅が広がった感があります。
基本的には定型はやはり守るべきことでしょうが、短歌は朗詠と言われるように、歌の流れが気にならないなら一字の多いのは容認されてもいいかな?と思っています。実際私の歌には字余りが多いのです。
ご丁寧にありがとうございました。
☆雲海は一面広がり富士山も 朝日に照らされ至福の眺め
浅間山明鏡止水さん
★濃き薄き千々の雲海ひろごりて大地の術に祈りこそあれ
★乗鞍山(のりくら)の畳平より見る雲海 神秘の極みに言葉の出でず
夕庵
真近くで初めて見た雲海に感激してしばらくその場所から離れることができませんでした。昨日は見ることができなかったというガイドさん、ラッキーでした。ここから上高地へ向かったのでした。