四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

「口語短歌・水曜サロンの会」(その41)

2022年06月29日 05時00分35秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その41)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆


 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。


     「合歓の木の花」

「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】6月17日18日妻と東京旅行に行って来ました。四谷、市ヶ谷、飯田橋、赤坂、
    椿山荘付近を散策しましたので短歌で詠んで見ました。山手線内は公園も整備
    されて東京は綺麗でした。
☆新緑の 目白通りの 美しさ 感動的な 都会の景色
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】椿山荘の森は本当に素敵でした。
☆椿山荘の 奥に拡がる 庭園は 粋人たちの 芸術の森
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】椿山荘は「蛍の夕べ」をやっていました。
☆漆黒の 闇にまぎれて 妖しげに 源氏蛍は 平安絵巻
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん

【解説】
 久し振りの東京散策を楽しまれた様子が、短歌にも活き活きと表現されていますね。
 「椿山荘」の「蛍の夕べ」は、霧の演出「東京雲海」と蛍の共演による幻想的な風景も
 展開され、さらに、作詞された楽曲にも表現されている懐かしい場所でしょうから格別な
 思いに浸れたことと思います。奥様もさぞお喜びになったことと思います。
 三首の詠歌をじっくり鑑賞させて頂きました。三首目を少し添削させて頂きましたが
 いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★漆黒の 闇に群れ飛ぶ ほうたるの 淡き明滅 絵巻を思う


【詞書】わが庭に毎年咲く黄色の百合の色は、とても明るい綺麗な黄色です。
    百合のまわりの空気さえも清清しく感じます。薄曇りの今日、雨戸をあけたら
    黄色の百合が目に飛び込んできました。今年初めて咲いた百合の花です。
    とても綺麗な色に生きる喜びを感じそのことを詠みました
☆息をのむ 真黄色(まきろ)な百合の 汚れなさ 曇天の中 微笑みわくよ
                         さわやか♪さん

【解説】
 百合の花の旬もこれからですが、「黄色の百合」とは「スカシユリ」でしょうか。
 花びらを大きく広げ、花の中が透けている姿にちなんで、付けられた名称と伺っています。
 なお、真黄色を「まきろ」と読ませるのは少々無理がありますので、少し検討しましょう。
 添削その一として、いかがでしょうか。
 ★真黄色(まっきいろ)な 百合の花びら 汚れなく 曇天の中 微笑みもわく
 との問いかけを行い、今回も三度添削、推敲をネットを介して行い、以下の詠歌に
 整いのした。なお、月の凛としたあの明るさを百合に感じとのコメントもありました。
【推敲結果】
 ★息をのむ 真っ黄色なる 百合の花 月の光の さやけさのごと




☆たのしみは メールに写真添付して わくわくどきどき送信するとき
☆たのしみは 久しぶりに訪ねくる 友待つ朝に胸弾むとき
☆たのしみは 気心知れた友が来て 古い話に頷き合うとき

                         shima-千恵子さん

【解説】
 三首の独樂吟は、作者のご友人との交流の有様や、その絆の深さ、豊かさが垣間見れ、
 私たちも「そうそう」と、つい頷いてしまいます。そんな和やかさをもつ詠歌には
 いつも学ばせて頂いています。
 メールを送信する際「わくわくどきどき」するのは、お孫さんとのやりとり
 でしょうか。そんな情景も想像できる穏やかな空気感が素敵です。

【詞書】義母は老人ホームにいて面会を楽しみにしてくれています。
    すっかり車いすでの生活ですが100歳過ぎても私達以上に頭がしっかりしており、
    見習いたいと思いつつ詠ってみました。
☆車椅子 器用に裁く 義母(母)の手は
          100歳の坂 越えても元気❗❗

                         クロママさん

【解説】
 ご主人のご実家、宝塚でお義母様の老人ホームに面会に行かれているとのこと。
 面会を楽しみにしてくれて、100歳過ぎても、なおかくしゃくとされているのは
 頼もしいかぎりですね。
 元気なのは「手」ばかりでなく、言葉も判断力も含めて諸々でしょうから、少し
 添削してみました。
 ★車椅子 器用に裁く 義母(はは)なれば
        100歳 越えて なおも元気で❗❗




【詞書】Adagioの朝 ハチャトリアン作曲 「ガイーヌ」 アダージョを聴いて
☆深い悲しみの夜を過ごした朝はアダージョの雨の音ばかり
                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 ハチャトゥリアン作曲のガイーヌは、剣の舞でも有名なバレエ組曲で、スターリンも
 観劇した愛国心の強いものです。
 私がこの曲を初めて聴いたのは、映画「2001年宇宙の旅」で、木星に向かう
 宇宙船の中で、宇宙飛行士が無表情で運動している場面で流れていました。
 アダージョは、音楽用語の一つ。 原義は「くつろぐ」であるが、音楽用語としては
 遅い速度だそうです。くつろぐと言うより、体がだるく動きが鈍い様に聴こえました。
 梅雨が明け、時期を逸しましたが、下記URLに曲を貼り付けておりますので、
 ご覧頂ければ幸いです。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/05cd6a4bdf0207b90a09f82ff2d2f55b
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんご自身のコメントです。
 NHK大河ドラマ鎌倉殿の13人をご覧になっている方もおられるかと思います。
 新古今和歌集にも源頼朝の歌が二首撰歌されております。
  ☆道すがら富士の煙もわかざりき晴るる間もなき空のけしきに
  ☆陸奧のいはでしのぶはえぞ知らぬかき尽くしてよつぼの石ぶみ
 この一首目は建久六年五月、頼朝が大姫の入内を画策して上洛し上手く行かなかった
 帰り道の詠。二首目は、その時、天台座主の慈円との文のやり取りでの詠です。
 武家の棟梁と言うだけではなく、和歌にも才能が有ったと言う事です。九条兼実、
 慈円、源通親も鎌倉殿の13人の出番が有るので、どう描かれるかが楽しみです。
 もちろん後鳥羽上皇も。

【解説】
 『ガイーヌ』はアラム・イリイチ・ハチャトゥリアン作曲による4幕のバレエ作品と
 記憶しています。
 物語は、若いアルメニア人女性を主人公に、彼女の強い愛国心と、夫の想いがその対極に
 ある事を知り、夫への愛情と葛藤を中心に据えた物語であったと理解しています。
 後年、脚本にはいくつかの修正が加えられ、愛国的熱意を減らしてロマンスを強調する
 作品となっていったようですね。
 ハチャトゥリアン自身の指揮による演奏はダイナミックですし、味わい深い曲になって
 いますので、作者の詠歌と共に、「アダージョ」の真髄をじっくり芳醇な演奏と共に
 楽しみたいですね。梅雨は明けましたが、その名残を反芻しつつ…。
 なお、大河ドラマでおなじみの源頼朝の、新古今和歌集歌に撰歌された二首を紹介して
 頂き、ありがとうございました。これらもじっくり皆さんと共に学んで参りたいと思います。


☆木漏れ日に すっくと立てる山百合の 占めたる花の確かなる位置
                         ポエット・M

【解説】
 時々散策に出かける観音崎公園の森の中で、木漏れ日の下で咲く山百合を見つけました。
 深い森の木々の間から漏れる、一筋の陽の光に照らされ咲く大輪の山百合はすっくと立ち
 凛と咲き「ユリの王者」と呼ぶにふさわしい荘厳さを秘めていました。そんな花に寄せて
 詠ってみました。
 ちなみに、園芸や切り花の世界で「ユリの女王」と呼ばれる純白で大輪の「カサブランカ」
 は、ヤマユリから作出された園芸品種とのことです。


     「山百合」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (42)
 10.愛の亡霊(3)


    我がドッペルゲンガー
            『ハイネ』
     注)ドッペルゲンガー(独: Doppelgänger)とは、自分自身の姿を自分で
       見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象です。

   軽薄で
     短小づくしの
        歌なれど
      これもてなさん
         我が死化粧

    青白き
      河の流るる
         夜の夢
       くずれし橋に
          我が亡霊の泣く

      君ゆえに
        嘆きはてなき
           夜の夢の
         ああおぞましき
           ドッペルゲンガー

     青白き
       恋人つれて
          どこへゆく
         母の御声も
           とどかぬところ

    哀愁の
      我れの心は
        小指もて
       そっと触るるも
          血潮のもみじ



     「山百合の群生)」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【サロン参加者からのご意見】
 suisenさんからのコメントですが、皆さんのご参考になればと掲載いたします。

 文語と口語、旧仮名遣い、新仮名遣いの問題は、古くて新しい問題でございますね。
 私の所属しています塔は元々口語、現代仮名遣いが結社の基本方針でございましたが、
 いつのまにやら文語、旧仮名遣いの人が増えて、現在は半々くらいかもしれません。
 前主宰永田和宏氏自身、数年前に現代仮名遣いから旧仮名遣いにしましたから今でも
 短歌界での旧仮名遣いは根強いようでございます。私自身短歌を始めました時、
 当時の先生に新仮名遣いを勧められましたが、私自身は旧仮名遣いを選択いたしました。
 やはり伝統の詩形である短歌には旧仮名遣い文語が合うと感じたからでした。

 文語と口語は、現代は折衷でよいのではないかと思っています。会話体などは口語で
 詠ったほうが生き生きしますが、駆体の部分は、従来どおり文語にしたほうが歌が
 締まると私自身は感じておりますから。締まるということと同時に、文語で
 表現したほうが短く詠い収めることができる利点もあると思っております。
 たとえば、口語なら「見せる」というところを文語であれば「見す」と短く表現できます。
 これは文字数制限のある短詩形文学では大きい利点だと思います。

 長々書きましたが、私が文語、旧仮名遣いを選択する理由でございます。
 しかし、文語、旧仮名遣いを強制しますと、短歌への敷居が高くなりますから、
 まずは新仮名遣い口語で短歌に馴染んでもらって追々個々の文体を選択されたらと
 私自身は思っております。
 以上、水曜短歌サロンの主旨とは異なりますが、私個人の考えを述べさせていただきました。
【ご意見へのコメント】
 suisenさんのコメントについてのポエット・Mのコメントです。

 suisenさんの貴重なご経験に裏打ちされた想い、さらにご提案も頂きありがとうございます。
 記紀万葉、さらに古今、新古今集の時代から1300年余の歴史を持つ、和歌、短歌の表記は
 おっしゃるように「古くて新しい問題」と私も思っています。
 また、所属する短歌会や、結社の方針もそれぞれあり、一筋縄ではいかないことも十分
 理解しております。そのうえで、この「水曜サロン」は、「口語、新仮名遣い」を前提に
 短歌の交流サロンとして、共に学んできた経緯があります。

 また、短歌の初心者の方も含めて、様々な歌歴を持つ方が、フラットの立場で短歌を中心に
 意見を交流し合い、短歌を楽しく鑑賞し、新たな短歌を詠む契機になればと思ってきました。
 そこには、それぞれの方の短歌作品を尊重し合い、巧拙を越えてお互いの作品から学びを
 深める謙虚さが必要なことも大切と思ってきました。お陰様で、このサロンは皆さんの
 ご協力と、ご支援を頂き、初心者で成長著しい方も現れ頼もしい限りと思っています。

 なお、伝統文学の先端に位置づけられる短歌も、若いメンバーも含めて、そのすそ野を広げ、
 「短詩型文学」の世界を深めていく一翼を担えればと思っています。その際、「口語、
 新仮名遣い」を前提にしながらも、「文語、旧仮名遣い」も、学びの対象として、また、
 新たな表現分野として、参考にしながら取り組んで行けたらと思っています。
 suisenさんには、引引き続ご意見をお寄せ頂き、ご指導賜ればと思います。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
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山百合が咲き

2022年06月26日 12時40分57秒 | 日々の歩み

 観音崎公園に山百合が咲きはじめたとの情報を友人から伺い、梅雨の晴れ間を縫って細君共々散策を兼ねて行って参りました。
観音崎公園は時々、このブログでも触れさせて頂いていますが少し説明したいと思います。

     「観音崎 灯台」 (ネットから借用しました)

     「観音崎公園 花の広場入口」

 東京湾に大きく突き出した三浦半島の東端に位置する観音崎。その岬の上に広がる県立観音崎公園は、東京ドームおよそ15個分の広大な面積を持ち、海と山の両方の魅力的な顔をあわせ持つ自然豊かな公園です。なお、砲台跡などの歴史的遺構、観音崎自然博物館や横須賀美術館などの多様な施設もあります。
横須賀美術館は横須賀市の市政100周年を記念し、2007年に開館しましたが、絵画や彫刻などの所蔵品のみならず、景観と一体化した美術館の建物や海を眺めながら食事のできるレストランもあります。また、岬の上には観音崎灯台があり、明治2年1月1日我が国最初の洋式灯台として誕生し、その後2回立て替えられ、現在の灯台は3代目にあたります。全国で16基しかない「のぼれる灯台」の一つでもあります。



 今の季節、アジサイが公園内いたるところに咲き競い、およそ1万株が見頃を迎えています。季節の花が植えられている花の広場には、白とピンクのコントラストが目を引く「アナベル」や、ここでしか見られないオリジナル品種の「汐音」など、さまざまなアジサイが楽しめます。

     「紫陽花 汐音」

 山百合は神奈川県の「県花」でもありますが、近年ボランティアの方が中心となり山百合の植え付けが行われ、散策路の周辺に少しづつ群れ咲くようになりました。

     「神奈川県花 山百合」

私たちが訪ねた時は、山百合の本格的な開花には至らず、大半が蕾の状態で、早咲きの花が五輪程度咲いていました。それでも山百合の存在感は圧巻で、木下闇の中でも燦然と輝いて見えました。この花を県の花と推した方の、花に対する審美眼の凄さを改めて感じました。
そんな花たちをデジイチでスケッチしながら、アップダウンに富んだ散策路を一時間半ほどウォーキングしました。歩数にして8000歩ほどですが、平坦地とは一味違い結構足にきて疲れもきついと改めて感じました。

 物価高騰の中で、ロシアのウクライナ侵略を契機に「敵基地攻撃」「防衛費二倍」「憲法9条を変えろ」等々与党等が大合唱を続けています。参議院選挙の公示もあり、私たちは自らの一票を物価高から生活を守り、平和を推進する外交に力点を置く政党を見極め選んでいくことが、今こそ必要と感じています。

コメント (4)
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「口語短歌・水曜サロンの会」(その40)

2022年06月22日 05時08分15秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その40)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆


 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。




「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】6月10日18号線を走っている光景を詠みました。
☆入道が 浅間の尾根に たなびいて 梅雨入り近く 頂き見えず
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】6月17日18日東京旅行に出かけます。15日現在の気持ちです。
☆東京へ 旅行間近と 荷物詰め 笑顔が溢れ 喜びみつる
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】私は家では通称「麺太郎」です。うどん、そば、パスタ等冷温どちらを作っても
    美味しいです。麺打ちも出来ますが、通常は常温・冷凍のうどん・蕎麦を活用
    して作ります。
    レパートリーは恐らく10種以上あると思います。友達が来た時でも振るまいます。
☆麺太郎 お昼の食事 シェフ役で 笑顔弾ける ぶっかけうどん
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん

【解説】
 三首目、作者のさっそうとした「麺太郎」ぶりを見てみたいですね。
 麺打ちからパスタまでこなすとは、そのレパートリーの広さには驚かされます。
 奥様のためにも「良きシェフ役」を果たされることを祈っています。
 なお、一首目の「入道」は「入道雲」と表現するよう工夫してみましょう。
 ご参考に、即興ですが詠んでみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★浅間嶺に 入道雲は 立ちのぼり 頂きおおい 梅雨迫りくる


【詞書】梅雨に入り連日の雨。雨が止んだその後、散歩に出ました。川の水量が増えて
    いるので、いつも以上に川の音がはっきりと聞こえ、気持のよい散歩道です。
☆せせらぎを 右手に聞きて 道行けば 若葉に光る 梅雨の雫よ
                         さわやか♪さん

【解説】
 雨上がりの散歩の、弾む心が表現された良い詠歌と思います。
 なお、「右手に聞きて」の情報が、この短歌に必要か否かを検討してみましょう。
 ご参考として、即興ですが詠んでみました。いかがでしょうか。
 ★せせらぎの 水も増しいる 梅雨晴れに 若葉の雫 きらりと光る

 との問いかけを行い、三度ネットでの交流・添削、推敲を行い、 
 「晴れた日のキラキラ光る水滴でなく、雨の足跡みたいな、さりげない水滴を
  表現したかった」との作者の想いを盛り込み、次の短歌に整いました。
【推敲結果】
 ★雨あがり せせらぎ響く 林道で 雫をまとい 若葉が揺れる




☆たのしみは 梅雨の晴れ間に紫陽花の 色鮮やかな花に会うとき
☆たのしみは 我が庭に咲くくちなしの 白き一輪見つけたるとき
☆たのしみは 飛んでくる種子拾い来て 自然の凄さ 図鑑で識るとき

                         shima-千恵子さん

【解説】
 三首の独樂吟は、今の季節を題材にし紫陽花、クチナシの花が詠われ良く分かる、親しみのわく
 詠歌と思います。
 一首目は、梅雨あがりの雫をまとった紫陽花の様子が鮮明に描かれ、どなたにも共感を呼ぶ
 詠歌です。「くちなしの花」「飛んでくる種子」等、さりげなく詠われていますが、抑えた
 技巧と、感性の光る良い歌と考えます。


【詞書】6月のある日、ふじの花が見頃の公園に出掛けました。棚から下がった沢山の大きな藤の
    花房の下で写真を撮りあう年配のご夫婦を見かけ、人生の歩みを感じるひと時でした。
☆ふじ棚の下で老夫婦照れながらハイチーズと今を撮りあう
                         I.SATOさん

【解説】
 「ふじの花の房の下で写真を撮りあう」老夫婦に目を留めて、その姿に「人生の歩み」を
 感じ、即興で詠む作者の「確かな眼差し」を感じます。また、「今を」の表現が秀逸です。
 私たちが日常出会う様々な場面は、思えば感動の種を秘めています。しかし、そこに
 フォーカスし確かな眼差しを注がなければ、単なる風景として記憶にも残らず流されて
 行くものと思います。作者の温かな眼差しと、感性が覗く微笑ましい詠歌と考えます。

【詞書】チャップリン モダン・タイムズ SMILEを
☆今日曇って雨が降りそうでも
    とりあえずsmile☺️
          君との約束

                         自閑 (jikan314)さん
【短歌説明】自閑 (jikan314)さんご自身の説明です。
 中学生になって一人で映画を観られる様になって近くの観たチャップリンのモダン・タイムズの曲。
 ストーリーはほとんど覚えていませんが、この曲と機械化され、ノルマに振り回され、人間らしさを
 失ってしまうチャップリンだけは覚えています。
 今日も曇空で雨が降りそうで、気分が優れず、仕事のノルマに追われている人へsmileの曲を聴かせ
 たいと思った。20年後に歌詞が出来、ナット・キング・コールの歌で又ヒットしました。
 映画と歌をblogにアップしておりますので、御覧頂ければ幸いです。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/e6eb3f3ad4a7d24be5b1b2af1f2b672c

【解説】
 「モダン・タイムズ」はチャップリンがユナイテッド・アーティスツで製作した5作目の映画と
 記憶しています。当時のアメリカで勢いを付けつつあった資本主義社会や機械文明を題材に
 お笑いの要素も取り入れた作品で、チャップリンのコミカルな姿が強烈な印象として残っています。
 働く人々の「個人の尊厳」がないがしろにされ、機械の一部分のように扱われる世の中を痛烈に
 皮肉った表現は、当時としては斬新なものであったと思っています。
 また、「スマイル」はこの映画で使用されたテーマ曲で、チャップリン自身が作曲した曲で
 マイケル・ジャクソンなど多くのアーティストにカバーされて、私たちにもなじみの曲と思って
 います。作者の言われるように、「スマイル」は時節柄、今の季節に聴くにはぴったりの曲で、
 詠歌の「とりあえずsmile☺️」の句が「さび」として利いています。

☆散ることを拒み朽ちゆく紫陽花の 生が羨(とも)しと 妻はつぶやく
                         ポエット・M

【解説】
 梅雨晴れの空の下、小さな一つ一つの花が健気に咲き、紫の大輪となり輝きを放つ紫陽花。
 雨に叩かれてもなお冴え冴えと咲くその花は、散ることを拒み陽に照らされながら立ち枯れ、
 朽ちることで自身の生を全うする花でもあります。紫陽花のもつそんな花の執念にも似た
 力強さ、「生」を遠い青春の日に私に教えてくれた細君の感性を、思い出し詠ってみました。



「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (41)
 10.愛の亡霊(2)

    我がドッペルゲンガー
            『ハイネ』
     注)ドッペルゲンガー(独: Doppelgänger)とは、自分自身の姿を自分で
       見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象です。

   静かなる
     我の心の
       湖に
      君が投げたる
         薔薇の波紋よ!

    もし我れが
      男ならずば
        短歌もて
       これを哀しき
         紅と称さん

      短歌とは
        我が哀しみの
          避雷針
         渦巻け雷雲
           轟け雷鳴

     吹く風を
       繋ぎ止めんと
          するごとく
        今も空しく
           君に恋する

    哀しみの
      国に住まえば
        哀しみの
       星の王女と
          会う日もあらん



     「ガクアジサイ(白)」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【破調について】要望により引き続き、今回も掲載致します。
 破調とは短歌・俳句などの定型詩で、音数に多少が生じることを言い、字余り・
 字足らずなどがあります。破調はあくまでも定型を遵守する上での例外的な措置と
 位置付けたいと思っています。
 なお、破調は、短歌会や結社によっては避けるよう指導されるところもありますが、
 一般的には広く許容されていると考えます。
 大切なことは調べ(リズム)が美しいか否かですが、名歌と呼ばれる歌歌に、
 極端な破調の歌は少ないと思っています。これは文語でも、口語でも同様と考えます。
 さらに破調でも字足らずの名歌というのは、知る限り少ないと考えています。

 例えば下記のように、字余りの名歌はかなりあり、有名な歌人でも正しく31音のみで
 詠う人は少ないと考えます。
 ・日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも    塚本邦雄(1句目)
 ・肺尖に ひとつ昼顔の 花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は  岡井隆(2句目)
 ・瓶にさす藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に届かざりけり 正岡子規(3句目)

 しかし、字余りには以下のようないくつかの法則があります。
 ・第1句は6音7音ぐらいなら許容され、かなり多用される字余りです。
 ・第2句~第5句は1音の字余りは許容範囲です。
 ・第4句は意外と桁外れな字余りを許しますが、例歌は少ないです。
 ・いくつかの字余りが混在する例は少ないです。

 一方、字足らずの名歌は少ないのですが、以下二首を例示します。
 ・さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも  弟橘媛(1句目)
 ・あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 塚本邦雄(5句目)
                      参照: 現代短歌辞典「角川書店」等

【投稿外コメント】自閑さんからのコメントです。歌友各位の参考として掲載します。
 破調について、新古今和歌集にも有名な歌が一首有りますので、ご紹介いたします。
  ☆阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ
 読み:あのくたら さんみゃくさんぼだいの ほとけたち わがたつそまに
    みょうがあらせたまえ

 伝教大師最澄の歌ですが、さすがに正岡子規も「九たび歌よみに与ふる書」の中で、
 「いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人も
  さすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。
  第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるは
  ことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、
  若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。」
 と絶賛しております。和漢朗詠集などにも撰歌されて、我が立つ杣は、比叡山の
 異名ともなっており、天台座主の慈円も、おほけなく~の百人一首歌で
 本歌取りしております。
【読者からのコメント】チョウキチさんよりのコメントです。
 流石に最澄ですね。素直な祈りが伝わります、この気持ちをウクライナに。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
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「父の日」に

2022年06月19日 16時21分37秒 | 日々の歩み

 今日、6月19日は「父の日」ですね。この祝日はネットで検索してみますと、母の日と同じく
アメリカ発祥の祝日とのことです。
誕生したきっかけは、ソノラ・スマート・ドットという女性の嘆願によるもので、ソノラの父親は
軍人で、南北戦争から復員した後に男手ひとつで6人の子どもたちを育て上げたのだそうです。
6人兄弟の末っ子だったソノラは、ある日協会で行われていた説教を聴き、母の日があることを
知りました。そこで、「母をたたえる日があるならば、父をたたえる日があるべきだ」と思い、
父の偉業を称えようと1909年に牧師教会へ「父親へ感謝する日も作ってほしい」と嘆願しました。
そしてその思いによって1910年6月19日に、初めて父の日の式典が開催されたのだそうです。
ちなみに、なぜ式典が開催されたのが6月だったのかというと、ソノマの父の誕生月だったからと
いわれています。


     「観音崎で咲き初めた山百合」

 しかし、この父の日の式典が一般に浸透するまでには多くの歳月を要し、その後、多くの人が
認知するようになった父の日は、1966年に第36代大統領リンドン・ジョンソンが「父の日」を
称賛する大統領告示をだして、6月の第3日曜日を「父の日」と定めた為とのことです。
そしてついに1972年、父の日が6月第3日曜日にアメリカの記念日として正式に制定されたのでした。

 日本に父の日が導入され始めたのは1950年代ごろのことでしたが、当時はまだまだ認知度が低く、
現在のように一般的な行事として広まったのは1980年代に入ってからだといわれています。
 母の日に比べれば、どうしても影の薄い「祝日」ですが、改めて祝って頂くのは嬉しいものと
思っています。



 今年の正月に、コロナ禍で皆厳しい思いをしているので、諸々の「ギフトの無し」としましょうと、
細君は子どもたちに伝えていましたが・・・。しかし、「年に一回なのでと」とのメッセージと共に、
嬉しいギフトが届き、恐縮しつつ有難く頂きました。



アルマーニのベルトは、中々欲しくても自らは購入できないもので、さっそく使わせて貰いました。
また、ヱビス 5種飲み比べセットは、私の大好きな銘柄のビールで、楽しみに飲ませ頂くことに
しました。等々、厳しい生活の中での、心遣いに改めて恐縮しつつ感謝しました。





 また、昨日は、ここ20年余にわたって関わってきたボランティアの一つで、地域の公立中学校の
イベントに参加してきました。
かつて、学校が荒れた時期がありましたが、その中で「地域の教育力の低下」が問題視される
ことがありました。そんな中で地域の町内会長と、青少年育成委員、スポーツ推進委員等々の
みなさんと図り、校長先生を中心に「学校区教育力推進協議会」なる会を、皆さんで立ち上げました。
いわば生徒の応援団との立場で、お互いに情報共有を図りながら、地域の次代の担い手を共に育てて
いく、とのコンンセプトを確認しながら手探りでやって参りました。
年三回の全体会、学校区全体の小中学校生徒を対象に開かれた「公開講座」の実施、見守隊の
パトロール等々を組み込み、地域と学校の連携を図ってきました。



 今年度からは、これらを下敷に文科省の方針に沿って「学校運営協議会」として発展的な改編を図り、
委員として参加することになりました。その第一回の全体会が昨日開催され出席して参りました。
体育館で約100名の方の出席で始まった会は、「地域の次代を担う生徒たちの育成」を図っていこうとの
想いを秘めたメンバーたちの活発な討論と熟議が展開され、彼らの熱い思いが確認でき有意義な会と
なりました。引き続き微力ながら関わっていこうとの想いを新たにしました。


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「口語短歌・水曜サロンの会」(その39)

2022年06月15日 05時13分43秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その39)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆


 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。



     「薔薇 スブニール・ドゥ・アンネフランク」

「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】6月2日久しぶりにトムクルーズの新作を見て来ました。
    「トップガン~マーベリック」です。前作の続編です。前作は彼が23歳の時の
    作品で彼はこの作品でスターダムに名乗りを上げました。59歳になった彼は
    年齢を重ねても意気軒高で素敵な姿がありました。
☆続編は 歳を重ねた 名演技 息もつかせぬ 空中戦を
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】6月4日軽井沢レイクガーデンに行きました。入口付近の鉢植え販売コーナーの
    薔薇は咲いていましたが4つのローズガーデンの薔薇は蕾でした。
☆薔薇祭り 待たれる明日を 今日もまた 蕾や樹勢 じっと眺める
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】6月8日「世界文化紀行」でバラの権威が作ったバラ園デービッド・オースティン・
    ローズ・ガーデンズを詠みました。
☆憧れの ローズ庭園で 過ごす夢 薔薇尽くしの 贅を極める
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん

【解説】
 一首目、トム・クルーズは年齢を重ねてもカッコイイですね。彼の主演で『ラスト サムライ』
 という映画がありましたが、その映画に息子の友人が出演し、日本での上映の際に応援に
 行った記憶があります。
 なお、「薔薇祭り」「ローズ庭園」等を含めて、三首の詠歌は、じっくり味わせて頂きました。
 三首目は、英国で著名な「イングリッシュ・ローズ」と総称されるバラの育種家デービッド・
 オースティン氏が手掛けたバラ園を詠んだ詠歌ですが、この庭園で過ごすのが夢との憧れが
 素直に歌われ好感が持てます。少し物語性を織り込んでみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★薔薇尽くし 贅を極める庭園で まどろむ夢も うつつに見える


【詞書】悲しき雨音 カスケーズを
☆真空管から聞こえる歌に悲しみが新たに雨の日曜
                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 好きな曲を聴いて短歌を作っております。
 カスケーズの「悲しき雨音」は1962年リリースと言う事で、60年も前ですが、
 今でも流れるオールディーズの名曲ですよね。
 別れた恋人を雨の日に思い出すと言う歌詞ですが、曲調が明るく、子供の頃、意味も
 分からず聴いたとても好きな曲です。
 下記URLにYouTubeを張り付けておりますので、梅雨の退屈な日曜日にお聴きに
 なられてはと思います。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/a79bfcf01f129f2a36fb8a16d8a29840/?cid=25b98705961fd12dd260867ef1e7317b&st=0
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんご自身のコメントです。
 関東地区が沖縄地区に次いで梅雨入りして、これから全国に雨模様になります。
 新古今和歌集にも五月雨を歌った
 〇藤原定家
  たまぼこの みち行人の ことづても 絶えてほどふる さみだれの空
 〇赤染衛門
  五月雨の 空だに澄める 月かげに 涙のあめは 晴るる間もなし
 などがあります。
 気温の差が激しくなる時期で、体調を崩しがちです。健康管理に十分御注意下さい。

【解説】
 カスケーズの「悲しき雨音」とは懐かしい曲ですね。私たちにとっては1979年頃の
 イギリス映画「さらば青春の光」のサウンドトラックが、身近に感じます。
 ひとりの熱狂的な青年が、対立する若者集団の間の確執で全てを失い、最後には自殺を
 企てるも思いとどまり、乗ってきたスクーターを断崖から落とす場面が印象的でした。
 この若者たちを通して、当時の沈滞したイギリス社会の閉塞感、さらに若者の疎外感を
 描いていたと記憶しています。
 おっしゃるように「悲しき雨音」は梅雨の日に聴くには、最適な曲とも感じます。
 また、新古今和歌集にある「五月雨」の短歌を紹介頂きありがとうございます。
 赤染衛門の「涙のあめは 晴るる間もなし」はいいですね。




【詞書】我が家の庭に子供の卒業記念に植えた梅の木があります。毎年梅の実ができ、
    青梅ジャムを作っています。かき混ぜるときに使う竹べらは、やっと見つけた
    もので、手に馴染みます。評判がよく、待っていてくれる人もたくさんいます。
☆手もぎした 青梅なべに ヘラまわす 待ちわびる顔 梅の香にみゆ
                         さわやか♪さん

【解説】
 お子さんの卒業記念に梅の木を植えるなんて素敵ですね。成長と共に梅の収穫も増え、
 親にとっても嬉しいものですね。
 青梅ジャムは評判も良く待ちわびる方が、多数いらっしゃるのも嬉しいものです。
 そんな思いを詠み込んで、良く分かる詠歌と思います。「梅の香にみゆ」を
 少し工夫してみましょう。「添削 その1」としていかがでしょうか。
 ★手もぎした 青梅煮立て ヘラまわす  梅の香に顕(た)つ 待ちわびる顔
 注)顕(た)つ:あらわれること。また、物事のあきらかなこと。
 との提案を行い、ネットで3回ほど交流し、次のように整いました。
【推敲結果】
 ★手もぎした 青梅煮つめ ヘラまわす  梅の香に顕(た)つ 待ちわびる顔


【詞書】梅雨入りですが、久しぶりに朝から晴れました。クロちゃんとのお散歩の
    際に、カルガモの親子のお引越しに出会い、詠んでみました。
☆初夏の川
   子ずれカルガモ
     お引っ越し
    ママに続けと
      ピョコピョコ歩く

                         クロママさん

【解説】
 久々に訪れた梅雨の晴れ間。愛犬クロちゃんとお散歩が出来て良かったですね。
 そんな時に出会ったカルガモの親子の、お引越しはほほえましく、和む風景でも
 あったことと思います。そんな思いが滲む温かな良い歌と思います。
 「ピョコピョコ歩く」の表現に、和やかな雰囲気が出ていますし、このままの
 表現でよろしいかと思います。


【詞書】今回は趣味の絵手紙に関して詠ってみました。
☆たのしみは 半紙拡げて筆を執り 思いどおりに描けたたとするとき
☆たのしみは 思案重ねた教室で わあっと上がる歓声きくとき
☆たのしみは 久しぶりねとごあいさつ 絵手紙談義止まらぬひととき

                         shima-千恵子さん

【解説】
 絵手紙は作者の趣味の一つでありましょうが、人生を彩る生きがいとなっている
 のではないかと拝察しております。毎回ブログで拝見させて頂いていますが、
 その作品は「絵画」としての完成度は言うまでも無く、見る私たちをもほっこりと
 温かな気持ちにしてくれます。
 想いを伝えるにこれほどの優れた表現方法は無いとも感じます。そこには人に寄せる温かな
 眼差しが常に注がれ、それが作者の詠む独樂吟にも感じられ、いつも学ばせて頂いています。
 三首目、絵手紙を介して「絵手紙談義」が深まり、絆がさらに強く結ばれていくことを
 祈りたいと思います。


☆里山に新樹萌えゆく息吹満ち 人影なくも鳥影は濃く
                         ポエット・M

【解説】
 散歩で出かける里山には、若葉が芽吹いてみずみずしい新樹の息吹が満ち、森林浴に
 適した季節になりました。梅雨の晴れ間の森には訪れる人も少なく小鳥たちが自由に
 飛びかう姿と、さえずりが溢れています。そんな中に身を置くと、私たちも自然の一部
 なんだと改めて感じられますが、その想いを詠って見ました。



     「かしわ葉紫陽花」

「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (40)
 10.愛の亡霊(1)


    我がドッペルゲンガー
            『ハイネ』
     注)ドッペルゲンガー(独: Doppelgänger)とは、自分自身の姿を自分で
       見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象です。

   ビー玉の
     中に写りて
        泣く君の
      あわれ小さき
         夢の哀しさ

    夜の夢に
      君は小さき
        ビー玉の
       中に写りて
         なにかを告げぬ

      我が内に
        住まう瞳が
          ほろほろと
         青い涙を
           流す夜の夢

     吹く風を
       繋ぎ止めんと
          するごとく
        今も空しく
           君に恋する

    歌詠みに
      成ってたもれと
         夜の夢に
       白き衣の
          君がのたまう



     「薔薇 ニコール」

   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【破調について】要望により引き続き、今回も掲載致します。
 破調とは短歌・俳句などの定型詩で、音数に多少が生じることを言い、字余り・
 字足らずなどがあります。破調はあくまでも定型を遵守する上での例外的な措置と
 位置付けたいと思っています。
 なお、破調は、短歌会や結社によっては避けるよう指導されるところもありますが、
 一般的には広く許容されていると考えます。
 大切なことは調べ(リズム)が美しいか否かですが、名歌と呼ばれる歌歌に、
 極端な破調の歌は少ないと思っています。これは文語でも、口語でも同様と考えます。
 さらに破調でも字足らずの名歌というのは、知る限り少ないと考えています。

 例えば下記のように、字余りの名歌はかなりあり、有名な歌人でも正しく31音のみで
 詠う人は少ないと考えます。
 ・日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも    塚本邦雄(1句目)
 ・肺尖に ひとつ昼顔の 花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は  岡井隆(2句目)
 ・瓶にさす藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に届かざりけり 正岡子規(3句目)

 しかし、字余りには以下のようないくつかの法則があります。
 ・第1句は6音7音ぐらいなら許容され、かなり多用される字余りです。
 ・第2句~第5句は1音の字余りは許容範囲です。
 ・第4句は意外と桁外れな字余りを許しますが、例歌は少ないです。
 ・いくつかの字余りが混在する例は少ないです。

 一方、字足らずの名歌は少ないのですが、以下二首を例示します。
 ・さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも  弟橘媛(1句目)
 ・あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 塚本邦雄(5句目)
                      参照: 現代短歌辞典「角川書店」等

【投稿外コメント】自閑さんからのコメントです。歌友各位の参考として掲載します。
 破調について、新古今和歌集にも有名な歌が一首有りますので、ご紹介いたします。
  ☆阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ
 読み:あのくたら さんみゃくさんぼだいの ほとけたち わがたつそまに
    みょうがあらせたまえ

 伝教大師最澄の歌ですが、さすがに正岡子規も「九たび歌よみに与ふる書」の中で、
  「いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人も
  さすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。
  第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるは
  ことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、
  若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。」

 と絶賛しております。和漢朗詠集などにも撰歌されて、我が立つ杣は、比叡山の
 異名ともなっており、天台座主の慈円も、おほけなく~の百人一首歌で
 本歌取りしております。
【読者からのコメント】チョウキチさんよりのコメントです。
 流石に最澄ですね。素直な祈りが伝わります、この気持ちをウクライナに。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
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「春秋」(「綜合詩歌」改題)誌鑑賞(11) 「紫陽花の詩(うた)」

2022年06月11日 10時19分11秒 | 短歌

-戦時下、空白の短歌史を掘り起こす その11-
 「紫陽花の詩(うた)」


 昼なお霧がおおう梅雨期の箱根路。その霧の中から鮮やかな紫の大輪をのぞかせる紫陽花。一万株を越えると言われるその花群は、まさに紫の壁となり、登山電車の両脇を埋め電車の中まで紫色に染めていく。なんの変哲も無い電車を「紫陽花電車」と変えるにふさわしい紫陽花の群生でもある。

 ゆるぎなく未来をみつめ
 しゃんと笑顔さえみせる
 しんの強い乙女のようで
 その花が好きだ
 小さな小さな花が
 たくさん肩をよせあい
 一生懸命咲くから・・・

    比留川美津子詩集「紫陽花」より



 遠い青春の日、紫陽花に寄せた友の詩を九段会館の朗読会で聴いた。
自らの誕生のドラマを、その父の戦死の報の中で演じなければならなかった友。私達の上の世代の、少なからぬ人々を襲ったであろう悲惨なドラマの一つでもありましたが・・・。「戦争さえなかったら」の母の言葉を子守唄のように聞きながら育った友の、紫陽花に寄せた思いを改めて思い返している。

 雨に打たれてしおれていく春の花々の中で、その雨をまとい冴え冴えと咲く紫陽花。それは梅雨に閉ざされた人々の心に射す一筋の光明にも似た輝きを放っている。
 重くたれこめる戦局の暗雲の中で、この一筋の光明を必死で模索したであろう大戦下の人々。その思いを歴史を遡り戦時下の詩歌の世界から探ってみたい。



 昭和十九年七月、「綜合詩歌」を改題し「春秋」が創刊された。「とねりこ」「博物」を統合しての創刊であり、発行人・印刷人には野村泰三、編集人には中井半次郎の両氏が当たっている。この七月はまた、出版事業統制の名のもとに「中央公論」「改造」が廃刊させられた月でもあった。
 これに先立つ昭和十九年六月。「絶対国防圏」の要域であるマリアナ群島のサイパン島、テニアン島に米軍は上陸作戦を展開した。大本営はここを海・空軍の決戦の場と決め連合艦隊の主力は「皇国の興廃この一戦にあり」と、かつての日本海海戦時のZ旗を掲げて出動した。しかし装備の欠陥、訓練の未熟さ等々も重なり基地航空部隊および、航空母艦の主力を失った。そして、サイパンの守備軍は在留邦人もろとも「玉砕」を余儀なくされた。

 国民に向かって「赫々たる戦果」「必勝の信念」を説いた東条首相は、このサイパンの「玉砕」により、総辞職を余儀なくされ二年九ヶ月におよんだ東条内閣は、この七月十八日に倒壊した。 このような状況を背景に改題・創刊された「春秋」も戦時誌としての重い宿命を背負っていた。 巻頭は窪田空穂氏の長歌「上野公園」で飾られている。また、結社誌の統合により本誌に作品を寄せた代表的歌人は膨れ上がり、吉野秀雄氏を初め、中井克比古、上林角郎、谷山つる枝の各氏等錚々たるメンバーを含む四十余名の方々であった。



 戦況の悪化の中で政権による言論統制は一段と厳しさを増し、戦時誌として創刊された「春秋」も、その統制を色濃く滲ませていた。統制と、時代の重みに耐えひたむきに歌人としての魂を燃やした歌が、これらの作品の中からも静かな輝きを放って来る。極限とも言える厳しい状況の中で紡ぎ出された歌群から、時代を越えてなお、響いてくる歌人達の「伝言」を抄出させて頂いた。


 雑歌                     吉野 秀雄
  いまさらに物のみにわが生きめやも耳にうるさしそのある無しは
  遠く来し友もてなさむすべもなく残りの燠に香をくゆらす
  苦しさを否む得ねどもわがどちの真骨頂は今ぞ定まらむ

 春雨                     上林 角郎
  睡る子のたかくわらひて真夜ふかし幼きは夢もたぬしくあれよ
  夜の闇のわが幻覚に花びらの桜ながるるあさきくれなゐ
  目方減りし因(もと)におよびて嘆くあり減るだけの目方もちたまひたり

 季節                     谷山 つる枝
  こぼれ実はわが井戸のへに一株の麦と穂だちぬいのち清らに
  潜みつつ圧しくる敵といらつ日や清らにふかく青葉甦(かへ)れり
  ますらをは陸地(くがぢ)に海に爆ぜますをわれにしずけき庭のふじ浪

 わが夫                    北村 淑子
  兵となり五瓩増えしと言う夫を弟のごといたはらむとす
  戦闘帽の下より頬のはみいだし補充兵二等兵の君健けし
  我慢強く吾はなりしか相次ぎて召さるる兵の征でゆく見つつ

 六月                     渡辺 曾乃
  年若く学徒出陣す死生観清しみて居て己れ淋しゑ
  徒らにとりし年とは思はねど生死を賭けしこともなかりき
  花びらは厚きがままに萎へたり春や未だし部屋の沈丁花


 「命は鴻毛より軽し」と声高に説かれる中で、「こぼれ実」の穂だちに寄せた谷山つる枝氏の「いのち清らに」は、生命のもつ清々しと豊穣を静かに深く訴えている。声高に叫ぶこともなく、魂に染み入るように語りかけて来る言葉。これが歌の持つ本来の力なのかも知れない。そんな思いを抱かせる「季節」一連でもある。



 本誌では改題されたことにより編集内容も種々の様変わりを見せている。しかし、掲載されている論文、評論、随筆等の質の高さ、内容の真摯さは「綜合詩歌」の水準を継承している。田辺寿利氏による「孤絶の問題」と題した論文を初め、大和資雄、高木一夫、伊澤幸平、泉四郎及び、鈴木一念の各氏が論文、評論、歌論の各分野に力作を寄せている。これら歌論等の中から、歴史的な資料としても貴重な評論を抜粋し掲載したい。


「新詠百人集読後」              泉  四郎
 ◇ 齋藤茂吉
  ☆南瓜を猫の食うこそあわれなれ大きなたたかひここに及びつ
  ☆甥すでに南はるかへ飛び立てり汝がたたかひを日々に待たむぞ
  ☆この勝を見定めて後死なむとぞ夜の真中に目ざめ居りける

 共に時局詠であるがこの作者でなければ持っていない重圧感がある。主としてそれは措辞に由来するのであるが、単に措辞の事柄と言ってしまう訳にゆかない。言葉の肉付けがたっぷりしているのは言葉を生かしている内容―生活内容と言えば更によいかもしれない―が充実しているからであろう・・・
「以下省略」。

 「言葉を生かしている生活内容」の指摘は、平成・令和の時代を生きる、私達の今日のあり方、作歌姿勢への戒めとしても核心を衝いており、深く受けとめていきたい内容でもある。この評論の他に伊澤幸平氏の「加茂の行方」、大和資雄氏の「幕末歌人の攘夷歌」等、資料的にも貴重な論文が掲載されているが紙幅の関係で割愛したい。



 本誌では、会員からの投稿歌を中井克比古、高木一夫、泉四郎の各氏が選者となって三部立てで選歌を行っている。この作品の中から戦局の暗雲に打ちひしがれることもなく、生命の豊かさを懸命に模索し詩魂の輝きを放つ歌を中心に抄出させて頂いた。


 命かけて子を生む妻は妻ながら酷しきものを思はしむるも     工藤 映水
 吹きあふる大野の風の身に凍むを一人わびつつ没り陽に対ふ    藤田 敏子
 益荒男はあらぶるのみにあらなくにこころ稚なく母憶ふらし    三藤 寅雄
 たえがてぬ思ひのがれて山に来つ其の山にして尚も夫恋う     幸  由子
 悲しみはその極みまで達すなりとりてまるらす塵さへもなく    炭谷 孝子
 日が沁みる暖かい土暖かい土よ見つつ故なき涙の出づる      海輪 小枝子
 防空壕にしばし身を伏す時の間も幼児は愛し乳房さぐれる     小笠原 一二三
 血を誘ふ咳を湛へんとつぶる眼に幼子の顔顕ちては消ゆる     島田 融吉
 青柳のなびくを見つつ兵われはつつましく思ふ遠き戦を      岡林 秀栄
 はしゃぎし兵等眠りて静かなりこのままにして明日は征くといふ  井上 栄二
 白き木蓮ほのけく色に咲くみれど胸深くより湧く思ひあり     菅野 貞子
 一本の花をし活けよこの職場われら乙女の闘ふところ       矢佳 幸子
 積む雪の下にも春の音つれてかすかに見ゆるすみれ花かな     高畠 てる子
 海を越え来たる便りか吾が夫のみ手にふれたるこの便りはも    杉江 秀子




 東条内閣は七月の退陣にあたり、六月のサイパン島「玉砕」を「失陥」と発表した。また、統制されたジャーナリズムは「国内戦場総突破の秋―奔騰す一億の戦意」と呼号したが、戦局のほころびと配色とを人々は肌で実感しつつあった。
 迫り来る敗色、その戦局の状況が烈しければ烈しいほど、また、明日をも知れない生命の危機と行く末を感ずれば感じるほど、人々は祈る思いで「生」に値する生命の重さを自問し、その豊かさを模索した。その問いと歩みが情況の悲愴さとは裏腹に、澄明な調べとなってこれら歌群より響いてくる。遠韻とも言える調べは声高に戦意高揚を歌う「高名歌人」の作品より、必死に明日を希求するこれら市井の歌人の歌にあふれている。

 「防空壕に身を伏す時の間も乳房さぐれる」幼子に寄せた母親の思い。「こころ稚なく母憶う」兵。「日が沁みる暖かい土」にアッツ島の凍土における「玉砕」を思い、落涙するおみな。「積む雪の下にも春の音つれるすみれ」に託した思い。これら一つ一つの歌が「一行の詩」を越えて静かに訴えてくる思いと、命の絶唱を重く心に刻んでいきたい。



 暗く重い雨雲の下で、小さな一つ一つの花が健気に咲き、紫の大輪となり輝きすら放つ紫陽花。風に吹かれ、雨に叩かれてもなお冴え冴えと咲くその花は、散ることを拒み陽に朽ちることで自身の生を全うする花でもある。どんな悲しみの極みにあっても、なお幼児を抱き「もうひとつの戦場」を戦い抜いたおみな達。その力の源に、紫陽花のもつ花の執念にも似た健気な力強さを重ねてみた。紫陽花が変化(へんげ)の過程で紡ぐ詩は、生命の豊穣さへの命をかけた希求であり、限りない賛歌でもある。
                      了
                      初稿 2008年6月11日

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「口語短歌・水曜サロンの会」(その38)

2022年06月08日 05時17分13秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その38)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。




「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】5月22日植物園散策に行って来ました。つつじが満開でした。
☆風越に 浅間おろしが 爽やかに 風心地よく つつじ鮮やか
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】5月25日まきば公園に行きました。
☆まきばでの ポニーと戯れ 遊ぶ妻 喜ぶ顔が 今日の幸せ
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん
【詞書】5月25日八ケ岳倶楽部、昨年の11月20日前後に訪問、6か月ぶりに見る景色は
    一変し故「柳生博さん」が丹精込めて作った景色の神髄がそこにありました。
☆新緑の 景色の神髄 皐月こそ 倶楽部の木々は 眼にも爽やか
                         浅間山明鏡止水 (knsw0805)さん

【解説】
 「植物園」「まきば公園」「八ケ岳倶楽部」は、いずれも新緑が萌え命溢れる
 素敵な場所ですね。
 二首目、まきば公園では「喜ぶ顔が 今日の幸せ」と詠まれるように、奥様との幸せの
 ひと時を過ごされたことと思います。このような一齣を詠むために短歌は存在するのだと、
 改めて思いました。下の句を少し添削させて頂きましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★まきばにて ポニーと戯れ 笑む妻の しぐさに我も 幸せ感じ


【詞書】今年は我が家の梅の新梢がことのほか勢い良く伸びています。葉っぱの陰に隠れて、
    梅の実もたくさんなっているのを発見しました。そのことを詠いました。
☆春風に戯れそよぐ新梢の 葉陰に実る青梅たわわ

                         さわやか♪さん
【解説】
 「葉っぱの陰に隠れて」たわわに実る青梅の様子が爽やかに詠まれていて好感の持てる
 詠歌と思います。
 「戯れ」は主観として感じたことでしょうが、ここはなるべく写生にとどめて
 次のように添削しましたが、いかがでしょうか。
 ★春風にそよぐ新梢葉の陰に 青梅(おうめ)密かに たわわに実る
 との問いかけを行い、ネットで三回ほど添削、推敲を繰り返し、以下に整いました。
【推敲結果】
 ★風そよぎ 揺れる新梢木漏れ日に 青梅ひそと たわわに実る



     「たわわに実る 青梅」

☆たのしみは つつがないこと願いおり 十年日記 求めしとき
☆たのしみは 痛みに堪えてリハビリに 師の手に言葉に安らぐひととき 
☆たのしみは リハビリ室で先生の 言葉に和みほっとするとき

                         shima-千恵子さん

【作者質問】
 一首目の「願いおり」を「願いつつ」とも考えたようですが・・・。

【解説】
 三首の独樂吟には、日常の生活の中にある新たな発見や、「気づき」「示唆」を頂き
 いつも楽しみにしています。
 一首目、「十年日記」を継続されているとのことですが、凄い事ですね。この粘り強さも
 見習わなければと思っています。「願いおり」と、「願いつつ」の件ですが「おり」「つつ」
 いずれも同じ動作が継続する意味ですので、どちらでも良いかと思います。ただ、この歌の
 内容からすると「願いおり」がしっくりとするかと思います。願いを込めてとの想いも滲み
 ますので…。ちなみに、「おり」は動詞で、「つつ」は接続助詞となりす。
 また、五句は「字足らず」になっていますので7音の「求めたるとき」とされたらと思います。


【詞書】井上陽水「結詞」を
☆とおい、とおい昔に
    君と出逢った
  とおい、とおい道の途中で

                         自閑(jikan314)さん

【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 好きな曲をYouTubeで聴いて、そのイメージを短歌にしています。北原白秋童謡風に作って
 みました。井上陽水の結詞は、私の好きな曲です。「浅き夢。淡き恋。遠き道。青き空」と
 何の脈絡も無い詞を並べ、全体的なイメージを作り上げていると思います。
 絵画で言うと、パピエ・コレpapiers collés 紙を張ると言う意味のピカソやブラックらの
 キュビスムの画家が新しい材質を求め,画布に印刷された紙や布を張る新手法を試み,
 コラージュに発展した技法に似ていると思います。。
 YouTubeを貼付したblogを作ったのですが、著作権で切れてしまいました。
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんのコメントです。
 新古今和歌集にも、以下の歌があります。
  〇うちしめり あやめぞかをる 郭公 啼くやさつきの 雨のゆふぐれ(九条良経)
 古典の授業で習った句切れなら三つは切れています。
 それらが、全て雨の夕暮れに掛かっていると思います。
 情景だけを並べて、いったい何が言いたいのかは、読者に委ねられています。
 古来名歌とされ私も、こう言う短歌が作れたら良いなあ?と思っております。

【解説】
 井上陽水の「結詞:むすびことば」は、おっしゃるように「浅き夢~青き空」に始まり、
 「春を想い出すも 忘れるも 遠き遠き道の途中での事」で結ばれていますね。
 人生という長い旅路の途中で何が起きても、それは一つの通過点でしかないんだよ…、と
 陽水の歌の行間に、つぶやきが聴こえてきます。
 「君と出逢った」の句が、詠歌の物語性にふくらみと、ロマンを盛っていると感じました。
 また、九条良経の「何が言いたいのかは、読者に委ねられて」の詠いぶりも凄いですね。
 五月雨と、ほととぎすの声が重なり、アヤメの香りが漂う「雨のゆふぐれ」の静けさが
 感じられます。古今集からの本歌取りとも思いますが、本歌よりも一層深い情趣を秘めて
 いると考えます。




【詞書】紫陽花が至る所で色ずき始めましたが、今朝の散歩風景です。
☆爽やかに 紫陽花ゆれる 散歩道
        雄川にサギの 遊ぶ公園

                         クロママさん

【解説】
 紫陽花の冴えた花毬が随所で見れる今の時期は、散歩も楽しいですね。
 「爽やかに 紫陽花ゆれる」の表現に、クロママさんとクロちゃんの弾んだ心が
 上手く表現されていると思います。
 なお、歌の中にご自分の存在を詠み込み込んでみましたが、いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★爽やかに 紫陽花ゆれる 散歩道
        雄川にサギの 遊ぶを眺め


☆葉桜の空の果てにはミサイルの 飛びかうもとに 子らの悲涙(ひるい)も
                         ポエット・M
【解説】
 水無月の空の下、桜吹雪の記憶も遥かになる中で、葉桜が微かな風にそよぎ
 陽をはねています。その空の果て、ウクライナの地では今も止まぬミサイルや
 砲弾が飛び交っています。自分の意思を、泣く事でしか表現できない多くの子供たち。
 子供達の涙をこれ以上流させる権利は何人ももっていない。たとえロシアの大統領でも…。
 そんな想いを込めて詠ってみました。



「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (39)
 9.帰らざる河(5)


    逝くものはこのようなものだろうか
                『論語』

   哀しきは
     夢にながるる
         ドナウ川
      忘れな草の
        小島を浮かべ

    まぼろしの
      ホタルのごとく
         るり色の
       忘れな草が
         夜霧に光る

      瑠璃色の
        忘れな草に
          細々と
         雨ふりやまず
           日は暮れゆきぬ

     哀しみは
       忘れな草の
          花に咲け
        流す涙も
          瑠璃色をして  
 


     「薔薇 ブルーバュー」
   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【破調について】要望により引き続き、今回も掲載致します。
 破調とは短歌・俳句などの定型詩で、音数に多少が生じることを言い、字余り・
 字足らずなどがあります。破調はあくまでも定型を遵守する上での例外的な措置と
 位置付けたいと思っています。
 なお、破調は、短歌会や結社によっては避けるよう指導されるところもありますが、
 一般的には広く許容されていると考えます。
 大切なことは調べ(リズム)が美しいか否かですが、名歌と呼ばれる歌歌に、
 極端な破調の歌は少ないと思っています。これは文語でも、口語でも同様と考えます。
 さらに破調でも字足らずの名歌というのは、知る限り少ないと考えています。

 例えば下記のように、字余りの名歌はかなりあり、有名な歌人でも正しく31音のみで
 詠う人は少ないと考えます。
 ・日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも    塚本邦雄(1句目)
 ・肺尖に ひとつ昼顔の 花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は  岡井隆(2句目)
 ・瓶にさす藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に届かざりけり 正岡子規(3句目)

 しかし、字余りには以下のようないくつかの法則があります。
 ・第1句は6音7音ぐらいなら許容され、かなり多用される字余りです。
 ・第2句~第5句は1音の字余りは許容範囲です。
 ・第4句は意外と桁外れな字余りを許しますが、例歌は少ないです。
 ・いくつかの字余りが混在する例は少ないです。

 一方、字足らずの名歌は少ないのですが、以下二首を例示します。
 ・さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも  弟橘媛(1句目)
 ・あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 塚本邦雄(5句目)
                      参照: 現代短歌辞典「角川書店」等

【投稿外コメント】自閑さんからのコメントです。歌友各位の参考として掲載します。
 破調について、新古今和歌集にも有名な歌が一首有りますので、ご紹介いたします。
  ☆阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ
 読み:あのくたら さんみゃくさんぼだいの ほとけたち わがたつそまに
    みょうがあらせたまえ

 伝教大師最澄の歌ですが、さすがに正岡子規も「九たび歌よみに与ふる書」の中で、
 「いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人も
  さすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。
  第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるは
  ことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、
  若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。」
 と絶賛しております。和漢朗詠集などにも撰歌されて、我が立つ杣は、比叡山の
 異名ともなっており、天台座主の慈円も、おほけなく~の百人一首歌で
 本歌取りしております。
【読者からのコメント】チョウキチさんよりのコメントです。
 流石に最澄ですね。素直な祈りが伝わります、この気持ちをウクライナに。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
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久し振りの横浜の夜景

2022年06月03日 20時12分06秒 | お出かけ


 6月に入り、雨上がりの紫陽花の冴えた花群れが目立つようになりました。
コロナ禍も感染者数の高止まりとは言え、少し落ち着いたこともあり政府は6月1日から、
新型コロナウイルスの水際対策を緩和し、米国や中国、韓国など98か国・地域からの
入国者には入国時の検査を行わず、自宅などでの待機も免除する方針を打ち出しました。
これらの状況を踏まえてか、わが県でも「県民割」なるものが5月末まで延長となりました。

 今まで極力公共の交通機関を使っての遠出は控えてきましたが、この県民割を使って
ミニ旅行を細君と相談し計画しました。ネットでいくつか候補を検索し、三年前家族たちと
行った横浜ロイヤルパークホテルのオーシャンビューの部屋を期限ぎりぎりの日程で予約しました。気象変化の激しい中、細君の体調がイマイチ思わしくなく、直前まで行けるかどうかも危ぶまれましたが、当日は朝から晴れ間がのぞき、体調も何とか整い出かけることが出来ました。



 ホテルのチェックインが16時でしたが、事前に手荷物を預け、久し振りの横浜を散策しました。ただ、細君の体調の事もありホテル周辺の散策に留めることにしましたが、どうしても外せない乗り物「ヨコハマエアキャビン」に先ず乗り込みました。

桜木町駅前から横浜ワールドポーターズをつなぐ日本初の都市型ロープウェイとのことで、
全長約630m、最高高さ約40m、運賃は私達大人は1000円でした。僅か数分の空の散歩でしたが空中を移動しながら、みなとみらい地区を眺めるのも、中々粋なものと感じました。なお、
これの運行開始は2021年4月22日(木)からとのことですので、一年余を経過しての初乗りと
なりました。





 15時過ぎにチェックインが可能となり、ネットでの予約では支払いは当日となっていましたが、提示された額にびっくりしました。ネット表示の金額は県民旅割がされた額だと思っていましたが、そこから、さらに二人で10000円安くなり、クーポンが4000円付いてきました。
前回、子供達家族と宿泊したのは、スカイリゾートフロア でしたので、クラブラウンジと、
スパ、プール等の使用が可能でしたが、今回はリニューアルレギュラーフロアでしたので
「ランドマークスパ」は別途料金となりました。これにクーポンをつかうことにしました。

 早速部屋に入りましたが、まさに目の前にベイブリッジと横浜の海が広がっていました。細君は、久し振りのホテルの部屋からの景観に見とれていました。
一昨年、私たちの結婚の節目の年で、息子たちの勧めもあり船旅等を計画していましたが、コロナ禍で断念した経緯もあり、二人でやっと来ることが出来たね~としみじみ語り合いました。
少しゆったりとした後、泳いで来ようとスパのあるラウンジに向かいました。プールはコロナ禍の下で入場制限しているとのことで、しばらくお風呂や、サウナで時間調整をしました。



 プールは1レーン1人で4名しか入れないとの事でしたが、細君は私より早めに来てひと泳ぎ
したようで、私が行ったときは目標の距離を泳ぎ、ジャグジーで温まっていました。
私はゴーグルを忘れた為、細君のものを借り、500mほどゆっくりと泳ぎました。本当はもう少し泳ぎたかったのですが、入場制限で待っている方を想うと少し遠慮しました。その間、細君はデッキチェアに座りながら、みなとみらいや、横浜の街並みを眺めたり、ジャグジーを楽しんでいました。

 ひと泳ぎした後、なんとも言えない爽快さを感じましたが、お腹もすいてきたこともあり、
着替えてランドマークタワーの散策と、夕食に出かけました。
細君は、本当はお気に入りのお蕎麦屋さんがあったのですが、かなり混雑していましたので、
スルーし最近開店して比較的空いていた「ローストビーフ丼」を売りにしているお店に入り、
ビールで乾杯してから頂きました。ローストビーフは「売り」にするぐらいですから、かなり美味しかったのですが、カルビはかなり硬くて嚙み切れない状態で、味が良かったゆえに残念と感じました。
しばらく来ないうちに、ランドマークタワー内のお店も大分様変わりしているという印象でした。帰りに成城石井で、ビールとおつまみ、そして細君の好きなケーキを購入して部屋に戻りました。

     「ランドマークタワー内に設置された ウルトラマン」

 それからじっくりと暮れなずむ横浜の海、行きかう船、そしてベイブリッジ等々を眺め、
心行くまで二人で魅入ることが出来、至福とも言えるひと時を過ごすことが出来ました。
私も、時間の経過とともに少しづつ変わる夜景をデジイチに収めることが出来ました。
三脚を持ってきませんでしたので、手持ちでの夜景の撮影の難しさを改めて感じました。
「この夜景はもったいなくて寝むれない」と言っていた細君は、泳いだせいかしばらくすると
ぐっすりと寝入っていました。



 朝は、ホテルの備え付けのドリップコーヒーを細君が入れ、その香りで私は目覚めましたが、窓からの眺望は濃い靄に覆われ視界は3割という状況でした。この日の天気は雨の予報なので止むを得ません。時々すうっと霞が消え海が見えるとすぐにまた、白くなっての繰り返しでした。
朝食は70階のスカイラウンジ「シリウス」で頂きました。窓近く確保して頂いた席でしたが
折角の広大なパノラマ等景観が靄に覆われ見れず残念でした。しかし、その分朝食をゆっくりと頂くことができました。
バイキング方式でしたが、それぞれの方がホテル用意の手袋を付けるなど感染対策がしっかり
されていて、さらに、おしゃべりも皆さん控えられた環境の中で、静かに美味しくいただきました。いずれの料理も丁寧に味付けされ、プロの方の技と、味付けが窺える素敵な朝食でした。クロワッサンは特に美味しかったです。

 11時のチェックアウトを済ませて、小雨模様もありこの日は街の散策はあきらめ、そのまま家に戻りました。
久し振りのお出かけで、まずはゆっくりとホテルでくつろぐ事が目的のミニ旅でしたが、細君の体調も悪くならず、素晴らしい夜景を堪能することが出来、良い旅になりました。


即興で一首、短歌を詠んでみました。
 ☆越え来たる 海も山河も霞めども 互いの笑みにねぎらいも秘め


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「口語短歌・水曜サロンの会」(その37)

2022年06月01日 05時00分37秒 | 短歌
「口語短歌・水曜サロンの会」(その37)   短歌の投稿を歓迎します!!

  ☆☆☆ 明るく、楽しく、和やかな短歌の交流広場を目指したいと思います。  ☆☆☆
  ☆☆☆ 短歌の投稿と共に、投稿歌の歌評、感想、ご意見等もお寄せください。 ☆☆☆
  ☆☆☆ 緊急連絡!! 最近心無い「スパムメール」等がコメント欄に届いています。
       誠に心苦しいのですが、今後コメントは「許可制」にさせて頂きます。☆☆☆

 「口語短歌・水曜サロンの会」は、このブログにお立ちより頂いている皆様の詠まれた短歌を
 掲載し、その作品の鑑賞を行うサロンです。

 短歌の初心者の方から、ベテランの方まで、所属する短歌会等を越えて、自由に短歌を投稿し、
 鑑賞しあえる「賑わいのあるサロン」を目指したいと思っています。
 皆様の短歌の投稿と、歌評、ご意見等をお寄せ頂ければ幸いです。

【サロンの運営について】
 運営等につきましては、末尾に記させて頂きますので宜しくお願い致します。



     「薔薇 マダムサチ」

「ブログ友の投稿短歌 交流コーナー」

【詞書】5月20日ハルニレテラス遊歩道を散策しました。5月初旬とはまるで違う景色でした。
    軽井沢の風と新緑の美しさを噛みしめて、2首作成しました。
☆この道を 歩く幸せ 噛みしめて 新緑香る 景色の変化
☆白秋が 書いた落葉松 歩く道 皐月の風が 心震わす

                         浅間山明鏡止水(knsw0805)
【詞書】5月20日星野温泉トンボの湯付近にも散策に行きましたが、何と野生の猿の群れが
    10匹以上いました。家族で行動しているのでしょうか?
☆猿の群れ 春の陽気に 誘われて 辺りうかがう ピッキオの森
                         浅間山明鏡止水(knsw0805)

【解説】
 今の季節、ハルニレテラス遊歩道を散策されると、おっしゃるように「歩く幸せ 噛みしめて」が、
 実感されることと思います。軽井沢は紅葉の季節もさることながら、新緑に染まる今の季節も
 さわやかで素敵ですね。
 二首目の「白秋が 書いた落葉松」は、北原白秋が詠んだ4行8章からなる彼の代表作ですが、
 「からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。
  たびゆくはさびしかりけり。」に始まり、
 「世の中よ、あはれなりけり。常なれどうれしかりけり。山川に山がはの音、
  からまつにからまつのかぜ。」で結ばれています。
 作者の詠歌から「からまつのかぜ」が包むように流れてきます。少し添削させて頂きましたが
 いかがでしょうか。
 ★白秋の うたう落葉松眺めつつ 歩めばそよぐ 皐月の風が


【詞書】去る5月某日に姪が、コロナでなかなか出来なかった結婚式を挙げまして、
    私も両親と参加して来ました。ほぼ両家の親族だけのこじんまりとした式でしたが、
    向こうのご両親やお兄さん夫婦、その子供達にも気に入られているのがわかる、
    いい雰囲気の式でした。
    姪は実は中学、高校とミッション系の学校で、私も高校はミッション系だったので
    知っているのですが、5月は聖母の月で、そのことを歌う聖歌の中に、青葉若葉に…という
    歌い出しの歌があるので、何となくふと思い出しまして…。
☆今宮の 青葉若葉の風の中 挙式の姪の笑顔はじけて
                         ちがやねこさん
【詞書】大河ドラマの「鎌倉殿の13人」で、カットされていた、「平家物語」の“宇治川の合戦”に描かれて
    いる“先陣争い”のエピソード。一応、“宇治川で戦っている”シーンはあったんですが、川に馬を
    乗り入れて渡る時に二人の武士が、先陣争いをする、というシーンが無かったんで、あの回を
    見ていた宇治の人達は「やれへんのかーい!」と叫んだかもなあ…と思ったわけで…。
    あれ以来、“先陣の碑”が見えるところを通るたびに、何か寂しげに見えるという…。
☆『大河では出てこなかった…』と寂しげに ぼやいてないか “先陣の碑”は
                         ちがやねこさん

【解説】
 作者は日々ISS(国際宇宙ステーション)を見るのが趣味と化しておられるとのこと。
 ロシアの状況で暗雲もありますが、ISSに象徴される宇宙への夢は、いいものですね。
 姪御さんのご結婚おめでとうございます。コロナ禍の下で式に漕ぎ着けるまでに諸々
 ご苦労があったことと思いますが、若い二人の門出を「5月、聖母の月」に祝うことが
 できよろしかったですね。一首目「笑顔はじけて」の表現が秀逸と思います。
 二首目も、ぼやくのは「先陣の碑」ばかりでなく、宇治の地元の方々もがっかりされた
 でしょうね。地元に伝わる史実は、郷土の歴史としてそれぞれの方の胸に強く刻まれて
 いますので、ドラマで表現されない残念さは十分わかります。そんな思いが滲む詠歌と
 なっていますね。


【詞書】今年はことのほか菜の花の黄色が綺麗でした。
    菜の花畑に入ると、菜の花の背丈がすっぽりと人を隠します。たくさんのあぜ道が
    あり、子供たちがかくれんぼをしていたことを詠みました。
☆畦道で幼き子らがかくれんぼ 菜の花畑 春風そよぐ
                         さわやか♪さん

【解説】
 最近は菜の花畑が方々で見られるようになり、子供達ばかりでなく大人たちも
 その景観も含めて楽しめるようになっていますね。
 背丈を越える菜の花畑でかくれんぼに興じる子供達の姿のほほえましさ、それを見守る
 作者の眼差しの優しさが覗く、味わい深い詠歌になっていると思います。
 今回も、ネットでの交流を行い添削、推敲を繰り返し、次の詠歌に整いました。
【推敲結果】
 ★菜の花の 畑で子らはかくれんぼ 花のまにまに我が身も隠れ


☆たのしみは お土産物の羊羹を 濃い目のお茶でそろり飲むとき
☆たのしみは 熱い渋茶をなみなみと 薫る草餅 一口食むとき
☆たのしみは リハビリ帰りスーパーで 草餅二つ買いてくるとき

                         shima-千恵子さん

【解説】
 三首の独樂吟は、いずれも「うん、そうそう」と頷ける場面を詠み、詩情とユーモアの
 程よいコラボレーションも感じられる楽しい詠歌と考えます。
 とくに三首目の「草餅二つ買いてくるとき」の、「二つ」に作者の生活者としての
 確かな立ち位置と、あり方を見る想いです。
 一首目は「羊羹を」に対応すると「そろり食むとき」とした方が自然かと思いますが、
 ご検討いただければと思います。



【詞書】半年に渡って続いておりました誹謗中傷も、助っ人が現れてやっと終わった
    ようです。犯人は複数のように見せかけて、やはり一人だったようでした。
    お陰様で、やっと眠れるようになれました。
    今週の出詠も、そんな状況で詠ったものですから、独りよがりで思い込みの
    強い作品ですけれども、嘘偽りのない気持ちとして出詠をさせて頂きました。
☆御年は七十四でありけれどおばあさんなどと思ふことなし
☆永遠に乙女と思ひてゐるわれを決して呼びてはならぬ老婆と
☆女帝でも老婆でもなくわたくしは永久(とは)に心の若きわたくし

                         suisenさん
【解説】
 ICTが生活の全ての分野に浸透し、その利便性ゆえになくてはならない存在になって
 久しい状況です。そのプラスの反面、負の状況も様々な場面に見られるようになって
 いることも事実です。特に、作者が半年に渡って受けた「いやがらせ」はネットに
 とどまらず、お住いの地域の議員さん達まで巻き込むひどい状況に至りました。
 作者のご努力と、「助っ人」の方の尽力もあり解決に向ったゆえ安堵しています。
 その過程で詠まれ、「負けない心」を表出した詠歌を改めて味わいたいと思います。
 「永久(とは)に心の若きわたくし」は、私たち皆の心に刻みたい言葉でもあります。


【詞書】気だるい午後 MJQ 「Summertime」を
☆まどろみながらゆうべのことを考えている
               夏の午後。
      風立ちぬ

                         自閑(jikan314)さん
【短歌説明】自閑(jikan314)さんご自身の説明です。
 YouTubeのMJQ(Modern Jazz Quartet)「Summertime」を聞きながら、感じたままを
 短歌にしています。
 サマータイムは、ジョージ・ガーシュイン作曲のミュージカルの名曲です。
 ミルト・ジャクソンのビブラフォンが、夏の午後の気だるさを、更に加えていると
 思います。最後の「風立ちぬ」は「いざ生きめやも」と言う本歌取りの技法を使いました。
 下記urlにMJQの曲を貼付しております。
 https://blog.goo.ne.jp/jikan314/e/0101f5c4445e0b023018b9475e1f0a88/?cid=25b98705961fd12dd260867ef1e7317b&st=0
【投稿外コメント】自閑(jikan314)さんのコメントです。
 やはりボブ・ディランの平和への力をもう一度と言う思いは、皆様強いですね。
 ただ、今の若い世代はこの歌を知っているのだろうか?歌う意味も?と言う思いです。

【解説】
 ジョージ・ガーシュウィンの代表作、オペラ「ポーギーとベス」の「サマータイム」。
 20世紀初頭、クラシックとジャズの橋渡しをしたと言われるガーシュウィンのこの曲は、
 スタンダードソングとしてジャンルを超えて数多くのカヴァーを生み出したと記憶しています。
 また、「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、ポール・ヴァレリーの詩
 『海辺の墓地』の一節を、堀辰雄が訳していますね。
 「サマータイム」と「風立ちぬ」を融合し、一つの詠歌を完成させることは「本歌取り」の
 極致とも考えます。
 作者の、短歌における積極的な「挑戦」を歓迎したいと思います。
 なお、「ボブ・ディランの平和への力」は、残念ながら若い世代に浸透しているとは
 言い難い状況ですが「イマジン」のような「持続する、静かな影響力」を信じたいと
 思っています。楽観的かも知れませんが…。

【詞書】桜、ハナミズキ、ライラックと続いて、風呂上がりに庭に出て、まだ暑苦しさの
    無い西陽が気持ちの良い季節になりました。こんな情景を詠んでみました。
☆草花にまだ軟らかき西陽さす小さき庭の風呂上がり
                         I.SATOさん

【解説】
 桜、ハナミズキ、ライラックと咲き継ぐ花は、春の移ろいを彩り鮮やかに演出して
 くれますね。
 仕事をやり終えた、風呂上がりのひと時、西日の射す庭に楚々と咲く草花を愛でる
 作者の満ち足りた姿が思い浮かびます。「ひと日の幸」を詠んだ味わい深い詠歌と
 考えます。なお「まだ軟らかき西陽さす」の春の季節の表現が秀逸ですが、五句を
 七音にして、下の句を少し調整してみました。いかがでしょうか。
【ご参考】
 ★草花にまだ軟らかき西陽さす風呂上がりにも狭庭歩めば


☆白バラのほどけゆく先 朝露の滑りやまずに 光もまとい
                         ポエット・M
【解説】
 早朝に散策に行く遊歩道の一角にマダムサチ、マチルダ、アンネフランク等の素敵な
 薔薇が咲く一角があります。朝日がマダムサチの白薔薇に降り注ぎ、ちょうど蕾が
 ほどけるように咲き初める花びらを、朝露がすべる場面に出会いました。朝露が
 光を放ちつつ滑る様は、まさに恩寵にも似た瞬間ですが…、何とか詠んでみました。



「五行詩」「痛みの変奏曲」鑑賞 (38)
 9.帰らざる河(4)


    逝くものはこのようなものだろうか
                『論語』

   喜びと
     言う字はほんとうに
          有ったのか
     なぜか辞書みて
        しみじみ思う

    哀しみを
      食べて生きれる
        ものならば
       どんなに楽に
         生きられましょう

      「帰らざる
         河よ」とひとり
           つぶやけば
          涙とまらず
            祖谷のかずら橋

      初恋の
        思い出にじむ
           かずら橋
        ひとり渡れば
          哀しみあらた
   
     祖谷川の
       清き水底
         しずしずと
        橋影わたる
          蒼き月影



   
【短歌入門・質問・提案コーナー】
 この「水曜サロン」に集う皆様の直近のコメント等に記された、短歌を作るうえでの
 ヒント、 さらに質問、諸々の疑問点等にいて、触れていきたいと思います。
 皆様からのご提案、歌評、さらに素朴な疑問も含めて、コメント欄にお寄せ頂ければ
 幸いです。
 なお、私の「質問への回答」は、あくまでも一つの「解」でありますので、他の回答、
 反論、ご意見等もありましたら、このコーナーで大いに議論して参りましょう。
 それが学びに繋がれば嬉しい限りです。

【破調について】要望により引き続き、今回も掲載致します。
 破調とは短歌・俳句などの定型詩で、音数に多少が生じることを言い、字余り・
 字足らずなどがあります。破調はあくまでも定型を遵守する上での例外的な措置と
 位置付けたいと思っています。
 なお、破調は、短歌会や結社によっては避けるよう指導されるところもありますが、
 一般的には広く許容されていると考えます。
 大切なことは調べ(リズム)が美しいか否かですが、名歌と呼ばれる歌歌に、
 極端な破調の歌は少ないと思っています。これは文語でも、口語でも同様と考えます。
 さらに破調でも字足らずの名歌というのは、知る限り少ないと考えています。

 例えば下記のように、字余りの名歌はかなりあり、有名な歌人でも正しく31音のみで
 詠う人は少ないと考えます。
 ・日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも    塚本邦雄(1句目)
 ・肺尖に ひとつ昼顔の 花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は  岡井隆(2句目)
 ・瓶にさす藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に届かざりけり 正岡子規(3句目)

 しかし、字余りには以下のようないくつかの法則があります。
 ・第1句は6音7音ぐらいなら許容され、かなり多用される字余りです。
 ・第2句~第5句は1音の字余りは許容範囲です。
 ・第4句は意外と桁外れな字余りを許しますが、例歌は少ないです。
 ・いくつかの字余りが混在する例は少ないです。

 一方、字足らずの名歌は少ないのですが、以下二首を例示します。
 ・さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも  弟橘媛(1句目)
 ・あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 塚本邦雄(5句目)
                      参照: 現代短歌辞典「角川書店」等

【投稿外コメント】自閑さんからのコメントです。歌友各位の参考として掲載します。
 破調について、新古今和歌集にも有名な歌が一首有りますので、ご紹介いたします。
  ☆阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ
 読み:あのくたら さんみゃくさんぼだいの ほとけたち わがたつそまに
    みょうがあらせたまえ

 伝教大師最澄の歌ですが、さすがに正岡子規も「九たび歌よみに与ふる書」の中で、
 「いとめでたき歌にて候。長句の用ゐ方など古今未曾有にて、これを詠みたる人も
  さすがなれど、此歌を勅撰集に加へたる勇気も称するに足るべくと存候。
  第二句十字の長句ながら成語なれば左迄口にたまらず、第五句九字にしたるは
  ことさらにもあらざるべけれど、此所はことさらにも九字位にする必要有之、
  若し七字句などを以て止めたらんには上の十字句に對して釣合取れ不申候。」
 と絶賛しております。和漢朗詠集などにも撰歌されて、我が立つ杣は、比叡山の
 異名ともなっており、天台座主の慈円も、おほけなく~の百人一首歌で
 本歌取りしております。
【読者からのコメント】チョウキチさんよりのコメントです。
 流石に最澄ですね。素直な祈りが伝わります、この気持ちをウクライナに。



【運営にあたって】 注)文頭から移しました。
 (1) 投稿期間は毎週水曜日から翌週火曜日17:00までと致します。
    注)投稿に当たっては、ご自身のブログのアドレス(url)も記入願います。
 (2) おひとり様 3首まで(1首でも可)コメント欄に投稿願います。
 (3) 口語短歌を基本としますが、文語混じりでも構いません。
   仮名遣いは新仮名遣いとし、旧仮名遣いは極力避けて頂ければ幸いです。
 (4) 投稿頂いた短歌は、そのまま掲載します。皆様から感想等頂ければ幸いです。
 (5) 作者名は投稿頂いたペンネーム等を、そのまま掲載します。
 (6) 掲載順序は、原則本ブログのコメント欄への到着順と致します。
 (7) 掲載された短歌の著作権は、投稿者に帰属します。
                       了
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